第112話 点と線 おみなえし・藤袴
一週お休みを頂きました。
しばらくは各キャラクターのエピソードを書いていくので、ごゆるりとお付き合い頂ければと思います。
第2233世界。
この世界は戦いからは除外されている。
それはすでに勝利条件を満たしているからだ。
故にこの世界に新しいステラ・アルマは集まってこない。
今ここいるステラ・アルマは黒馬おみなえしのパートナーである ”つる座” 2等星のグライドだけだ。
おみなえしはグライドと共に他の世界との戦いに勝利した。
そしてセレーネの用意した最終戦、セプテントリオンとの戦いに臨んだ。
その時戦ったのは先にセプテントリオンになっていた藤袴。
すでに仲間を全員失っていたおみなえしは一騎打ちで藤袴を破ったのだ。
仲間を失っての一騎打ちとは言うが、この世界を勝利に導いたのは、ほぼおみなえしの力だった。
他の仲間は戦いのレベルについていけずに死んでいった。
結果おみなえしは誰とも関係を深めることなく一人で勝ち抜いて行ったのだった。
藤袴を倒しセレーネの定めたルール通りに世界を救った。
本来ならそこでおみなえしの戦いは終わり。
だが彼女はセレーネからのスカウトを受けセプテントリオンとして戦う事を選んだ。
セプテントリオンになるには北斗七星のステラ・アルマとの契約が必須だった。
おみなえしは元々のパートナーだったグライドとは別に2人目のパートナーとしてアリオトと契約を結び、セプテントリオンとして活動する時のみアリオトと一緒に戦っていた。
自分のいる世界ではグライドと暮らし。
そしてセプテントリオンとしてはアリオトと戦う。
奇しくも、黒馬おみなえしは犬飼未明子と同じ2人のパートナーを持つステラ・カントルだった。
おみなえしは高校2年生。
受験生として勉学に励む立場ではあるが、元々の学力の高さもあり無駄に勉強に時間を取られるような事は無い。
年の終わりを迎えるこの時期でも余裕のある生活を送っていた。
「ねー、おみっち。年末年始はゆっくりできるの?」
「んー? いつも通りだよ。クリスマスを越えたらセレーネ様はお休みモードだから」
おみなえしの部屋に遊びに来ていたグライドは部屋に上がるなり勝手にベッドに寝転がっていた。
それはいつもの光景なので、特に気にせずおみなえしは机に向かって作業をしていた。
「それなら今年はアリオトちゃんも呼んだら?」
「アリオトは任務がない限り月から出られないからね。難しいと思うよ」
「そうなん? それって不満が溜まらないかい?」
グライドは猫のようにベッドに丸まり枕を胸に抱きしめた。
ふわっとした長い髪を持つこのステラ・アルマは、雰囲気・行動も含めて本当に猫のようだった。
一日の半分以上を寝て過ごし、気が向いたらパートナーの元にやって来る。
そして何をするでもなく部屋でゴロゴロするだけ。
見た目だけでは世界をかけた戦いを勝ち抜いたステラ・アルマとは到底思えなかった。
「仕方ないよ。そういうセレーネ様との契約だし。それに呼べたとしてもグライドは顔を合わせるの嫌じゃないの?」
「え? なんで?」
「だって言い方悪いけど浮気相手みたいじゃん。グライドといない時間、私はアリオトと会ってるんだよ?」
「別にー。アリオトちゃんは仕事仲間みたいなものでしょ? おみっちが私にラブラブなのは言われなくても分かってるし」
「それはそうだけど……そうやって割り切れるの凄いね」
「グライドさんはおみっちがセプテントリオンやりたいって言い出した時からその辺りは納得してるし。あれ? もしかして本当に浮気だった?」
「違うよ。アリオトも大事なパートナーだけどあくまで戦いの時のみ。それはアリオトとも相談して決めたんだから」
「うむうむ。大人な関係じゃん。おみっちは高校生なのにそういう付き合いができて偉いね」
グライドはベッドの上から手を伸ばして頭を撫でるような手振りをした。
