第105話 真っ白な未来 君と描いて④
「アタシ死んだの!?」
五月の大声がカフェに響き、周囲にいた人が何事かと目を向ける。
注がれる視線に気づいた五月は、すいません。ごめんなさい。と頭を下げた。
「アタシはどこかで負けたってこと?」
「そうだ。君は最後の戦いで命を落とした。私を庇って」
淡々と話す萩里の顔には、思い出すのも辛い記憶だと書かれていた。
尾花も似たような顔をして手元のコーヒーに視線を落としている。
「ゆっくりでいいから聞かせてもらっていい?」
「ああ。私達は7人のチームだったが、実際に戦っていたのは6人だった。あの頃はまだ桃にパートナーがいなかったんだ」
「桃は私が連れて来たんだよー。学校の後輩だったんだ」
「さらっと後輩を巻き込んだのね」
「違うよ。桃がどうしても連れて行けって言うから連れてっただけだよ」
尾花は無表情のまま手を振って否定した。
「桃は尾花の話を聞いて自分から志願したんだ。ただ契約を結べるステラ・アルマが現れなかった。そのまま戦いが続いていき、世界同士の戦いとしては最後の戦いを迎えた。その戦いで敵に1等星がいたんだ」
「1等星……誰と戦ったの?」
「おうし座のアルデバラン」
「凄い強かったんだ。私も他のみんなもやられちゃって、運よく生き残れたけどパートナーを失った。唯一、萩里だけが勝ち残れたんだよ」
「その戦いでアタシは死んだんだね」
「そうだ。最後は私と五月でアルデバランと戦った。あのまま戦い続けても勝ち目は無かった。だけど五月が自分を犠牲にして私を勝利に導いてくれたんだ」
五月にとっては知らない世界の話。
全く記憶にない戦いの話だが、萩里と尾花の顔を見れば別の世界の自分はそうしたんだと確信できた。
「その後、月からの最後の試練という形で報せがあった」
「試練って。何様のつもりなの月の女神様は」
「ふふ。私達の世界の五月もずっとセレーネ様には一言申したかったみたいだね」
萩里が寂しそうに笑う。
「その試練の相手がまた1等星のステラ・アルマだったんだ。アルデバランとの戦いでこちらの世界には私しか戦える戦士がいなかった。もう一度あれと同じクラスの相手と戦うなんて無理だった。戦力的にもそうだが、五月を失ったばかりで精神的にも立ち向かえなかったんだ」
「それで試練を辞退したんだ?」
「そうだ。私達の世界は戦いの運命からは逃れられなかった。私は自分を責めた。みんなが死に物狂いで作ってくれたチャンスを無駄にしたんだから」
「でも誰も萩里を責めなかったよ?」
「そうだったね。でもあの時私にもっと力があれば世界は救われたんだ。……みんなに悔しい思いをさせる事もなかった。そもそも五月が死ぬ事もなかった! 全部私が至らないせいだったんだ!」
萩里がコーヒーカップを握りつぶしそうな程の力を込めて嘆いた。
すぐさま隣に座っていた尾花が萩里の肩を支える。
それで少し落ち着きを取り戻した萩里は、呼吸を整えて話を続けた。
「だからセレーネ様からセプテントリオンの誘いを受けた時に決めたんだ。私はみんなを守るためにそれ以外を切り捨てようと。例え全ての世界を敵に回してもみんなを守るのだと。それが私の代わりに死んだ五月に報いる方法だ」
五月は気づいた。
この人も呪われてしまっている。
誰かのために自分の人生を捨ててしまっている。
感覚が狂ってしまえば楽なのに、それを頑なに拒否して正常に苦しみ続けようとする人なんだ。
真面目な性格や責任感の強い人はみんなこうなってしまう。
「私はこれからもセプテントリオンだ。セレーネ様に誰かを討伐してこいと言われればすぐに討伐しよう。世界を滅ぼして来いと言われればすぐに滅ぼしてこよう。そうすれば私はみんなを守り続ける事ができる」
その覚悟は理解できた。
この戦いを続けている人は大なり小なり同じ覚悟を決めている。
自分の世界を守るためには他の世界を消滅させるしかない。
それは萩里がやっている事と何ら変わりがない。
ただこの場合、おそらく彼女の呪いの原因になっている一番の要因が自分であるのが五月を悩ませていた。
「……だいたい分かったよ。少なくともセプテントリオンが軽い気持ちで戦ってるんじゃないのは理解した。最初に現れた時は傲慢な態度でいけ好かない連中だと思ったけど考えを改めるね」
