第114話 点と線 萩里と尾花とセレーネ・桃
月の聖堂。
セレーネがセプテントリオンに接見する為の場所とされている。
しかしそれはもはや形式上の規則だった。
聖堂以外で集まる事もあれば、場合によってはセレーネがどこかにフラフラと行ってしまいメンバーが探しに行く事もある。
この日も月に来ていた萩里と尾花はセレーネの行方が全く掴めなかった。
ファミリアに尋ねても誰も居所を把握していない。
散々探し回った結果、月基地の深部に最近造ったらしい場所にいるのを突き止めた。
2人がその場所に足を踏み入れると、そこには古風な日本の家屋が建っていた。
しかもどういう訳かそのエリアには空が存在していて周囲はオレンジ色の夕暮れに包まれている。
家屋の中に入ればしっかりと造られた玄関。
そこで靴を脱ぎ、奥に進むと14~5畳ほどの和室があった。
部屋の中央には炬燵が設置され、そこにはようやく探しあてたセレーネが眠そうにみかんの皮を剥いていたのだった。
「あれぇ。萩里ちゃんと尾花ちゃん。今日はどおしたの? 招集かけてたっけ?」
「いえ。本日は年末の挨拶に参りました」
「あらあ。それはわざわざありがとうね。ささ、どうぞどうぞ入ってぇ」
「そんな、滅相もございません。私達はここで結構です」
「わーい」
「待って尾花! 私の話を聞いていたの!?」
「萩里は堅いな。セレーネさんが入っていいよって言ってるんだから入りなよ」
「尾花ちゃんの言う通りだよ。気にせず入ってぇ」
「は。……では失礼して……」
一目散に炬燵に進入していった尾花を睨みながら、萩里は申し訳無さそうに炬燵に足を忍び込ませた。
「セレーネさん、ここ凄いね。どう見ても田舎のお婆ちゃん家だ」
「そういう風に造ったからねぇ。前々からこういうのがあるといいなと思ってたんだけど中々工事が進まなくてさ。ようやく昨日完成したんだよ」
「建物の外に空がありましたね。あれも造ったのですか?」
「空の再現が一番苦労したよお。勿論レプリカだけど日本の時間と同じに合わせてあるんだ」
月の基地はどの施設も温度管理が行き届いている。
暑くもなく、寒くもなく、適温が保たれている状態だ。
そんな中でこのエリアだけは肌寒いほど気温が低く、少しばかりの風も吹いていた。
季節まで日本の冬を再現しているようだ。
「月の内部に日本家屋があるなんて研究者が知ったら腰を抜かしそうですね」
「地球の科学力はまだ月の深部まで及んでないからね。そのうち全部解明されて、普通に地球人が遊びに来るようになるかもね」
「セレーネ様はそうなってもよろしいのですか?」
「我は別に構わないよお。それは人類が新しい世界を開拓したって事だからね。そうなったらファミリアを連れてもうちょっと遠くの星に移り住もうかな」
「月の管理者がいなくなりませんか?」
「人類が開拓した星は人類に管理させるのがいいんじゃないかな。その方が面白いし」
萩里は今の地球に管理者がいない事は聞いていた。
そして管理者がいないせいで宇宙から狙われやすいのも知っていた。
月から管理者がいなくなれば月も同じように狙われるのではないだろうか。
月の女神がそれに気づいていない訳が無い。
彼女がそう言うならば、おそらくそれでも構わないと思っているのだろう。
元より星の管理者などと言う話は一介の地球人でしかない萩里にはスケールの大きすぎる話だった。
それをどうこう言えるほどの見識も待ち合わせていない。
だからそんな途方もない話をするよりも、自分の関われる世界の話をすべきだと思った。
「先だって連絡をさせて頂きましたが9399世界への攻撃は年明け、我々の試験期間が終わってからとなります」
「ごめんねぇ。こんな忙しい時期に任務出しちゃって。年末だってのをすっかり忘れてたよお」
「いえ。私達の都合を考慮して下さってありがとうございます」
「ここを造ったのもそれを忘れない為なんだ。年末が近づいてきたら今後はここに引きこもるから、そしたら月も年末進行にしようと思ってさ」
「おおー。じゃあ年末になったら毎年ここで鍋パーティーやろう」
「尾花!」
「それいいねえ。ここ自体はいつでも使えるから、年が明けたら新年会でもやろうか」
