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第110話 この世界の果てはどこだって

 

 その日、登校してきた未明子は落ち着いていた。


 昨日鯨多未来とすれ違ったまま別れたのに、慌てる様子もなく、かと言って気落ちしている様子もなく普段通りに授業を受けていた。


 あまりに変化がないので逆に心配になってしまう。

 今までだったらこの世の終わりみたいに騒いでいたのに。



 お昼の休憩中、人気(ひとけ)のない校舎裏で今日の分のキスを済ませると、未明子は午後の授業に向けて気合を入れていた。

 体調も悪くないみたいで何よりだ。


「今日は昨日と違って上の空じゃないのね」

「え? 昨日そんなにやばかった?」

「やばいなんてもんじゃなかったわよ。世界史の授業のこと覚えてないの?」

「全然覚えてないや。何かやらかしてた?」

「ヴェネツィアの商人で東方見聞録に深く関わった人物は誰かって聞かれて、あなたタマゴボーロって答えたのよ」

「ええー何その解答。すべってるじゃん」

「先生から ”お前答え分かっててふざけてるだろ” って怒られてたわ」

「どうせボケるならナツメ株式会社って答えたかったな」

「どこよナツメ株式会社って」

「東方見()録ってゲームを出した会社だよ。いまはナツメアタリ株式会社って名前になってる」

「知らないわよ」

「ええ!? あのガンダムWの名作格ゲーを開発した会社だよ!?」

「いや、そんな驚かれても私そういうのさっぱりだから」


 何の話をされているのか全く分からない。

 でもこういう会話ができるなら本当に今日は大丈夫そうだ。


 昨日は可哀想なほど落ち込んでいたからフォローしてあげなきゃと思ったけど、余計なお世話だったかもしれない。


「それよりも鯨多未来のことはどうするの?」

「それは昨日の夜しっかり考えたよ。学校が終わったらミラの家に寄っていくつもり」

「そう。……あのね、私も昨晩考えたの」

「うん?」

「私達、これから戦いの時以外は関わらないようにしない?」

「……どうして?」

「その方が鯨多未来にとって都合がいいと思うの」


 鯨多未来と未明子が揉めているのは私が原因だ。

 本来彼女がいるべき場所に私が収まっているのが良くない。

 それが無ければ2人はあんな言い争いをしなくても済んだのだ。


 だから必要な時以外は私が関わらないようにするのが一番いい。


 未明子が契約を続けてくれているし、鯨多未来が変身できない以上、戦いに関してだけは担当させてもらう。

 だけどそれ以外はなるべく私の姿が2人の目に入らない方がいいだろう。


 管理人が鯨多未来の復学の手続きを進めてくれているから、彼女が望むなら私が学校を去るのもやむを得ない。


 未明子と一緒にいられる時間はぐっと減ってしまうけど、それで鯨多未来との関係がうまくいくならそれを優先すべきだ。

 