「そういうの大人なのかな……。大人だったら決めた相手に一筋なんじゃないの?」
「ノンノン。自分のやりたい事の為に色んな物事にうまく落としどころをつけていくのが大人だよ。何でも自分の思い通りにできると考える方が子供だよ」
「そういうものかな」
「そういうものなんだな」
とは言え、何となく分かっていた。
おみなえしは自分を年齢以上だとは考えない。
衣食住を親に世話になっており、その上学校にまで通わせてもらっている。
この立場を子供と言わずに何と言うのか。
同級生の多くは何故か自分達を過大評価していた。
自分の世話すらできないのに親に迷惑をかけるのを当然の権利だと思っている。
そのくせ思い通りにならないと文句だけは一人前に吐くのだ。
しかも本人達はそういうのをカッコ悪いとは感じないらしい。
(何であんなに想像力が無いんだろう……)
そうは思っていてもそれを口に出さない慎重さは持ち合わせていた。
だから学校で浮く事もなく友達もそれなりに多い。
程々にうまく人と付き合えているのは、なるほどグライドの言う通りうまい落としどころを見つけているからなのかもしれない。
そんなおみなえしはセプテントリオンに入って初めて尊敬できる人間に出会った。
強い責任感でメンバーをまとめ、かつ誰の意見も蔑ろにしない萩里。
一見フワフワしているようで人の機微に聡く、穏やかな空気を作ってくれる尾花。
学校にはいない余裕を持った大人。
2人はおみなえしがこうありたいと思う理想の姿だった。
何かとやかましい桃、やたら腰の低いのが気になる藤袴とも何だかんだ仲良くやれている。
新しく入った桔梗と撫子はまだ距離感を掴んでいる途中だが、セプテントリオンはおみなえしにとって居心地の良い場所だった。
それに色んな世界の戦士と戦う内に気の合う相手と巡り合える事もある。
未明子はまさにそんな相手だった。
「そう言えばこの前言ってた討伐対象の子はどうなったの?」
「どうなんだろう。月の施設から助け出されたって聞いたけど、あんな大怪我じゃもう戦えないんじゃないかな」
「月の女神様に逆らうって凄いね。おみっちゃんも機会があればやってみたかった?」
「興味はあるけど、そうすると萩里さんや尾花さんとも知り合えなかったからなぁ」
「このままセプテントリオンは続けるの? 来年は受験で忙しいっしょ?」
「続けるよ。一つの事しかできないほど不器用じゃないし。それよりもグライドこそ働かないの?」
「私はねー。ほら、やらなくていい事はやらない主義だし。おみっちがセプテントリオン続けてくれるから生活には困らないし。いやーセレーネ様様だよね」
「別にグライドが怠けるためにセプテントリオンやってる訳じゃないんだけど」
戦いの対象に選ばれなくなった世界からは管理人が撤退する。
これ以上何も管理する事がないので当然だ。
管理人がいなくなった場合その世界のステラ・アルマの生活は保障されなくなる。
本来であればグライドがこの世界で生活する為には自分で生計を立てなくてはいけないのだが、おみなえしがセプテントリオンを続けている報酬としてグライドの生活は引き続きセレーネが面倒を見ていた。
それにかまけて戦いが終わった後のグライドは怠惰な生活を続けていたのだ。
そんな食っちゃ寝の暮らしを続けているのにスタイル一つ崩さないのは流石ステラ・アルマ。
見目麗しいのは全く変わらず、それをおみなえしは羨ましく感じていた。
「そんなに言うならさー、いい加減セプテントリオンをやってる理由を教えてよー」
「聞かれると思った……だから言わないって。内緒って言ったでしょ?」
「おいおい酷いぜ。恋人なのに秘密にするなんて。何でも話しておくれよぉ」
「さっき自分で言ってたじゃん。やりたい事の為にうまく落としどころをつけるのが大人なんでしょ? 私はそういう落としどころを選んだの。それをグライドに話さないのも落としどころ。何でも自分の思い通りにできると考える方が子供だよ?」