「私、鍋だけは作れる。セレーネさんの好きな物をたくさん入れるよ」
「我、大根が入ってれば何でも好きだよお」
「お大根! アレンジしがいのありそうな食材だね。腕が鳴る」
尾花はいつの間にか炬燵の上にあったみかんを勝手に食べていた。
萩里が注意しようとすると、セレーネがまぁまぁと宥めて萩里にもみかんを差し出す。
「萩里ちゃん、新しいメンバーとはうまくやれてる? セプテントリオンが揃ったのは嬉しいけど、人が増えてくると色々と心配だよ」
「撫子の腕は悪くありません。まだそれほど出撃回数も多くありませんが、メグレズとの相性も良くうまく性能を引き出せていると思います」
萩里はみかんを受け取り、大事そうに両手で抱えながら粛々と報告を行った。
その堅苦しい報告にセレーネは苦笑いを浮かべる。
「それも大事だけど我は萩里ちゃん達が仲良くやれてるかの方が気になるな」
「はい。問題ありません」
「そう言えばセレーネさん、撫子は面白い選び方をしたんだね?」
「うん。消滅待ちの世界からメンバーを選ぶのは初めてだったよ。たまたま撫子ちゃんの世界にも桔梗ちゃんがいてね。うちの桔梗ちゃんと仲良くしてくれるかなと思ってスカウトしたんだ」
「桔梗が複数の世界でステラ・カントルになっているのは驚きですね。資質が高かったのでしょうか?」
「そういう子もいるよ。前に一度、別の世界の同じ子同士が戦うなんて事もあったしね」
「そ……それは凄い戦いですね」
「他の世界の自分か。もし会ったら仲良くできるのかな」
「尾花ちゃんだったら誰とでも仲良くできそうだけどねぇ。あ、そうだそうだ」
セレーネが炬燵の上に乗っているタブレットのような物を操作すると、萩里と尾花の目の前の空間にモニターが開いた。
「これは?」
「前に桃ちゃん達が捕まえてきてくれた犬飼未明子ちゃんのデータ。バタバタしてて後回しにしてたんだけど、面白い結果が出たんだよねぇ」
「おわー凄い。アニマの湧出量が5万越えてる」
「5万!? ミザールの能力では供給量が1万程と聞いていたが、湧出量が5万を越える人間がいるのか?」
アニマの湧出量とは1人の人間が一日にどれくらいのアニマを生成するかの量を示した数値。
それに対して供給量は方法にもよるが人間が一回でステラ・アルマにどれくらいのアニマを供給できるかの数値だ。
一般的なステラ・カントルは生成がせいぜい5千程度。
供給に至っては2千前後だった。
「月が製造したラピスが供給量1万5千くらいだから、この子自体が歩くラピスみたいな感じだねぇ。しかも使えば無くなるラピスと違って無限に湧き出てくる」
「確か連行されてきた時の健康状態はレベルEでしたよね。死にかけでこれなら好調時は数値が跳ね上がるのでは?」
「ワンコちゃんで新しい動力が作れちゃいそう」
「尾花ちゃんの言う通りなんだよお。このデータで技術チームが騒ぎ始めちゃってね。どうしてもこの子が欲しいんだって」
「それなら他の世界から犬飼未明子を連れてくれば良いのではありませんか?」
「この子を捕える原因になった別の世界の未明子ちゃん達は回収してたから、元の世界に戻す前にちょっと調査させてもらったんだ。そしたらその子達の湧出量は普通の人間と変わらなかったんだよねぇ」
「ならば9399世界の犬飼未明子だけが特別と言う事ですか?」
「その可能性が高いねぇ。一応他のサンプルも継続調査はするけどその結論で間違いないと思うよお」
「んー。でもワンコちゃんってまだ生きてるのかな?」
「そう思って9399世界を調べたら普通に元気してるみたい。多分だけど仲間に回復系の能力を持ったステラ・アルマがいるんじゃないかな」
その話を聞いた萩里が口元を緩めるのを尾花は見逃さなかった。
「では9399世界との戦闘の際、犬飼未明子は再び捕獲いたします」
「そうだねえ。結局前回の罰則も与えられてないし捕獲だね。できるだけ怪我させない様に連れてきてくれると嬉しいな。あ、ステラ・アルマの方は殺しちゃっていいよお」
「承知いたしました」
この命令は萩里にとって好都合だった。
萩里は五月を迎え入れる為にステラ・アルマを全滅させ他の仲間は生かして捕らえるつもりだった。
