第108話 この世界は誰のためだって
今日の未明子は朝から落ち着きがない。
それもそのはず。
彼女は今、学校でのんびり授業を受けているような心境では無いのだから。
光のトンネルの中。
激しい光が収まると、未明子の腕の中に鯨多未来の姿があった。
彼女はムリファインの能力で肉体を取り戻したものの、服などは一切身に付けていなかった。
すかさず未明子が自分の上着を脱いで彼女の体にかけてあげる。
見た目は本当に元通り。
私が学校で会っていたそのままの姿の鯨多未来が、未明子の腕の中で目を閉じていた。
「成功だ……!」
夜明が感嘆の声を上げて駆け寄る。
まだ信じられないという顔をしている未明子に対して、夜明は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
自分の理論に自信はあっても絶対にうまくいく保障など無い。
事実、フェルカドとムリファインの能力だけではどうにもならなかった。
未明子の呼びかけがあって何とか鯨多未来の自我を取り戻せた。
もしかしたら梅雨空の幸運も手伝ったのかもしれない。
それくらいギリギリの成功だったのだ。
「未明子くん。申し訳ないが、すぐに基地に戻ろう」
「……え?」
「ミラくんの体はまだ不安定だ。セレーネさんに診てもらった方がいい」
「ええ!? そんな!!」
悲痛な叫びがトンネル内に響く。
夜明の言う通り、鯨多未来の体はうっすらと光に包まれていた。
もしかしたらまだ構成体が肉体に馴染みきれていないのかもしれない。
せっかく助かったのにまた肉体が崩壊したら、今度は未明子の精神の方が崩壊してしまいそうだ。
未明子は急いで鯨多未来を抱きかかえるとフォーマルハウトを睨みつけた。
彼女が何を訴えているのかすぐに理解したフォーマルハウトが紫色のゲートを開く。
「へいへい。拠点に繋ぎましたよっと」
未明子と夜明は顔を見合わせるとすぐにゲートに入って行った。
私もその後に続いてゲートに向かう。
するとゲートに入る直前、稲見がフォーマルハウトに話しかけているのが目に入った。
こんな時に何の話をしているのか気にはなったが、今はとにかく鯨多未来だ。
光のトンネルに残ったメンバーは無視して、ゲートをくぐって元の世界に戻った。
拠点に戻ってくると未明子の周りに他のメンバーが集まっていた。
すでにアルフィルクと五月はボロボロ泣いていて、すばるとツィーでさえも涙ぐんでいる。
サダルメリクだけはこういう時にうまい表情ができないみたいでヘラヘラと笑っていた。
「ミラ……良かった……良かった……!」
「もう何十年かぶりにミラちゃんの顔を見た気がするよ」
「たった半年なのに随分長い時間が経った気がいたしますね」
みんなが鯨多未来との再会を喜ぶ中、夜明だけは真剣な顔で管理人と話をしていた。
さっき言っていた事を伝えているに違いない。
だいたい事情を把握したらしい管理人がすぐに未明子の元にやって来た。
「感動の再会中に悪いが少しだけ確認させてもらっていいか?」
管理人は未明子に抱かれた鯨多未来の腕に触れ、次に肩や首元をなぞる。
触れた場所から光の粒子がこぼれ、また体に戻っていくのが見えた。
「狭黒の言った通りだな。確かに構成体の結合が緩い」
「もしかしてまだ危ないんですか?」
「慌てるな犬飼。そこまで危険な状態ではない。だがこのまま帰らせる訳にもいかないだろうな」
「も、もしかしてまた構成体に戻っちゃうんですか!?」
「だから落ち着け犬飼。ここまで復元されているなら一旦問題はないだろう。このままミラを奥の部屋へ運べ」
そう言われた未明子は少し不安そうな顔をしていた。
「大丈夫なんですか? 奥の部屋は入っちゃいけないって……」
「構わん。部屋には月への通信装置などが置いてあるから入らせないようにしていただけだ。すでに月の存在を知っている者に隠す必要は無い」
「そういう事だったんですね」
「そこで以前のようにミラの体を診察しよう。必要な処置はできるはずだ」
「お願いします!」
管理人は大きく頷くと、他のメンバーの方に顔を向けた。
「という訳だ。すまんがミラは預かる。目を覚ましたら連絡を入れるから今日はもう解散してくれ」
「ええーッ!? せっかく会えたのにもう帰れっての!?」
