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第98話 私達のフロンティア②


 「カテドラル」という言葉がある。

 フランス語で大聖堂を表す言葉だ。


 大聖堂とは「司祭」の上に立つ「司教」のいる教会堂を差す。


 西洋における大聖堂はゴシック建築の特徴である尖頭アーチを多用した外観で、内装はステンドグラス・彫刻・絵画などで飾り立てられ、訪れた者に神秘的な気持ちと崇拝を抱かせる造りになっている。


 そして大聖堂には ”カテドラ” と呼ばれる司教が座る椅子が置かれているのが特徴だ。



 ここは月の中心地。

 月の女神セレーネが私兵であるセプテントリオンと接見するこの場所は、まさに月の大聖堂と呼ぶにふさわしい場所だった。

 

 豪奢な細工を施された壁面に、質のいい真っ赤な絨毯。

 柱には様々な人物や動物の彫刻が掘られ、40メートル程の高さのある天井にはステンドグラスが敷き詰められている。


 聖堂の最奥には、カテドラと同じように神を祭るような威厳のある椅子が置かれていた。



 その聖堂の出入口である大きな扉が荘厳な音と共に開いた。


 扉から現れたのは9399世界から戻って来たセプテントリオンの3人だった。


「葛春桃、藤袴、黒馬おみなえし、以上3名、帰還いたしました!!」


 葛春桃が帰還報告を行う。

 その声が聖堂中に反響すると、聖堂からは静寂が返ってきた。


「……だーからさあ、毎度毎度この名乗り意味あんの? どうせあの女、全員揃うまで出てこないじゃない!」

「ひッ! 桃さん、その声もめっちゃ響いてますよ?」

「別に聞こえたっていいわよ。私がどういう人間かなんてとっくに分かってんでしょ?」


 桃が乱暴な足音を立てて聖堂を進むと、2人もその後に続いた。


「この無駄に広い場所好きじゃないのよね。何でこんなに天井高いのよ。掃除が大変じゃない」

「さあ? ここにルミナスでも並べたいんじゃない?」

「そこまで大きくはないでしょ。ってか、あんた何か機嫌悪くない? 楽しい戦いだったんじゃないの?」

「戦いそのものは楽しかったよ。でもあんな結果になるなんて思ってなかった」

「倒した敵の心配ねえ。じゃあ負けてあげれば良かったのに」

「私は桃と違うから負ける事に楽しみを見出せないタイプなの」

「別に負けるのが好きな訳じゃないわよ。お互い死力を尽くして戦った結果が好きなの」

「ひッ! 桃さん全然本気じゃなかったじゃないですか」

「うっさいわね。いきなり全力で戦って戦意喪失されたら嫌じゃない」

「桃が気を使うまでもなく、アルタイルがあんな目にあってたらどっちみち戦意喪失だよ」


 おみなえしは足早に桃を追い越すと、聖堂の中ほどにある椅子に腰かけた。


 桃も近くの椅子に座り、藤袴は椅子に座らず彼女のそばに立った。


「そんな事は無いと思うけどね。特に梅雨空って子は私と同じくらい負けん気が強かったし、最後まで抵抗するに決まってるわ」

「よっぽど気に入ったんだね。さっきからその梅雨空って人の話ばっかりじゃん」

「あんな反骨心の強い子なんて中々いないからね。アイドルやってるって言ってたしライブ観に行こうかしら」

「敵と仲良くするなって言ってなかったっけ?」

「言ってない。私は討伐対象の犬飼未明子と仲良くするなって言ったの」

「あーはい。そうでした」


 おみなえしは不機嫌な桃は勿論苦手だったが、今日のように上機嫌すぎるのも苦手だった。

 気に入ったものの話を延々とされて、疲れてしまうのだ。


 逆に藤袴は桃の上機嫌が嬉しいのかニコニコと笑顔を浮かべていた。 


(この2人と組むと気疲れする……)


