第11話 それは はじまりの法則⑥
「ではこれにて模擬戦終了。4人ともこちらのユニバースに転送する」
操縦席にセレーネさんからの通信が入る。
なんとか引き分けに持ち込むことができて、安堵のため息が出た。
それにしても模擬戦とは名ばかりの本格的な戦闘だったなぁ。
たまたまミラと私の相性が良かったからうまく対応できたけど、本当に一方的にボコられて終わるところだった。
「おつかれ、ミラ」
『お疲れ様、未明子』
本当はハイタッチでもしたい気分だったけど物理的に無理なので諦めた。
代わりに操縦桿を優しく撫でる。
モニター画面を見ると周囲が光に包まれていく。
セレーネさんが開いてくれたユニバース移動のゲートに入ったみたいだ。
モニター越しに見えていた光は、やがて操縦席の中にも溢れていった。
気がつくと元いた施設に戻っていた。
他には誰もいない。
いや、フリースペースの椅子に狭黒さんだけ座っている。
「お疲れ未明子くん。さ、ここに座りたまえ」
悪気のなさそうな声で手をヒラヒラさせながら私を呼ぶ。
「あれは初心者いじめじゃないですか?」
「心外な。そんなつもりはないよ。それより早くこちらに来た方がいいよ?」
何故か座ることを催促されている。
正直いま戦ったばかりの相手の近くにいくのは気が引けるが、ここに立ちっぱなしというのもおかしい。
観念して狭黒さんの方に行こうと歩き出すと、いきなり足に力が入らなくなってその場に倒れこんでしまった。
「え?」
「だから言ったのに」
倒れた体を維持することもできず、そのまま地面に這いつくばってしまった。
何とか立ち上がろうとするも、全く動くことができない。
せめてこの無様な体制だけでもなんとかしようと奮闘していると、戦いを観戦していた他の4人が戻ってきた。
「あー! やっぱり未明子ちゃん倒れちゃってる!」
この声は九曜さん。だと思うけど、顔の向きを変えることもできない。
九曜さんは私に駆け寄ると肩を貸してくれた。
おかげで何とか立ち上がり、生まれたての子鹿の様な足取りで椅子までたどり着くことができた。
「ステラ・カントルは星の歌い手。戦闘中は歌を歌い続けているのと同じだからね。あれだけ長い時間歌っていたら常人ならそうなるのは当然だよ」
狭黒さんがケラケラ笑って説明してくれる。
「なんで狭黒さんは大丈夫なんですか?」
「こう見えて鍛えてるからね。あれくらいならもう慣れたよ」
という事はこうなってしまったのは体力不足だからか。そりゃ体力も並ですからね私。
九曜さんが椅子に寝かせてくれたおかげで大分楽にはなったけど、まだ動くことはできそうにない。
「あと、ステラ・アルマが戦闘で消耗しきってしまった場合、ステラ・カントルの体力が残っていても強制的に同じ様にへばってしまうから気をつけるんだよ?」
そう言いながら狭黒さんは寝転がった私の頭を撫でている。
引き分けたのに、まるで私が負けたみたいな扱いだ。
「でも未明子ちゃんすごかったよ! 初めて戦ったとは思えないくらい頑張ってた!」
「はい。わたくしも驚きました」
観戦していた九曜さんと暁さんに褒められてしまった。
頑張りが届いたのは嬉しい。
一番頑張ったのはミラだけど。
「ワンコは面白い戦い方をするな」
ツィーさんが、寝転がったせいでまる出しになっている私のおでこをつつきながら言う。
それよりワンコってどういうこと?
もしかして私の名前が犬で始まって子で終わるからワンコなの?
