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第99話 私達のフロンティア③

一週間お休み頂きました。

本日より連載再開となります。


今回少し長くなってしまいましたが、ゆっくりとお楽しみ下さい。


「気絶させたら意味ないだろうが!」

「まさかこんなに弱いと思ってなかったのよ!」


 セレーネの本拠地である月の基地。

 とある通路で怒鳴りあう2人がいた。


 フォーマルハウトと梅雨空である。


 足元にはセレーネの部下であるセレーネファミリアが白目をむいて転がっている。


 ギャーギャーと騒ぎ合っている2人を無視して、すばるとツィーは気を失ったファミリアを観察していた。


「なるほど。兎の耳が生えているだけで基本は人なのですね」

「うちのセレーネもそうじゃなかったか?」

「ファミリアはクローンみたいに同じ顔をしているのかと思っていました。わたくし達のセレーネさんとこの方では全然違う顔をしているので、そういう意味で人なのだなと」


 すばるがセレーネファミリアの髪をかきあげる。


「何やってんだ?」

「いえ、わたくし達で言う耳の部分がどうなっているのかなと……毛に覆われていますが何もないですね。興味深いです」

「それそんなに重要か?」


 知的好奇心を満たしたすばるが満足そうな顔を浮かべた。



 未明子の情報を得る為に通路を歩いていたファミリアを拘束しようとしたところ、梅雨空が力を込めすぎて締め落としてしまったのだった。


 梅雨空にやられたファミリアはグッタリとして全く目覚めそうに無い。

 呼吸はあるので死んではいないが、まあ悲惨な顔で気を失っている。


「とりあえずこの散らかったポットと湯呑みをどこかに隠しましょう」

「何でコイツ地球の茶菓子なんて持ってるんだ。どこかに運んで行く途中だったのか?」

「みかん大福とは渋いですね。月の人は和菓子好きなのでしょうか」

「おい、お前らも喧嘩してないで隠蔽するの手伝え」


 ツィーが敵地の真っ只中で怒鳴り合いを続けているフォーマルハウトと梅雨空を叱った。


「何でこんな奴連れてきたんだ!? いきなり足を引っ張りやがったぞ!」

「だから謝ってるでしょ!? 宇宙人だから強いと思ったのよ!」

「はいはい。お二人ともそこまでに。幸い見つかりませんでしたが、普通この時点で潜入失敗ですからね。とにかくこの方をどこかに匿いましょう」

「撫子、そこに良さ気な部屋がある。軽く見たが監視カメラも無さそうだ」

「ではそこに。わたくしがこの方を運びますので、3人で床に散らかった物を運んでいただけますか?」

「さすが暁のお嬢さんは場慣れしてるな。連れてきた甲斐がある」

「連れてき甲斐がなくて悪かったわね」


 すばるが気を失ったファミリアを肩に担いだ。

 ファミリアの背丈はサダルメリクやアルタイルとさほど変わらず、見た目通りに体重も軽かった。

 

 もしこの先、警備のファミリアがいてもこれだけ小柄なら制圧は難しくないかもしれない。


 そう考えながらツィーの見つけた部屋に入ると、そこは物資の保管庫のようだった。

 

 すばるの後に、床に散らかった物を両手に抱えた3人が部屋に入ってくる。


「一旦ここで落ち着きましょう」

「フォーマルハウト。アイツが囚われている場所に心当たりはあるのか?」

「この先に獄舎がある。だが広い上に監視カメラも多い。あらかじめ探索ポイントを特定しておかないとすぐに発見される。だから情報を持っている奴を捕まえる必要があるんだが……」