 おみなえしが今後の編成の変更を提案しようかと考えていると、聖堂の扉が開く音がした。



 扉を開けて入って来たのは白い軍服に身を包んだ2人の女性だった。


 2人は扉の向こう側で休めの姿勢を取り、声を上げた。


熊谷萩里(くまがいしゅり)宵越尾花(よいごしおばな)、以上2名、帰還いたしました!!」


 2人の姿を見たおみなえしは疲れた顔から一転、花の咲いたような笑顔に変わった。


 席から立ち上がり、戻って来た2人の方に駆けて行く。


萩里(しゅり)さん! 尾花(おばな)さん! お帰りなさい!」

「3人ともお疲れ様。任務は無事終了したみたいね」


 帰還の報告を行った長い黒髪の女性が熊谷萩里(くまがいしゅり)


 容姿端麗という言葉をそのまま体現したかのような萩里は、駆けて来たおみなえしを迎えると頭を優しく撫でた。


 強い意思のこもった目と凛とした声。

 一見すると近寄りがたい雰囲気を持つ彼女だったが、帰還を喜ぶ仲間の笑顔には思わず破顔するのだった。


「藤袴もお疲れ様ー。ちゃんと2人のフォローできたかな?」

「ひッ! 藤袴頑張りました!」

「よしよし。偉いぞ」

「ひぃ。尾花(おばな)さんもっと褒めてください」


 宵越尾花よいごしおばなは紫がかったミドルヘアの長身の女性だ。


 萩里しゅり同様、美人ではあるが、表情の豊かさに欠けるため機械のような無機質さを漂わせていた。


 だが彼女は表情が乏しいだけで愛情表現はハッキリと示すタイプらしく、褒めて欲しいとねだる藤袴を子犬を可愛がるように撫で続けていた。


「2人ともお帰り。そっちの首尾はどうだったの?」

「問題なく討伐完了よ」

「萩里が全員倒しちゃったから私の出番が無かった。見てるだけで終わっちゃったよ」

「ひッ! こっちもそうでしたよ。桃さんとおみなえしちゃんだけで片付いちゃいました」

「そうなの? 1等星はどうだった?」

「私! 私が1人で倒しました!」

「おみなえし1人で? 凄いじゃない。じゃあ残りの敵は全部桃が担当したの?」

「そうよ。負けたけどね」

「嘘……桃が負けるってどんな強い相手だったのよ? じゃあ任務失敗?」

「桃が普通に戦って負ける訳ない。多分遊んだんだよ」

「遊んでないわよ。本当に負けたの。敵に攻撃を跳ね返す奴がいてね」

「もしかしてルミナスの攻撃を利用された?」

「その通り! あとねー、もう1人活きのいい奴がいてね」

「出た。桃の強い人大好き病」

「うっさいわね尾花! 何にもしてないんだったら藤袴と端っこの方で反省してなさい!」

「萩里、桃がいじめるから叱ってあげて」

「まあまあ、とりあえず落ち着きましょうか」


 萩里が椅子に向かって歩くと、藤袴が先回りして椅子を引いた。

 萩里は笑顔で会釈するとその椅子に腰かける。


 尾花とおみなえしも座りなおすが、藤袴だけは相変わらず立っていた。


 彼女は別に立たされている訳では無い。いつも好きで立っているだけなのだ。

 それをみんな分かっているのであえて座るように声をかける者はいなかった。


「さて。お互いに任務は完了。残りの2人が戻ってくるまで情報共有をしましょう」

「じゃあまず私から報告するねー。こちらの討伐対象だった22047世界は反逆の撤回は無し。そのまま戦闘に入ってステラ・アルマ6体とも萩里が破壊しちゃったよ」

「そうは言ってもリーダーの子を倒したらみんな戦意を無くしてしまってね。ほとんど戦いにならなかったわ」

「開始10秒くらいで決着ついちゃったもんね」

「ほらね! こうなるから本気で戦っちゃダメなのよ」

「その後22047世界は消去。管理人は月に帰還させたよ」

「ひッ!? ユニバースごと消しちゃったんですか? 反逆者を倒すだけで良かったのでは?」

「私もそう思ったんだけどねー。セレーネさんが今後は反逆者が出たらユニバースごと消して欲しいってさ」

「はあ? あの女また方針を変えたの?」

「こら桃。口に気をつけなさいな」


 萩里が口に指を立てて優しく諭す。

 桃はそっぽを向いて「へーい」と生返事をして不服そうに頬を膨らませた。

 