本来であればセレーネの意向で全員始末しなくてはいけないが、未明子の捕獲命令が出た事により他のメンバーも捕えられる可能性が生まれたのだ。
萩里は上機嫌で炬燵から出ると、その場に跪いて頭を下げた。
「セレーネ様。今年もお世話になりました。来年もまたセプテントリオンとして尽力したいと思います」
「萩里、もう行っちゃうの?」
「今日は挨拶に来ただけだし、やらなくてはいけない事もあるからね」
「そっか。私はせっかくだからもうちょっとぬくぬくしていくね」
「セレーネ様にお許し頂けるなら好きにするといい。それでは失礼いたします」
そう言うと、萩里は白い隊服を翻し颯爽と部屋を出て行った。
萩里を見送った尾花はセレーネの顔を伺う。
セレーネは炬燵に顎を預けながら優しい笑みを浮かべた。
「ゆっくりしていきなよ。我、今年はもう仕事する気は無いからダラダラしてるだけだし」
「ありがとうございます。みかんもう一個頂きます」
「でもあれだねぇ。萩里ちゃんはもうちょっと肩の力を抜けるといいねぇ」
「萩里、普段からセレーネさんの役に立ちたいって鼻息荒くしてるから」
「役に立ってるよお。セプテントリオンのおかげで戦いのルールを確立できたんだから。ボス役をやってくれるのは本当にありがたいよ。ステラ・アルマに頼るのはウンザリしてたからね」
「セレーネさんは何でそんなにステラ・アルマが嫌いなの?」
「だって気持ち悪いだろお? ただの熱の塊が人間のマネごとしてるなんて不自然だよ」
「でもそんなの言い出したら私達だってタンパク質の塊だよ?」
「尾花ちゃん達はね、この広い宇宙の中で偶然生まれた奇跡の産物なんだ。もっと自分達を特別な存在だと思っていいんだよ」
「そうなんだ。よく分からないや」
宵越尾花はセレーネに物怖じしない。
セレーネに逆らってはいけない事は重々承知だが、だからと言ってへりくだる必要も無いと思っている。
それはセレーネが嫌がる事、怒る事の範囲を良く理解しているからだ。
その範囲を見極めて立ち回るのがうまい尾花はセレーネにとってもお気に入りだった。
「尾花ちゃんは来年何かやりたい事はある?」
「うーん。みんなで旅行に行きたい」
「いいねぇ。落ち着いたら予定合わせて行ってきなよ」
「セレーネさんも行こうよ」
「誘ってくれるのは嬉しいけど我は流石に月を離れられないからねぇ」
「じゃあみんなでここにお泊りしよう。それで朝まで遊ぶ。それならセレーネさんもいられるでしょ?」
「それは楽しそうだね。我、途中で寝ちゃうかもだけど」
「そしたら静かに遊ぶから大丈夫」
尾花がとろけそうな笑顔でそう言うと、セレーネもつられて笑顔を返した。
セレーネの尾花に対する優しさに嘘は無い。
本当に孫のように可愛いと思っている。
だがセレーネが優しいのはあくまで自分の手の中にある者だけ。
人間全てを愛している訳では無いのだ。
もしそうなら消滅する世界の選別に殺し合いなど設定しない。
気に入ったモノにだけ愛を注ぎ、それ以外は路傍の石。
ステラ・アルマが総じてセレーネを嫌っているのはそういう独善性だった。
そして萩里も尾花も理解している。
月の女神は恐ろしく自分勝手なのだと。
セプテントリオンに対しても、いつ興味を失うか分からない。
だからこそ萩里は役に立ち飽きられないように、尾花は仲良くなり捨てられないように、それぞれセレーネに取り入っているのだ。
幸いなのはそれが2人の気質に合っていた事。
萩里は職務をこなすのが好きだし、尾花は人と仲良くするのが好きだった。
故にこの2人がセプテントリオンのリーダー格として機能している以上、チームの崩壊はまず考えられない。
セレーネに並々ならぬ反骨心を抱いている桃と、制御不能のお調子者の桔梗が何かしでかさない限りは。
月の科学力は地球よりも遥かに高い。
当然医療技術も発達していて、大怪我をしても死んでさえいなければ生命を維持できる技術が存在する。
先日、未明子が死にかけの負傷のまま解剖されていたのもこの技術によるものだった。
ただし月が未明子を生かしておいたのはあくまで調査の為。
調査が終わった後に未明子がどうなる予定だったのかはセレーネにしか分からない事だった。