 月の基地に潜入してからと言うもの、気味が悪いほど誰とも遭遇しなかった。


 最初は隠れながらコソコソ行動していたフォーマルハウト以外の3人も、あまりの警備の薄さに次第に最低限のクリアリングしかしなくなっていたのだった。


 フォーマルハウト曰く、施設がオートメーション化されすぎて基地に滞在している頭数(あたまかず)は少ないらしい。


 その分要所に立ち入りをチェックするシステムがあるのだが、フォーマルハウトのゲートでそれを無視していけるので思いのほか楽に進めていた。


「まいったな。情報なしでここから先に進むのは難しい。仕方ないが誰かが通りかかるまでしばらくここで籠城だ」


 フォーマルハウトが行儀悪く地面に腰をおろす。

 他の面々も思い思いの所に座り込んだ。


「私がどっかで暴れてこようか? 騒ぎを聞きつけて誰か来るんじゃない?」

「馬鹿か。お前が見つかったら基地全体が警戒態勢になる。そもそも普通の人間はここに来られないんだから他にも誰かいるってバレるだろうが」

「じゃあどうするのよ。早くしないと犬飼さんが心配だわ」


 梅雨空の心配は尤もだった。

 しかし手詰まりなのも事実。


 何か方法はないかと考えていると、部屋から通路を覗き見ていたツィーが声をあげた。

 

「おい、見てみろ。渡りに船ってやつだ」


 ツィーに言われ通路の先を見てみると、誰かがトボトボ歩いているのが見えた。

 ファミリアでは無い、もっと身長のある人間だ。


「え? あの白い服って」

「セプテントリオンですね。しかもあの方は……」


 白の軍服に身を包んだその人物は、その規律ある服装に似合わない猫背でキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。


「見たことあるわあいつ! 何だっけ? そう藤袴!」

「どうして1人でウロウロしてるんでしょうか?」

「さあな。何か事情があるんだろ。丁度いい。羊女(ひつじおんな)、お前あいつの気を引け」

「…………え? もしかして羊女って私のこと?」

「お前だよ。暴れたいんだろ? ちょっとアイツに喧嘩売って来い」

「は!? 何で私が!? ってかその前に羊女やめなさいよ!」

「うるさい。お前に汚名返上の機会をやる。アイツをとっ捕まえて未明子の場所を吐かせるぞ」

「梅雨空さん1人で大丈夫でしょうか?」

「私がフォローする。暁のお嬢さんと仏頂面はここに残れ」


 すばるとツィーは顔を見合わせた。


 果たして梅雨空が1人で大丈夫かという不安はあったが、全員で見つかるのはリスクが高い。

 フォーマルハウトの意見に賛同した2人は首を縦に振った。


「よし。じゃあ羊女、行け」

「命令しないで!」


 梅雨空はフォーマルハウトを睨みながら部屋を出ると、足音を殺して通路を進んだ。


 死角に隠れながら距離を詰める。



「おかしいっすねー。そんなに時間はかからないと思うんすけど。どっかで迷ってるんですかね」


 藤袴は相変わらず何かを探して辺りを見回しているが、梅雨空の接近には気付いていないようだった。


 藤袴のすぐそばまでたどり着いた梅雨空が、すばる達の方を振り返る。

 それに対してすばるが「どうぞ」と手で合図を返すと、梅雨空は勢いよく死角から飛び出して行った。


「ちょっとそこのアンタ! 聞きたい事があるんだけど!」


 突然目の前に現れた人物に藤袴は目を丸くする。


 しかしすぐに我に返ると、梅雨空から距離を取った。


「ひッ! 誰っすか? どうやってここに入ってきたんですか?」

「私を覚えてないの!? さっき会ったばっかでしょ!?」

「さっき? ……あ! もしかして9399世界にいた人ですか!?」

「そうよ! 何で私の顔を忘れるのよ!」

「ひッ! そんなすぐに人の顔なんか覚えられないですよ!」

「じゃあ今度こそちゃんと覚えておきなさい! 私が、羊谷梅雨空よ!」


 名乗りと共に梅雨空が相手の腕を取るべく距離を詰める。

 

 素早い動きだったが、藤袴は体を横に逸らすと流れる様に梅雨空の腕を掴み、そのまま背後に回り込んだ。

 