今までいろんなアダ名で呼ばれたけど、ワンコなんて呼ばれるの初めてだ。
「ところでミラとアルフィルクは?」
「あの二人なら変身を解いてから来るから、もうすぐ戻ってくると思うよ」
それはそうか。ロボットのまま転送されたならここには入れないもんな。
ミラが戻って来たらまずは傷つけてしまったことを謝らなきゃ。
「それはそうと未明子くん。何で私のいる場所を正確に狙撃できたんだい? 完全に姿を隠していたと思ったんだが」
「えーとですね。いろいろ割愛しますが、私どうやらステラ・アルマがどこにいるのか感知できるみたいです」
「嘘だろ!? 複雑な計算とかで場所を導き出したんじゃなくて、感覚で狙っていたのかい?」
「計算とか苦手なんで……」
他のメンバーからも感嘆の声があがった。
普段こんなに褒められることが無いのでちょっと鼻が伸びてしまう。
「狙撃手がそんな能力を持っていたら恐怖ですね。犬飼さんが敵じゃなくて良かったです」
「いや私も暁さんと戦いたくないですよ」
「でも一緒に戦うならメリクと相性が良い気がいたします。面白い戦い方ができそうです」
忘れがちだけどサダルメリクちゃんもロボットになるんだよな。
あんなちっちゃいのにどんなロボットになるんだろう。小動物型のロボットとかかな。
「未明子くんのそのステラ・アルマの感知はどれくらいの距離まで届くんだい?」
「500メートルくらいは余裕でした。状況にもよると思いますけど、索敵に集中できればもっと行けるかもしれません」
「それは頼もしいね! ちなみに操縦席から降りた今でもある程度は分かるのかな?」
「そうですね。……多分そろそろ、ミラとアルフィルクがエレベーターで上がってきます」
私に言われてみんながエレベーターの方を見ると、どうやら二人がちょうどやってきたらしく再び感嘆の声があがる。
「すごいね。超能力みたいだ」
そんないいものじゃないっすよ。
ただの女の子好きが高じただけなんで。
……とは口に出さない。
「アルフィルク、どうやら未明子くんはステラ・アルマ専用のセンサーみたいなものを持っているみたいだよ」
「は? なんでただの人間にセンサーがついてるの?」
アルフィルクの声がする。
思ったより元気そうで安心した。
建物で威力を殺したとはいえ、ファブリチウスを直撃させちゃったからな。
私はなんとか首だけを起こしてアルフィルクを見た。
「うひょおおおおおおいッ!?」
自分でも信じられないほどの大声が出てみんなを驚かせてしまう。
でもこれは大目にみて欲しい。
だってアルフィルクが
ほぼ裸だった。
正確に言うと上半身はほとんど裸だった。
あのモデルさんみたいな服はボロボロになっていて見る影もない。
かろうじて腕周りだけ服が残っているけど、肩もお腹も胸も全部見えてしまっている。
大事なところだけは長い髪で隠れているけど……。
いやいやいやいや何で!?
ここに来るまでに誰かに襲われたの!?
「あ、そうか! 未明子くんに説明するのを忘れていた。ステラ・アルマが戦闘で負ったダメージは、もちろん人間の姿の時にも反映されるよ」
えぇ!?
ってことは私が攻撃を当てちゃったせいで、あんなあられもない姿になっちゃったの?
女の子をひん剥くつもりなんてなかったのに!
あぁ……なんてお詫びをすればいいのか。
ってかミラ! ミラは!?
私が慌ててミラを探すと、彼女はアルフィルクに隠れる様に立っていた。
ああぁあ!!!???
ミラは裸にこそなっていなかったものの、制服の上着が全部破れてキャミソール1枚になっていた。
普段見えない肩や首元もガッツリ見えてしまっていて、とてもいけない感じになっている。
スカートもボロボロになっているせいで綺麗な太ももが露わになっていた。
「キャーーーーーー!!」
とても見ていられなくなって手で顔を覆う。
「未明子? 大丈夫?」
そんな大パニックの私のことなんか全く気にすることなく駆け寄ってくるミラ。
「ミラ、ダメ。そんな、そんなえっちなカッコで来られたら、私……」
覆った手の向こうのミラの姿を想像して全身の血がものすごい速さで駆け巡る。
いつぞやのように心臓の鼓動がトップギアまで上がり、下手をすれば鼻血を拭いてしまいそうだった。
「私、未明子に見られても大丈夫だよ?」
「ミラが大丈夫でも、私が、私がダメ! 私の濁った目でミラが汚れちゃう!」
「そんなことないのに。……そうだ」
ドサッ
柔らかな感触。
見えないけど分かる。
動けない私の上に、何故かミラが覆いかぶさってきた。
「な、なにしてるのミラ!?」
どうして私の上にまたがってるの?
さらに私の鼓動が早くなる。
こ、これ以上は危険だ……!
ミラが顔を覆っている私の手を掴んで、そのまま優しく椅子に押し付けた。
普段の彼女からは想像できない行動!
遮るものがなくなって、これでは目を開ければ何もかも見えてしまう。
「ね、未明子。目を開けて? 私を慰めてくれるって言ったよね」
言った。
なんでもするとも言った。
でもまさかこんな時に言われると思ってなかった。
「目を開けて? 私を見て」
ミラがわざわざ耳元で声を出してくる。
あの優しいミラが、突然小悪魔みたいな誘惑をしてくる!?
