第107話 真っ白な未来 君と描いて⑥
「未明子くん。何度目かの同じ質問をするが、ステラ・アルマの固有武装について知っている事を教えてくれるかい?」
夜明はホワイトボードの前に立つと、おもむろに板書を始めた。
「固有武装ですか? ステラ・アルマが最初から持っている武器で等級によって所持数が変わります。4等星以下は持たず、3等星が1つ、2等星が2つ、1等星が3つ持っていて、その中で1等星だけは3つの内2つを自由に創造できます」
「その通りだ。強大な戦力となる固有武装。ではその中にも種類があるのは分かるかな?」
「種類? 何だろう……武器かそうじゃないか、ですか?」
「ほぼ正解だ。固有武装には大きく分けて2つの種類がある。それは物理的な武装と、概念的な武装だ」
物理的な武装と概念的な武装。
夜明はホワイトボードにその2つを書いて、物理的な武装を○で囲った。
「物理的な武装は簡単だね。ツィーくんの刀や、メリクくんの盾もそうだし、アルタイルくんのビーム砲もそうだ。それに対してフェルカドくんの能力やムリファインくんの左手の能力は ”そうすればそうなる” という概念的な武装だ」
今度は概念的な武装の方を○で囲う。
「そしてこの概念的な武装はある特徴を持っている。それは人間の姿の時でも使用できるという事だ」
「あ!」
「今まで戦闘以外で見た事がある能力は、全てこの概念的な武装にあたるんだよ」
それは固有武装に関わる法則。
実はこの法則は結構重要だ。
もしフォーマルハウトがスピカ姉様からコピーした能力をロボットの時にしか使えなかったら私は治療されることなく死んでいた。
あの能力が人間の時にも使えると分かっていたから、未明子はフォーマルハウトを ”薬箱” として使うことを思いついたのだろう。
「言われてみれば、以前戦った斗垣さんのステラ・アルマが人間の姿の時に使用していた固有武装も概念的な能力でしたね」
「ちょっと待って! でもそうするとおかしいわ」
「アルフィルク、何か気になる事でもあるの?」
「前にベガがここに来た時、手から剣を出してたじゃない。あれは物理的な固有武装にならないの?」
「いや、おそらくあれは概念的な方の能力だ。そうじゃないかいアルタイルくん?」
夜明が急に話を振ってきた。
この話題が出た時に何となく振られるんじゃないかと予想はしていたので、用意しておいた答えを返す。
「そうよ。ベガの固有武装 ”アル・ナスル・アル・タイル” は武器の固有武装じゃないわ。あれは世界に存在する何かを借りてくる能力よ」
「借りてくるってどういうこと?」
「それが世界のどこかに存在する物であれば左手のポータルから取り出すことができるの。あの時はどこかの博物館か、骨董品店から剣を拝借してきたのね」
「世界中のどこからでも持ってこられるの?」
「この世界だけじゃなくどの世界からも取り出せるわ。ただしベガが見たことのある物じゃないと駄目だけどね」
「アルタイル。創り出すのではなく実際にある物を借りてくるのですね?」
「そうよ。すばるはあの能力の嫌らしさに気づいたみたいね」
「はい。であれば、もしメリクやツィーさんがベガと戦うことになったら勝ち目がありませんね」
「ん? 撫子どういうことだ?」
「借りてくるという事は、元あった物はそこからなくなるという事です。つまり戦闘時にツィーさんの固有武装を借りられた場合、手元からなくなります」
「そうか! 奪い取られるのと同義なのか」
「恐ろしい能力です。他にも応用が効きますし、さすが1等星の固有武装ですね」
「確かに応用範囲の広い能力ではあるのだけど、私もあんな使い方をしているのを見たのは初めてだったわ。いつもは薬とか出してくれてたもの」
私といる時のベガは穏やかで、剣を持ち出すなんて考えられなかった。