 一晩考えた結論がそれだった。

 これなら鯨多未来の思いに応えつつ私の希望も織り込ませてもらえる。


 だけど未明子は不満そうな顔を浮かべた。


「それは駄目だよ。それだと鷲羽さんだけが負担を背負ってるじゃん」

「でも彼女の気持ちを考えたらそれが一番でしょ?」

「ミラの気持ちはミラの気持ち。そこに鷲羽さんの気持ちは関係ないよ。それとも鷲羽さん自身がそうしたかった?」

「そんな事はない……けど……」

「じゃあそんな悲しい事は言わないで。2人の気持ちを受け止めるのは私の役目だから、私がどうにかするよ」


 そう言いながら私の手を握ってくれた。


 こんな肌寒い場所でも未明子の手はとても暖かった。

 それで私の心もこれ以上ないくらいに暖まる。


 未明子は底抜けに優しい。


 鯨多未来は未明子にとって全てだ。

 その鯨多未来の障害になっているなら、私は邪魔な存在でしかないはずなのに。


「だから鷲羽さんは心配しないで。それに一応ミラを納得させるための準備はしてきたんだ。それがもしダメだったとしてもまた何か考えるよ」

「うん……ありがとう。私にできる事があったら何でも言ってね?」

「……そう! ここで鷲羽さんに相談しないと今までと同じなんだよな。何でも相談するって約束したんだから実行しなきゃ」

「え?」

「そのミラを納得させる方法を鷲羽さんにも話しておきたいんだ」


 確かに今までの未明子だったらこのタイミングで相談はしてくれなかっただろう。

 前にした約束が効いているみたいだ。


 別に意地悪ではないんだけど、鯨多未来にできない相談を私にしてくれる事に優越感を感じてしまった。



 未明子が昨日の夜に何を考えて、その為に何を準備してきたのかを聞かせてもらう。


 それは高校生の女の子が思いつく内容としては突拍子もなくて、少し甘い考え方にも思えた。


 だけど未明子はその甘い考えの部分をたった一晩で何とかして来たと言うのだ。

 私はその行動力に驚いてしまった。


「それはまた……よくやれたわね……」

「いやー頑張ったよ。夜中の2時くらいまでかかっちゃった。鷲羽さんはどう思う?」

「確かにそれならあの子も納得しそうな気はするわ」

「だよね! でも私の本音としてはプランBの方なんだよなー。どうせだったら全部欲しい」

「ふふ。それは期待してるわ」


 何度も自分に言い聞かせるようだけど、この件に関して口を挟めることは何もない。


 もう未明子とは一緒にいられないと思っていたのに、思いのほか私の居場所は残されていそうだ。


 それだけで本当に十分。

 私は決まったことを享受するだけ。



 学校が終わると未明子はバスに乗って鯨多未来の家に向かった。


 私は未明子を見送り、作戦がうまく行くことを祈って帰路についたのだった。











 駅のバス停から歩いて5分程。

 閑静な住宅街の中にあるクリーム色の壁の可愛らしい建物がミラの住む家だ。


 ミラがいなくなってからはアルフィルクが部屋の手入れをしていた。

 未明子がアルフィルクからスペアキーを借りて何度か訪れた際も部屋は綺麗に保たれていたので、昨日ミラが半年ぶりの帰宅をした時も特に問題なく使用できたのであろう。


 未明子はバスを降りた後、一目散にミラの家の前までやって来た。


 何度も来ている場所とはいえ昨日のこともあってインターホンを押すのを躊躇してしまう。


 ミラがいなくなってからこの部屋にミラが戻ってくる事をあれほど望んでいたのに、いざ戻って来たら今までよりも入り辛くなってしまうなんて皮肉な話だ。


 未明子は初めてここに来た時のような緊張感で入口の扉の前に立ち、ゆっくりとインターホンを押した。


 しばらくしてインターホンからミラの声が聞こえる。


「どなたですか?」

「……私です」

「未明子!?」


 驚きの声と共にインターホンがブツリと切れて、ドタドタと足音が聞こえる。


 足音が止まるとすぐに扉が開いてミラが顔を出した。

 

 最悪、居留守を使われる可能性も考えていた未明子はすぐに出てきてくれた事に安心していた。


 それと同時に、永遠にこの部屋の扉が内側から開けられる事は無いかもしれないとも思っていたので、以前のように最愛の人が出てくる光景に感動していた。


「突然ごめんね。少し話す時間をもらえるかな?」

「まさか昨日の今日で来てくれるとは思わなかったよ」


 ミラは怒っているわけでは無さそうだった。

 むしろほのかに嬉しそうな顔をしているのが未明子の心に余裕を与えてくれた。


「あがって?」

「お邪魔します」


 玄関にあがると以前のようにピンク色のスリッパを用意される。

 