どどどどどうしよう!?
でも、目を開けてとお願いされたら開けるしかない!
開けます。開けますよー!
私は観念してそっと目を開いた。
目の前に、ミラの顔。
近い。かわいい。美しい。
「未明子……」
ミラの声が耳に入って脳がとろける。
吐息まで肌で感じる至近距離。
やばい、呼吸ができなくなってきた。
そしてついに欲望に抗えずに視線を下げてしまい
ほぼ見えてしまっている胸元が視界に入ったところで、私の意識はブラックアウトした。
目を覚ますと、あたりはすっかり暗くなっていた。
なんだかとてもえっちな……否。いい夢を見ていた様な気がする。
ところでなんだろうこの枕。すごく心地が良くて最高の睡眠を得られそう。
こんな枕があるなら帰りに買っていこうかな。
「おはよう」
私を覗き込むミラの顔。
その顔を見て意識が一気に覚醒した。
夢じゃなくて現実だったんだあれ!
いろいろ無理になって気絶したんだった!
そしてこの構図。
またもミラに膝枕してもらっているらしい。道理で最高の心地の筈だ。
「お、おはよう……」
さっき見たミラの露わな胸元を思い出して顔を見ることができなかった。
最低だ。彼女のボロボロになった姿に欲情するなんて。
心配そうに私を見つめるミラは、破れた制服の代わりにパーカーを着ていた。
一瞬残念な気持ちになったがすぐに諌めて体を起こす。
「もうみんな帰ったよ。だからまだ寝てていいのに」
「そんな訳にもいかないよ! それよりも怪我は大丈夫?」
ミラの顔や手を見て、どこか怪我をしていないか確認する。
「うん。私は装甲がやられただけだから、傷はほとんどないかな」
「良かった。ミラが怪我しちゃったらどうしようかと思った。本当にごめんね。私がもっとうまく戦えてたらあんなにやられなかったのに」
「私は大丈夫だよ。未明子だって結構痛かったでしょ?」
ダメージを受けて衝撃があれば、それは操縦席にも伝わる。
私だってそれなりに痛い思いはしたが、直接戦っているミラほどじゃない。
「ねぇ、もし装甲が壊れてもっと酷いダメージを受けたらミラの体もそうなっちゃうの?」
私の問いかけに、ミラは少し顔を背ける。
「そうだね。多少のダメージだったら擦り傷とか打撲とかで済むよ。私たちステラ・アルマは回復力も高いからそんなのはすぐに治っちゃう。でも例えば、目が潰れたり、腕がちぎれたりしたら……」
想像するだけで青ざめてしまった。
私のつまらない判断ミスで彼女が取り返しのつかない怪我を負うことだってある。
もし彼女の一生に関わる怪我をさせてしまったらどうやって償えばいいんだろう。
「そんな顔しないで? 私達はそういう使命を持って生まれてきているから、そうなったとしても大丈夫なの。それよりも未明子の心に痛みを与えてしまうことの方が辛いわ」
私のことなんてどうでもいいのにミラは心配してくれる。
どうせ私はたいした人間ではないから、体が壊れようが、心が壊れようが、誰も悲しまない。
でもミラは違う。
鯨多未来として、たくさんの人達に愛されて、たくさんの人達に必要とされている。
きっとみんなが明日も「おはよう」と声をかけて欲しいのは、私じゃなくてミラなのだ。
そう考えて私はミラと一緒に戦うことが怖いと思ってしまいそうになった。
日常から彼女を奪ってしまう可能性が頭をちらつき、それならいっそ戦わない方がいいと思ってしまいそうになった。
でも、違う。
「違う!!」
頭に浮かんだ言葉がそのまま口から出る。
「だからこそ私がミラのことを守るんだ! ミラが傷つくのは怖いけど、だから私がミラを命をかけて守るんだ!」
突然大声をあげたのでミラをびっくりさせてしまった。
そんな彼女を強引に抱き寄せる。
彼女の肩越しに、ふわふわのいい匂いのする髪に顔を埋めた。
この細くて力を入れたら壊れちゃいそうな体を、天使のように優しい心を、私が守るんだ。
「ミラ。私がミラを守るよ。どんな敵が来たってミラのことを守る。私が怪我をしたって、辛くて心が折れそうになったって、ミラがいてくれれば私は頑張れる。だから私の全てをかけてミラを守る。だって私、ミラのこと大好きだもん」
自分でも恥ずかしいことを言っているなと思いながらもミラを抱きしめる腕に力を込めた。
これが私の覚悟だよ、と言わんばかりに。
「……ありがとう、未明子。私の彼女は最高だよ」
言って欲しかった言葉をもらってしまった。
愛おしい。
彼女のことが愛おしくて仕方ない。
私の全部で、彼女のことを幸せにしてあげたい。
私はミラの顔をみて、頬に手を当てると、彼女の唇にキスをしようとした。
「そろそろ良いかしら?」
が、そのキスはストップされた。
……。
声の主はアルフィルクだった。
「永遠にイチャイチャしててもらって構わないんだけど、そろそろ夜明のところに戻らないと心配されるから、少しだけいい?」
おま、おったんかい!