それで誰かを傷つけるなんて今でも悪い夢を見ているみたいだ。
「はて。月の基地に侵入した際、フォーマルハウトが物理的な武器を創り出していたような気がいたします」
「あー! そうだわ。叩いたら爆発するハンマーを出してたじゃない!」
「暁のお嬢さんも梅雨空もお利口じゃないか。私の能力は正確にはコピーじゃなくて目で見た能力を自分の頭で創造する能力だからな。そういうルールを外した武器を創ってるだけだ。じゃなきゃ ”固有” 武装を他人が使える訳ないだろ」
「それズルくない!?」
「その分精度が落ちる。あのハンマーだって本来はあんな小規模な爆発しか起こせない武器じゃないからな」
「それにしたって破格の性能でしょうに」
「なんだ姫? 褒めてくれるのか?」
「馬鹿おっしゃい」
コイツの能力も相当タガが外れている。
消費アニマの高さや諸々の制限があるとしても、見た能力を再現できるのは普通あり得ない。
情報処理能力の高さや元々の気質が上手く噛み合わさった奇跡の能力と言えるだろう。
それをあたり前のように使いこなせているという点では、コイツはやはり全てのステラ・アルマの脅威になり得る存在なのだ。
「話が逸れてしまったが、概念的な能力ならば人間の姿でも使用できるというのは理解してもらえただろうか?」
「それは分かりました。でもそれとミラを救う事にどんな関連があるんですか?」
未明子の問いに頷いた夜明は、ホワイトボードに板書を続けた。
9399世界の隣にもう一つ大きな○を書いて、そこに ”ミラくんが散った世界” と記載する。
「ミラくんが散った世界をX世界としよう。最初のフォーマルハウトとの戦いで核を潰されたミラくんはこのX世界で肉体を失い光の粒子になった。だがその直後、君の要請でこの基地に戻されたのを覚えているかい?」
「覚えています。ミラを知らない世界に置き去りにしたくなくてセレーネさんにお願いしました」
そこに居合わせた全員の顔が暗くなる。
思い出したくもない光景が頭の中にフラッシュバックしたのだろう。
「光の粒子に変わったミラくんの構成体はある程度X世界に放たれたが、未明子くんのその行動によって大部分が別の場所に放たれたんだ」
「え?」
「この基地に戻ってきた時、ほとんど光は残っていなかったよね? ではその光の大部分はどこに行ってしまったのか?」
「まさか……ユニバース移動中のトンネル?」
「その通り。私達はセレーネさんによって長距離移動する際に光のトンネルを通る。戻る時は中を歩く必要は無いがトンネル自体は通っているんだ」
管理人が開くユニバース移動のゲートは世界に加えて場所も移動する。
ゲートをくぐった後の光の道を通る事によって場所を移動しているのだ。
当然、戻る時もその道を通って戻ってくる。
「じゃあミラは……」
「ああ。ミラくんの構成体はここから神代植物園までの光のトンネルの中に残っていると考えられる」
「嘘でしょ夜明!? だってステラ・アルマの構成体は宇宙に戻るって言ってたじゃない!」
「勿論さ。必ず宇宙に戻っていく。ただしそれは出口がある場所ならばだ」
「出口?」
「前に未明子くんがセレーネさんに質問していたよね。あの光のトンネルに他の出口はあるのかと。その時セレーネさんは入口と出口が閉じてしまえばあそこは完全な密閉空間だと言っていた」
「……そう、聞きました」
「セレーネさん。あそこに閉じ込められたモノがどうにかして外に出る事はできるのかい?」
「無理だ。あそこは世界と世界の繋ぎ目。例えステラ・アルマのエネルギー体であろうとあそこから宇宙に戻る事はできん」
「だそうだ」
私はいま初めてその詳しい状況を知った。
鯨多未来の体が崩壊して光に変化した後、その世界で全て消えたのかと思っていた。