「ぐえー。おみっちが擦れた大人になっていく。グライドさんは悲しいよ」
「はいはい。それよりもクリスマスにどこ行くのか決めといてね?」
「そっちは問題ないよん。もう決めてお店の予約も入れておいた」
「本当、遊びとなるとフットワーク軽いよね」
「やらなくていい事はやらない主義のグライドさんはやりたい事はすぐにやる主義なのだ」
「じゃあこの前泊まった時に散らかして行ったそこのゲーム片付けといてよ」
「おやすみぷー」
「おおいッ!」
布団の中に潜り込んだグライドをバシバシと叩くも全く反応しない。
どうやら居座りを決め込んだらしい。
気分屋のグライドを頭ごなしに叱っても絶対に言う事を聞かない。
それを分かっているおみなえしは諦めて作業に戻った。
カタカタとPCを打つ音が部屋に響き、落ち着いた時間が流れる。
やがて布団にくるまったままのグライドがポツリと呟いた。
「……おみっちゃんこそ、やりたい事の為にこんなに早く動けて偉いよね」
「別に。私は土壇場で動くのが苦手だから早めに準備したいだけだよ」
おみなえしはポートフォリオを作成していた。
それは大学卒業後にとある企業に提出する為のものだ。
内容はゲームの制作について。
自分で企画したボードゲームや、実際にプログラムした簡単なゲームなど、これまでの作品をまとめた資料。それを高校生の段階から準備しているのだった。
「頑張ってグライドが遊べるゲームも作るからね」
「それは楽しみだねー。でもホラゲーはNGな」
「分かった。めっちゃ怖いの作る」
「やめれやめれ。一人で寝られなくなる」
「私が就職したら一緒に暮らすんでしょ? じゃあ一緒に寝るから大丈夫じゃん」
「ゲーム作ってる人がそんな頻繁に帰ってこられると思うなよ? メインの寝床は自分の机の下だっつーの」
「それが一番ホラーでしょ」
「それが現実だから怖いんじゃん……」
「やはり人類は滅ぶべき。セレーネ様にお願いしてみるね」
「おおいッ! お前が救った世界だろ!?」
その地域ではいわゆる背中がヒヤリとするような話が多かった。
やれ心霊現象に遭遇しただの、ありえない体験をしただの、そういう話を聞いた後に場所を尋ねると怖いくらいにその地域の名前が出てくる。
それは西武新宿線沿いのとある場所だった。
前後の駅に比べると家賃がガクンと下がるので地方から上京してきた学生などが多く住んでいる。
そんな地域に藤袴は住んでいた。
元々実家があったので生まれも育ちもこの地域。
両親がそれぞれ事故と病気で亡くなり実家を維持できなくなった為、今は唯一の家族である姉と実家のあった場所から徒歩数分のアパートに住んでいる。
このアパートも少し違和感のある建物だった。
造りが古い訳でも無く、不気味な構造をしている訳でも無い。
どこにでもあるような普通のアパートなのに何かが変だと感じさせる雰囲気の建物だった。
藤袴と姉がここに住むようになってから数年経つが、何かオカルト的な現象が起こった事は無い。
しかしこのアパートの住人はみんな影を背負ったような者ばかりだった。
元からそういう人間が集まって来たのか、ここに住んでからそうなってしまったのかは分からない。
ただ藤袴姉妹に限った話をすると完全に前者だった。
藤袴も姉も実家にいた頃から陰気な雰囲気を持っていた。
元々ポジティブなエネルギーとは無縁であった姉妹にとっては、このアパートは波長が合うと言うか、住み心地が良かった。
不可思議な事が起こる地域も、違和感のある建物も、そこが妙に合ってしまう人間はいるものだ。
さりとて藤袴は負のオーラを背負っている人物では無い。
そういう陰寄りのタイプであっても陰湿さは無く、竹を割ったような素直な性格の上、他人に対する気遣いも行き届いている。
それゆえ友達も多く「優しく守ってあげたい陰キャ」として比較的誰からも好かれていた。