 梅雨空が相手の動きを目で捉えた時には、すでに右腕を背中側に回され捻りあげられていた。


「イタタタタタタタ!」

「ひッ! 手荒な真似はしたくねーっす。大人しくして下さい」

「すでに手荒なのよ! 離しなさいよ!」

「どうやってここまで来たんですか? 普通の人間がここに来られる訳ないっす。ステラ・アルマだって特殊なゲートを使わない限りは不可能なんですよ?」


 梅雨空は身体を振り回して抵抗するが、藤袴の拘束が強く完全に制圧されていた。


「早く質問に答えるっす!」

「いや、質問に答えるのはお前だよ」

「ひッ!?」


 突然背後から氷のように冷たい声をかけられ、藤袴の動きがピタリと止まる。


 藤袴の背後には紫色のゲートから身体半分だけ出したフォーマルハウトがいた。


 右手に短いナイフのような刃物を持ち、完全に藤袴の背中を捉えている。


「久しぶりだな藤袴。元気に下っ端してたか?」

「ひッ! フォーマルハウトさん! 何であなたがここに?」

「うるさい。私がどうでもいい話が嫌いなのは知ってるだろ? とっとと両腕を背中に回せ」


 ゲートから完全に姿を現したフォーマルハウトが背中に突きつけた刃物を押し込もうとする。


「ひッ! 分かりました!」


 藤袴は梅雨空を掴んでいた手を離すと、素早く自分の両腕を背中に回した。


 フォーマルハウトはその両腕を掴んで手首を交差させ、そこに人差し指をあてた。


 人差し指がゆっくりと手首をなぞると、黒い輪のような物が現れ藤袴の手首が拘束される。


「ひッ! 何となく状況が掴めたっす。フォーマルハウトさんがこの人達に力を貸してたんですね?」

「少し黙ってろ。羊女、コイツをさっきの部屋まで連れて来い」


 フォーマルハウトが藤袴の腕を掴んで梅雨空に引き渡す。


 梅雨空は捻られた腕をさすりながらフォーマルハウトを睨んだ。


「あんた、コイツが強いって分かってて私をけしかけたわね? おかげで腕を痛めたじゃない」

「腕一本で挽回できたんだから御の字だろ」

「むっかつく! アイドルの腕はそんな安いもんじゃないのよ!」


 フォーマルハウトは心底どうでもいいと言う顔をして先に行ってしまった。

 苛立った梅雨空は仕返しとばかりに藤袴の腕を捻り上げる。


「痛いっすよ。素人が変にマネしちゃダメです」

「あんたもうるさいわね! 黙って歩きなさい!」



 