「こっちはそれくらいしか報告事項は無いね。3人の方はどうだった? 1等星強かった?」

「1等星アルタイルは機体としてはそこまで強くなかったです。中距離を得意とするバランスタイプの機体だったので相性的には私のアリオトが有利でした。それよりもステラ・カントルの方が強かった」

「桃が言ってた活きのいい人?」

「それはまた別の人です。今回の討伐対象だった犬飼未明子さん。信じられないくらい読みが強い人で、苦戦を強いられました」

「おみなえしにそこまで言わせるなんて相当いい腕だったのね」

「当て勘が強いと言うか……うまく接近戦に持ち込めたから何とかなりましたけど、射撃戦になってたら危なかったかもしれないです」

「やっぱり念のために藤袴もつけておいて正解だったね萩里。出番なかったけど」

「ひひ……サーセン! あ、でもその犬飼さんはもう一個面白い話があって、アニマの供給量がハンパなかったんすよ」

「ミザールの能力で調べたの?」

「っす。接触探知で調べたら10,000くらいの数値が出てました」

「それは異常な数値ね」

「その犬……いぬ…………ワンコさんはどうしたのー?」

「大怪我しちゃったので医療局に連れていきました。取り調べすっかもしれないので治療中っす」


 その報告を聞いたおみなえしの機嫌がまた悪くなる。

 藤袴は失言だったかと自分の口を抑えてペコペコと頭を下げた。

 

「あと萩里と尾花に言っておかなきゃいけない事があるわ」

「どうしたの桃? 何かやらかした?」

「何もやらかしてないわよ! ……その9399世界に五月がいたわ」


 涼しい顔をして報告を聞いていた萩里と尾花は、その名前が出た途端に顔色を変えた。


 特に萩里の反応が大きく、席を立ちあがり桃を睨みつけんばかりに見つめた。


「桃。五月と言うのは九曜五月の事かしら?」

「そう。その九曜五月よ。ちょっと印象が変わってたけど間違いなく本人だわ」

「萩里……」

「分かってるわ尾花。とうとう見つけたわね」

「私が本気出して潰さなかったの褒めてよね。怪我もさせてないわよ」


 桃と萩里と尾花。

 五月の話をする3人から、ただならぬ雰囲気が漂っていた。

 

 その空気を察したおみなえしと藤袴は、あえてそれには触れぬよう3人から視線を外していた。

 

「……分かりました。その件に関してはまた後ほど話しましょう」


 萩里が落ち着きを取り戻す為に深呼吸をして席に座る。

 桃と尾花も短く息を吐くと、場の空気が戻った。 


 それも束の間。

 すかさず桃が話を始める。


「あ、それでね! さっき言ってた活きのいい奴なんだけど……」


 ここを逃してなるものかと、桃がお気に入りの梅雨空の話をしようとすると、再び聖堂の扉の開く音がした。

 

 5人が扉の方を振り返ると、やはり白い軍服を纏った女性が2人立っていた。


 残りのセプテントリオンのメンバーである。



 1人はボサボサの黒髪に不健康そうな顔をした小柄な女性だった。

 頬にはそばかすが目立ち不健康さを更に際立たせている。

 その女性は猜疑心の強そうな目で隣に立つもう1人の女性をじっと見つめていた。


 その不健康そうな女性に見つめられているもう1人の女性は、中性的な気の強そうな顔立ちをしていた。

 ブロンドの髪を後ろでまとめて、顔の中央に前髪が一房だけ垂れているのが印象的だ。

 その女性は、片手を胸にあて、もう片方の手を宙にかかげオペラ歌手のようなポーズで立っていた。

 

