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第103話 真っ白な未来 君と描いて②

 

「何てこと……」


 目の前に広がる光景を見て、それしか言葉が出なかった。



 学校が終わったあと未明子と一緒に拠点の存在するユニバースに向かった。


 目的地はそのユニバース内のすばるの建てたマンションだ。


 その場所に着いた時、私達は呆然とするしかなかった。

 あの立派な5階建てマンションが跡形もなく消えてしまっていたのだ。


 建物があったであろう敷地は大きくえぐれてクレーターの様になっていた。


 あまりにも様変わりしてしまい、本当にここが同じ場所なのかと疑ってしまうくらいだ。



「こんなことって……」

「やられましたね」


 同じく学校終わりで駆けつけたすばると稲見、それに稲見を迎えに行っていたフェルカドもこの惨状に動揺を隠せないようだった。


「すばるさん、ここを壊したのってやっぱりセレーネでしょうか?」

「おそらくそうでしょう。ですが破壊されたというよりはこの辺り一帯がえぐり取られたという印象を受けますね」


 すばるがクレーターを覗き込んで分析を始める。


 確かに破壊されたにしては跡が綺麗すぎる。

 瓦礫も見当たらず、土が円形に削り取られているのはあまりにも不自然だ。


「狙いはここに軟禁していた犬飼達さんでしょうね。罪の証拠として消されたのだと思います」

「そんな……」

「考えてみれば狙われるのは当然です。どこか別の場所に移動してもらうべきでした」


 ここにいたあの人懐っこい未明子達は全員消されてしまったのだ。


 別の世界の存在とはいえ未明子は未明子。

 あの子達にもう会えないと思うとやりきれない気持ちになる。


「アルフィルクが相当お怒りみたいですね。夜明さんが宥めていますが今すぐ月に殴り込もうと暴れているみたいです」

「正直私も同じ気持ちだわ。悲しみよりも怒りの方が強くてどうにかなりそうよ」

「わたくしだって腹に据えかねております。しかし冷静にならないと相手の思うツボです」

「分かってる……」


 別にあの子達は何も悪い事はしていない。

 消されるような罪なんて無いのに。


 考えれば考えるほど怒りが込み上げてくる。

 でも今は歯を食いしばって耐えるしかない。


「稲見と話していたのですが、状況を整理する為にこの後セレーネさんに会ってこようかと考えております。あ、わたくし達の世界のセレーネさんですね」

「セレーネと管理人が同じ呼称なのは面倒ね。別の呼び方に変えられないのかしら」

「それも合わせて相談しようかと思っております。2人も一緒に来られますか?」


 確かに色々あったから一度整理が必要だ。

 特に管理人は今後どういう立ち位置になるのかをハッキリさせておきたい。

 