「あれはねー桃が考えたの。私達はどうしたって月側の勢力なんだから、なるべく反感を買うようにした方がいいって。それなら試練に負けた世界もリベンジの気持ちが強くなるでしょ? やってる内に桃のキャラみたいになっちゃったけど」
「あの子って普段はあんなじゃないんだ?」
「だいたいあんな感じだよ」
「あ、別に完全にキャラを作りこんでる訳じゃないのね……」
「ただとっても仲間想いだし、基本的には人が好きな子だよ」
「そう言えばソラちゃんを気に入ったみたいなこと言ってた気がするわ。でもそんなの聞かされちゃうと戦いにくくなっちゃうね」
五月は以前も事情を知った敵と戦い辛くなったのを思い出した。
戦うなら相手の事など何も知らなくていい。
どうせどちらかが死ぬしかないのだから、そこに余計な気持ちが入らない方が楽なのだ。
「いまセレーネ様からこの世界に対して命令が下っている」
「……そりゃそうだろうね。月と敵対してる上にあれだけやらかしたんだもんね」
「セプテントリオン全員で9399世界を抹消せよ」
それは五月を始めイーハトーブのメンバー全員が予想していた。
月に反旗を翻し、重罪を犯して拘束された未明子を基地に殴り込んで連れ戻した。
どう考えたって放置できる存在ではない。
次は討伐部隊が全員で来るのは当たり前の流れだ。
むしろ問答無用で世界を消されないだけ寛大とまで思える。
「セプテントリオンってみんなあんなに強いの?」
「私達の中でおみなえしが一番強いのは揺るがないが、各人それほどの差はないよ。何せ通常であれば1人で各世界の戦士と戦うんだからね」
「そりゃそうか」
「その上で私達が何のために五月に会いに来たか分かるかな?」
「分かるよ。戦うのをやめてこちらの世界に来ないか、でしょ?」
「ご名答」
さっきまでの悲痛な表情はどこへやら。
萩里はニコニコと笑顔を浮かべていた。
「でも分かっているよ。五月はとても仲間思いだ。今の世界を捨ててまでこちらに来てくれることは無い」
「流石アタシの友達だけあるじゃん。その通り。アタシは例え勝ち目が無かったとしても最後まで自分の仲間達と戦うよ!」
その返答に萩里と尾花は満足そうだった。
五月の返答は2人の予想通りであったし、そう言ってくれるのを願っていた節まである。
2人は五月が五月である事を確認できたのが何より嬉しかったのだ。
「そうか。じゃあ最後に一つだけワガママを言ってもいいかな?」
「聞きましょう」
「私が五月に言えなかった言葉を代わりに聞いてもらってもいいだろうか?」
「いいよ。本当に聞くだけしかできないけどね」
「ありがとう」
萩里はお礼を言って目を閉じた。
そして気持ちを整理した後、ゆっくりと目を開く。
「五月、私達と一緒に戦ってくれてありがとう。いつも五月の明るさと優しさに救われていたよ。君が命をかけて守ってくれたから私達は先に進む事ができたんだ。だから今度は私が守るよ。世界も君の想いも」
それは愛の告白のようだった。
自分の心を包み隠さずさらけ出す言葉に、五月は思わず赤面した。
「す、すごいまっすぐ伝えてくるじゃん」
「誰にだってもう二度と伝えられなくなってしまった言葉はあるだろう? 私はそれを伝える機会に恵まれたんだから当然だよ」
「えーずるい。私も言いたいこと沢山あるのに!」
「じゃあ尾花も伝えるといい」
「えーと、えーと…………沢山忘れた。でも五月といて楽しかったよ」
「何か自分の事じゃないのに照れるねぇ!」
五月が頭を掻きながら照れると、それを見た2人は優しく微笑んだ。
飲みかけのコーヒーを飲み干し、萩里が尾花の顔を窺う。
尾花は寂しそうな表情を浮かべながら頷いた。
「それでは私達はそろそろ行くよ。あまり足止めしても悪いからね」
「あ、最後に! 次に攻めてくるのはいつ頃なの?」
「そうだな……どこかの誰かさんが基地で暴れてくれたせいでフェクダがまだ治療中だ。早くとも年明けになるだろう」
「それさ、もうちょっと遅らせられない?」
「と言うと?」
「このままだと絶対勝てないからさ、特訓中なんだよね」
「まさかセプテントリオンに勝つつもりなのか?」
「そりゃあそうでしょ。相手が強いからって諦める理由にはならないよ」
メンバーの中で一番強い未明子が1対1で敗れた。
ならば同じレベルの敵が7人も攻めてきたら、どうあがいても勝ち目はない。