「ふげっ」


 藤袴はすばる達が隠れている部屋まで連れてこられると、両手に続いて両足も拘束され床に転がされた。


「今日は地面に転がる人を良く見る日ですね」

「簀巻きが流行ってるんじゃないのか?」


 同情の目で見ているすばるとツィーを尻目に、フォーマルハウトは藤袴の前にドカリと座った。


「さて藤袴。私が今から聞く質問に素早く答えろ」

「ひッ! 答えられる内容ならやぶさかでは無いっす」

「何で答える気満々なのよ」


 藤袴は敵に囲まれている状況だというのに特段慌てている様子もなかった。


 コロコロと転がって体の向きを変えるとフォーマルハウトと顔を合わせる。


「お前は今どこに向かっていた?」

「お茶菓子を受け取りに行く所だったっす。いつまで待っても届かないから給仕のファミリアさんを探してました」

「あ」

「あ」

「あ、もしかしてさっきのって……」


 部屋の隅のほうに寄せておいたお茶セットは見るも無残な状態になっていた。


 つい3人がそちらに目を向けてしまったので藤袴もそれに気づく。


「ひッ! もしかしてあなた達のせいですか!?」

「すまんな。コイツがやらかした」

「違うわよ! フォーマルハウトがやれって言うから」

「言ってない。お前が勝手に締め落としたんだろうが」

「酷いっす! あれはセレーネさんが楽しみにしてて、ファミリアさんが千葉まで買いに行ったのに!」

「そう、そいつだ」

「え? 千葉ですか?」

「違う。いまお前はセレーネと一緒にいたのか?」

「ひッ! そうっす。セプテントリオンが任務から帰ってきてセレーネさんとお喋りしてます」

「って事は、いまセレーネ含めて全員が大聖堂にいるんだな?」

「そうっすね」

「……秘密基地でもそうだったけど、本当何でも話すのね」


 それはかなり重要な情報だ。

 話を聞いている3人は藤袴の口の軽さに敵ながら心配になった。


「面倒だな、よりによって全員集合か。最悪戦う事になってもセプテントリオン3人だけなら羊女を囮にして何とかなったかもしれないが7人は分が悪い」

「囮として計算するの勘弁してもらえる?」

「奴らは全員戦えるのか?」

「セプテントリオンは戦闘訓練を受けている。さもなきゃ生身で拠点に現れないだろ」

「あの葛原桃って子も戦えるのね。でもあんな短いスカートで動き回ったらパンツ丸見えじゃない」

「ひッ! 桃さんも好きであんな格好してるんじゃないんすよ。あれはセレーネさんとのゲームに負けてアンスコを禁止されたんです」

「え? 何それ。あんた達のボスってそんな破廉恥な事すんの?」

「セレーネさんはその時の気分で色々命令してくるっす。あの時はみんなでお願いしてその程度で許してもらえたんす。下手するともっと酷い目にあう事もありますよ」


 話を聞いた3人は想像していたセレーネ像がブレ始めていた。

 もっと残虐非道な暴君をイメージしていたのに、いまは学生みたいな軽いノリの人物が頭に浮かんでいる。

 

「そうなると敵に拘束されてしまったあなたも酷い目に合わされるんですか?」

「いやいや! 流石にこんな事で罰は受けないっす。と言うか任務に失敗してもそれほど怒られないっす。怖い目に合うのはあくまでセレーネさんの意思に刃向かった時だけです」


 拠点に現れたセプテントリオンが任務にそれほど忠実では無かった理由がこれだ。

 

 おそらくセレーネにとってセプテントリオンも自分が楽しむ為の駒でしかないのだ。 


 与える任務がうまく行こうが失敗しようが、それほど関心は無いのだろう。


「あんた達それでいいの? セレーネにいいように動かされてるじゃない」

「ひッ! 色々事情があるんすよ。それよりもこんなお喋りしてていいんすか? あなた方には目的があるんじゃないんですか?」

「え?」

「多分、犬飼未明子さんを助けに来たんですよね?」

「ど、どうしてバレてるのよ!」

「そりゃフォーマルハウトさんの力を借りてまで乗り込んでくるなんてそれ以外に考えられないっすよ」


 藤袴は何故か得意気な顔を浮かべた。

 そしてその顔をフォーマルハウトが容赦なく踏みつける。


「ひげッ」

「余計な話が長いんだよ藤袴。とっとと未明子がどこにいるか教えろ」

「ぶ、ぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶぶ、ぶぶ」

「フォーマルハウト、何か一生懸命言おうとしてるから足をどけてやれ」


 見かねたツィーが助け舟を出す。

 フォーマルハウトが顔から足をどけると、藤袴は顔を真っ赤にしながらゲホゲホと咳き込んだ。


「ひっ、酷いっす! 別に喋らないなんて言ってないのに」

「あ、それも喋る気なんだ」

「コイツは隠し事ができない奴なんだ。大抵の事は聞けば答える。だから仲間はコイツに重要な話はしないようにしている」

「ひッ! 照れるっす」

「褒めてないと思いますよ」

「犬飼さんは戦闘で負傷したので医療局に運びました。フォーマルハウトさんなら分かると思いますが、Bエリアの方っす」

「姫があれだけやられてたんだ、未明子も無傷とはいかなかったか……医療局の警備は?」

「今日はセプテントリオンが揃うのもあってそこまで警備は強めてないっすよ。ゲートで移動するなら治療センターまで飛べば警備はスルーできます」

「おお……めちゃくちゃ丁寧に説明してくれるがこれは信用していいのかフォーマルハウト?」

「何か裏があるな。罠でも張ってるのか?」

「違うっす。犬飼さんに関してはおみなえしちゃんが心配してたので助けられるなら助けてあげたいんです」


 敵から出てくる筈の無い言葉に、全員が怪訝な表情を浮かべた。


「……どういう事だ?」

「ひッ! 犬飼さんはそもそも処刑対象だったんですが、おみなえしちゃんが気に入っちゃったみたいで助けようとしたんす。でもセレーネさんが調査するって言いだして……あ、そうっす! やばいっす! 早く行ってあげてください!」


