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第102話 真っ白な未来 君と描いて①

 

「夜明、通話とかじゃダメなの?」

「うん。こればっかりは直接会って話したいんだ」


 狭黒夜明は厚手のコートを羽織ると、手すりに体重を預けながら家の階段を下りた。


 ここのところ夜明は体調が良くなかった。

 冬の寒空を出歩くのは控えて欲しいと思っていたアルフィルクだったが、夜明にどうしてもと頼み込まれて渋々折れたのだ。


「途中までついて行こうか?」

「なに。電車に乗ってすぐだしね。1人で大丈夫だよ」


 心配して玄関まで見送ってくれたアルフィルクに手を振ると、夜明は家を出た。



 外に出るとすぐに冷たい風が吹いてきて頬をかすめる。

 冬の風は厚着していても容赦なく体を冷やしていった。


「玄関を出てすぐに帰りたいと思ってしまうとはね。我ながら情けないよ」


 いや今日は絶対に行かなければいけない。

 それに今帰ったらアルフィルクにまた呆れられてしまう。


 夜明は自分の尻を叩いて寒空の中を駅に向かって歩いた。



 道中、よく利用しているケーキ屋の前にメッセージボードが出ていた。

 メッセージボードには可愛いイラストと共にこう書かれている。


(もうすぐクリスマス。ケーキの予約はお早めに!!)


 夜明は年中行事に疎くクリスマスの事なんてすっかり忘れていた。

 ここで気づかなければ、また直前になってアルフィルクに何をして過ごすか問いただされて慌てていた事だろう。


「クリスマスか。時間が経つのは早いねぇ……」


 春に未明子が仲間に加わってから間もなく年が変わろうとしていた。


 この一年は激動だった。

 得たモノもあったが失ったモノも大きかった。 


 失ったモノ……。

 

 その言葉が夜明に強くのしかかる。


「……私は残酷なのかな」 


 風で掻き消える程の小さな声でそう呟くと、夜明はコートの襟元を閉めて駅までの道を急いだのだった。






「私が夜明の家まで行っても良かったのに」

「いやいや。たまには外出しないとどんどん衰えていくからね。ちょうど良かったよ」


 昨晩、夜明から2人で会いたいと連絡が来たのには驚いた。


 会う事自体は珍しくないけど、だいたい未明子とアルフィルクと4人で会うからわざわざ2人でなんて指定が入るのは珍しかった。


 どのみち未明子は用事があって今日は1人だ。

 特にやる事もないからと桜ヶ丘の駅で待ち合わせをしたのだった。


「何気に冬制服のアルタイルくんに会うのは初めてかな」

「そう言えばそうね。衣替えしてからも何だかんだ忙しかったしね」

「学校は楽しいかい?」

「何で保護者みたいこと言い出したの? まあ、未明子も一緒だし楽しいわよ」

「そうかそうか」


 夜明は少し含みのある返事をすると、バス停の方に歩き出した。


「あれ? いつものカフェじゃなくていいの?」

「うん。アルタイルくんさえ良ければ家にお邪魔してもいいかな?」

「私の家? 別に構わないけど面白い物なんて何も無いわよ?」

「お気遣いなく。それにあまり人に聞かれたくない話をしたかったんだ」


 聞かれたくない話。

 となると戦いに関する事なのだろうか。

  

 別に外で話しても周りの人間はあまり気にしないものだけど、夜明がそうしたいと言うなら反対する理由も無い。

 

「分かったわ。でもそれなら少し買い物してもいい?」

「付き合うよ。荷物持ちくらいなら任せてくれたまえ」

「ダントツで非力さんなのに良く言うわ」

「失礼な。メリクくんよりは力持ちだよ」

「ふーん。じゃあ期待させてもらうわね」

 

 来客があるなんて思っていなかったので駅前のスーパーで軽く買い物をする。


 買い物の後、飲み物の入ったビニール袋を夜明に持ってもらった。

 最初は張り切っていたのに、バスを降りたあたりから雲行きが怪しくなって、案の定家に到着する前にヘトヘトになっていた。


 うん。期待通りのへっぽこぶりだったわ。




「おお。いい眺めだね」

「この時間は陽も暮れ始めて綺麗よね」


 夜明は部屋の窓から見える景色が気に入ったみたいだ。

 