月の医療機関は大きく2つ。
有事の際に防衛対応する軍事基地に1つと、セレーネファミリアが生活している居住エリアに1つ。
基地にある施設に関しては機関と呼ぶに相応しい規模だったが、こちらはフォーマルハウトと梅雨空が暴れた為に半壊。現在は復旧工事中となっている。
対して居住エリアの医療施設はほぼ診療所と言って差し支えなく、ある程度の手術・入院なども可能ではあるが最低限の医療機器しか設置されていなかった。
葛春桃のステラ・アルマであるフェクダはこの居住エリアの診療所で治療を行っていた。
フェクダがルミナスの砲撃に巻き込まれた戦いからそれなりの日数が経過していたが、まだ完治には至っていなかった。
何故ならステラ・アルマの治療に使う機器は全て基地の施設の方にあったからだ。
施設の破壊に巻き込まれそれらの機器も使用不能になってしまった為に、フェクダは自己の治癒力による回復を余儀なくされてしまった。
持ち前のアニマ量でルミナスの砲撃に耐え切ったものの、本来であれば破壊されていてもおかしくないダメージはそう簡単には治らなかった。
そもそも戦闘のあと基地側の医療施設で治療を受けていればすぐにでも治ったのだ。
それをセレーネが無理矢理、居住エリアの方に押し込んだ。
誰がどう見てもステラ・アルマを毛嫌いしているセレーネの意地悪だった。
もし負傷したのが桃だったらセレーネは基地の医療施設で最高の治療を施しただろう。
それほど月におけるステラ・アルマの扱いは低いのだ。
尤も、その意地悪のお陰でフェクダは施設破壊の難からは逃れられたのだが。
居住エリアの診療所にある病室は殺風景で療養以外にできる事は無かった。
この病室自体、使われるのは稀なのだ。
月に住まうセレーネファミリア達は定期的に医療検査を受けている為、ほとんど病気になる事は無い。
怪我の可能性はあるがその大部分は基地の中、もしくは防衛の際に負うもので、その場合は基地の医療施設を使用するからだ。
だからここに入院しているのは、先日の騒動の際に負傷したファミリアが数名とフェクダのみだった。
「具合はどう?」
フェクダがここに収容されてから桃は毎日のように様子を見に来ていた。
桃の着る白い隊服は病室には似つかわしくない。
だがベッドに寝かされているフェクダの顔を覆っている布はもっと似つかわしくなかった。
セプテントリオンのパートナーである北斗七星のステラ・アルマは月の基地内でその顔を晒す事を禁止されていた。
神楽で使用される蔵面のように平時でも顔を隠す布を身に付けていて、それを取るのを許されているのは1人でいる時のみである。
変身でステラ・カントルと口付けする際も口元を露出させるだけで布その物を外してはいけない。
これもセレーネによる取り決めであった。
月に住まう為の条件として絶対に顔を見せるなと言いつけられていたのだ。
ところがそんな取り決めをしていても、セレーネが北斗七星の7人のステラ・アルマと顔を合わせる機会はほとんど無かった。
命令を伝える際にはセプテントリオンとやり取りをするし、7人が住んでいる場所にセレーネは立ち入らない。
そのうえ月の基地内では移動できる場所まで制限されているのだからまず会う事は無いのだ。
それなのにわざわざ顔を隠させるのは、これもまたステラ・アルマへの嫌悪なのだろう。
「問題ありません。あと一週間もあれば完治すると思います」
フェクダが穏やかな声で答えた。
言動が子供っぽい桃と違ってフェクダは落ち着いた大人の女性だった。
桃のみが知るその顔は、まるで絵画で見る聖母のような美しさを持った優しい眼差しの女性だった。
「一週間だったら一緒に年越しできそうね」
「桃は毎年私と一緒にいてくれますが、たまには友達のところに行っても良いのですよ?」
「友達はいいのよ。どうせしょっちゅう会ってるんだから。特別な日は大事な人といたいじゃない」
「まあ。嬉しいですね」
布越しでも優しく微笑んだのが分かる。
彼女の笑顔は人を幸せにする笑顔だ。
何故こんなにも美しい女性の顔を隠すのか、桃はどうしても納得できなかった。
桃はそれをセレーネに抗議した事があった。