 ミラは同じくピンク色のモコモコしたルームウェアに身を包んでいた。

 未明子はこの色がミラの好きな色だったなと、スリッパに履き替えながら思い出していた。


 部屋に入るとちょうど洗濯物を取り込んだ後だったのか、ソファの上に畳まれたタオルが折り重なっていた。


「散らかっててごめんね」

「気にしないで。連絡せずに来ちゃったし」

「外寒かったでしょ? いまココアでも入れるから座って待ってて」

「ありがとう」


 定位置に座った未明子は、部屋の中に自分以外の誰かがいるのが不思議に思えた。


 そもそも他人の家だから当たり前なのだが、この部屋にはミラと一緒にいた時間よりも1人でいた時間の方が長くなってしまった。

 だからキッチンに立つミラの姿が見えた時、胸の奥が熱くなったのだった。



 2人分のココアを用意したミラは机の上にカップを置くと、ソファの上のタオルを片付けて未明子の正面に座った。


「私がいない間、アルフィルクが部屋の掃除をしてくれてたんだね。半年ぶりなのに綺麗なままでビックリしちゃった」

「アルフィルクはそういうところ本当気が利くよね。ミラがいつ帰ってきてもいいようにって思ってたのかな」

「こうして無事家主が戻って来たわけですわ」

「ふふ」


 熱々のココアを一口飲むと、冷えた体が温まっていくのを感じる。


 おかげで緊張も完全にほぐれた未明子は、改めてミラに向き合った。


「昨日の話の続きをしたかったんだ」

「うん。私も話したかった」


 昨日とは打って変わってミラは落ち着いていた。

 普段通りに穏やかで柔らかく、未明子の話を聞く姿勢になっていた。


「私から話してもいい?」

「うん」

「ありがとう……じゃあまず、今の私が何を考えているかを知ってもらいたいんだ。この半年間で色々あったからさ」

「……うん」

「フォーマルハウトにミラが殺されて、私はミラの復讐で頭がいっぱいになった。昨日も話したけど、どうにかフォーマルハウトを苦しめてやろうと思って色々と無茶をしたんだよね」


 樹海に入り込んで毒物を探していた事、無断で姿を消した事、長時間徘徊して力尽きた事も昨日話していた。


「あの時は本当にそれしか考えられなかった。他の事を頭に浮かべると苦しくて吐きそうだったんだ。それでみんなに迷惑をかけてしまった。特に暁さんにはお医者さんを紹介してもらったり、家で療養させてもらったり、色々お世話になったんだ」

「すばるさんの家、専属医がいるもんね。まさか未明子がお世話になると思ってなかったよ」

「その後も私のワガママのせいで1人で敵と戦う事になって怪我させちゃったり、暁さんには迷惑かけっぱなしだった」

「うん……」


 この件に関して未明子は深く反省していた。

 仲間がどれくらい自分を大切に思ってくれているかを見誤ったせいで自分だけでは責任が取れなかったからだ。


「私はただの無力な馬鹿だった。フォーマルハウトに復讐したくても自分ではどうしようもなかった。そんな時に力を貸してくれたのが鷲羽さんだったんだ」

「……」

「私がどれだけ冷たくあしらっても私の為に尽くしてくれた。自分をコントロールできなくて暴力的な事もたくさんしたのに、何も文句を言わずに力を貸してくれたんだ。それでフォーマルハウトを倒す事ができた」

「……そうなんだ」

「私はミラの復讐がしたかった。それに付き合ってくれた。体をバラバラにされかけて、お腹を抉られて、戦闘後に出血で意識を失うくらいに傷だらけになっても一緒に戦ってくれたんだ。それからも色々と私を気遣って支えてくれた。私はそんな鷲羽さんを無碍にはできなかったんだ」


 ミラはアルタイルの話を聞かされても落ち着いていた。

 話を一つ一つ咀嚼するように聞き入っている。

 

「だから鷲羽さんは私にとって大切な存在になったんだ。いきなり今の関係になったわけじゃないんだ。少しずつ、少しずつ時間を重ねていったんだよ」

「……うん」

「それだけは分かって欲しい」

「……実は昨日アルフィルクに家まで送ってもらった後、朝まで話してたの。私が死んだ後のことをアルフィルクが知ってる限り教えてもらったんだ」

「目覚めて初日に徹夜とか凄いね……」

「私とアルフィルクの仲だしね。そこで未明子が鷲羽さんと契約するまで凄い大変だったって聞いたよ。本当に何回も断ってたんだよね。私との契約が残ってるから嫌だって。私がいた証明を奪わないでって」

「ひぃー恥ずかしいから思い出したくない」

「それでも私の復讐の為に彼女と契約してくれたんでしょ?」

「うん。私にはそれ以外に選べる選択肢が無かったから」

「その後の事も聞いたよ。私を生き返らせる為にフォーマルハウトを利用して色々と手を尽くしてくれたって。殺したいほど憎い相手なのに私の為に我慢してたって聞いて、私の方が辛かったよ」


 そう話すミラは泣きそうになっていた。


「ごめんね。昨日未明子が言ってた通りだったんだね。私を一番に思ってくれてるのは変わってなかったんだね」

「うん。それは変わらない。今もミラが一番大切だと思ってるよ」

「ありがとう……でもまだ私は鷲羽さんを受け入れられないよ。これからはどうするの? 私と鷲羽さん、どっちと一緒に戦っていくの?」

「……それなんだけど、ミラに伝えなきゃいけない事があるんだ」

「え?」


 こんな話の切り出し方をされたら誰だっていい予感はしない。

 ミラもそれは感じ取っていたようで、未明子が次に何を言い出すか怯えているようだった。


「落ち着いて聞いて欲しい。ミラはいま、ロボットに変身できなくなっているんだ」

「…………」


 何を言っているの?