 その仰々しいポーズを取った女性が必要以上の大声で叫ぶ。


「セプテントリオン斗垣(とがき)・コスモス・桔梗(ききょう)! そして和氣撫子(わきなでしこ)! 以上2名が帰還したよ!!」


 声は大聖堂中に響き渡り、5人の鼓膜をじんわりと痛めつけた。


 明らかに不快そうな顔をする桃、安心したような顔をする萩里と藤袴。

 ニコニコと笑顔を浮かべる尾花に、まるっきり興味の無いおみなえしとそれぞれの反応を示す。


「やあやあやあ皆さんお揃いで。僕が任務から帰って来たよ!」


 ひたすら声の大きな桔梗(ききょう)は、腕をかかげたまま聖堂の中央に向かって歩いて来た。


 それを席から立ち上がった桃が迎える。


「あんた何度も言ってるけど声がでかいのよ! こんなだだっ広いところで耳が痛くなる程の大声出すなんて異常者だからね!?」

「おっと失礼。ここはまるでステージのようだからね。どうしても存在を強くアピールしてしまうんだ。許しておくれ」

「謝罪とかいいから普通に喋りなさい! 撫子(なでしこ)! あんたコイツと同じチームだったんでしょ!? 何とかしなさいよ!」


 桃に攻められた撫子は露骨に目を反らす。

 その態度が気に入らない桃は撫子に掴みかかろうとした。

   

 すかさず桔梗(ききょう)が間に入り、桃を手で制す。


「待ってくれたまえ桃くん。撫子が同じチームだった僕は別の世界の僕だ。彼女と僕は出会ってまだ3ヵ月ほどしか経っていないんだよ。まだ僕と言う人間を理解している途中なのさ。ね、撫子?」


 桔梗が撫子に声をかける。

 それすら無視して彼女はそそくさと席に座った。

 

 完全なディスコミュニケーションに桃が更に苛立ちを募らせる。


「なによアイツ。新入りのクセに」

「許してやってくれたまえ。新しく入った場所ではどう振舞うか模索するものさ」

「あんたは入って来た時からそんなじゃない」

「そうだったかい? そうだったかな! ごめんねえ。僕は生まれた時から僕だから!」


 桔梗は胸に手をあてて深々と礼をする。

 その一つ一つの動き全てが胡散臭い。

 

 桔梗はブロードウェイを歩くミュージカルスターのように萩里達のいる場所まで移動すると、華麗な動きで椅子に座った。


「任務を終わらせてきたけど女神セレーネはどこかな? 僕の活躍の報告をしなくては」

「まだ来てないわよ。アイツが先に来ることなんて無いでしょ?」

「ふむ。では待たせてもらうとしようか。今回の相手は手強くてねぇ。僕と撫子でも苦戦したよ。勿論しっかりと滅ぼしてきたけどね」

「ちゃんと反逆の意思を確認したんでしょうね?」

「あれ? どうだったかな? 撫子覚えてる?」

「……してない。何も確認せずに桔梗が倒しちゃったから」

「ちょっと! 必ず相手の意思を確認しなさいって言ってるでしょ!? もしかしたら月と戦うのを諦めるかもしれないんだから!」

「一度反逆を決めたら撤回などしないよ。時間の無駄だからさっさと滅ぼしてしまうのがいいね」

「あんた本当自分勝手ね? 萩里、コイツルール守る気ないわよ!」

「まあ桔梗の言いたい事も分かるわ。私も今まで反逆の撤回なんて一度も無いし。でも桔梗、一応ルールだから守ってもらえるかしら?」

「おお! 我らがリーダーがそこまで言うなら次回からはそうさせてもらうよ! 今回はごめんね」


 人を食った態度で謝罪の言葉を述べる桔梗に対し萩里は呆れ顔を浮かべるだけだった。


 過去に桔梗に何度もルールを守るように伝えたが、あまり守られた事が無く、すでに諦めているのである。



「ひッ! そう言えば桔梗さん、扉が開けっ放しですよ」

「では藤袴くん。閉めてきてもらえるかい?」

「了解っす!」


 お願いされた藤袴は、何故か嬉しそうな顔を浮かべ、テテテと扉に向かって走り出した。


「あんたさぁ、藤袴の方が先輩なんだからね?」

「本当にありがたい先輩だ。今度何かお詫びをして帳尻を合わせるとしよう」


 桔梗がハッハッハと癇に障る笑い声をあげる。


 その笑い声は聖堂に響き渡り、再びこの場にいる者の鼓膜に痛みを贈った。


 