「気持ちは分かるが病人だと思ってくれ。おっと犬飼、今のは言葉のあやだ。そんな深刻な顔をするな」
「アルフィルク。生きてまた会えたんです。ここは一度出直しましょう」
「そうは言うけど気が収まらないわよ。すばるは平気なの?」
「平気ではありませんよ。しかしわたくし達がここで騒いでもミラさんは元気になりません」
それはその通りだ。
いまここで私達にできることは無い。
すばるの正論で頭を冷やしたのか、五月もお預けをくらった犬のようにシュンとなってしまった。
「五月、大丈夫だ。後は任せよう。お前はミラが元気になった後のお祝いでも考えておけばいいんだ」
「そう……そうだね! こんなに嬉しい事はないんだから、とっておきのを考えておくよ!」
「アルフィルクもそれでいいかい?」
「あーもう! 分かったわよ! 五月、このあと企画会議だからね! サダルメリクもついて来なさい!」
「なんで、巻き込まれたし」
「話はまとまったようだな。では犬飼、ついて来い」
「はい!」
腕の中の鯨多未来を愛おしそうに見つめながら、未明子は管理人と共に奥の部屋に入って行った。
正直、複雑な想いはある。
けど未明子が救われたならやっぱりそれが一番だ。
未明子を見送ると、光のトンネルの中に残っていたメンバーがようやくゲートから出てきた。
随分長い時間話をしていたようだ。
「あれ? 犬飼さんと……鯨多ミラさんは?」
「鯨多未来ね。名前が合体してるわよ。管理人に連れられて奥の部屋で診察だって」
「大丈夫そうなの?」
「命の危険は無いみたい。目を覚ましたら連絡をくれるそうよ」
「そう。良かった!」
梅雨空が屈託のない笑顔で答える。
稲見とフェルカド、ムリファインも安心したようだった。
「稲見くん。フェルカドくん。それに梅雨空くんとムリファインくん。どうもありがとう。君達のおかげで大切な仲間を救いだす事ができたよ」
「いえ。お力になれたようで何よりです」
「良かったですね。稲見」
「いやー! そんなお礼なんていいから!」
「梅雨空は何にもしてないからね?」
「黙ってなさいムリ!」
余計な一言のせいでムリファインの両頬は梅雨空につねられて真っ赤になった。
梅雨空は茶化していたけど、これは本当に奇跡だ。
肉体が崩壊したステラ・アルマが助かるなんて今まで聞いた事がない。
1等星だろうと死ねば終わり。
それを覆すなんてこの戦いが始まって以来の快挙ではないだろうか。
だけど奇跡は毒にもなりうる。
これをキッカケに死に慣れてしまえば命を軽んじてしまう可能性がある。
今回があまりにレアなケースだと身に刻み込まなければいけない。
このメンバーならそんな心配はいらないと信じたいけど……。
「では名残惜しいがここで解散としよう。みんな気をつけて帰るんだよ」
夜明の号令でそれぞれが帰路に着いた。
私は未明子が戻ってくるまでは残るつもりなので、みんなを見送る。
そんな中、フォーマルハウトだけがホールに残っていた。
机に残っているドーナツを齧りながら私を見ている。
「帰らないの?」
「別にいいだろ」
何故か妙に嬉しそうな顔をしている。
根本原因のお前がどうしてそんな顔をしてるんだと言ってやりたいが、一応協力してくれた立場ではあるので言葉を飲み込んだ。
「そう言えば、この前助けてもらったお礼も言ってなかったわね。今回の事も含めて感謝するわ。ありがとう」
「どういたしまして。姫も未明子みたいにハグしてくれていいんだぞ?」
「……ん」
まあそれくらいならいいかと両手を差し出す。
別に深い意味はなかった。
だけどフォーマルハウトにとっては青天の霹靂だったらしい。
びっくりした猫みたいに飛び上がって距離を取られた。
宇宙一の厄介者をこんなコミカルに引かせたのは私が初めてかもしれない。
「何を驚いてるのよ?」
「ひ、ひひ姫が私に優しいだと? 何を企んでるんだ?」
「失礼ね。何も企んでないわよ。未明子を見習っただけ。相手が誰だろうと感謝は伝えるの」
「イカれてるな。私はフォーマルハウトだぞ?」
「私はアルタイルよ。心にも無い事はしないわ」
「いいんだな? こんな機会見逃さないぞ? するぞ? するからな?」
「人を寝床で襲っておいてハグくらい何だって言うのよ。早くしなさい」