 言葉にしなくてもミラの顔はそう言っていた。


 ステラ・アルマはロボットに変身して戦う星の化身。

 変身できなければ普通の人間となんら変わらない。


 ステラ・アルマとしての在り方を否定する事実にミラは言葉を無くしていた。


「セレーネさんが調べてくれたんだ。ミラは死んだ時に体の一部を失ってしまった。それで変身する力も失ってしまったんだ」

「……そんな……そんなの嘘だよ。だって私にそんな自覚ないもの。ロボットに変身できないステラ・アルマなんて聞いたことないよ」

「一度崩壊した体が元通りになったステラ・アルマもいないんだって。ミラは特殊なパターンだったんだよ」

「そんなわけない! 未明子、試してみよう! 人のいなくなったユニバースに移動すれば変身できるから、そこで試してみようよ!」


 ミラは立ち上がり、未明子の手を掴んで引っ張りあげた。

 そのまま手を繋いで部屋の入口まで行くと扉に手をかざした。


 すると扉の隙間から光が漏れ出す。

 向こう側が別のユニバースに繋がった合図だ。


 慌ただしく靴を履いて扉から出ると、見た感じは何も変わらない同じ場所だった。

 ただ、どこを見ても人の気配は無くミラの言った通り消滅前の人がいなくなったユニバースのようだ。



「お願い、キスして?」


 未明子の方を振り返ったミラが懇願する。


 その目は焦っていた。

 何としても変身ができないという事実を否定しなくてはと訴えていた。


 未明子はミラの肩を引き寄せると、優しくキスをした。


 これで変身の為の条件は整った。


 ミラは未明子から少し離れると、腕を空に掲げる。


「マグナ・アストラ!」


 そしていつもの変身セリフを叫んだ。



 ――。

 ――。


 何も起こらなかった。


 ロボットに変身どころか体に何の変化も現れなかった。

 変身する時に現れる光も全く発生せず、声が空に響いただけだった。


「……」


 ミラは再び言葉を失っていた。


 側で見ている未明子よりも当人であるミラの方が異常を感じたのであろう。

 掲げていた手を力なく下げて、その場に座り込んでしまった。


「ミラ……」

「……どうしよう」

「え?」

「どうしよう!? 変身できなかったら未明子と一緒に戦えないよ! また私の居場所が鷲羽さんに取られちゃう!」

「そんなことないよ」

「ステラ・アルマはパートナーと一緒に戦うのが使命なのに、このままだと私いらない子になっちゃう!」

「そんなことないよ」

「未明子に捨てられたらどうしたらいいの!? 私、もう一人ぼっちは嫌だよ!」


 ミラはポロポロと大粒の涙を流して泣き出してしまった。

 未明子はそんなミラに寄り添い震える体を抱きしめた。


「また私の声が届かなくなってる。大丈夫だよ。そんなことないから」

「……未明子?」

「変身できなくたってミラはミラ。そもそも最初にミラを好きになった時だって変身できるなんて知らなかったでしょ? ステラ・アルマの能力を失ったからって私がミラを捨てるわけないよ」

「でも鷲羽さんが……私の居場所が……」

「やっぱりどうしても鷲羽さんの存在が大きい?」

「それはそうだよ……。だって私と一緒にいた時間よりも鷲羽さんと一緒にいた時間の方が長いんだよ? きっといつか未明子は私なんていらなくなっちゃうよ……」


 ミラは腕の中で小さく震えていた。


 どうしてここまでミラが怖がっているのか、未明子はその理由を分かっていた。

 そして言葉でいくら伝えてもミラの心の雲は払えないというのも理解していた。


 だからこそ、昨晩あんなに必死になって準備してきたのだ。


「ミラ。相談があるんだ」

「……相談?」

「鷲羽さんを認めてあげて欲しい。鷲羽さんはもうみんなと同じ、一緒に戦う仲間なんだ」

「……分かってるよ……」

「ミラだって鷲羽さんが嫌いなわけじゃないでしょ? ただ私を取られるかもしれないから警戒してるだけでしょ?」

「……うん。人として嫌ってるわけじゃない」

「良かった。じゃあきっと仲良くできるよ」

「でも私が戦えないなら未明子は鷲羽さんと戦うんでしょ? そうしたら私の居場所は完全になくなっちゃうよ」

「それも大丈夫。ミラの居場所は私が考えた」

「私の居場所?」

「うん。私、ミラと一緒に住むよ」

「……へ?」


 ミラはさっきとは別の意味で言葉を失っていた。

 ただでさえ大きな目が、こぼれ落ちてしまうんじゃないかと思えるほどに大きく見開いていた。


「だって、前はダメだって……」

「うん、言った。ミラと対等じゃないとカッコ悪いと思ってたから。でももうそんなこと言ってられない。私はまだちゃんとお金を稼げないし、自分だけで家を借りる権利もないから、申し訳ないけど働けるようになるまではミラの家にお邪魔になっちゃうけどね」