 だけど未明子は首を横に振ったのだった。


「私達はこのままフォーマルハウトに会いに行こうと思っています。まだアイツを閉じ込めるための命令をかけていないので」


 私達の目下の目的はこちらだ。

 これは未明子にしかできない。


 この世界のマンションはこんな有様だが私達の世界のマンションは普通に存在している。

 ここからならユニバースを移動すればすぐにフォーマルハウトの元に行く事ができる。


「そうでしたね。それではフォーマルハウトの核をお返しいたします」

「待ってください。鷲羽さんとも話したんですが、差し支えなければ暁さんに持っていてもらえませんか?」

「わたくしですか?」

「今回の件で、今後も私が狙われる可能性は高いと思うんです。そうなった時にアイツに命令できる人が複数いた方がいいと思いました」

「一理ありますね」


 セレーネの思惑通りなのは気に入らないけど、フォーマルハウトは確かにジョーカー的な力を持っている。

 いざと言う時にアイツに命令できるのは強力な手札だ。


 とは言え、すばるの話によるとフォーマルハウトはその気になれば核を取り戻す事も、部屋を抜けだす事もできるらしい。


 完全にコントロールするのは難しいかもしれない。


「承知いたしました。ではこれはわたくしが持ち続けるといたします」

「お願いします」

「命令に関してはどうしますか? 都合のいい解釈ができないような命令をかけないと結局自由を許してしまいます」

「それに関しては考えました。個別の内容を禁止にすると前後の文脈を利用して悪さできてしまうので、もっと大きな範囲で命令をかける事にします」

「なるほど。そうなると思いつくのが ”何もするな” になりますが、これだと本当に何もできなくなりませんか?」

「はい。なので "するな" の部分を別の条件にしようと思います」

「と、おっしゃいますと?」


 未明子は我に秘策ありと、その条件について話し始めた。

 私もそれを聞くのは初めてだったので内容に耳を傾ける。


 未明子が語ったのは至ってシンプルな、だけど命令と言うにはあまりに緩い内容だった。


「そ、そんな命令で大丈夫?」

「うん。いけると思うよ」

「面白いですね。確かにそれなら勝手はできなくなると思います」

「そういうものなのね」


 少し納得はいかなかったけど、すばるまでそう言うなら安心しても良さそうだ。


 これまでもその気になれば自由になれたのに、それをしなかったと言うならフォーマルハウトにとって今の環境は悪く無いんだろう。


 もしかしたら今のアイツには命令そのものが必要ないのかもしれない。


 と思ってしまうのはあまりに甘い考えだろうか。




 話がまとまったので元のユニバースに戻ることにした。


 どこでも自由に行き来できるフォーマルハウトのゲートと違って私達がユニバースを移動するには扉が必要になる。


 マンションの玄関でも残っていればこの場所から元の世界に戻れたのだが、何もかも無くなってしまったので向かいに建っているマンションの扉を利用して元の世界に戻った。


 すばる達も一緒に戻ってきていた。

 こちらの世界でタクシーを使ってオーパまで移動した後、改めて拠点のあるユニバースに移動するらしい。

 人がいなくなったユニバースはそういう点では不便だ。


 3人を見送り、私達はフォーマルハウトのいるマンションへ向かった。



「助けられておいてなんだけど、アイツに引け目があるのはムズムズするわね」

「私も複雑な心境だよ。でも助けてもらった事には素直に感謝しなくちゃ」


 こういう時の未明子は凄いなと思う。

 自分の大切な人を殺された相手への恨みと、助けてもらった恩を切り離して考えられる。


 私がもし未明子を殺した相手に命を助けられたとしても同じ様に考えられる自信は無い。



 マンションに到着するとインターホンで呼び出しを行った。

 すぐに反応があってインターホン越しにフォーマルハウトの声が聞こえてくる。


「未明子か。どうした?」

「新しく命令をかけに来た。それとこの前のお礼に」


 それを聞いたフォーマルハウトは盛大に吹き出した。


「拘束する命令とお礼を同時にか! 面白いな。いま開けるよ」


 まあ冷静に考えれば言ってる事はメチャクチャだ。

 でもそれは殺人犯に命を救われたなんてメチャクチャが起こってしまっているんだからどうしようもない。



 部屋に入ると、フォーマルハウトはほぼ下着同然の薄着でくつろいでいた。


 暖房の効いた部屋とは言えよくあんな薄着でいられるものだと感心する。


 未明子がフォーマルハウトの正面に座ったので、私もその隣に座った。


「2人とも体調はもういいのか?」

「問題ない」

「私も体は元気ね」

「そりゃ何より。姫はステラ・アルマだから一度回復すれば心配は無いが、未明子はそうはいかない。少しでも不調があったらすぐに医者にかかれよ」

「そうするよ」


 フォーマルハウトが人を気遣っている姿は違和感が凄い。


 未明子とフォーマルハウトの関係が独特なのは分かっている。

 でもこれは完全に大事な人の身を案じてる言葉だ。


 てっきり未明子を騙すために都合良く話を合わせてるだけだと思っていたけど、お気に入りなのは本心だったらしい。


「君らが倒れてる間の話は聞いたか?」

「だいたい聞いた。私が月に連行されて、死にかけていた鷲羽さんをお前が治してくれた。その後、お前とツィーさんと暁さんとソラさんで月の基地に乗り込んで助けてくれたんだろ?」

「その通りだ」

「私も死にかけていた筈だけど、それは月が治療してくれたんだな?」

「そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「それでその後、お前とソラさんで月の施設を破壊したらしいな」

「あれは楽しい時間だった。おかげで少し気分が晴れたよ。しかし梅雨空に下手な武器は与えない方がいいな。アイツは私と同じで欲望を抑えない。誰かが止めない限り突っ走る。姫がバーサーカーと言っていた理由が身に染みて分かったよ」

「ええ……あの子何やらかしたの……」


 厄介者のフォーマルハウトが楽しそうに梅雨空を評価するのは背筋が凍る。

 よっぽど2人で大暴れしたに違いない。


 今後は梅雨空とフォーマルハウトを接触させるのは控えた方がいいかも。


 何をやらかすか分からない。

 いつの間にか名前呼びになってるし。


「こちらからも一つ情報共有だ。他の世界の私が消された」

「何?」

「アルフィルクが今朝、他の世界の私の面倒を見に行ってくれたらしい。そしたらマンションがあった敷地が全てなくなっていたんだ」

「……そんな事ができるのはセレーネ以外に考えられないな」

「見せしめにされたんだと思う」

「はッ! 月の女神のクセにやり方がコスいな!」

 