「ひッ! セレーネさん!」


 今度は藤袴の声が聖堂に響く。


 その声にすばやく反応するように全員が椅子から立ち上がり、聖堂の入口に向かって敬礼をする。



「うぃーす」


 セプテントリオンが一糸乱れぬ敬礼をして迎える中。

 何とも気の抜けた声と共に1人の女性が聖堂に入って来た。 


 その女性を言葉で表すなら以下の通りとなる。


 足元まで伸びた美しい銀色の髪。

 雪のように白く美しい肌。

 そして人ならざる、月を連想させる美しい金色の瞳。

 

 どこをとっても「美しい」という言葉がふさわしい神秘的な雰囲気を纏った女性。



 だが、その美しい女性は


 

 学生が体育の時間に着用するような、ダサいジャージを着こんでいた。


 

 全ての美しさをかき消すその紺色のジャージは月の大聖堂にはあまりに不釣り合いだった。


 本人の幼さと相まって見た目はどこかの田舎にいる女子高生にしか見えない。


 神秘的ではあれど、何の威厳も感じないこの女性が月の統括者。


 正真正銘、女神セレーネであった。



「みんな楽しそうだねー。座って座ってー」


 昼寝から覚めたばかりのような眠たそうな声で、長い髪をズリズリと引きずりながら女神セレーネがセプテントリオンの元に歩いてくる。


「セレーネ様。セプテントリオン揃っております」

「萩里ちゃん、くどいようだけど様とかいらないから。呼び捨てでいいよぉ」

「そういう訳にもいかないでしょう。セレーネ様は女王なのですよ?」

「女王とか周りが勝手に言ってるだけだから。こんな芋臭いジャージ着た女王がいますかってんだ」


 セレーネはそう言うと、セプテントリオンの座っている椅子に座った。


「セ、セレーネ様? あの奥の椅子には座らないんですか?」

「だってあの椅子固いんだもん。腰が痛くなるよぉ。桃ちゃん座っていいよ」

「いえ、流石にそれは憚れます」

「あんな遠いと話も聞こえ辛いからね。(われ)ここでいいよ」

「セレーネさん、お昼寝してたの?」

「こら尾花!」

「いいよいいよ。(われ)お婆ちゃんだからねー。時間があったら寝てたいのさ。それよりみんな任務は無事終わった?」 

「は。本日の任務は完了しております」

「えーと、今日は反逆2件に……あ、何かえらい事やらかした女の子を捕まえてくるんだっけ?」

「はい。命令通り連行してきました」

「桃ちゃんとこのチームだっけ。お疲れ様。連れて来た子はどうしたの?」

「負傷した為、医療局に送っております」


 それを聞いたセレーネが何もない空間に手を当てると、そこに電子パネルのような物が開いた。

 そこには多くのデータが記載されていて、セレーネは画面をスライドしながら内容を確認していく。