まさか消えながらユニバースを移動していたなんて。
確かにそれならば彼女の構成体はその光のトンネルの中に残っている可能性は高い。
ただ……
「ですが、ミラさんの構成体がそこに残っていたとしても彼女はすでに肉体を失っているのですよね? そんな状態の彼女を救えるのでしょうか?」
そう。
すばるの言った通りそこに鯨多未来の構成体が残っていたとしてもすでに肉体は存在しない。
そこで会えるのはただの光の粒子でしかないのだ。
それを取り戻したところで彼女を救ったとはとても言えない。
「……あ!」
「稲見、どうしました?」
突然稲見が口を抑えて大声を出した。
それと同時に疑問を口にしていたすばるも何かに気づいたように目を見開く。
「私、分かっちゃいました。ミラさんを救う方法……」
「僭越ながらわたくしも解答に辿り着けました」
稲見とすばるの言葉に他のメンバーがざわつく。
夜明だけでなくこの2人まで鯨多未来を救えると言い出したのだ。
「稲見ちゃん! 教えて! どうすればいいの!?」
未明子が必死の形相で稲見の肩を掴む。
稲見はその勢いに気圧されながらも、未明子を見据えてしっかりと返答した。
「ムリファインちゃんの固有武装です。彼女の左手の能力を使うんです!」
その言葉を聞いて全員がハッと息を飲んだ。
確かにその方法があった。
ムリファインの左手の能力は触れた物体を元の状態に戻す。
能力を発動して構成体に触れれば、元の肉体に戻すことができるかもしれない。
「でも待って! ムリの能力は触れた物を対象にするんでしょ? その構成体ってのに触れようにもバラバラに散っちゃってるならどうにもならないじゃない」
「そこはフェルカドの能力です。私を通してフェルカドの能力で構成体を集められます。構成体は光に変わったステラ・アルマのエネルギーだから可能なはずです」
夜明が言っていたのはこの事だったのだ。
フェルカドの固有武装は奇跡を起こす。
光のトンネルの中に鯨多未来の構成体が残っている事に気づいていた夜明は、ムリファインの能力を利用するところまでは考えが及んでいたに違いない。
後は構成体をどうやって集めるかを探っていたのだ。
そこにこの前の戦いでフェルカドの能力が判明して、とうとう最後のピースが揃った。
みんな呆気に取られていた。
鯨多未来が光のトンネルの中で散ったこと。
物体を元に戻す能力を持ったステラ・アルマと、エネルギーを操る能力を持ったステラ・アルマが現れたこと。
その重なった偶然が、夜明の言葉通り奇跡を呼び込んだのだ。
「すまん。水を差すようで悪いがそれは無理だ」
突然そう言い出したのは管理人だった。
管理人は申し訳なさそうに肩を落として話を続ける。
「あの時のゲートを開く事は可能だ。だが出口を作る事ができない。何故なら行き先の世界がすでに消滅しているからだ」
「出口なんてなくても入口を開けっぱなしにしておけばいいじゃない」
「それはできないんだアルフィルク。入口はあくまで入口。一方通行なんだ。あの空間に一度入ったが最後、出口からしか出られない」
「ふむ。そうだと思ったよ」
管理人の説明に夜明が割って入った。
「そこは心配無用。その為に借りたくも無い奴の力を借りるんだ」
「なるほど。そこで私の出番か」
全員の視線がフォーマルハウトに注がれる。
フォーマルハウトは未明子の持ってきたドーナツを齧りながらいつものニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「コイツのゲートならトンネルの中からこの基地へ繋げられる。地球から月を繋げるんだ、それくらい造作も無いだろう?」
「ああ。問題ない」
「よろしい。ではこれで全ての問題はクリアかな?」