 フォーマルハウトとしてもセレーネの好きにされるのは面白くないだろう。 

 しかも苦労して未明子を集めてきたのはコイツなのだから余計に腹が立つはずだ。


「あれからセプテントリオンの動きは?」

「特に無いわ。あれ以来沈黙を保ってる」

「あいつらにしてみれば急ぐ理由もないしな。セレーネ的には面白いオモチャが見つかったくらいの認識なんだろう」

「フォーマルハウト、一つ聞かせてくれ。お前は月のスパイじゃないんだな?」

「別に隠してないし信用してもらわなくても構わないが、私は月の意思で動いているわけじゃない。セレーネから好きにしていいと言われているから好きにしているだけだ。ま、言われなくも好きに動くがな」


 月のスパイじゃないとしてもコイツの立ち位置はよく分からない。

 そもそも何故セレーネはコイツだけにそんな特権を与えているのだろう。


 葛原桃は目に余るなら討伐すると言っていたし、深い考えは無いのかもしれないけど。


「今回の件で完全に敵視されただろうからな。これからは私も月に狙われる立場だ」

「それに関しては悪いと思っているよ。まさかお前が助けてくれるとは思っていなかった」

「気にするな。ただの気まぐれだ」

「そういうわけにはいかないよ」


 未明子は突然その場で姿勢を正して正座を始めた。

 そして膝に手を添えると、ゆっくりと頭を下げる。


「助けてくれてありがとう」


 それはあまりに美しい礼だった。


 これほどまでに美しい頭の下げ方があるのかと思うような見事な礼だった。


 お礼をするという形の無い気持ちをこんな風に表現できるものなのかと、隣で見ていた私も思わず見惚れてしまった程だ。


 ご両親のしつけがしっかりしているとは思っていたけど、こんなところにも現れるものなのね。



 それを真正面から受けたフォーマルハウトは


「あ、これは、ご丁寧に、どうも……」


 挙動不審になっていた。



 普段なら吹き出してしまうところだが、私が同じ立場だったらおそらく同じリアクションをとっていただろうから笑えない。

 それ程までに心の伝わるお礼だったのだ。


「勿論こんな言葉で何かが返せたとは思っていない。範囲は限られるけど何かできる事があれば言ってくれ」


 その言葉を聞いたフォーマルハウトは今度は焦り始めてしまった。

 目があちらこちら泳いで、落ち着かなそうに何度も体勢を変えている。


 ここまで焦っているのは初めて見た。

 って言うかコイツに慌てるなんて機能あったんだ。


 いまのコイツの姿を全てのステラ・アルマに見せてやりたい。


「ひ、姫。どうしよう、どうしたらいい?」

「ええ!? ここで私に振られても困るわよ……何かいま適当にお願いしなさいよ」

「ええ……ええ……? じゃ、じゃあ抱きしめてもらおうかな」


 何言ってんのよアンタ。

 何イッパイイッパイになってるのよ。

 いつもの気持ちの悪い笑いはどうしたのよ。

 宇宙一の厄介者の名が泣いてるわよ。



「……そんなのでいいのか?」


 未明子は納得のいかなそうな顔をしてフォーマルハウトの隣まで行った。


 そしてオロオロしているフォーマルハウトを、両手を背中に回して抱きしめたのだった。


「はあ!?」


 まさか本当に抱きしめられるなんて思っていなかったのだろう。

 フォーマルハウトは目を大きく開いたまま固まってしまった。


 そのまま虚空を見つめて動きを止めてしまい、何も言われない未明子はずっと抱きしめ続けている。


 未明子とフォーマルハウトが抱き合ってる……?