 未明子が来る前はいつも1人で見ていたこの景色を、夜明とも見る事になるなんて。


 ここに越して来た時にはこんなに誰かがやってくる部屋になるとは思っていなかった。


 今にして思うともう少し可愛らしい部屋にすれば良かったなと後悔する。


 夜明はその殺風景な私の部屋を興味深そうに観察していた。 


「アルタイルくんらしいと言うか、無駄な物が無くていい部屋だ。そう言えば君の趣味とか知らないな」

「趣味? そうね、あえてあげるなら本を読むくらいかしら。たまに未明子に誘われてゲームしたりするけど、あれは未明子と一緒だから楽しいだけで1人ではやらないわ」

「それは分かる。君の行動理念は何よりも未明子くんだからね」

「悪かったわね。ところで話って何だったの?」

「ああ。あれから未明子くんの様子はどうかなと気になってね」


 違う。

 いま明らかに話をはぐらかした。

 そんなのはラインでも伝えられる程度の話だ。


 わざわざ会いに来て、しかも家にまで乗り込んでくるなんて相当話し辛い事があるに違いない。


 だけどそれが分かったからと言って追求するほど野暮では無い。

 彼女なりの話の順序があるのだろうからまずは話を合わせよう。


「死にかけたとは思えないほど元気にしてるわ。でもその、何と言うか……あれ以来、凄くキスをしてくれるようになったの」

「と言うと?」

「2人でいる時は勿論だし、学校にいても、休憩時間に人気(ひとけ)の無い所でとか、ちょっとでも時間があればしてると言うか……」

「仲が良くて大変結構じゃないか。と言いたいところだけど、やっぱり未明子くんは君から何かしら受け取っていると考えた方がいいね」

「夜明もそう思う?」


 自分がその立場だからよく分かる。

 あれはアニマが足りなくなった時のステラ・アルマの行動によく似ている。

 体がアニマを欲してパートナーとの過度の接触を求めてしまうのだ。


 今の未明子は単純にキスがしたいと言うよりも、キスに何かを求めているように感じる。

 梅雨空が予想した通り未明子のあの異常な回復は私から何かを吸収しているとしか思えなかった。


「例えば未明子くんの回復がアニマにあるとして、ステラ・アルマからアニマを供給されれば体調が良くなるのかい?」

「アニマは人間なら誰しも持ってるエネルギーよ。それが特別なのはステラ・アルマだけ」

「ではアルタイルくんからアニマを貰ったとしても、未明子くんにとっては何の変哲もないエネルギーだからそれで回復するのは不自然と言う事か」

「そう。それにキスをした時、私の中に未明子のアニマが流れ込んでくるの。だから彼女が私のアニマを吸収している訳じゃないと思う」

「なるほど。そうなると別の要因があると考えるべきか。現状は2人の愛の力と解釈するのが一番納得がいくね」

「えへへ」


 それは嬉しいけど、そうすると困る事がある。

 未明子が具体的に何を吸収しているか不明なままなのだ。


 本当に愛の力ならそれが私から枯渇するなんてありえないから別にいい。

 だけど他の要因があるのならそれを特定しておかなければならない。

 そうしないと、いつかそれが私から得られなくなった時に未明子がまた倒れてしまう可能性があるからだ。


「まあそれは追々調べていくしかないね。未明子くんがキスをねだるなら、いまは応えてあげた方がいいと思うよ」

「勿論。私がそれを拒否する理由が無いわ」

「あと聞きたいのはフォーマルハウトの事か。あれからアイツに会いに行ったかい?」

「実は私も未明子もまだ会ってないの。まさかアイツに助けられるなんて思ってなかったから顔を合わせ辛くて。せめてお礼くらいは言った方が良いと思うんだけど……」

「それは必要ないんじゃないかな。アイツがこれまでしてきた事を考えたら頭を下げるなんて馬鹿げているよ。それに未明子くんも今回みたいなパターンを想定してアイツを生かしているんだ。アイツは役割通りの事をしただけさ」