板書を終えてマーカーを置いた夜明が手を叩いた。
ホワイトボードには鯨多未来を救うための手段が分かりやすくまとめられている。
「理論的には可能な筈だ。後はそれらが上手く行くかどうか」
頭で考えた事が全てそのまま上手くいけば世の中はもっとシンプルだ。
完璧なロジックをもってしてもイレギュラーを完全に消し去るのは難しい。
だけどここにいるメンバーの胸中はそうではなさそうだった。
やれる。
いける。
それが顔に如実に表れていた。
もう絶対に叶わないと思っていたことが叶うかもしれない。
ならばやる価値は十分にある。
すでに万に一つの可能性は確信へと変わっていた。
「お願いします! みんなの力を貸して下さい!」
未明子が夜明に指名された6人に頭を下げた。
彼女は鯨多未来にもう一度会う為にこの半年間を生きてきた。
死にたくなるほど辛くても、殺したいほど憎くても、全てを我慢していくつもの夜を越えてきた。
それをみんな知っているから反論する者などいなかった。
「そりゃあ大事なファンのお願いだもの。何だってやるわよ。ね、ムリ?」
「うん。わた……ボクの力でやれる事なら頑張ります」
「私はみなさんのおかげでここにいられるんですから協力するのは当然です」
「稲見がそう言うのであれば私はそれに従います」
「ゲートを開くだけなら何も規律違反にはならない。それくらいなら力を貸そう」
「ありがとうございます!!」
「あ……」
5人が言い終わったところで未明子が大声でお礼を述べる。
6人目の厄介者が何か言いたかったみたいだけどその声にかき消された。
もっとも、誰もそれを聞くつもりは無さそうだけど。
「ゲートに入るのはセレーネさん以外の5人。それに私と未明子くんだ。何があるか分からないから他のみんなはここで待機しておいてくれ」
「分かった!」
「承知いたしました」
「あの……夜明……」
当然ながら私はそのメンバーに入っていなかった。
だけどどうしても顛末を見届けたい。
これで私と未明子との時間が終わりになるなら、最後の瞬間まで一緒にいたかった。
「……では、アルタイルくんも来てくれ」
夜明はその空気を察してくれたようだった。
他のみんなだって行きたいに決まってる。
大切な仲間を救えるかどうかの瀬戸際なんだ。
だけどみんな言葉には出さずに表情だけで「行って来なよ」と促してくれた。
私は精一杯頭を下げて、その気持ちに甘えさせてもらう事にした。
「あのー夜明さん? 他のメンバーは分かるんだけど何で私も連れて行くの? ムリの能力は私がいなくても使えると思うわよ?」
「ああ、梅雨空くんはね。運がいいからね。何かいい結果が出そうだから一緒に来てくれたまえ」
「ここまでロジカルに進めておいて私は何となくで連れてくの!?」
「馬鹿を言っちゃあいけない。君は君が思っている以上にラッキースターなんだ。私が保証しよう」
「そんなの生まれて初めて言われたわ……」
夜明の思いつきのようで実は私も同じ事を思っていた。
梅雨空との出会いからここまで、彼女は相当な強運を発揮している。
本人にそんなつもりは無いかもしれないけど運が無ければあの無茶は通らない。
確かに一緒にいてくれれば良い結果を運んでくれそうだ。
「ではセレーネさん、あの時と同じゲートを開いてくれるかい?」
「了解した」
管理人はすでに開くべき座標を定めていたようで、すぐにゲートを開いてくれた。
「よし、行こう」
夜明はそう言って最初にゲートに入って行った。
それに続いて未明子と梅雨空が。
その後ろに稲見とフェルカド、ムリファインが続いていく。
私もゲートに向かおうとすると、フォーマルハウトが隣に来て肘で小突いてきた。
「姫。いいんだな?」
「なんの話?」