そんな藤袴は、ある日このアパートに引っ越して来たミザールと出会い世界を救う為の戦いに参加する事になる。
徐々に仲間を増やし、他の世界との戦いに勝利し続けて最終戦へと駒を進めた藤袴達はセプテントリオンの葛春桃と戦った。
死闘の末なんとか桃を打倒。
しかしその戦いで仲間はみんな力尽きてしまった。
その後、残された藤袴はセレーネからのスカウトを受け4人目のセプテントリオンとなる。
藤袴が仲間の復讐の為にセプテントリオン入りしたと思っていた桃は最初警戒していた。
だが桃がボス役として自分達と戦った事を理解していた藤袴は敵討ちの気持ちなど持っていなかった。
彼女がセプテントリオンに入った理由は、今後のボス役を自分が引き受ける事。
自分なら挑戦者を殺さずに負かすか、挑戦者に確かな実力があればわざと負けようと考えていたのだった。
つまり藤袴の正体は底抜けのお人良し。
セプテントリオンでありながら他の世界の事にまで気を回すような人物だったのだ。
そうして迎えた最初の挑戦者である黒馬おみなえし。
まさかの一騎打ちになり、やんわりと追い返そうと戦ったところ圧倒的な実力差で敗北してしまった。
しかしそれは彼女の望んだ結果。
無駄な犠牲を出さずに一つの世界を戦いから除外する事ができた。
自分を倒した桃からは文句の嵐だったが藤袴としては上出来だった。
だが次の挑戦者との戦いで藤袴の思惑はセレーネに看破されてしまった。
そしてセレーネがいかに恐ろしい存在なのかを身をもって知る事になる。
「お姉ちゃん、週末は定時あがりできそう?」
暖房の効いた部屋で藤袴と姉は炬燵に入っていた。
外との温度差で窓ガラスにできた結露を見ていた姉は驚いた顔で藤袴を見る。
「どうしたの? 何か用事でもあった?」
6歳年上の姉とは姉妹と言うよりも友達のような感覚だった。
昔から面倒見の良い姉だったので藤袴は姉にとても懐いていた。
「ひッ! 週末はクリスマスだし、どこかで夕飯でも食べようかなと思って」
「あー。……そうだね。せっかくだしどっか行こうか」
「じゃあ、お店探しておくね」
「クリスマスはどこも一杯だからね。こんなにたくさんのお店があるのにどこから人が沸いてくるんだか」
「ひッ! 予約しとかないとラーメン屋さんくらいしか空いてないよ」
「そう? 新宿のラーメン屋は去年のクリスマスも行列ができてたよ?」
「あそこはいつも行列できてるから。ラーメン好きはクリスマスでもお正月でもラーメン食べてるね」
「それな」
抑揚の無い会話が進むので側から見ると険悪なのかと感じてしまうが、これでいて姉妹は会話を楽しんでいるし、何なら年末の雰囲気にウキウキなのだ。
「私はいいけど……藤袴はいいの?」
「ひッ! な、何が?」
「前に付き合いのあった大熊さんだっけ。あの背の高い綺麗な人。あの人は誘わなくていいの?」
大熊さんとはミザールの事だ。
流石にそのままの名前だと目立つのでこの世界では仮の名前を名乗っていた。
クリスマスの話でミザールの名前が出てくるあたり妹との関係は何となく察していたのだろう。
だがそのミザールは藤袴がセプテントリオン入りして以降、月から出るのを禁止されていた。
「ひッ! あの人とはバイトで会ってるから大丈夫だよ」
「そうなんだ……。まあ藤袴が私を誘ってくれるなら嬉しいけど」
「ひひッ! バイトがない日はできるだけお姉ちゃんと一緒にいたいんだ」
「ま、私も相手はいないから予定は無いしね」
「どこかリクエストある?」
「私はお酒が飲めればどこでもいいけど……せっかくだから藤袴の好きな物を食べに行こうか」
「本当? じゃあ前から狙ってたお店を予約していい?」
「あんま高くなければね」
藤袴。
藤袴。
姉は妹を藤袴と呼ぶ。
――自分とて藤袴だと言うのに。
藤袴は妹の名前では無くこの姉妹の苗字だ。
妹の名前は藤袴×××。
しかしその名前はこの世界に存在しない。