「そ、そうよね」


 別に忘れた訳ではないけどフォーマルハウトは鯨多未来を殺している。

 未明子が心を病んでしまったのもアイツのせいだし本来なら恩など感じる必要はない。


 それでも私にとって命を救ってもらったのは大きかった。

 そのおかげで未明子と今も一緒にいられるのだから。


「ならばアイツはまだ自由に外に出られるんだね?」

「未明子が服従の固有武装で命令していないからそうなるわね。核はすばるが握ってるみたいだけど」

「例え核を持っていてもアイツに自由を与えないほうがいい。早めに未明子くんに命令するように言っておこう」

「そうね。私からも伝えておくわ」


 夜明はフォーマルハウトが憎くて仕方がない。

 あたり前だ。大事な仲間を殺されたのだから。

 夜明に限らず他のメンバーだって同じようにアイツを憎んでいるだろう。


 でもすばるから話を聞いた限りではフォーマルハウトは何の拘束も命令もなく私達を助けてくれた。

 月に敵対してまで未明子を助けてくれたなら、私にとってはただの憎しみの対象とは言えなくなった。


 とても複雑な関係だ。


「セプテントリオンも気になるね。未明子くんを奪回された事でまたいつ攻めてきてもおかしくない」

「今のところ何の気配も無いのが不気味ね。何か準備をしているのかしら?」

「もしくはこの前の戦いで負った傷を癒しているのかもしれない」

「そう言えばそっちの戦いでは稲見が大活躍だったみたいね。凄い固有武装を持っていたんでしょ?」

「あれは使い方次第では無敵の能力になる。稲見くん自身の分析力が上がっていけばいずれ全ての攻撃を無効化できるだろう。そうじゃなくても今の段階で奇跡を起こせてしまうよ」

「夜明がそこまで言うなら並大抵の能力じゃないって事ね」

「……」


 ここで夜明の顔が曇った。

 恐らく、さっきはぐらかした本題に関する内容に触れたのだろう。


 私は夜明が話してくれるまで何も言わずにじっと彼女の顔を見つめた。


「奇跡が……そう、奇跡が起こせてしまうんだ。とうとう形になってしまった」

「奇跡を起こせるなんて素敵じゃない」

「私達にとってはね。でも君にとってはそうじゃないかもしれない」

「私にとっては?」


 夜明はふいに真剣な表情で私を見た。

 それに釣られてこちらも姿勢を正す。


「君に話さなければいけない事がある」

「そんなに真面目な話なの?」

「そうだ。どうしても聞いておかなければいけない事だ」

「分かったわ。何でも聞いて?」

「ミラくんが救える」

「え?」


 ミラ……鯨多未来が救える?


 それは夜明が前に言っていた可能性の話だ。

 万に一つの、か細い可能性だと言っていた。

 奇跡とはその可能性の事なのだろうか。


「勿論100%成功するかは分からない。ただ、その為の手段は揃った」

「どうやるの?」

「それは後ほどしっかりと説明させてもらおう。それよりも私がいま聞かなくてはいけないのは君の気持ちだ」

「私の気持ち?」

「そう。このままミラくんを救ってしまって良いのかい?」

「どういう意味?」

「ミラくんを救ってしまったら未明子くんはミラくんの元に戻るんだよ?」


 夜明の言葉が私の心臓を貫いた。

 

 それは分かっていた事だ。


 そもそも未明子がいま生きているのは鯨多未来にもう一度会う為。

 その為に私は力を貸している。


 鯨多未来が戻って来たら、未明子が彼女の元に帰っていくのは当然だ。


 そうなった時、私はまた一人になる。

 

「何を言っているの? 鯨多未来を救えたら未明子が幸せになれるじゃない」

「そんな事は分かっているよ。その時に君はどうなるかという話だ」

「別に。私は未明子が幸せなのが一番だもの」

「本当にそう思っているのかい?」

「思っている……わ……」

「未明子くんの幸せな顔を見た時に、君は幸せでいられるのかい?」

「あたりまえよ……大好きな人が、笑顔でいら……れる……なら……とても……幸せ……よ」

 

 知らず知らずの内に涙がこぼれてきた。


 どうして?


 私は未明子が大好きで、未明子が幸せになれるならそれが一番嬉しいのに。

 未明子が鯨多未来と一緒にいられるなら私はそれが一番嬉しい筈なのに。


 どうしてこんなに涙が出るんだろう。


 頭の中にこの半年間の未明子との思い出が溢れてきた。


 初めて自分の正体を打ち明けた時。

 初めて個人的な連絡を貰った時。 

 初めてキスをした時。

 初めて一緒に戦った時。

 初めて家にあがってもらった時。

 初めて体を重ねた時。 

 初めて大切だと言ってもらえた時。

 初めて優しく抱きしめてもらえた時。

 