フォーマルハウトは何故か自分の頬を叩いて気合いを入れ始めた。
逆にそんなに覚悟するような事なのかしら。
おずおずと近づいて来たフォーマルハウトが、ゆっくりと私の背中に両手を回す。
本当にあの厄介者なのかと疑うような優しさで抱きしめられた。
「あぁ……小さくて柔らかい」
「小さくて悪かったわね」
「この前未明子に抱きしめられた時は脳がパンクして何も感じられなかったからな。こんなに心が安らぐものだとは思ってなかった」
安らぎとかコイツには程遠いものだと思っていた。
全宇宙から嫌われるのも、コイツなりに思うところはあるのだろうか。
いや。もしそうだとしたら、そうなっている原因の性格を何とかすればいいのに。
わざとやってんのかしら。
「ねえ。何で私をそんなに気に入ってるの?」
「小さくて柔らかいからだろ?」
「はぐらかさないで。最初に会ったの……いつだったか覚えてないけど、その時から私にちょっかいかけてきたわよね?」
「そうだっけ? 覚えてないなぁ」
これは全然話をする気がないわね。
だからこういう所が嫌われるって言うのに。
「じゃあヒントをやろう。何で私が姫を姫と呼んでるのか考えてみるといい」
「はあ? 意味わからないんだけど」
「そりゃあそうだろう。意味なんて無いからな」
相変わらず会話が成立しない。
腹が立ったので睨んでやったら、いつものニヤニヤ顔に戻っていた。
そうだった。
コイツはこういう嫌な顔をする奴だった。
感謝の気持ちですっかり忘れていたわ。
「そろそろ離れなさいよ。苦しくなってきたんだけど」
「離すわけないだろ。このままずっと姫の匂いをかぎ続ける」
「え!? ちょっとキモい! 離しなさいってば!」
少し気を許すとこれだ。
割と本気で押し返してもびくともしない。
その間もコイツは私の髪に顔を埋めて「フロ〜ラル〜」などと呟いていた。
もう仕方ないから膝蹴りでも食らわせてやろうかと思っていると、奥の部屋から未明子が飛び出してきた。
未明子はそのままペタンと地面に座り込み、部屋の方に向かって土下座を始める。
「お願いします! そこを何とか!」
「だからそれはできんと言っておるだろう! 大人しく今日は帰れ!」
未明子に続いて、部屋から息を乱した管理人が姿を現した。
会話の内容でだいたい何があったか察した。
思った通り未明子は更に頭を地面に擦り付けて懇願する。
「もう離れたくないんです! もし私がいない間に何かあったらと思うと気が気でなくて!」
「くどいようだがミラなら大丈夫だ。帰り道にお前が事故にあって何かある可能性の方がよほど高い」
「それ結構高い確率じゃないですか! やっぱり帰れません! ここに泊めて下さい!」
「ええい、何て聞き分けの悪い! ……お?」
管理人がこちらを向いた。
帽子で表情は見えなくても明らかに助かったという顔をしているのが分かる。
「まだ残っておったか。アルタイル、コイツを連れて帰ってくれ!」
予想以上に情けない声で助けを求められてしまった。
一度喰いついたら雷が鳴っても離さない未明子だ。
しかもそれが鯨多未来の事となったら最強の喰いつきだろう。
ここはもう魔法の言葉を使うしかない。
フォーマルハウトは未明子の登場に合わせて私から離れて隅の方で口笛を吹いているので、土下座をやめないパートナーの元へ向かった。
「未明子。今日はもう帰りましょう? 明日また様子を見にくればいいじゃない」
「そうはいかないよ。目を離したらそれっきりかもしれないんだから!」
「ステラ・アルマに詳しい管理人が大丈夫って言ってるなら大丈夫よ。それよりもここで管理人を引き止めている内に、それこそ鯨多未来に何かあるかもしれないわよ?」
「……え?」
「そうなったらせっかくみんなが力を貸してくれたのに、未明子が台無しにしてしまうわね」
「そんな……」
「だから今日は帰りましょう。もう一度、元気な鯨多未来と話したいんでしょ?」
「う……」
そう言われた未明子は目に見えてしょげてしまった。
あまりに素直な反応だったので罪悪感よりも可愛いなと思う気持ちが勝ってしまう。
「分かったよ……」
「えらいえらい。明日学校が終わったら顔を出すわ。それくらいなら構わないでしょ?」
「ああ。それだけ時間があれば処置も終わっているだろう」
