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第104話 真っ白な未来 君と描いて③

 

 未明子とのデート。


 2人で出かけるのは勿論初めてじゃない。

 買い物くらいだったらよく行くし、たまに近くを散歩したりもする。


 でも遊びが目的で出かけるのは初めてかもしれない。


 みんなが比較的近所に住んでいるのもあって、遊ぶとなるとみんなで集まることが多かった。

 そうなると別日に改めて、なんて言い出しにくかったのだ。


 でもいま思うと何でその機会をもっと作っておかなかったんだろう。

 未明子にお願いすればきっと二つ返事で連れて行ってくれたのに。

 

 これからいつでもその機会があると夢を見ていたのだろうか。


 未明子と一緒にいられる。

 それがすでに夢の中にいるようなものだからそれ以上を求めなかったのだろうか。


 私は本当に馬鹿だ。






 桜ヶ丘の駅から電車に乗って20分ほど。

 私達は以前訪れたことのある駅で降りた。


 ただ、私に限って言えば ”この世界では” 初めて来る場所になる。


 京王ようみりランド駅。


 以前フォーマルハウトとの戦いで戦闘領域になった場所だ。


 あの時は戦闘に集中していたせいでどんな場所だったのか覚えていない。

 サダルメリクが丘を登るのに苦労していたな、くらいの印象しか残っていないのが正直なところだ。



「よみうりランドは多摩市民にとっては故郷なんだよ! フォーマルハウトとの戦いで悪いイメージがついたかもしれないからそれを上書きしたいんだ!」


 駅の改札を抜けると未明子が意気揚々と説明してくれた。


 この辺りに住んでいる小学生は遠足で必ず来る場所らしい。

 そう言えば戦いの時もそんな話をしていたような気がする。 


 そんなに思い入れが深い場所なら昔話をたくさん聞けるかもしれない。

 私の知らない未明子を知れるのなら、それだけでもう楽しみだ。 


 テンションの高くなっている未明子を眺めながら駅を出ると、すぐに嫌なものが目に入った。


 ゴンドラの乗り場だ。


「よみうりランドは駅からエントランスに向かうまでがもう楽しいんだよね。ここからゴンドラに乗って見える景色が凄くいいんだ」

「え? まさかこのゴンドラに乗らないと入口まで行けないの?」

「行けなくはないけど山道を歩く事になるよ?」


 未明子が指をさして教えてくれた方を見ると、急斜面に拷問のごとく階段のついた道が見えた。


 その階段が延々と丘の向こうまで続いている。


 とてもこの先が遊園地に繋がっているとは思えない修行場のような階段だった。


「山道からでもいいけど登ってみる?」

「ゴンドラで行きましょう!」

 

 こんな階段をホイホイと登れるような体力は無い。

 目的地に着く前にバテてしまうくらいならゴンドラで行った方がマシだ。

 

 ……ここは覚悟を決めるしかない。


「昔はゴンドラが無くて大きなエスカレーターみたいなので登ってたんだって。あ、チケット買ってくるね」

「ありがとう」


 せっかく未明子が楽しそうにしているんだから水を差したくない。

 

 大丈夫。

 見たところそんなに高いところを通ってはいないみたいだしこの丘を登るくらいなら問題ないわ。

 幸い他にお客さんはいないし、最悪目を閉じていれば……




「思ったより高い!!」




 ゴンドラは乗り場を出発したあと山の斜面を越えて、遊園地をまたぐように上空を進んだ。


 未明子の言う通り景色はとてもいいけど、下を見ればかなり高い所を通過しているのが分かる。

 

「いやーいい眺めだなぁ。あっという間に着いちゃうからそんなに長くは楽しめないんだけどね」

「……」

「支柱を越える時にちょっとガクンって揺れるのが楽しいよね」

「……」

「強風で止まったりしないかな。そしたら長い時間乗ってられるのに……って鷲羽さん?」

「……」


 未明子が色々と話しかけてくれるのに何も反応できなかった。

 なるべく心を無にして現実を見ないようにする。


 未明子が心配そうにのぞきこんだ私の顔は、きっと真っ青だったろう。


 そう。私は高所恐怖症なのだ。

 