下手をしたら戦いにすらならない可能性も高いだろう。
だからと言って五月は折れていなかった。
来るべき日の為にやれる事をやっていたのだ。
(あの時、五月がいてくれたら同じ言葉をくれたんだろうな……)
萩里は最後の戦いを避けたことを後悔していた。
戦いを避けなければ負けて死んでいたかもしれない。
そうしたらセプテントリオンへの誘いも無かったかもしれない。
結果だけを見れば萩里の選択は悪くなかったのだろう。
ただ五月の心を裏切ってしまったという思いがずっと心の中で膿んでいた。
だからこそ、目の前の五月が勝ち目のない戦いに立ち向かってくれる事に少しだけ心を救われていた。
「そうだな。年が明けると大学の試験期間が始まる。ではそれが終わってからにさせてもらおう」
「了解! ゆっくりでいいからね。2月始まってからでいいよ?」
「でた五月のマイペース」
まるで遊びにいく計画を立てるかのような会話だった。
今しているのは戦いの話。
お互いがお互いの命を懸ける殺し合いの話だ。
だけど3人にとって会話の中身はあまり関係がなかった。
共通の話題をする事に意味があった。
萩里と尾花は、失われた時間をほんの少しだけ過ごせればそれで良かった。
五月は2人のそんな気持ちを汲んであげたかっただけだ。
話が終わって3人はカフェを出た。
楽しかった時間はこれで終わり。
ここで別れたら、またお互い敵に戻る。
「ありがとう。五月と話せて良かったよ」
「うん。アタシも」
「私も良かった。うん」
「次に会った時は私達はセプテントリオンだ」
「アタシは月への反逆者だね」
3人はお互いの顔を見合わせて、一度だけ微笑んだ。
「それでは失礼する」
「じゃあね、五月」
萩里と尾花は別れの挨拶を済ますと駅の方に向かって歩き出した。
五月は遠ざかっていく2人を見送っていたが、最後にどうしても声をかけたくなった。
「萩里! 尾花! またね!!」
2人が驚いた顔で振り返ると五月が手を振っていた。
しばらくその様子を眺めていた2人は、やがて五月に手を振り返すと、去っていった。
不思議な気持ちだった。
この後、確実に戦う相手と友達のように会話をした。
いや、きっとあの2人は友達だったのだ。
ただ敵という関係になっただけ。
五月は別の世界の自分に思いをはせながら、ツィーの元に向かった。
尾花は若葉台の駅に向かいながら思った以上に心が満たされているのを感じた。
どんな関係だったとしても、もう一度五月と話ができたのが嬉しかったのだ。
前を歩く萩里もきっと同じ気持ちだと思っていた。
「良かったね萩里。五月は変わってなかったね」
「……そうだね尾花」
返って来た言葉にはあまりにも熱が無かった。
萩里の返事が予想していたものではなかった尾花の心に不安がよぎる。
「どうしたの萩里?」
友達の様子がおかしい。
心配した尾花は萩里の隣に駆け寄った。
隣に立って、ようやく萩里の顔が真っ青になっているのに気づいた。
「え? 本当にどうしたの? 具合悪い?」
「そんなことはないよ。大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ? ちゃんと話して?」
さっきまであんなに楽しそうにしていたのに、この豹変ぶりはただ事ではない。
「ごめん。違うんだ。五月があまりに変わっていなくて」
「うん」
「だから私の心が勘違いをしてしまっているんだ」
「勘違い?」
「ああ。私はやっぱり五月を諦められない」
「え?」
「私はこの世界の五月が欲しい」
「ええ!? それはしないって言ってたじゃん! そんな事をしたらずっと五月に恨まれるからって……」
「だから勘違いをしてしまっているんだよ。私は五月に恨まれても一緒にいてくれた方がいいと思ってしまっている」
尾花は萩里の性格をよく理解していた。
熊谷萩里は何事にも真面目で、真っ直ぐ向きあう人間だ。
だからその反動でときおり自身の制御が効かなくなることがある。
心のままに行動して、全てが終わった後に後悔をするタイプなのだ。
いまは間違いなくその制御が効かない状態だった。
五月の事よりも自分の事で頭がいっぱいになっている。
「次の戦いで五月を私達の世界に迎える」
「そんなの無理だよ! 絶対断られるに決まってる」