「未明子のステラ・アルマが復活したら姫はまたひとりぼっちだぞ?」
「ずいぶんのんびりしたタイミングね。その話ならもう終わってるわ」
「そうなのか? まあ姫がそう言うなら私はいいよ。ただ一つ約束しろ。これが終わっても勝手に別のユニバースに行ったりするなよ?」
コイツは何を寝ぼけたことを言っているのか。
例え未明子に捨てられてひとりになったとしても、この世界を離れるなんてありえない。
私がどれほど苦労してこの世界に辿り着いたと思っているのだろう。
「そんなの約束するまでもないわ。あなたこそ未明子から用済みって言われても泣かないでよね」
「いや、そんなこと言われたら私は泣くぞ」
「我慢しなさいよ。1等星でしょ?」
「1等星とか関係ないだろ。……ったく……1等星って何かイマイチ愛されないよな……」
そうぼやきながらフォーマルハウトもゲートの中に入って行った。
地味に刺さる言葉で複雑な気持ちになる。
でも今はそんなのを気にしている場合ではない。
私は急いでみんなの後を追い、ゲートの中に飛び込んだ。
光のトンネル自体はいつも通りだった。
眩い光の中に道が続いている。
ただしこの先に出口は無い。
ゲートに入って程なく、先に進んだメンバーに追い付いた。
みんな周囲をキョロキョロと見回している。
未明子は特に真剣に光の壁を眺めていた。
「本当にここにミラがいるんでしょうか?」
「光の中で光を探すのは難しいね。じっくり見てると目を痛めそうだ。早速だが稲見くんとフェルカドくん、頼めるかい?」
「分かりました」
夜明にお願いされた稲見はフェルカドと手を繋いで目を閉じた。
「この中に漂うステラ・アルマの構成体をイメージできるかな?」
「大丈夫です。ステラ・アルマが光の粒子に変わるのは何度か見ました。フェルカド、いける?」
「問題ありません。稲見、いつも通り能力の宣言をお願いします」
稲見が深呼吸して精神を集中する。
ここで稲見のイメージが崩れてしまうと早速失敗だ。
ステラ・アルマの体を構成するあの光の粒子をエネルギーとして認識できればいいのだが……。
「フェルカド・ミノル」
稲見の宣言によりフェルカドの体の周りにオレンジ色の光が現れた。
周囲を取り巻く光よりも濃い色のその光は、繋いだ手を伝って稲見自身にも及んだ。
2人の体がオレンジ色の光に包まれる。
すると、光の壁としか認識できていなかった場所からフヨフヨと光の粒子が集まってきた。
「これがそうなの?」
「ああ、間違いない。これがステラ・アルマの構成体だ」
その光の粒子が様々な所から集まり出し、どんどん大きくなっていく。
やがてそれは大きな光の塊になった。
稲見の身長よりも少し小さいくらいの光の塊は、稲見とフェルカドの間に浮かんで穏やかな光を放っている。
未明子は瞬き一つせずにその光の塊を見つめていた。
「夜明さん。この空間にあるのはこれで全部だと思います」
「分かった。では次にムリファインくん。お願いできるかい?」
「分かりました」
「大丈夫? 元がどんな人だったのか分かる?」
「心配しないで梅雨空。ボクの能力にイメージは関係ないから。触れば元に戻るよ」
ムリファインが左手を掲げると赤いモヤモヤとした光が手に纏わりついた。
見た目は毒々しいがこれが彼女の能力 ”クー・ロウ” だ。
この左手で触れたものを元の状態に戻す。
ムリファインが左手でゆっくりと光に触れると、光の塊は収縮を始めた。
ふわふわと大きく広がっていたのがギュッと縮まり、密度を増していく。
だが縮まるばかりで、そこから何の変化も起きなかった。
「あれ?」
「ちょっとムリ。全然元に戻ってないじゃない」
「いや、ボクの能力は効いてるはずだよ?」
「夜明さん、どういうこと?」
「ふむ……恐らくミラくん自身が迷ってしまっているね」