 突然藤袴が縛られた体をバタバタと動かしながら暴れ出した。


「犬飼さんのアニマの供給量が高い事を伝えたら体を調べるって言い出したんす!」

「調べる? 調べるってどういう事よ?」

「自分も知らねーっす! でもセレーネさんのあの顔は絶対いい意味じゃないっす! 早く行ってあげて下さい!」 


 よりにもよって攫って行った敵から早く助けてくれと懇願されてしまった。

 あまりに出来すぎていて、信じていいものかと疑ってしまう。

 

 フォーマルハウトは少し考えた後、藤袴の髪の毛を掴んで自分の方を向かせた。


「手掛かりなく獄舎を探すよりは行ってみる価値はあるな。一旦お前の言う事を信用してやる」

「ありがたいっす」

「いや、お前はどの立場なんだ」

「セプテントリオンって変わり者の集まりなのね……」

「自分が大聖堂から出てきて結構時間がたってるのでそろそろ他の誰かが見に来るかもしれないっす。それを考えると素早く行動した方がいいですね」

「お気遣いありがとうございます。えっと、一応お礼を言っておきますね」

「ひッ! いいっすいいっす。敵である事は変わりないので。自分はここで囚われの身となってるので放っておいて下さい」

「そのつもりだよ。じゃあな藤袴」


 フォーマルハウトは目の前にゲートを開くと、縛り上げられている藤袴の姿を一瞥もせずにゲートに入って行ってしまった。


 それにツィーとすばるも続く。


 梅雨空だけは、ゲートに入りかけると藤袴の方を振り返った。


「ひッ! どうしたっすか?」

「あなたは別に私達を敵視してる訳じゃないのね?」

「自分はセレーネさんの兵隊っす。でも兵にも考えや感情があるんです」

「仲良くは……なれない?」

「セレーネさんには逆らえないっす」

「……そう。じゃあ私達がセレーネを倒したら?」

「それはその時になってみないと分からないっす」

「そっか。分かった。じゃあ行くわね」

「っす」


 梅雨空がゲートに入ると、紫色のゲートは静かに閉じていった。


 藤袴はそれを見送ると仰向けに転がって天井を見上げる。


「……色々と難しいっすよ。セレーネさんは怖い女神様なんです」


 冷たい地面に背をあずけながら、藤袴はそう呟いた。






 フォーマルハウトが開いたゲートを抜けると、やたらと照明の明るい場所に出た。


 見た感じは病院と言うよりは研究室に近い施設だった。

 白い壁伝いに部屋がいくつもあり、手術台の様な物が並んでいる。


 藤袴が言っていた通り警備兵の姿は無く、そもそも誰かがいる気配が無かった。


 4人はゲートから出ると、周囲を窺い通路の死角になる場所に身を潜めた。


「ここからは各部屋と通路の要所に監視用のカメラがある。見つからずに進むのは無理だ」

「なら私の出番だな。私が姿を消してアイツを探してこよう」

「あの、ツィーさん。わたくし思ったのですが」


 ようやく自分の出番だと得意気だったツィーに、すばるが心配そうな声をかける。


「ツィーさんの能力は薄皮一枚だけ別の世界に移動するんですよね。ここは月なのですが別の世界の月ってあるのでしょうか?」

「……あ」


 ツィーの特性は別の世界、つまり他の地球にほんの少しだけ移動する事によって視覚的に姿を消せる能力だ。

 それには地球のように世界が折り重なっていなければならない。


 アルタイルの説明によると増え続けているのは地球と月の間の宇宙まで。


 月そのものは一つしかないのだった。

  