それはセレーネの元で人間が働き始めてから初めての抗議だった。
セレーネは桃の話を聞いた後それならば何でもいいからゲームをしようと持ち掛けた。
そのゲームに勝てたら意見を通し、負けたらペナルティを与えると提案したのだ。
完全にセレーネを舐めていた桃はそれを承諾。
ゲームの選択権は桃にあったので学校でよく遊んでいたトランプを使った簡単なゲームで挑戦する事にした。
結果、桃は敗北。
抗議は却下され桃に下されたペナルティは妊孕力を消失させるという恐るべき内容だった。
一生子供なんて産まないから構わないという桃に対して他のメンバーが全力で擁護し、何とかペナルティの内容を変更してもらうように嘆願した。
最終的に桃は金輪際短いスカートしか履けないという程々の内容に落ち着いたのである。
このペナルティも聞こえは軽いが、実際は桃の脳に強制的に命令を叩き込むという重いペナルティだった。
桃は最初のペナルティでも一切引く気は無かったが、萩里と尾花の必死のフォローが無ければ恐らくそのまま執行されていただろう。
桃の2人への信頼が増したのと、セレーネへの反骨心が取り返しの付かない程に増大した一件だった。
「ここには私とあなたしかいないんだから別に顔を隠さなくてもいいんじゃない?」
「セレーネ様がどこで見ているかも分かりませんからね。決め事は守った方がいいでしょう」
「あんな奴に様付けするのやめなさいよ。みんなを月に閉じ込めてるのよ?」
「ここでの生活も悪くありませんよ。普通にしている分には不足はありませんし。ただ、桃がこうやって来てくれないと会えないのは寂しいですね」
「ドゥーべとミザールなんて元々のパートナーなのに、わざわざ月に来ないと会えないなんておかしいわ」
「それでもルールを曲げて一緒にいられるのには感謝しています。ドゥーべもミザールもそれに関しては喜んでいましたよ」
「…… ”戦いの終わった世界にステラ・アルマはいられない” か。そのルールも最初に言っておけってのよ」
セレーネの設定した戦いにはいくつかのルールがある。
その中には最後まで知らされないルールもあった。
その一つが桃がいま言ったルールだ。
正確には ”戦いの終わった世界にステラ・アルマは関与できない” である。
他の世界と戦い、勝ち抜き、最後の試練としてセプテントリオンの誰かと戦う。
その戦いに勝利すればその戦士のいる世界は消滅の対象から外されると言うのが大筋のルールだ。
しかしその世界で戦っていたステラ・アルマは記憶を消去され再び別の世界で戦う事になるのだ。
ステラ・アルマは戦いの為の存在。
戦いが無くなった世界にいてはいけない。
そうしなければどこかの世界が勝ち抜く度にステラ・アルマの数が減ってしまう。
そうならない為のルールだった。
これが記憶を保持できる1等星すらも知らないルール。
知っているのは戦いに勝ち抜いた世界の戦士だけ。
その戦士達も戦いの後にステラ・アルマに関する記憶を消去されるので、実質このルールを知っているのはセプテントリオンとそのパートナーである北斗七星のステラ・アルマ。
そして唯一、勝ち抜いたにも関わらず報酬としておみなえしの世界にいる事を許されているグライドだけだった。
「セプテントリオンをやってるのは嫌じゃないけど窮屈なのは勘弁して欲しいわ。ルール、ルールって、何かを制限されるのが一番腹が立つのよ」
「規律だと考えると納得がいかないかもしれませんね。でも何かをする為の代償だと思えば安いのではありませんか?」
「フェクダと一緒にいる為の代償だと思えって事?」
「そうですね。こうやって会える事や、桃に仲間がいる事もその代償だと思いますよ」
「フェクダがそう言うなら我慢するけど……いつかまた爆発しそう」
「そうなった時は私が話を聞きますし、仲間に相談してみるのもいいでしょう」
フェクダがガーゼと包帯の巻かれた手で桃の頬を撫でる。
撫でられている桃は気持ち良さそうに目を閉じた。
「もう少し待っていて下さいね」
「うん。早くフェクダを抱きしめたい」
桃はフェクダの前でだけ本来の甘えたがりの自分を出せる。
彼女の手の温もりを確かめながら、この瞬間が一番幸せだと感じていた。