「あ、これかぁ。犬飼未明子……レベルE。うーん、死にかけてるね」

「……助かりませんか?」

「おみなえしちゃん助けたい感じ?」

「できれば」

「どうしようかな……私的(してき)に他の世界の人間を大量に拉致してるんだよね。情状酌量の余地がないなぁ…………うん? この子アニマの供給量が凄いね?」

「ひッ! そうなんです。異常に数値が高くて」

「面白いねぇ。どうしてそんなに高いんだろう。じゃあ、おみなえしちゃんには悪いんだけど調査かな?」

「……あの!」

「おみなえし!」


 抗議の言葉をかけようとしたおみなえしを萩里が静止した。

 おみなえしは縋るような目をするが、萩里は首を振って答えた。


「いいかなぁ?」

「……はい。セレーネ様のご意向に沿います」

「ありがとうねぇ」


 セレーネは電子パネルを何度かタッチするとコンソールを閉じた。


 改めて椅子に座りなおし、セプテントリオンに向き合う。 


「じゃあせっかく集まってもらったんだし今日の任務について詳しく聞いていこうかな。おみなえしちゃん、期末テストが近かったと思うけど時間は大丈夫?」

「はい。範囲の勉強は終わらせてるので大丈夫です」

「それは偉いねぇ。今日はこの前桔梗ちゃんから教えてもらった茶菓子を用意したからゆっくりしていってね」

「おお! 上総一ノ宮にある角八本店のみかん大福ですか?」

「そうそう。あのエリアには拠点が無いからファミリアに遠出させて買ってきてもらったよぉ」


 セレーネはえへへへと楽しそうに笑う。

 

「ハッハッハ! 長時間電車に揺られてご苦労な事だ。ところで女神セレーネ。どうして関東の東側には拠点が無いのか聞いてもよろしいか?」

「あれぇ。桔梗ちゃんには話してなかったっけ?」

「大変申し訳ない。僕はセプテントリオンに加わってまだ2年目なのでその辺りの事情に詳しくないのです」

「そうかそうか。我ねぇ、昔かぐや姫って呼ばれてたんだけど」

「知っておりますよ。日本に住んでいれば誰でも知っていると存じます」

「昔話だと月に帰ったって事になってるよねぇ。でも実はしばらく富士山の神様をやってたんだよね」

「え!? そうなんですか!? 萩里くん知ってた?」

「そういう逸話も残っている、としか」

「それで地球だと富士山に思い入れがあってね。だから今回の戦いは富士山を中心に半径100キロくらいに住んでる子達を対象に行ってるんだよ」 

「ほう。普段の生活から富士を眺めている者と言うことですか」

「え? ああ、そう言われればそうだねぇ」

「だから東京の西側、長野や山梨に拠点がある訳ですね。地球の存続に関わるのが日本人ばかりだから疑問に思っていましたがそういう理由でしたか!」


 月の女神はかぐや姫。

 それは子供でも知っている。

 