「うん。いま気づいた。ムリだな」

「ツィーさんも役立たずじゃない!」

「何も言い返せんな。ドラえもん。何かいい能力は無いか?」

「誰がドラえもんだ。信用してないとか言っておきながら急に頼るな」

「ハァ。1等星と言えど無理なものは無理か。仕方ない。見つかるのを覚悟で突っ走るぞ」

「待て。誰もできないとは言っていない」


 フォーマルハウトは自分の目の前に小さなゲートを開くと、そこに片手を突っ込んだ。


 その姿は完全に四次元ポケットから秘密道具を取り出す青い猫型ロボットだったが、3人は笑いをこらえながらその仕草を見つめていた。


「アルタイルもそうだけど1等星って煽りに乗りやすいわね」

「プライドが高いんだろ?」

「そこ、黙ってろ。……ちっ、やはり足らないか」


 ゲートから引き抜いたフォーマルハウトの手の中には、小さなイヤホンの様な物があった。


「何これ?」

「こいぬ座ゴメイサの固有武装だ。ジャミング能力がある」

「ジャミング?」

「これを装着している間、装着者の存在感を限りなく薄くする事ができる。カメラに映ったとしても監視してる奴は気づかない」

「まんま石ころぼうしじゃない! あんた実はドラえもん好きでしょ!?」

「そんな凄い能力があるなら潜入した時から使えば良かったじゃないか」

「アニマの消費が激しいんだ。ただでさえ姫を治療してアニマ不足だからな。最初から使ってたんじゃガス欠だ」

「ん? 何で1個だけなんだ? コピーだからいくらでも出せるだろ?」

「だからアニマ不足だって言ってるだろ。いまの私に全員分は創り出せない」

「じゃあどうするんだ。お前だけ行くのか?」

「いいや。暁のお嬢さん、私にキスしろ」


 突然の指名にすばるは目を丸くした。


 反射的にツィーがすばるを守る様に立ちはだかる。


「お前、撫子でアニマを補給するつもりか?」

「撫子? よく分からんが、私はその為にこの子を連れてきたんだ。どうせどこかで補給が必要になる事は分かっていたからな」

「ふざけるなよ。そんな事させる訳ないだろ」

「お前こそふざけるなよ。未明子を救う為には私の能力が絶対に必要だ。暁のお嬢さんだって私にそう命令したんだ。それくらいの覚悟はしてるだろ?」


 フォーマルハウトがすばるに近寄る。

 そうはさせまいとツィーが身構えるが、すばるに止められた。


「そうですね。わたくしがお願いした事ですし、それくらいは協力いたします。ですが、それよりもいい方法がありますよ」

「ああ?」


 不適な笑みを浮かべるすばるに怪訝な顔を浮かべるフォーマルハウトだったが、次の瞬間、口の中に何かを突っ込まれた。


「うぐっ!!」


 突然口の中に異物を入れられ吐き出そうとするも、隣に立っていた梅雨空がそれを阻止した。


「あー良かった。私役に立つ場面あったわ。どう? 美味しい?」


 フォーマルハウトの口の中には、梅雨空の人差し指が深々と差し込まれていた。


「傷口をもう一回噛み切るのは根性いるわ。でもおかげで結構な量の血が出てるでしょ? ありがたく頂きなさいよね」


 フォーマルハウトが正気を疑うような目で梅雨空の腕を掴んだ。

 

 だが何かに気づいたように表情を和らげると、掴んだ腕を引き剥がのを止め、指を口に入れたまま梅雨空の血を飲み始めた。


 しばらくするとフォーマルハウトが梅雨空の腕をポンポンと優しく叩く。


 それに応ずるように梅雨空が自分の指を引き抜いた。


「……なるほど。これが吸血による補給か。悪くない」


 口を拭ったフォーマルハウトは再び目の前にゲートを開き、その中に両腕を入れ込んだ。


「確かにアニマが濃い。これなら……」


 ゲートから両腕を引き抜くと、先程のイヤホンのような固有武装が3個握られていた。


 最初に作った分を含めて全員が装着できる数だ。

 

「羊女。指を出せ」

「何よ?」


 フォーマルハウトが血に濡れた梅雨空の指に自分の手を添えると、青い光が一瞬灯った。


「もういい。治った」

「え? 治してくれたの? ありがとう」

「治療速度が上がっている。一時的に能力も強めるみたいだな。素晴らしい」


 フォーマルハウトはニヤリと笑うと、創り出したイヤホンのような物を全員に渡した。


「怖いんだけど」

「いや羊女。お前には利用価値ができた。名前を覚えてやろう」

「ようやく? 羊谷梅雨空よ」

「よし梅雨空。さっさとそれを付けて一緒に来い」


 フォーマルハウトは形状通りに固有武装を耳に装着すると、ズカズカと通路のド真ん中を歩いて行った。


「えー何か好かれちゃったみたいなんだけど……」

「御愁傷様です」

「体目的とはいかがわしい奴だな」

「言い方!」


 3人も同じように耳に装着すると、フォーマルハウトの後を追った。



「フォーマルハウト、ここに来たことはあるのですか?」

「何度かな。だから構造はだいたい理解している。このまま進めばどこかで見つけられるだろう」

「治療されてるって事は医者がいるのか?」

「それもシステムがやってくれる。それを管理している奴はいるだろうが、それもファミリアだ。問題ない」


 通路を歩いていると監視用のカメラが至る所に設置されていた。

 確実に映っている筈だが今のところ何の騒ぎにもなっていない。

 