「え!? もしかして高い所駄目だった!?」

「ふふ。1等星なのに情けないわよね……」

「いや1等星がどうってより、いつもこれより高い所を飛んでるじゃん」

「自分で飛ぶ分にはいいのよ。絶対落ちないって分かってるから。でもこんなほっそいワイヤーで吊られた箱が長い時間耐えきれると思えないのよ」

「そこまで貧弱な作りじゃないよ! そんなだったらしょっちゅう事故が起きてるよ」

「私達が最初の犠牲者になるの」

「鷲羽さん、人間の技術に信頼が持てない系女子だったか」


 何でワイヤーで吊るの?

 電車みたいにレールを作ればいいじゃない。


 どうして強風で揺られる設計にするの?

 周りに壁を作ればいいじゃない。


 どういうワケでこのゴンドラには係員がいないの?

 緊急時に対応できる人が必要じゃない。


 移動の為の乗り者なのに不安になる要素しかないわ。

 

「ごめんね。まさかわし座のステラ・アルマが高い所が苦手だと思ってなかったんだ」 

「弘法も筆の誤りよ」

「その例えあってるのかな。じゃあしばらく私にくっついて目を閉じてて?」

「いいの?」

「うん。その方が怖さも薄れると思うからさ」


 おいでと腕を開いてくれたので、その中におさまるように身を寄せた。


 体に寄りかからせてもらったら彼女の暖かさといい匂いで他の事はどうでも良くなった。


「安心する」

「良かった。でもそうなるとよみうりランドは失敗だったかな」

「どうして?」

「高い場所とか早い乗り物系のアトラクションが多いんだよ」

「こうやってくっついてれば大丈夫よ?」

「アトラクションは個人で椅子に固定されるからね。頼れるのは安全バーだけだよ」

「終わった」

 

 もうダメだ。おしまいだ。

 これはわし座1等星アルタイルの最後の日になるかもしれない。


 いま真下に見えるあの馬鹿みたいに高いジェットコースターに乗った日には、核が砕け散る自信がある。


 ああ、どうせ死ぬなら未明子の胸の中で死にたかった。


「でも大丈夫。この時期のよみうりランドは他にも楽しみがたくさんあるから安心して!」

「そうなの?」

「任せておいて。伊達によみランマスターを名乗ってないよ」

「その名乗りは完全に初耳だわ」


 ジェットコースターなんて信じないけど未明子は信じている私としては、よみランマスターがそう言うならきっと楽しめると思った。


 ううん、そもそもどこだって未明子と一緒なら楽しめるんだから。



 ようやくゴンドラが降り場に到着した。

 

 ゴンドラの扉が開くと未明子が先に降りる。

 そして手を差し伸べてくれたので、私はその手を握ってゴンドラを降りた。


 丘の上の空気は下よりも澄んでいる気がした。

 天気も良好。

 

 私達は手を繋いだままエントランスへ向かった。



 未明子との、最初で最後のデートだ。











 稲城市若葉台。


 京王線若葉台駅から歩いて10分程の場所にコーチャンフォーという施設がある。


 書店・文房具店・音楽ソフト店・カフェが併設された複合施設で、とりわけ書店は都内で5番目の敷地を持つ巨大な本屋だった。

 