 こんなに短い期間なのに、私にとっては今まで生きて来たどんな時間よりも遥かに濃い時間だった。


 いつも未明子と一緒だった。

 月の綺麗な夜道を歩いた時、こんな時間がずっと続けばいいのにと思った。


 一番幸せな時間だった。

 私と未明子の2人だけの時間だった。


 でも分かっている。

 それは私にとっての幸せな時間。

 未明子にとって一番幸せな時間では無いのだ。


「ごめんね。泣かせたかったわけじゃないんだ。でもミラくんを救うとはそういう事なんだ」

「……うん」

「もし君がそれを望まないんだとしたら……いや、それでも私達はミラくんを救わなくてはいけない。でもそれを遅らせる事はできる」

「遅らせる?」

「もう少しだけ、君と未明子くんの時間を延ばしてもいいと思っている」

「……」

「すぐに答えを出さなくてもいいよ。ゆっくり考えてくれ。私が君にできるのはそれくらいだからね」 


 鯨多未来を救う手段が揃ったのなら夜明だってすぐに実行したいはずだ。

 一日だって早く彼女に会いたいのだから。


 でも私に選択肢をくれた。

 それは彼女の優しさ以外、何物でも無かった。


 私の周りには優しい人達がこんなにたくさんいる。

 何て幸せなんだろう。


「ありがとう」


 涙を流したままの情けない顔で、私は夜明にそう伝えた。






 次の日、学校に向かう途中の坂道で未明子に会った。

 待ち合わせしなくても、いつもこの辺りで未明子が後からやってくる。


「おはよーう。今日も寒いね」

「おはよう未明子。体調は大丈夫?」

「うん。全然元気! あ、でも授業が始まる前に……」

「分かった。今日もいつもの校舎裏でしましょ」

「ごめんねぇ我慢の効かない女で」

「私もしたいから気にしないで」


 毎朝人気(ひとけ)の無い校舎裏でキスをしてから教室に入る。

 それは私と未明子の朝の決まり事になっていた。


 未明子は自分のワガママに付き合ってくれてるなんて思っているのかもしれないけど、私だってキスしたい。


 学校が無くて、何も予定が無いのなら、一日中ずっとしていたいくらいだ。


 私と未明子だけの特別な時間を大切にしたい。


 もうすぐそれはなくなるのだから。



「鷲羽さんに謝らなくちゃいけない事があるんだ」

「どうしたの突然?」

「私は鷲羽さんの良さを引き出せてない」

「な、何の話?」

「この前の戦い、私が弱いから鷲羽さんを傷つけてしまった。私がもっと強かったら鷲羽さんに悔しい思いをさせなくて済んだんだ」


 待って。それは違う。

 これだけ一緒に戦っていれば嫌でも分かる。


 逆だ。

 未明子の得意な戦い方に私がついていけてないんだ。


 未明子がこう動きたいというイメージは伝わる。

 でも私がそれに対応できるタイプの機体じゃないから、仕方なく私の性能に合わせて戦ってくれているだけなんだ。


「未明子のせいじゃないわ! 私がもっと色々できれば良かったのよ」

「そんな事ないよ。鷲羽さんは1等星を名乗れるだけの凄い力を持ってるよ。それを私が使いこなせていないだけなんだ。ごめんね」

「違うの、私のせいなの。この前の戦いだって私の性能が良ければあんなに一方的にやられなかったはずなの。未明子のせいじゃないわ」

「きっと別の人が鷲羽さんに乗ってたら勝ててたよ」


 そんな悲しい事を言わないで。


 私は未明子に乗って欲しいの。

 未明子と一緒に戦いたいの。


 少しでも長い時間あなたと一緒にいたいの。


 ”契約を解除したい” そんな言葉が彼女の口から出るのが怖くて、目を反らしそうになる。


「でも今は私が鷲羽さんのパートナーだからさ! だから次は負けないように特訓しようと思うんだ!」

「え!?」


 予想外の言葉に大声で反応してしまった。


 と、特訓?


「考えてみたら鷲羽さんと戦うようになってから操縦訓練をしてなかった。きっとそういうトコロでも鷲羽さんに甘えてたんだと思う。だからこれからはできるだけ時間を作って特訓しようと思うんだ」

「それは、これからも一緒に戦ってくれるって事?」

「うん。……え? 何で私、戦わないみたいになってるの?」

「あ、違うの! そうね。分かったわ」

「ありがとう! よーし、今度は負けないようにするぞ!」


 敗北して、死ぬような目にあっても未明子は全く折れていなかった。

 それに負けた理由を私に問い詰めたりもしなかった。

 

 昨日の事もあって少し弱気になっていたのかもしれない。

 

 まだ私は彼女の隣にいられるんだ。


「……こっちこそ、ありがとうだよ……」

「え? 何か言った?」

「ううん。何でもない」


 ……今なら言えるかも。


 勇気を出して言うんだ。

 これが最後の機会になるかもしれないんだから。


「ねえ、この前の戦いでさ。生き残ったら何でも言うことを聞いてくれるって言ったの覚えてる?」

「覚えてるよ! 私にできることなら何でもするからね!」

「じゃあさ、今週末にデートしない?」

「デート?」

「うん。近くでいいからどこか遊びに行きたいな」


 昨日夜明に言われて考えた。

 私は残った時間の中で思い出を作りたかった。


 でも分かってる。


 私と未明子はパートナー。

 恋人同士じゃない。


 だから一緒に出かけるのをデートなんて言ったら駄目なんだ。

 

