第10話 それは はじまりの法則⑤
最初の一撃は、外れたものの相手にとって脅威にはなった。
おそらくここからは私に撃たせない様に距離を詰めてくる筈だ。
そこを近距離射撃で迎え討つ!
頭の中で作戦を立てていると、アルフィルクはガトリングガンを腰に収納し、アサルトライフルを構えてこちらに向かってきた。思った通りの展開だ。
引きつけて撃つためにはうまく間合いを調整する必要がある。
ミドルレンジからアサルトライフルを撃ってくるアルフィルクだったが、この距離なら余裕を持ってかわせる。
こちらに隠し玉があることがバレないように、距離を取るフリをして相手の攻撃を回避し続けるんだ。そしてチャンスを待つ。
「さすが2等星の機体だね。こちらの武器じゃたいしたダメージにはなっていないみたいだ」
「痛いものは痛いですよ! 私、結構怒ってます!」
「じゃあもっと怒ってもらおうかな」
挑発のつもりなのかアサルトライフルをガンガン撃ってくる。
それを全部避けて、じりじりと距離を調整していた。
……なんかおかしいな?
こんな単純な攻撃をいくら繰り返したって決定打にはならないのに。
攻撃を避けながらうまく間合いを詰めることができていた私は、そのことを不審に思いながらもつい油断してしまった。
「はい、そこだね」
突然アルフィルクが攻撃をやめた。
何故だか分からないが、それならばと足を止めてファブリチウスを構える。
接近戦に拘らなくてもこのまま撃てるならそれでもいい。
『未明子! 足元!』
ミラの声に反応して足元を見ると、さきほどアルフィルクの脛あたりについていた武器が地面に置いてあった。
「ミラくんが前にそれを見たときは直接足から発射していたから知らないかもしれないけど、元々クレイモアはこうやって使うんだよ」
いつの間にかアルフィルクの左手にリモコンのようなものが握られている。
またしてもやられた!
銃撃を避けてて気づかなかったけど、よく見るとアルフィルクと私の位置が入れ替わっている。
アサルトライフルで攻撃しているように見せて、この場所に誘導されていたんだ。
「じゃあ、押ーすねー」
いやらしい! わざとゆっくり起動させてる。
この間に防御しろってことね!
私はファブリチウスを盾にするようにして全力の防御姿勢を取る。
その瞬間 ”カチッ” と信管が作動する音が聞こえ、足元の爆弾が大爆発した。
爆風もさることながら、ミラが言っていた様に細かい弾丸が無数に飛び出してくる。
避けることも出来ずにその弾を全身に浴びてしまう。
「くっそ!」
操縦席にも届くほどの大きな衝撃で、シートで体を固定していても大きく揺さぶられた。
ミラもなんとか耐えてくれたみたいだけど、かなりのダメージを負ってしまったようだ。
モニターにダメージの箇所が表示される。
角度的に上半身へのダメージが高い。
防御したのにこんなにダメージを受けるなんて。
いや、防御してなかったら終わってたってことか。
『うぅ……』
「大丈夫!?」
ダメージを負った箇所から硝煙があがっているのが見える。
彼女に怪我を負わせてしまった。
『だ、大丈夫。でも結構痛いから、後で慰めてね』
「なんでもする! 本当なんでもしてあげるからね!」
私の油断のせいでこんなことになってしまったんだ。償えるならなんでもしたい気持ちだった。
悔しいけど、やっぱり狭黒さんは戦い慣れている。
すべてに置いて一手先をいかれている感じだ。
このままだと本当に何もできないまま負ける。
それは嫌だ。
ミラの性能を私がうまく引き出せないせいで負けるなんて許せない。
でも、どう攻めたらいいか分からない。
こちらの気持ちの立て直しを待つ気など微塵もなく、アルフィルクがアサルトライフルを構えて接近してきた。マジで容赦ないぞ。
攻撃するにも一度仕切り直さないと厳しい。
温存しておきたかったけど、いま使うしかないか。
私はファブリチウスの砲身を折りたたんで、近距離射撃モードに変形させた。
「んん? なんだいそれは?」
狭黒さんは当然警戒して接近するのをやめるが、今は四の五の言ってられない。
私はアルフィルクではなく、地面の方を向けてファブリチウスを発射させた。
ハニカム状になった銃口から散弾の様に無数のビーム状のエネルギーが発射され、当たり一面をえぐるように破壊していく。
長距離射撃に比べて弾が拡散されているとは言え、その威力は凄まじい。
そして広範囲の破壊と同時に、大量の土煙が発生した。
これが地面を撃った狙いだ。
私はさらにもう一撃地面に向けてファブリチウスを放つと、広がった土煙に乗じて後方に大きく退避した。
「そんなことも出来るのか! おもしろいねぇ」
さっきの場所から500メートルほど距離を稼ぎ、また建物の陰に身を隠した。
止むを得ず切り札を切ってしまったので、近距離での奇襲には使えなくなってしまった。
別の勝ち筋を考えなくてはいけない。
「……どうしよう」
『未明子、初めてなのにここまで戦えれば十分だよ。アルフィルクも納得してくれると思う』
「ミラ……」
ミラの言う通り、成果としては十分なのかもしれない。
ここで降参したって誰も責めはしないだろう。
でも私は、どうにかして一泡吹かせてやりたかった。
ミラがこんなに凄いのに私が足を引っ張っている。
火力では圧倒的に勝っているのに有効打が出ないのは全部私が悪い。
だから私がうまくやって、やっぱりミラは優秀なんだって証明したい。
「ごめんね。傷つくのはミラだって分かってるんだけど、もうちょっとだけやらせて欲しい」
『私はステラ・アルマだからこんなの何ともないよ。それよりも私は未明子の方が心配だよ』
こんな時まで私のことを心配してくれるなんて、どれだけ天使なんだろう。
ああ、悔しい。
私の能力がもっと高ければ、ミラをこんなに傷つけることもなかったのに。
私の能力がもっと高ければ、ミラが凄いってことを分からせることができるのに。
私の能力が、私の能力が……。
私の能力……?