管理人はようやく肩の荷が降りたようだった。
おそらく未明子に掴まれて乱れただろう服を整えると、ゲートを開いてくれる。
「ほら犬飼。お前の家の近くに出口を作った。今日は帰ってぐっすり休め。ずっと気が張ったままだったんだろう?」
「ありがとうございます」
「じゃあアルタイル。後は頼んだぞ」
「分かった。そっちこそ鯨多未来をよろしくね?」
「任せろ」
管理人は手を振って奥の部屋に戻って行った。
未明子がその姿を恨めしそうに見つめていたので、そっと肩に手を添える。
それで少し落ち着いたのか、立ち上がってため息をついた。
「はぁ……ごめんね鷲羽さん。ミラの事で頭がいっぱいで」
「それは仕方ないわよ。でも良かったじゃない。うまくいって」
「うん」
元気の無い未明子の頭を撫でてあげると、フォーマルハウトが自分も撫でろと言わんばかりに近寄ってきた。
「……何してるのよ」
「何だよ。私も撫でられる権利くらいあるだろ」
「無いわよ。さっさと帰りなさい」
「いきなり冷たくなるんだもんなぁ。へいへい。じゃあまた用があったら呼んでくれ」
口を尖らせながらゲートを開いたフォーマルハウトは、去り際に未明子に手を振ってゲートの中に消えて行った。
「じゃあ私達も帰ろっか」
「うう……今晩眠れるかな……」
「未明子の方が体調崩しちゃダメよ?」
その後、管理人に開いてもらったゲートを使って帰る途中も未明子は全く落ち着かないようだった。
そして今日である。
お預けをくらった未明子は授業中も上の空。
教師に話しかけられても気もそぞろで、グダグダな一日を過ごしたのだった。
帰りのホームルームが終わると慌ただしく手荷物をまとめて、同じく帰り支度の済んだ私の手を引いて教室を飛び出した。
「ちょっと未明子、バス停と逆方向よ?」
「バスなんて待ってられないよ。もうそこにタクシー呼んでおいた!」
何て手際のいい。
高校生がタクシーを使うなんて結構な出費なのに、本当に頭の中は鯨多未来で一杯なんだろうな。
タクシーに乗って拠点のあるオーパまで急行する。
いつもの入口から拠点に入ると、他にはまだ誰も来ていないみたいだった。
未明子はカバンを展望ホールのベンチに投げ捨てて管理人のいる奥の部屋に駆け込んで行った。
私もカバンを一緒の場所に置いて、後を追って部屋の中に入る。
奥の部屋は管理人の執務室とでも言うべき部屋だった。
ここは元の世界では市役所の出張所なので、おそらく事務所だった場所を改造したのだろう。
月から持ち込んだと思われる機材が並び、机には何やら書類が散乱していた。
相変わらず月の文化レベルはよく分からない。
高い科学力を持っているハズなのに、いまだに紙媒体でやり取りをしているんだろうか。
この部屋に未明子と管理人の姿は見当たらない。
執務室の奥にもう一つ扉が見えるので多分あそこにいるのだろう。
廊下を通ってその扉の前に辿り着く。
すると部屋の中から「ドン!」と何かがぶつかる音がした。
物騒な物音に驚いて急いで扉を開けると、目の前には管理人が立っていて壁の方を見ていた。
管理人の視線を追って壁の方を見る。
そこには未明子に覆いかぶさっている鯨多未来の姿があった。
しかも覆いかぶさっているだけではない。
未明子を抱きしめて、これでもかと言う程深いキスをしていた。
さっきの物音は鯨多未来が未明子を壁に追いやった音だったのだ。
未明子は微動だにせず、目を丸くして彼女を見ていた。
「ちょ、ちょっと! いきなり何やってるのよ!」
未明子が部屋に入って数十秒。
恐らくわけも分からない内にキスをされたに違いない。
私は一旦2人を引き離そうと鯨多未来の両肩を掴んだ。
「……!!」
びくともしなかった。
まるで元々一つの体だったかのようにピッタリとくっついて離れようとしない。
そうこうしている内にだんだん未明子の顔色が悪くなり始めた。
口を塞がれて上手く呼吸ができなければ苦しくもなってくる。
さすがにこれ以上はマズイ。
悪いとは思いながらも、鯨多未来の頭に手を回して思いっきり後ろに引っ張った。
「たたたたたたッ!」
いくら私が非力と言えど首の力だけで抵抗は無理だ。
あえなく鯨多未来の体は未明子から引き離された。
「……もう!」
痛む首をおさえた鯨多未来がこちらを振り向く。