部屋が暗くなってたから全然気づかなかった。
ってか、今までのやりとり全部見られてたのか。
私はミラからそっと手を離し、椅子の上に正座した。
アルフィルクもボロボロになった服の代わりにミラと同じパーカーを着ている。
あのパーカーは服が破損した場合に支給されるものなのかもしれない。
「今の話も含めてだけど、認めるわ」
「なにが?」
「なにがじゃないわよ。あんたの覚悟を見せろって話だったでしょ?」
そう言えばそうだった。
そもそも模擬戦をする事になったのはアルフィルクが私にイチャモンをつけたのが始まりだったのだ。
「パートナーとしてどうかと思ったけど、夜明の言った通りちゃんとミラの事を考えているのは伝わったわ」
「はい」
「私の言い方が悪かった。ごめんなさい」
アルフィルクはちゃんと謝れる子だった。偉い。
でもミラへの対応で良い子だってことは分かっていたから、別に私はアルフィルクに怒っている訳ではなかった。
「ミラもごめんなさい。あたなのパートナーに食ってかかってしまったわ」
「アルフィルク……」
ミラは私以上にアルフィルクのことを分かってるだろうから、あえて言うことはないんだろう。
ステラ・アルマ同士で通じあってるのは素敵なんだけどちょっと嫉妬する。
「それだけ伝えたかったの。疲れているのに申し訳なかったわね」
アルフィルクはそれだけ言うと、部屋から出て行こうとした。
「アルフィルク!」
私の呼びかけにアルフィルクがこちらを振り返る。
「これからよろしく!」
それを聞いたアルフィルクは、今日はじめて見せる笑顔で
「よろしくね未明子! イーハトーブへようこそ」
と言い残し、去っていった。
「はー。どえらい美人さんでしたね」
「アルフィルクは優しいから仲間の事がとても大切なのよ。でもこれで未明子も仲間に入ったと思うよ」
「それは嬉しいな。頑張った甲斐があったよ」
私は再びミラの膝に寝転んだ。
誰もいなくなったんだし、頑張ったんだし、これくらいは許してほしい。
ミラは嫌な顔一つせずに「よしよし」と頭を撫でてくれる。
「そうだ。初勝利のお祝いに何かご褒美あげるよ!」
突然のミラからの提案。
「嬉しいけど一番頑張ったミラから貰うのも悪い気がするなぁ。この最高の膝枕で十分ご褒美だし」
これは本心だった。
今日はいろんな意味でミラを堪能できたので満足感はすでにMAXに達している。
これ以上何かを貰うなんてバチがあたりそうだ。
「あ、じゃあさ。今週のお休みにデートしない?」
デート!!
その言葉は私の心にとても響いた。
恋人とのデートなんて夢のまた夢だったのに、その夢が叶うなんて!!
◯◯とか、◯◯とかして、それで◯◯とかして……。
あーーーーーーー
非モテ女子の私には、デートを妄想するための◯◯が出てこない!!
◯◯には何が入るの!? カフェ? カラオケ? 遊園地?
デートって何をすればデートになるんだい!?
「したい! ミラとデートしたい!」
とりあえず何も思いつかなかったけど、意思だけは声に出した。
「やった! じゃあいろいろ考えておくね」
ミラはいつもの天使の笑顔を浮かべて嬉しそうにしている。
こんな私とのデートでここまで喜んでくれるなんて。
むしろ私の方が嬉しさではち切れそうだよ。
はぁ。今日も私の彼女がかわいい。
ミラが嬉しそうにスマホのカレンダーに ”デート” と入力しているのを見てしまい、かわいさでまた気を失いそうになりながら、激動の一日が終わったのだった。