 ツィーが若葉台のマンションに引っ越してから、五月はこの書店をよく利用していた。

 情報誌や漫画が好きな五月にとっては訪れるだけでもテンションの上がる場所だったのだ。


 この日もツィーの部屋に行く前にこの書店に来ていた。

 前回ツィーの部屋で読んだ漫画の新刊が今日発売だったので、おみやげ代わりに買って行こうと思ったのだ。


 コミックコーナーで新刊の棚を物色していると、ふいに声をかけられる。


「こんにちわ」


 五月が振り返ると、声をかけて来たのは2人組の女性だった。


 姿勢良く立っている長い黒髪の女性と、その後ろにいる背の高い派手目の髪色をした女性。


 後ろにいる背の高い女性は眠たいのか、元からそういう顔なのか表情があまり無く、五月は少しツィーに似ているなと思った。


 とにもかくにも返事をする。


「こんにちわ。アタシに何かご用ですか?」

「いきなり話しかけてしまって申し訳ありません。私は熊谷萩里と申します」

「私は宵越尾花だよ」


 初めて聞く名前に少し警戒を強める。

 こんな所で声をかけてくるなんてあまり良い予感はしなかった。


 それでも一応話だけは聞こうと他のお客さんの邪魔にならない場所まで移動した。


「この後予定があるので、用件があれば簡単にお願いできます?」

「少し話がしたくて。時間が許す限りで構いませんので隣のカフェでいかがですか?」

「何の話ですか? 宗教勧誘とかだったら間に合ってます」

「そうですね。月の女神とそこに仕える北斗七星のお話とかどうでしょうか?」


 その言葉で五月はこの2人が何者なのか理解した。


 警戒は敵意に変わり、目の前の相手を睨みつける。


「月の使者がアタシに何の用?」

「落ち着いてください。私達に害意はありません。今日は話をしに来ただけなんです」

「うん。武器とか持ってないから安心して」

「敵にそう言われて安心する人なんていないでしょ?」

「ごもっともだと思います。ですので、まずはこれを見てもらえませんか?」


 熊谷萩里と名乗った女性が懐から一枚の写真を取り出した。

 いまどき珍しいプリントされた写真を、五月の見やすい方向に向けなおす。


 五月がその写真を見ると、そこには先日戦った葛春桃と目の前にいる2人の女性が写っていた。


 そしてその3人に加えもう1人。

 そこには五月の姿もあった。


 顔は幼く今ほど髪の色が明るくない。

 まだ化粧もおぼつかない頃の五月に間違いなかった。


「なに……これ……?」

「これは私達の世界で撮った写真です」

「これ、アタシだよね?」

「そうだよー。五月は友達だったんだ」

「友達?」

「はい。私達と一緒に戦った仲間でした」

「アンタ達とアタシが仲間?」

「ずっと前の事ですけどね……」


 そう言いながら萩里が寂しそうな顔を浮かべた。

 萩里の隣から写真をのぞき込んでいた尾花もまた寂しそうな顔をしている。 


 五月は動揺していた。

 敵から突然告げられた内容がうまく理解できず、それが真実なのかどうかの判断がつかなかった。


 ただ、害意があるかどうかで言うと今のところそれは無さそうだとも感じていた。


 何より人のこういう顔に弱い五月は、敵だけど少しくらい付き合ってあげてもいいかなという気分になっていたのだった。


「分かった。話を聞くよ。その代わり人目のある所でね」

「ありがとうございます。それで構いません」

「良かったね萩里」

「ああ」


 敵だと思っていた2人はどうやら緊張していたらしく、同意が取れたことで安心したようだった。


 2人のその表情を見た五月は少しだけ敵対心が薄れていくのを感じた。




「でね、五月」


 カフェに移動して落ち着くや否や、表情に乏しい方の女性がさっそく呼び捨てで話しかけて来た。


 普通の人なら不快に思うところだが、五月はそうやって砕けた話し方をしてくれた方が話しやすいタイプだった。

 

 むしろここに来ていまだにガチガチで、まるで上司と対面しているかのように話す黒髪の女性の方が話し辛かった。


「あれから私達も頑張ったんだけどね」

「待て待て尾花。私達の世界の話をしてもこの方は分からないよ」

「あのー。多分そっちの世界でアタシが仲間だったのは本当だと思うから、そっちの人みたいに呼び捨てでいいよ。話し辛いでしょ?」

「え? あ、じゃあそうさせて頂きます」

「敬語も無しでいいよ。アタシとそんな風に話してなかったでしょ?」

「そ、そうだね。うん、そうだった」

 