 あまりの事に私もフリーズしてしまった。

 

 唖然としてその様子をしばらく眺めていると、意識の再起動が終わったフォーマルハウトが未明子の背中をポンポンと叩いた。


「もういい。もう充分だ」


 上擦った声で離れるように促す。


 そう言われて未明子が離れると、フォーマルハウトは自分の膝に顔を埋めて丸くなってしまった。

 

「大丈夫かお前?」

「大丈夫じゃない。いま死にかけてるからちょっと待っててくれ」

「何で死にかけてるんだよ。そんなに力なんてこめてないぞ」


 そのあまりに的外れなセリフにズッコケそうになる。


 分かってあげて。

 恐らくフォーマルハウトは宇宙に誕生してから今まで誰かに抱きしめられた事なんてなかったんだから。


 それがお気に入りの未明子だったら、そりゃそうもなるわよ。


「でもそれはそれとして命令はかけていくからな」

「分かった。分かった。もう何でも命令してくれ。好きに命令してくれ。私から言いたいことは無い」


 フォーマルハウトは何かを口に出すのも大変そうだった。


 死にかけているというのはあながち間違っていないのかもしれない。

 露出している肌が真っ赤になっているから、全身の血が凄まじい早さで巡っているんだろう。


 これ以上興奮させると命に関わる。



 決して顔を向けないフォーマルハウトに怪訝な顔をしながら、未明子が右手のリングを掲げた。


「お前に命令する。何か行動を起こす時は必ず私達に相談しろ」


 これが未明子の考えた命令だった。


 何かを禁止するのではなく行動を起こす際に相談をさせるという命令だ。

 

 これによってフォーマルハウトが悪巧みをしてもその内容を誰かに伝えなければいけない。


 つまり勝手な行動ができなくなるのだ。


 リングが光を放ちフォーマルハウトへの命令が完了した事を知らせる。


「日常的な行動は好きにすればいいよ。でもそれ以外の事はまず相談するんだ」

「君が話を聞いてくれるんだな?」

「そうだ。私が全部聞いた上で判断する。お前が何かをする時は必ず隣にいるからな」


 未明子。

 あなたは脅しているつもりかもしれないけど、それはステラ・アルマにとっては特別な相手から是非とも聞きたいセリフなのよ。

 そんな事を言われても嬉しくなるだけなのよ。

 