 通路をしばらく進むと、奥に他の部屋とは違う色の照明が点いている部屋があった。


 部屋の前まで行き、壁に身を隠しながら中を伺う。


 そこには1匹のセレーネファミリアが何かの機械を操作しているのが見えた。


「ここかしら? 犬飼さんいない気がするけど……」

「待ってください。奥にMRIの様な物が見えます。あそこに入れられているのかもしれません」

「MRIって何だっけ?」

「後で検索してくださいね」

「フォーマルハウト、今の状態で部屋に入ったら見つかるか?」

「流石に見つかる。あくまで存在感が薄くなっているだけだから目の前に立ったら気づかれる」

「仕方ないな。じゃあ今度こそ私の出番か」


 ツィーは懐からカッターナイフを取り出した。

 車の中ですばるの指を切った時に使用したものだ。


 見つからないように身を屈めて部屋の入口まで近づいて行く。


 入口は自動ドアになっているが、幸いファミリアが立っている位置からは死角になっていて見えない。


 ツィーは自動ドアを開くと素早く部屋の中に入って行った。


「すごっ! ツィーさん忍者みたいな動きするじゃん」

「普段は面倒くさがって絶対やりませんけどね」


 すばるは部屋の外からファミリアの様子を伺い、ファミリアがツィーのいる方向に背を向けたのを見計らい合図を送った。


 合図と共にツィーが飛び出し、ファミリアの背中を取る。


「!?」

「すまんな。大人しくしてもらおうか」


 相手の腕を捻りあげ、右手のカッターナイフを首元にあてた。

 ファミリアは突然現れた侵入者に両手をあげて無抵抗をアピールした。


 ツィーがファミリアを無力化したのを確認した3人は急いで部屋の中に入ると、ファミリアが触っていた機器を調べ始めた。


「な、何だお前達は!」

「見ての通り侵入者だ。お前に聞きたい事がある。ここに地球人が運び込まれてこなかったか?」

「ふん。それに答える義務は無いな」

「そうだな。私もそう思う。だが今は急ぎだから申し訳ないな」


 ツィーは持っていたカッターナイフでファミリアの頬を切った。


 傷は深く、ファミリアの頬から夥しい血が流れる。


「ひぃ!!」

「もう一度聞く。ここに地球人が運び込まれてこなかったか?」

「いる。そこにいる……」


 ファミリアは震える指で奥の機器を差した。

 どうやらすばるの勘はあたっていたようだ。


「いますぐ出してもらおうか」

「は!? それは無理だ!」

「それが通用しそうな状況かどうかは分かるよな?」

「分かっている! だが今は検査中だ。それが終わらない限りは操作を受け付けない!」

「そこの扉をぶっ壊したら?」

「な、なんだと?」

「フォーマルハウト!」

「命令すんな!」


 フォーマルハウトが機器の扉の前に手をかざす。

 すると小さな爆発が起きて扉のロックが破壊された。


「まてまてまて! そんな事をしたら!」

「うるさいな。時間が無いって言ってるだろうが」


 フォーマルハウトが機器の扉を強引に開いた。


 扉の中にはまさにMRIのようにベッドが置かれ、そこに誰かが寝かされているのが見えた。


 フォーマルハウトがベッドの脇を掴むと、反対側をすばるが掴む。


 2人がタイミングを合わせて引っ張りだすと、レールに沿って装置の中からベッドが出て来た。


「犬飼さん!」

  

 梅雨空が声を上げて駆け寄る。

 ベッドには目的である未明子が寝かされていた。

 

 未明子は目を閉じて、酸素マスクをつけられ小さく呼吸していた。


 生きている。

 


 ……しかし、誰もそれ以上声を出せなかった。 



 生きている。


 生きてはいるが、ベッドの上の未明子は


 胸から腹にかけて、解剖されていた。

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