藤袴姉妹のいるこの10320世界だけでは無くどの世界の藤袴からも名前は失われている。
それを覚えているのは本人とセプテントリオンのメンバーだけだ。
そして本人であろうと元の名前を口から出す事はできない。
口から出したところでそれは理解不能な言語となるだけだ。
何故か。
おみなえしの次の挑戦者であった戦士達に、藤袴は手心を加えて勝利させた。
決して手加減しているような素振りは見せなかったがそれでもセレーネは藤袴の考えている事を見抜いていた。
そして戦いの後、わざと負けたペナルティとして藤袴の名前だけを消滅させたのだった。
全ての世界の藤袴の名前は存在しないものとなり、誰もそれに気付けなくなった。
藤袴の姉でさえ違和感なく妹を藤袴と呼ぶ。
月の女神にはそれができてしまう。
セプテントリオンのメンバーは初めて下されたセレーネの罰に驚愕した。
セレーネに逆らってはいけない。
月の女神の恐ろしさを味わった萩里と尾花はそれを徹底し、桃は逆に反骨心を高めていった。
ところが藤袴本人は名前を失った事など特に気にしていなかった。
親からもらった名前でもそれで助かった人がいたならむしろ儲けもの。
次の挑戦者が現れても藤袴はわざと負けるつもりでいた。
次は苗字も失うのか、それとも体の一部を失うのか。
それで誰かが助かるなら構わない。
彼女の考え方にブレは無かった。
みんなが言う「優しく守ってあげたい陰キャ」は異常な程の献身を持ち、いつも誰かを守っている側の人間だったのだ。
「話が全然変わるんだけどさ」
「うん」
「猫を飼いたいなって思ってて」
「ひッ! 急にどうしたの?」
「いや、藤袴がバイトを始めてからすれ違いも多いじゃん? だから帰ってきた時に迎えてくれる人が欲しいなって」
「お姉ちゃん、猫は人じゃ無いよ」
「分かってるよ。猫でもいいから他の生命体がいて欲しいんだよ。私がいない時に藤袴が帰ってきた時も猫がいてくれたら癒されるでしょ?」
「それはまあそうだけど。でも2人ともいない時の世話は大丈夫かな?」
「猫は人がいなきゃいないで自分だけで楽しくやってるから大丈夫だよ。餌とか室温だけ気にしてあげなきゃだけど」
「自分だけで楽しくか……私達に一番必要なスキルだね」
「それな」
姉妹揃って寂しがり屋。
2人とも常に誰かが側にいて欲しいタイプなのでお互いがいない時の寂しさは結構堪えていた。
だから猫を飼うというのは藤袴的にも嬉しい提案だった。
姉がスマホを操作して猫の画像を見せる。
「この子可愛くない? メインクーン。毛が長いやつ」
「おおう。人を騙しそうなかわいい顔をしてる」
「でしょ? 人懐っこい性格みたいだし飼いやすいってさ」
「じ、じゃあ猫の飼い方を勉強しないと」
「種類は私が選んだから名前は藤袴がつけてあげな?」
「ひッ! 私が付けるの?」
「かわいいのつけてあげてね」
名前を失った自分が名前をつけるなんて何だかおこがましい気もする。
だけど猫の画像を見て楽しそうにしている姉を見て藤袴も嬉しくなっていた。
「お姉ちゃんだったらこの画像の子に何て名前をつける?」
「黒猫かぁ。うーん……シュヴァルツェ・カッツ!」
「そ、それワインの銘柄じゃなかった? お酒飲みたいの?」
「お酒好きはクリスマスでも正月でもお酒飲みたいのよ」
「ひッ! じゃあ夕飯の食材も買わなきゃだし買い物行こっか」
「この寒空の中? ……やっぱり炬燵でゴロゴロしてるよ」
「お姉ちゃんが猫になってどうするの」
抑揚のない淡々とした会話が続く。
だが仲良し姉妹にとってはこれが愛すべき時間なのだ。
セレーネからの命令であるセプテントリオン全員での9399世界への襲撃。
何がどうあっても誰かが犠牲になる。
それは藤袴一人の力ではどうにもならない戦いだ。
確実にやって来るその戦いまで、この愛おしい時間に浸っていたいと藤袴は顔をほころばせた。