 だが実際のお姫様は目の前にいる童顔ジャージの自称お婆ちゃんだ。

 過去の姿は知る由も無いが、彼女に想いを馳せた貴族達が今の姿を見たらどう思うのだろうか。


 セプテントリオンの面々は彼女がかぐや姫だと口にする度にそのギャップを感じていた。



「ところで桃ちゃん。9399世界の他の子達はどうしたの?」

「犬飼未明子の連行に対して月への反逆を宣言したので、おみなえしが任務を完了するまで私が対応しました」

「全滅はさせていないのかな?」

「はい。個人的に面白い相手だったので、しばらく遊ばせてもらおうと思っています」

「そっかそっか。萩里ちゃんと尾花ちゃんには伝えたんだけどね、みんなにも伝えておこうかな」


 セレーネはニコニコしながらセプテントリオンのメンバーを見回す。

 そしてのんびりとした口調で言葉を続けた。


「今後、反逆者には一切の慈悲を与えないこと。戦闘になったら皆殺しにしてね」

「!?」

「反逆者が出た世界も即時抹消。何にも残さなくていいよぉ」


 セレーネの言葉にセプテントリオンに緊張が走った。


 普段はおっとりとした女神様なのだが、こういった強い命令を出す事が稀にあるのだ。


 それに反抗的な態度を取ったのが桃だった。

 彼女は目に苛立ちを募らせながらセレーネに進言する。


「何故ですか? 今までは反逆者の対応は私達に任せてくれてたじゃないですか」

「今まではそうだね。でもこれからはそうして欲しいんだ。だから桃ちゃん達が担当した世界も全員で行って潰してきてもらえる?」

「……どうしてですか?」

「そっちの方が面白いからだよぉ」


 セレーネは叛意のある言葉を全く受け入れなかった。

 剛を煮やした桃は更に言葉を重ねようと席を立ち上がる。


 萩理が引き止めようとすると、セレーネがそれを手で制した。


 困惑する萩理に「座ってなさい」とばかりに手で合図をすると、セレーネは桃にその金色の目を向けて言った。


「桃ちゃん。我に意見があるなら ”ゲーム” するかい?」

「……!」

「言ったよねぇ。セプテントリオンは命令に絶対服従。不満がある場合は我とゲームして勝利せよと」


 別にセレーネは桃に対して怒っている訳ではない。

 そして叛意に気づいていないわけでもない。


 しかしセレーネは桃の意見など全く考慮する気は無かった。

 ただ自分の好きなようにやる。

 彼女にはその権限があり、その為のセプテントリオンなのだ。


 桃は唇を噛んで地面を見ていたが、しばらくして椅子に座った。

  

「いいかなぁ?」

「……はい。セレーネ様のご意向に沿います」 

「よしきた。じゃあ次は全員でそのユニバースを潰してきてね。桃ちゃんはフェクダが壊れたんだっけ。アイツが直ってからでいいよ」

「はい。()()()からにいたします」

「うんうん。ほいじゃあ次は萩里ちゃんとこの話を聞かせてよぉ」


 セレーネは頬杖を突きながら萩里に話を促す。

 萩里は一度礼をすると、自分達が反逆者といかに戦ったかの話を始めた。



 葛春桃はニコニコしているセレーネの横顔を覗き見ながら、悔しさを紛らわすように膝の上の拳を強く握った。











 セレーネとセプテントリオンが大聖堂で話をしているのと同じ頃。


 月の基地のとある場所に紫色のゲートが開いた。



 ゲートからはフォーマルハウトが姿を現し、その後から、周囲を伺うようにすばるが出てきた。


「大丈夫だ。そんな見つかりやすい場所に出口を開いたりしない」

「わたくしにとっては初めての場所です。用心深くもなります」

「殊勝な事だな。……で、何でお前らもついてきたんだ?」


 すばるの後ろには、ツィーと梅雨空の姿があった。


「お前とすばるを2人だけにする訳ないだろ。私はお前を信用してないからな」

「犬飼さんを助け出すんでしょ? そんなの私も行くに決まってるじゃない」


 フォーマルハウトは呆れながら頭を掻いた。


 五月にはアルタイルの看病を任せる為に残ってもらった。

 そしてすばるは理由があって連れてきたのだが、あとの2人は勝手に付いて来たのだ。

 

 ツィーに関しては姿を消せるので、まだ隠密行動ができるメリットがある。

 だが梅雨空に関してはどう考えても面倒事を起こすタイプだ。


 ささっと未明子を連れて逃げるつもりだったフォーマルハウトからするとお荷物以外の何物でも無かった。


「分かった。追い帰すにもアニマを使うからもうそのまま付いて来い。ただ私はお前達は守らないから自分の身は自分で守れよ?」

「余計なお世話だ。何でお前に守られる前提なんだ」

「私だって必要ないわよ」


 おまけにチームワークも最悪ときている。


 フォーマルハウトは足を引っ張るようなら、このまま月に置き去りにする事もやむなしと本気で考えていた。


「いいか、絶対に暴れるなよ? 私達の目的は未明子を連れ帰ること。それ以外には目を向けるな」

「承知いたしました」

「分かってる」

「え? せっかく月に来たんだからセレーネもぶっ飛ばしましょうよ」


 悪気なく言う梅雨空に3人が苦い顔を向ける。


 今回の作戦はいかに梅雨空をコントロールするかにかかっていると判断した3人は、無言で意思を統一した。



「月のクソ女め。人のモノに手を出しやがって。絶対吠え面かかせてやるからな」


 フォーマルハウトが先陣を切って歩き出すと、3人はその後を追った。


前回の後書きにも書きましたが、次回更新は5月27日(月)となります。


少し時間が空きますがお待ちいただけると幸いです。

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