 初対面の印象とは打って変わって黒髪の女性の方は色々と不器用そうに見えた。


 すばるの様に佇まいは美しいのに何と言うか余裕がない。

 さっきまでの毅然とした態度はその裏返しなのかもしれないなと五月は感じていた。


「改めて自己紹介をするよ。熊谷萩里。大学生。セプテントリオンの番号はウーヌス」

「私は宵越尾花。専門学校生だよー。セプテントリオンだとなんだっけ? ドュオ? ドゥオ?」

「ドゥオが正しい」

「ドゥオです。ドゥオって呼んでー。ごめんやっぱり尾花って呼んで」

「アタシ馬鹿だからウーヌスとかドゥオとか言われても分からないんだけど」

「ウーヌスは1でドゥオは2だね」

「この前来た葛春ちゃんは3だっけ?」

「彼女が3番で藤袴が4番、おみなえしが5番だね」

「その番号って何の番号なの? 強い順?」

「これは単純に所属した順番だよ。強さとは関係ない」

「じゃあ1番だったら最初の人じゃん。どれくらい長い事やってるの?」

「私と尾花はもう5年になるね」

「5年!? 5年も戦い続けてるの!?」

「あくまでセプテントリオンに就いてからが5年でその前にも1年くらいは戦っていたよ。桃は私達より少しだけ後輩になるかな」


 五月にあれこれ質問されて興味を持ってもらえたのが嬉しかったのか萩里は照れくさそうに笑っていた。


 それをごまかそうとしてコーヒーを一口飲んで顔をしかめる。

 どうやら砂糖を入れ忘れたらしい。


 それを見た五月の敵対心はますます薄くなっていた。

    

「聞いてもいい? セプテントリオンってセレーネの手下なんでしょ? 何でセレーネに従ってるの?」

「手下……まあ間違ってはいないか。そうだな。簡単に言うと交換条件だね」

「交換条件?」

「私と尾花、それに桃は9973世界の人間だ。そこで戦いを勝ち抜いた結果セレーネ様からスカウトを受けたんだ」

「スカウト? 戦いを勝ち抜くとボス戦があるんじゃないの?」

「私達のボス戦はセレーネ様が用意したステラ・アルマと戦う事だった」

「で、それに勝ったと」

「いや、私達は戦わなかった」

「何で?」


 五月の質問に急に萩里と尾花の顔が曇る。


 あまりに2人の気が沈んでしまったので、五月は驚くと共にそれについて強く追及できなくなってしまった。


「……それは後で話そう。とにかく私達はその戦闘を避けた。代わりにセレーネ様から提示されたのがセプテントリオンへの加入だったんだ」

「セレーネさんはセプテントリオンになったら私達の世界を戦いの対象から外してくれるって約束してくれたんだー。だから私達はセプテントリオンになったんだよ」

「ん? でもセプテントリオンになったらずっと戦い続けなきゃいけないでしょ? 実際5年も戦い続けてるんじゃないの?」

「私達のチームは元々7人いたんだ。そのうち私と尾花と桃だけがセプテントリオンになった。残りの4人は戦いから解放されたよ」

「じゃあその4人の為にセレーネに従ってるって事?」

「端的に言うとそうなる」


 五月は驚いていた。

 セプテントリオンとセレーネは同じ立場で、戦いをゲームの様に管理する側だと思い込んでいたからだ。


 いまの話を信じるならセプテントリオンも自分達の世界を守る為に戦っている事になる。

 立場が違うだけでやっている事は自分達と変わりは無かった。


「えーと、ちょっと待ってね。じゃあセプテントリオンは別に私達の敵では無いってこと?」

「敵かどうかで括ると私達は全ての世界の敵となる。戦いに勝ち続けた最後、さっき言っていたボス戦で戦うのが私達になるからだ」

「私達が最後の敵だぞー」

(ゆる)ッ。じゃあ5年間ボスキャラを演じてるって事?」

「そうだね。でも私達に辿り着ける世界は少ない。ほとんどが消耗して途中で全滅してしまうか、君達のように戦いの仕組みを知って月に反逆するかになる」

「戦いに勝ち続けても、反逆しても、結局セプテントリオンと戦うわけ?」

「通常のルールで勝ち続けた場合は私達の中の1人と戦う決まりだ。そこで勝利したらその世界は戦いの対象から外されて以後望まない限りは戦いに戻ることは無い」

「望む人もいるんだ?」

「セプテントリオンに勧誘されるパターンもある。五月も知っている者で言えば、藤袴とおみなえしは最後まで勝ち抜いて勧誘されたメンバーだ。あの2人のいる世界はもう戦いから解放されているんだよ」