「五月の仲間も全員連れていこう。そうすればきっと一緒に来てくれるさ」
「それはもっと無理だよ。セレーネさんが全員始末しろって言ってたでしょ?」
「だからステラ・アルマだけは全員破壊させてもらう。セレーネ様はステラ・アルマは嫌いだが人間には好意的だ。ステラ・アルマさえ全滅させれば慈悲を頂けるだろう」
そんな簡単にいく訳がない。
それは尾花でも判断できる事だった。
でもいまの萩里にはそれを判断できる余裕がない。
「尾花、力を貸してくれ。セプテントリオンをまとめなければいけない。操縦者の命は守りつつステラ・アルマと世界は抹消しなくてはいけないからね」
いまの萩里に話は通じない。
一度この状態になったら全部が終わらない限り正気には戻らない。
だから尾花はとりあえず首を縦にふって同意した。
「ありがとう」
萩里は何かに取り憑かれたようになっていた。
本来なら自分が抑止力にならなければいけない。
だけど尾花も萩里を強く否定することができなかった。
別れ際に自分の名前を呼んでくれた五月の声が、心の中に深く突き刺さっていたからだ。
結局、閉園時間までイルミネーションを見続けてしまった。
すでに閉園のBGMが流れ始めて、退園を促すアナウンスが放送されている。
それでも私は未明子と一緒に入口からもっとも遠いベンチに座っていた。
「大丈夫? 寒くない?」
「こうやってくっついてれば平気」
「閉園アナウンス流れてるよ?」
「もうちょっとだけ……」
「……分かった。まあ、この時間はゴンドラ乗り場が混むからゆっくりでもいいか」
半ば抱きしめる形で未明子にくっついている私が動かなかった理由はとてもシンプルだ。
まだ帰りたくなかったから。
今日が終われば私と未明子だけの時間は終わり。
覚悟していた事なのに、それを受け入れられずにいた。
「今日は楽しんでもらえた?」
「とても楽しかった。イルミネーションも綺麗だし最高の思い出になったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。また来ようね」
「……うん」
それが2人でという約束だったらどれほど良かっただろう。
もし次に来られたとしても、きっとみんなと一緒だ。
それはそれで楽しいだろうけどこんな雰囲気にはならない。
そのせいでここから離れられないのだ。
それどころかさっきのキスのせいで、私の中に醜い打算が生まれていた。
「ねえ未明子。私はあなたのパートナーとしてうまくやれてる?」
「やれてるよ。いつも助けてもらってる」
「私は人付き合いがうまくないから心配になるの。だからと言ってステラ・アルマとして無類の強さかと言われたらそうとは言えないし、いつか愛想をつかされてしまいそうで怖いの」
「私はそうは思ってないよ。鷲羽さんが私を大切にしてくれるから何とか潰れずに済んでるし、1等星としての力で強い敵とも渡り合える。きっとどちらか片方だけじゃ駄目だったから鷲羽さんがパートナーで良かったって思ってるよ」
未明子はこういう時に思ってもいない事は言わない。
いいと思う事はいいと言ってくれるし、苦手なところや改善して欲しいところは口に出して言ってくれる。
だから今の言葉は私を気遣ってくれたのでは無くて本当にそう思ってくれているのだ。
それは素直に嬉しい。
でもその本心はあった上で、全てを委ねてくれているわけでは無いのも理解している。
フォーマルハウトとの戦いの後、私が大切な存在になったと言ってくれた。
その代わりに、彼女は自分の中にある負の感情を私にぶつけなくなったのだ。
だから私はそのポジションに戻りたい。
まだ何とも思われていなかったあの頃のように、未明子の全ての感情を受けられる立場になりたい。
そうなれば鯨多未来が戻って来たとしても、私は未明子にとって特別な存在でいられ続けると思ってしまったのだ。
「前に私に乱暴してくれても構わないって話をしたのを覚えてる?」
「覚えてるよ。若葉台から歩いて帰った時だよね」
「最初の頃みたいに未明子の思うようにしてくれていいのよ? その、なんだったら多少の暴力だって平気だから……」
「それさ。この前言われた時もそうだったんだけど、少し嫌だったんだ」
「え?」
未明子の顔が急に暗く沈んでしまった。
……あれ?