「それは別にいいんだけど……親御さんは? 他人の家に住むなんて絶対反対されるでしょ?」

「メチャクチャ反対された。うちは何でも相談ベースで話を始めるようにしてるんだけど、それでも反対された」

「そりゃそうだよ。親からしたら意味わからないもん……」

「だから説得したよ。私が女の子好きってのもカミングアウトした。いま付き合ってる子がいるのも言った。その上でどうしても今その子と一緒に暮らしたいって説明した」

「え、ええ?」

「お母さんはすぐに納得してくれたけど、お父さんは本当に最後まで反対してた。説得して、説得して、それでも納得してくれなかったから最後は叩きのめした」

「叩きのめした!?」

「ゲームでね。お父さんの得意なゲームで全勝して無理やり納得させたよ。ゲームの世界では敗者に口なし。負けた方は勝った方に何も言えないんだ」

「そ、それは……さすが未明子のお父さんだね」

「だから親は大丈夫。ミラが心配してる鷲羽さんにも話しておいた。後はミラがいいって言ってくれれば私はミラと一緒に生活するよ。そこがミラの居場所」


 あえて説明はしなかったが、これは自分の信念を曲げた提案だった。


 以前ミラと同棲の話が出た時にも言っていた通り、未明子は自分で自分の責任を取れない者が家を出て暮らそうとするのは、分をわきまえない甘えた考えだと思っている。

 ましてやそんな甘えた考えで両親を説得するなど、恥ずべき行為だとも思っていた。


 だけどミラの希望を叶えるため、自分の考えを捨てて、家に迷惑をかける事を選択した。


 それが未明子なりの責任の取り方だった。



 ミラにとっては何より望んでいた話だ。

 未明子が望むなら断る理由など無い。


「ほ、本当にいいの? 私ワガママだから、それで未明子に迷惑をかけちゃっても一緒に住みたいって言っちゃうよ?」

「迷惑なんかじゃないよ。稼げるようになったら一緒に暮らす約束だったし、予定がちょっと早まっただけだよ。こっちこそごめんね。今はミラに頼るしかない、しがない女子高生で」

「そんなの! 全然気にしなくていいよ! 2人で暮らすくらい余裕だから!」

「それは頼もしいな。じゃあ、それで決まりでいい?」

「もちろん! やったー! 未明子と一緒に暮らせる!」


 泣きっ面はどこへやら。

 今やミラはニコニコの笑顔で未明子に抱きついていた。


 未明子としても勿論一緒に暮らしたいという思いはあったので、信念を曲げたという複雑な感情は持ちつつも、気持ちの上では喜んでいた。


 ただ、この話には続きがある。


 いま話したのはプランA。

 一緒に住む事でミラの居場所を作る作戦。


 そしてプランB。

 これはそこに鷲羽藍流(アルタイル)も一緒に住む作戦だった。


 未明子が大切にしたい相手は2人。

 どうせならその2人と暮らしたいと考えていた。


 会話の流れでプランBを提案できればという目論見もあったが、ミラが変身能力を失った事に予想以上のショックを受けていた為に言い出せなかったのだ。


 プランBを強く推せない事はアルタイルも了承済みだった。

 むしろアルタイルには今はプランAで穏便に進めた方がいいとアドバイスされたくらいだ。


 未明子は喜ぶミラを見てプランBの提案はまだ先になりそうだなと感じていた。


 だが一番懸念していたミラの納得は得られたので、クリアしなければいけない部分は無事クリアできたと言えた。



 

 元の世界のミラの部屋に戻ってくると、ミラは楽しそうにスケジュール帳を眺めていた。


 部屋を片付けて未明子を迎えるのが待ち遠しいと言った感じだ。


 その様子を眺めながら、未明子はもう一つ。

 ミラとしなければいけない話を切り出すつもりでいた。


 この話はさっき以上に覚悟が必要だった。

 もしかしたらミラが触れられたくない話かもしれないからだ。


 だが、いまこのタイミングでしておくべきだと判断した。


「ねえミラ。もう少し話をしてもいい?」

「うん。いいよ」

「ありがとう。ずっと前から聞きたかった事があったんだ」

「そうなんだ。何を聞きたかったの?」


「えっとね。ミラが前の世界で付き合ってた女の子について」


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