半年ぶりに私に向けられたその顔は、以前のままだった。
敵意とまではいかないまでも、挑戦的な意思が込められた大きな目。
普段柔らかく話しているのとは対象的なキュッと閉じられた口元。
加えて全身から威嚇のオーラを放つその姿は、子猫を守る親猫のようにも見えた。
結局最後まで未明子には言わなかった事実。
鯨多未来は私のことが嫌いなのだ。
「鷲羽さん。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう。もうすっかり元気みたいね」
「あなたが未明子と一緒に私を助けてくれたんだよね。ありがとう」
「どういたしまして」
「それでどうして私と未明子の感動の再会を邪魔するのかな?」
「それは分かってるけど未明子が苦しがってるでしょ?」
そう言うと急に鯨多未来の表情が強張った。
信じられないものを見るような目で私を睨む。
前言撤回。
彼女の私に対する意識は何故か敵意に変わったようだ。
「ずいぶん馴れ馴れしい言い方になったね。私がいない間にすっかり距離を縮めたのかな?」
「あの……少し落ち着いて欲しいのだけど……」
「落ち着いてるよ。いえ、落ち着いてはいないかな。もう会えないと思っていた未明子に会えたんだから」
鯨多未来は未明子の方に振り返ると、もう一度両腕を彼女の背中に回した。
「未明子……私の為にたくさん頑張ってくれたんだよね? たくさん辛い思いをしたんだよね? 本当にありがとう」
「ミラ……あの……」
「これからは私がずっと守ってあげるからね。ずっとそばにいるからね」
「ミラ?」
「さしあたって、私と未明子の間に入ろうとしてくる女の子から守ってあげるね」
ええ……。
私はてっきり未明子と鯨多未来の涙ながらの再会を見せられるのだと思っていたのに、まさかの宣戦布告を受けてしまった。
未明子も喜んでいいんだか、止めた方がいいのか、複雑な表情になっている。
「えーと。未明子? 一度席を外した方がいいかしら?」
「うん。ごめんね。ちょっとだけ2人にさせてもらってもいい?」
「分かったわ。ホールの方で待ってるから落ち着いたら来てね」
「鷲羽さん。別に帰ってもらってもいいんだよ?」
「あ、はい。とにかく外に出てます」
確かに学校で会ってた頃の鯨多未来もあんな感じだったけど、あそこまで当たりが強かったかしら?
完全に未明子に寄りつくなという雰囲気だ。
「アルタイル。ちょっといいか?」
呆けている私に管理人が声をかけてきた。
ここに留まっていても針のむしろなので、管理人と一緒に部屋を出ることにした。
部屋を出て廊下を歩き、展望ホールまで戻って来る。
そこで管理人が頭を下げた。
「すまん。ミラのあの嫌なモードはワタシのせいなんだ」
「嫌なモードって……何かあったの?」
「目を覚ましたミラに質問攻めにされたのでこれまでのいきさつを粗方話したんだ。そうしたらお前と犬飼の関係がどうにも気に入らなかったらしい」
「あー。まあ、そうよね……」
「犬飼が部屋に来たらもう暴走状態だ。あんなミラは初めて見た」
未明子が鯨多未来はたまに暴走するって言ってた気がする。
確かにあれを見せられたらその通りだったと思わざるを得ない。
「悪く思わないでくれ。落ち着けばいつものミラに戻るはずだ」
「私に対してはあれがいつも通りな気もするけどね」
と言っても私は別に怒ってはいないし失望もしていない。
同じ女の子を好きな者どうし、気持ちは痛いほど分かるからだ。
しかも私の場合、未明子を横取りした方だ。
邪険にされても仕方がない。
「それよりもミラについて大切な事を話しておかなければいかん」
「大切な事?」
「あとで狭黒にも相談するが今のミラは致命的な欠点を抱えてしまっている」
致命的な欠点。
胃が痛くなるような言葉だった。
見た目は元通りでも、やはり何らかの問題はあったらしい。
鯨多未来に何かあればそれはそのまま未明子へのダメージになる。
私にとっても由々しき問題だった。
「……何があったの?」
どうか未明子が悲しむような事実ではありませんように。
そう願いながら問いかけると、管理人は重々しい雰囲気でこう言った。
「……ミラはもう、ステラ・アルマとしてロボットに変身することはできない」