 だけどこの一度だけ。

 どうかこの言葉を使うのを許してください。


「デートか……」

「い、忙しそうだったらまた別の機会でもいいの!」

「ううん。予定も無いし大丈夫だよ」

「本当に?」

「どこか行きたいところある? 無ければ私が考えるよ」

「じゃあ未明子にお願いしてもいい?」

「オッケー。今日中に考えておくね!」


 未明子は指でオッケーマークを作りながら笑顔で返事をくれた。

 

 優しいんだよなぁ。

 こんな私にもちゃんと真っ直ぐ向き合ってくれる。


 これだけ居心地が良ければ誰だって彼女の隣を離れたくないに決まってる。


 こんな他愛もない時間。

 こんな時間が、私には愛おしくて仕方がなかった。



「そう言えば昨日の夜に狭黒さんから連絡が来たんだ」

「もしかしてフォーマルハウトのこと?」

「うん。命令をかけそこなったおかげで命拾いしたけど、やっぱりアイツを自由にさせておく訳にはいかないよ」

「なら今日の学校帰りにでも行く?」

「そうだね。……あまり遅くならなければ別に大丈夫か」

「何か用事でもあった?」

「いや、あれからほのかがうるさくてさ。帰りが遅くなるとすぐに連絡が来るんだ」  

「お姉ちゃん倒れたばっかりだから心配なのよ。ほのかちゃんって凄いお姉ちゃんっ子なのね」

「昔からそうなんだ。家にいる時はベッタリだし、何か髪型も私と同じにしたがるし」


 やっぱり髪型はお姉ちゃんを真似してたんだ。

 何てかわいい妹さんなんだろう。


「私と違ってほのかは優秀なんだから、私なんか放っておいて友達と遊べばいいのに」

「そりゃ小さい時はお姉ちゃんと一緒にいたいわよ。でもいずれ相手してくれなくなるから、今の内にたっぷり遊んでおいた方がいいわ」

「わぁーなんか実感のあるお言葉。ベガさんは鷲羽さんのお姉さんみたいな関係だったけど、妹さんみたいな関係のステラ・アルマもいたの?」

「お姉さん? ベガの方が妹でしょ?」

「え?」

「え?」

 

 未明子が面白い顔をして見ている。

 

 まさか私が妹だと思われてるなんて。

 ベガのあの甘えっぷりを見たら、どう考えたって私の方がお姉さんじゃない。


「まあー鷲羽さんがそう言うなら、そうなんでしょう」

「ベガなんて私がいないと何にもできないんだから」

「そうなのかなぁ。でもベガさんは鷲羽さんにベタベタだったじゃん。相手してくれないって事はないでしょ?」

「私を慕ってないのはデネブの方よ。あの子、昔は子犬のようにまとわりついて来てたのに、いつからか私の言う事を全く聞かなくなったのよね」 

「へぇー夏の大三角って三姉妹なんだ。デネブさんにも会ってみたいな」

「デネブは私とベガ以外には基本的に塩対応よ。だから他の1等星とも仲が悪いの。それに武闘派なのよねあの子」

「そこはベガさんと同じなんだ」

「ベガはあれでも穏健派なのよ。私の中では。……ごめんねぇ未明子!」


 穏健派はいきなり人のパートナーを斬り刻んだりしない。


 あんなに大人しい性格だったのに、何がベガをあんな風に変えてしまったのだろう。

 それとも私が知らないだけでベガも私達以外にはあんな感じなのかしら。



 私がベガの変わり様を嘆いていると、ポケットの中のスマホに通知が届いた。


 隣を見ると未明子にも届いていたみたいで2人で顔を見合わせてスマホを確認する。


 メッセージはイーハトーブのライングループに届いていた。


 送り主はアルフィルク。


 メッセージの内容はこうだった。


 (未明子が大変なの!!)


 私と未明子はそのメッセージを見て首をかしげてしまった。


「……未明子が大変だそうよ?」

「うん。私が大変みたいだね」

 

 大変な事になっている未明子が、何のこっちゃと眉をひそめた。



 アルフィルクから送られてきたそのメッセージの意味が分かったのは、学校帰りの事だった。



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