「迷っている?」
夜明はじっと光の塊を見ている未明子に近寄ると、ポンと肩を叩いた。
突然肩を叩かれた未明子がビクッと体を震わせる。
「未明子くん。やはり最後は君の出番だ」
「わ……私ですか?」
「ああ。ミラくんはいま自我を失った状態になっている」
「自我を失っている?」
「体が崩壊し散った時に意識も同時に散ってしまったんだ。だから戻ろうにも自分の元の形を思い出せずにあの状態で留まってしまっているんだ」
「で……でも、そんなのどうすれば……」
「呼びかけたまえ。君がミラくんをここに呼び戻すんだ」
「呼び……かける……」
「そうだ。彼女が彼女である事を認識できれば、きっと元に戻れるはずだ」
夜明はそのまま未明子を光の塊の前まで連れて行った。
未明子の顔が光に照らされて良く見える。
その光の塊の前で、何を呼びかければいいのか分からず戸惑っているようだった。
いつもの未明子ならスラスラ言葉が出てくるはずだ。
鯨多未来に伝えたい言葉なんてそれこそ無限にあるんだから。
だけど今この瞬間に至っては、その言葉如何で彼女が救えるかどうかが決まってしまう。
一番必要な言葉を考えている内に頭が混乱してしまったのだろう。
何かを言おうとしては飲み込んでしまうその姿は、とても苦しそうだった。
だから私が隣に寄り添った。
「鷲羽さん?」
「落ち着いて。大丈夫。一度、目を閉じて?」
「え?」
「時間がかかってしまってもいいわ。誰もあなたを急かしたりしない。だからゆっくり自分の気持ちを思い出して?」
「……」
「そう。大丈夫。何故ならあなたは鯨多未来のことが大好きなんだから」
未明子は私に言われた通り目を閉じて、呼吸を整えるように大きく息を吐いた。
「あなたが鯨多未来を好きなように鯨多未来もあなたのことが好きなはずよ。だからそんなに深く考えなくてもいいわ。いま心の中にある一番強い気持ちを伝えればそれでいいのよ」
「一番強い気持ち……」
「彼女がいなくなってからこの半年間、伝えたくても伝えられなかった気持ちがあるでしょ? それを今こそ伝える時なのよ」
未明子はまるで子供のような純粋な目で、私の言葉にうんうんと相槌をうっていた。
……私は何をしているんだろう。
私から未明子を奪っていく存在を救うために、こんな辛い言葉をかけなきゃいけないなんて。
私は本当に未明子が好きなんだな。
自分が未明子を好きな気持ちよりも、未明子の幸せを望む気持ちの方が大きいんだ。
もっとワガママで、傲慢で、自分勝手な性格なら良かった。
未明子は目を閉じたまま、ボソボソと声を出し始めた。
「……いたい……会いたい……ミラに会いたい……」
未明子の声に反応するように、光が瞬く。
「声が聞きたい。何でもいいから話をしたい。手を繋ぎたい。一緒に歩きたい」
「まだ約束がたくさん残ってるよ。一個一個やっていこうよ」
瞬きは次第に強くなっていく。
「ミラがいないから私、空回ってばっかりだよ。なにをやっても上手くいかないよ」
「もうやだよ。ミラがいない世界で生きていくの。辛いよ。苦しいよ」
ただの光に命が吹き込まれるように。
「私、ミラがいないと生きていけないよ!」
「お願い。帰ってきて。また私の名前を呼んで!」
光でしかなかったその物体に、優しい温度が宿っていく。
「ミラッ!!」
瞬間。
目の前の光の塊がまばゆい輝きを放った。
視界を遮られるような強烈な光のせいで目を開けていられなくなり、未明子も光の塊も見えなくなる。
何も見えない中で空気が鳴動するように光の塊の方に吸い寄せられていくのが分かった。
強い力が、働いている。
しばらくの静寂の後、目を開いた。
そこには跪く未明子と
その腕に抱かれた、まだ薄ぼんやりと光をまとった
鯨多未来の姿があった