「ちょっと、ちょっと整理させてね」


 一度にたくさんの情報が出てきて五月の頭は混乱し始めていた。

 五月は持っていた鞄の中からノートを出してそこにメモを書いていく。


「セプテン……トリオン……は、勝ち抜くと勧誘される……と。藤袴って子とおみなえしって子は誰かを負かしたって事ね」

「藤袴は桃を倒して、おみなえしはその藤袴を倒している。現状セプテントリオンで一番強いのはおみなえしだよ。彼女が帽子を被っていたのを見たかい? あれはその座についた者に渡されるものだ」

「あー被ってた! 何かサイズの合ってないやつ。じゃあおみなえしって子がセプテントリオンのリーダーなんだ?」

「いや、リーダーは私だよ」

「設定が!! ややこしい!!」


 ついに五月の頭がショートした。

 元々物事を細かく理解しないタイプなのでこの短時間で新たに知らされた事実についていけなくなったのだった。

 

 ペンをへし折らんばかりに握る五月を見て、萩里と尾花は微笑んだ。


「やっぱり五月は五月だね。そういうところは変わってないよ」

「絶対そろそろ癇癪起こす頃だと思ってた。萩里、分かってて詰め込んだでしょ?」

「そんな事ないよ失礼だな」


 そんな風に話す2人は本当に五月の友達のようだった。

 五月自身、経験はなくともこの2人とそんな会話をしていたんじゃないかと錯覚してしまう程だった。

 

 ただ、一つの疑問が頭に浮かんだ。


「でも何でわざわざアタシに会いに来たの? さっきの話だとアタシは戦いから解放されて2人の世界にいるんでしょ?」


 五月がその言葉を発すると2人の雰囲気が再び重くなった。


 何か地雷を踏んでしまったのかと五月が萩里の顔を申し訳なさそうにのぞき込むと、萩里は小さく声を出した。


「五月は……死んだ……」

「え?」

「五月は死んだ。私達が最後の戦いでステラ・アルマとの戦いを避けた理由がまさにそれなんだ」











 フードコートに置かれている椅子に座ってチュロスを齧りながら、目の前を落下していくジェットコースターを眺めていた。


 物凄いスピードで落下していくコースターに乗っている人達は一様に楽しそうで、何であんな目に合いながら笑っていられるのか疑問で仕方がなかった。

 

「マゾ? マゾなの?」

「うーん。誰にでもスリルを楽しむ感覚はあるからね。鷲羽さんもホラー小説読むでしょ? あれだってホラー苦手な人からしたら同じだよ」

「でもホラー小説を読んでも命の危険は無いわよ?」

「ジェットコースターも命の危険は無いと思うよ」


 そうなのかしら。

 高いところから落ち続けるコースターの車輪が劣化しないワケが無い。

 そのうち車輪が破損してレールから外れたコースターが吹っ飛んで行ったりしないのかしら。


 体を押さえているバーが突然故障して、落下してる最中に開いたりしないのかしら。

 そうならないと言い切れるのかしら。


「さっき鷲羽さんが楽しんでたフロッグホッパーだって故障したら危険な乗り物なのに平気そうだったね」

「あれは大丈夫よ。仮に壊れたとしてもあのシンプルな構造だったらたいした被害は無いわ。それに最悪飛び降りればいいもの」

「飛び降りたら危ないからやめようね?」


 フロッグホッパーとは広場の隅にある5メートルくらいの柱に椅子が備え付けられたアトラクションだ。


 スタートすると椅子が上昇し、細かいバウンドを繰り返しながら下降していくというとてもシンプルな構造で、ほどほどの高さから落下しつつ、ほどほどの浮遊感を楽しめる素晴らしいアトラクションだった。