「確かに最初の頃は鷲羽さんにたくさん乱暴しちゃったなって思う。最低だし、謝って許してもらえるなんて思ってない。だからその分いまは優しくしたいなって思ってるんだ」
あ、これって……
「大事な人には優しくしたい。それは相手にいい印象を持ってもらいたいからそうするんじゃなくて、自分が優しくしたいからそうしてるんだ」
私、もしかして……
「私ってそんなに暴力が好きそうに見える?」
また間違えてしまった?
「そうだとしたら辛いな。いや、私が辛いとか言っちゃ駄目だよね。自分の心をコントロールできずに鷲羽さんの気持ちを利用しちゃったんだから」
未明子の浮かべた悲しそうな顔が、胸に突き刺さった。
違うの……。
何で彼女にこんな顔をさせてしまったんだろう?
そんなつもりじゃなかったのに。
最愛の人を殺されて、殺した相手に復讐する事もできなくて、体も心もボロボロになってしまった未明子が、好き好んであんな事をしていたのだろうか。
私に乱暴することが、未明子の心を本当に癒していたのだろうか。
そんなわけがない。
よく考えれば、そんなわけがないのだ。
犬飼未明子の一番の魅力は優しいところ。
それは私が一番分かっていたはずなのに。
あの時の未明子はああしたかったんじゃない。
心を守るためにああせざるを得なかったんだ。
なのに私はあれを未明子の欲望だと勘違いしてしまった。
したくない事をしていた人に、それを望んでしまった。
「ごめんね。やっぱり鷲羽さんに甘えてた。優しい鷲羽さんの心を踏み躙って自分を甘やかしてた。その上また気を使わせるなんて、私の方こそ愛想つかされちゃいそうだよね」
「違うの。本当に違うの……」
何で私はこんなに気持ちを伝えるのが下手なんだろう。
誰より守りたいと思っているのに彼女の心の負担になってしまう。
これで完全に理解できた。
私じゃ駄目なんだ。
やっぱり鯨多未来じゃないと未明子の心は守れない。
私がいくら頑張っても、もうこの世にいない女の子にすら勝てないんだ。
未明子にそうじゃないって伝えたかった。
でも私の口から出る言葉はいつも彼女を疲れさせてしまう。
そう。私じゃ駄目なんだ。
私じゃ……。
「ねえ……未明子」
「どうしたの?」
「未明子と一緒に過ごしたこの半年間、私は本当に幸せだった」
「そうだったんだ。なら嬉しいな」
「きっとこの宇宙に命を貰ってからの数億年で一番幸せな時間だったと思う」
「そんなスケールの大きい話だったんだ」
「そう。広い宇宙の中の、ちっぽけな星の、とっても大きな幸せの時間」
私は未明子を抱いていた腕を離した。
そしてベンチから立ち上がって、空を見上げた。
イルミネーションの光が強すぎて星は全然見えなかったけど、とてもいい夜空だったと思う。
「ありがとう」
「え?」
「今日はデートに付き合ってくれて」
「ううん。私も楽しかった」
寂し気な閉園のBGMが聞こえる。
これは確かドヴォルザークの「家路」
遠き山に日は落ちて、なんてタイトルもついてたっけ。
閉園のBGMにはふさわしい曲だ。
「帰ろっか?」
私は未明子にその言葉をかけた。
「もういいの?」
「もういいの」
未明子がベンチから立ち上がって歩き出す。
私もその隣について歩き出す。
2人で人のいなくなったよみうりランドを出口に向かって歩き出す。
「ちょっと体冷えちゃったね」
「自販機で暖かい飲み物でも買いましょう?」
楽しかった。
後悔はないよ。
「帰りのゴンドラ大丈夫?」
「窓からイルミネーションを見てたら結構平気かも」
ありがとう。
一緒にいてくれて。
「いい息抜きもできたし、明日からも頑張ろうっと」
「うん」
大好きだよ。
いままでも、これからも。
未明子との最初で最後のデートは最高のデートだった。
誰かに自慢したくなるくらい最高のデートだった。
私の中で、暖かく、優しく、明るく、儚い記憶になって
きっと星としての命を終えるまで
寄り添って行く
未明子に家まで送ってもらい
自分の部屋に戻った私は
夜明にメッセージを送った