「お前に自由は無い。お前は一生私のそばにいるんだ」


 だからそれは最早口説き文句なの。


 私達は孤独が寂しくて地球に降りて来た存在。

 一生そばにいろなんて言われて嫌な気持ちになるわけないじゃない。


「……お礼をしに来たのに殺そうとするな……」

「さっきから何言ってるんだお前?」


 何でいつもあんなに察しがいいのに、ここに来て鈍感になるんだろう。

 それとも分かっててやってるのかしら。


 フォーマルハウトをこんな風にするなんて、宇宙広しと言えど未明子くらいよ。



 その後。


 私達が部屋から出ていくまでフォーマルハウトは一度も顔をあげる事はなかった。











「申し訳ありませんでした。藤袴の事も含めて私のミスです」

「萩里ちゃん。我べつに怒ってないから気にしないで。フォーマルハウトが絡んでたら対応しようがないって」

「しかし……」


 月の基地。


 通路をのんびり歩くセレーネの後を、セプテントリオンの熊谷萩里(くまがいしゅり)宵越尾花(よいごしおばな)がついて歩いていた。



 先日のフォーマルハウト達の潜入によってもたらされた被害はおいそれと看過できなかった。


 藤袴が拘束され、処罰・検査対象だった未明子は奪回。

 その上医療施設を破壊されたのだ。


 セプテントリオンが揃っていながら、まんまと敵に好き放題されてしまった格好だ。


 そんな失態を晒してしまってはリーダーである萩里はセレーネに頭があがらなかった。


「藤袴ちゃんが無事で何よりだし、幸いファミリア達も怪我で済んだみたいだしねぇ」

「医療局はしばらく使い物にならないんだってー」

「そこは痛手だねぇ。臨時で居住エリアの診療所を拝借してるけど、怪我したファミリアで溢れかえってるみたいだからね」


 フォーマルハウトと梅雨空が暴れた事によって月基地の医療施設である医療局は機能しなくなっていた。


 医療機器の大半を破壊されて復旧は困難を極めていたのだ。


 いまは大きな戦いが起こっていない為に医療局で治療中の者がいなかったのは不幸中の幸いだ。


「早急にフォーマルハウトを処罰してまいります」

「フォーマルハウトにはむしろそういう役目を期待してるからねぇ。もしミスがあるとしたらアイツをそんな風に使ってる我のミスだよ」

「セレーネ様の采配にミスなどありません。フォーマルハウトが9399世界にいるのは分かっていたのですから私達が警戒すべきでした」

「アイツが人間の味方をするなんてビックリだね。誰かお気に入りでもできたのかな?」

「ついでに犬飼未明子も再び拘束してまいります。それでは」

「わわわ、とりあえず大丈夫だよぉ。尾花ちゃん、萩里ちゃんを止めてぇ」

「萩里ストップストップ。セレーネさんのお話を聞いてあげて」


 勢いのままに出撃しようとする萩里の軍服を尾花が掴んで止める。


「ええい離せ尾花! 私は汚名返上せねばならんのだ!」

「だからいま新たに汚名を着ようとしてるんだってばー」

「萩里ちゃん落ち着いて。あれだよ、せいてんを誉めるなら夕暮れをまてだよ」

「セレーネさん惜しい ”急いては事を仕損じる” だね」

「そうだっけ?」


 アハハハと笑い合うセレーネと尾花。


 それを苦い顔で見つめる萩里だったが、意を決すると片膝を立てて(ひざまず)いた。


「それでは私の気が収まりません。何か指令をお出し下さい」

「ええー。いまそういう気分じゃないからなぁ……」


 セレーネがムムムと悩み始める。

 

 萩里とセレーネの温度感には違いがありすぎた。


 セレーネの隣でセレーネのマネをしている尾花に、萩里は厳しい視線をぶつける。

 

「あ! じゃあ駄目にされちゃったみかん大福を買ってきてもらおうかな?」

「みかん大福! 桔梗が言っていた角八本店の物ですね? 承知いたしました」

「おお。そんな指令でもやってくれるんだ?」

「セレーネ様の命令に程度の差異はございません。世界を滅ぼすのでも、和菓子のお使いでも完璧に遂行いたします」

「ただのお使いにそんなに気合入れる人は初めてだよ」

「セレーネさん。私も一緒に行って来ていい?」

「いいよぉ。じゃあ2人で行って、ついでに何か美味しい物でも食べておいで」

「やったー」

「それでは早速行って参ります」


 萩里は立ち上がると、姿勢を正し足早に歩き始めた。


 尾花はセレーネに深々と一礼をして萩里の後を追いかける。


「領収書も忘れないでね~」


 白い軍服をひるがえし歩いていくその2人を、セレーネは手を振って見送った。



 2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けたセレーネは、振り続けて疲れた手を揉みながら大きくため息をついた。


「いやー何でも一生懸命にやろうとしてくれるのは嬉しいねぇ。これが孫可愛いってやつかな。我、娘もいないけど」


 ぷくくと自嘲すると、セレーネはまたペタペタと通路を歩き始めた。




「萩里どうしたの? 何であんなにお仕事がしたかったの? お使い行きたかった?」

「そういうわけではない。セプテントリオンが役に立たないと思われるのは困るからな」

「セレーネさんは気にしてないって言ってたじゃん」

「セレーネ様は懐の深い方。私達の失態も笑って許してくれるだろう。だがそれで信頼を失っては元も子も無い」

「そっかー。大変だね」

「尾花は一応サブリーダーだからな。自覚を持てよ?」

「おぉーそう言えばそうだった」


 萩里は立ち止まると、尾花の方を振り返った。


 突然立ち止まられた尾花はそのまま萩里にぶつかる。


「おっふ」

「それに何か理由をつけて地球に降りたかったのだ」

「地球? 別に好きに戻ればいいじゃん」

「いや。9399世界の地球だ」

「9399世界ってどこだっけ……ああ! この前、桃達が行った世界だね。そこに何しに行くの?」

「お前は桃の報告を忘れたのか?」

「えーっと……思い出した!」

「そういう事だ。意味もなく別世界に行ったら問題だが、任務で訪問したのであれば咎められまいよ」

「大福なんて私達の世界で買えばよくない?」

「生憎私達の世界では売り切れだったのさ」

「萩里、頭いいね」

「尾花に言われるとちっとも褒められている気がしないな」


 萩里はニヤリと笑って再び通路を歩き出した。

 尾花も笑顔でその後を追う。


 月基地の通路に、楽し気な2つの軍靴(ぐんか)の音が響いたのだった。


ステラムジカ 〜私の彼女が大きかった〜

読んで頂いてありがとうございます。


Twitterの方ではお知らせさせて頂いたのですが、応募用の作品を書きたい為、

6月の最終週よりしばらくのあいだ更新頻度を週に1回にさせて頂きたいと思います。


執筆が早く終わればまた週2回更新に戻したいと考えていますが何せ筆が遅いものでいつ頃になるか分かりません。

月に4話しか進まないとか、ただでさえ進行遅いのになめとんのかとおしかりごもっともですが、

できれば愛想つかさずに読み続けて頂けるとありがたいです。


応募作品に関してはTwitterで進捗状況報告していきますのでそちらの方もご参考ください。

何卒よろしくお願いいたします。

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