 最初は未明子と一緒に乗っていたけど、4回目で未明子がリタイアして、その後も1人で数回乗り続けたのだ。


「まさかフロッグホッパーが鷲羽さんに刺さるとはね」

「あのアトラクション、すばるに頼んで拠点に作れないかしら?」

「どんだけ気に入ったの?」


 園内に入った時に見えたのはジェットコースターに大観覧車。

 それに何やらスピードの早いライド系のアトラクションがたくさんあって、どれも苦手な私は絶望感に包まれた。


 それでも未明子の案内でゴーカートに乗ったり、メリーゴーラウンドに乗ったりしている内に楽しくなってきて、フロッグホッパーを見つけてからはそこにずっと居座り続けたのだ。


 係員のお姉さんの笑顔が引きつり始めたあたりで未明子に強制的に降ろされてしまったけど、本当はあと10回くらい乗りたかった。


「よみうりランド、いい所だわ」

「フロッグホッパーでよみうりランドの良さを見出したのは鷲羽さんくらいだと思うよ」


 未明子が何とも言えない笑顔で微笑む。


「それにしてもだいぶ遊んだわね。もう陽が沈み始めたわ」

「出発を遅めにしたからね。それにはちゃんと理由があるんだよ」

「理由?」

「うん。そろそろだと思うけど……」


 スマホの時計を見ると、時間はちょうど16時になっていた。

 

 それと同時に園内のいたるところに飾られていた電飾が一斉に輝き始める。



 木や植え込み、アトラクションの柵などに飾られた色とりどりの電飾で、よみうりランドはイルミネーションの光に包まれた。


「凄い。さっきまでと全然違う雰囲気になった」

「よみうりランドのイルミネーションは有名なんだ。この時期だったら園内を歩くだけでも楽しいよ」


 ゴンドラの中で未明子が言っていたのはこの事だったらしい。


 有名と言うだけあって園内ほぼすべての場所にイルミネーションが施されていた。

 さっきまでは遊園地だったのに今はお祭りの会場みたいになっている。


「せっかくだしちょっと歩こうか」

「うん」


 未明子とイルミネーションを見て歩いていると完全に陽がくれて、辺りはますます幻想的になった。


 普段イルミネーションのある場所なんて行かない私は、もの珍しさも手伝ってその光景に夢中になった結果、未明子とはぐれてしまい危うく迷子になるところだった。



「ごめんなさい」

「ううん。鷲羽さんが楽しめてるなら何よりだよ」 

 

 はしゃぎすぎたのを反省して落ち着きを取り戻す。


 ふと周りを見ると、さっきまで家族連れが多かった園内はいつの間にかカップルだらけになっていた。 


 周囲は完全にイチャイチャムード。


 それならと思い切って未明子の手を握ると、その手を握り返してくれた。

 

「綺麗だね」

「……そうね」


 なんて幸せなんだろう。


 未明子が私のためにこんな素敵な場所に連れてきてくれた。

 それを考えるだけで心がいっぱいだった。


 私はいま見ている光景を目に焼き付けようと思った。


 イルミネーションに照らされた未明子の顔を一生忘れないようにしようと思った。

 

 これが最後でもいい。

 この思い出があれば私はもう十分だ。


 これで未明子が鯨多未来の元に戻っても私は満たされたまま生きていける。


 そう思っていたから、次に未明子の口から出た言葉が信じられなかった。


「ねえ鷲羽さん。キスしよっか」

「え?」


 そう言われて未明子の方を向いた時には彼女の唇が私の唇に重なっていた。



 初めてのデート。

 綺麗なイルミネーションの中、未明子とキスをした。


 それは今までと意味合いの違うキスに思えた。


 例え未明子が私の中の何かを欲してのキスだったとしても、私にとっては特別なキスになった。



 こんなキスをしてしまったら未明子を諦められなくなる。

 鯨多未来が戻ってきたからと言って未明子を返すなんて嫌になってしまう。  

 

 どうか。どうかお願い。

 これからも一緒にいて。

 鯨多未来がいてもいいから、私を1人にしないで。

 


 私の中に、そんな気持ちが芽生えてしまった。


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