また閃いた。
いま戦えているのは、私の陰湿な能力が底上げされているおかげだ。
でも、私の能力が全て底上げされているってことは ”あれ” も底上げされているはずだ。
それを確認するために、呼吸を整えて、全身の力を抜いてリラックスした。
そして目を閉じて集中する。
……。
……。
……。
やっぱりそうだ。
いける。これなら勝てるかもしれない!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ちょっと大人気なかったかな?」
私は未明子くんが起こした砂煙りが晴れる前に建物の陰に身を隠した。
とは言え、隠れるまでもなくもうほとんど勝敗は決まったようなものだ。
ミラくんの装甲が剥げるほどのダメージを与えて、手の内をさらけ出させ、ここから何か逆転の手があるとは思えない。
後は未明子くんの降伏を待つばかりだ。
初めてステラ・アルマに搭乗する初心者に容赦なく作戦を立てて攻め立てる。
正直もっと早く決着がつくと思っていたが、未明子くんが予想以上に頑張ってくれたのでこちらも調子に乗ってしまった。
戦闘は恐ろしく、かつ自分の思うようにいかないものだと理解してくれればと思って意地悪く攻めてみたが、それにしてもやりすぎてしまった気はする。後で謝っておこう。
『別にいいんじゃない? ミラのステラ・カントルに選ばれて舐めた態度とってる方が悪いんだし』
「アルフィルクは未明子くんに厳しいねぇ」
『あんなヘラヘラした奴に優しくできる訳ないじゃない』
「私は未明子くんはアルフィルクが思ってるよりもミラくんに対して真摯な子だと思うけどね」
『はぁ!? あんな奴のどこを見てそう思うのよ』
「話した感じかな。出会ったばかりの胡散臭い私の話も真剣に聞いてくれてたし」
『夜明は別に胡散臭くなんかないわよ。ちょっと語りが多いだけでしょ』
アルフィルクらしいフォローだ。
彼女は基本的にとても優しいんだけど、この言葉の棘のせいで誤解されることが多い。
まぁでもアルフィルクの良さは私だけが知っていればそれで良いから、まわりの人間にどう思われようが構いやしないか。変な虫にたかられても困るしね。
私はこのコンチェルターレ、絶対に勝ち続けてみせる。
どんな相手が来ようと申し訳ないが一切容赦をするつもりはない。
残された時間をアルフィルクと生きるためなら、よろこんで鬼でも悪魔にでもなってあげるよ。
その為に、仲間を鍛えることにも余念はない。
未明子くんにもこの模擬戦が終わったらたっぷり戦術指南をしてもっと強くなってもらおう。
彼女の為にも、私の為にもだ。
私がいつも通りに思考を巡らせていると砂煙りが晴れて視界がクリアになった。
さぁ、どこに隠れているか知らないが、最後はこちらから攻めて決着とさせてもらおうか。
ドゥン……
ふいに遠くの方から砲撃音が聞こえた。
ミラくんのものだと思うが、あんな遠くから何を狙ったんだろう?
『夜明!!』
アルフィルクの驚きを含んだ声にゆるんだ意識を叩かれる。
まさかと思ったのも束の間、とてつもない衝撃とともに後方に弾かれた。
そのまま後ろのビルにぶつかり、なおも衝撃を殺せず、数十メートルほどふっとばされる。
背中で地面を削りながらようやく止まった時には、自分が撃たれたんだということに気づいた。
……どうやって?
距離はともかく、完全に建物の陰に隠れていたじゃないか。
当てずっぽうで撃った攻撃が直撃した?
たった一発の砲撃がたまたま直撃?
そんなことあるのだろうか?
ふっとばされてきた方を見ると、直線上の建物が軒並みえぐれている。
つまり一直線に私を狙ってきたということだ。
アルフィルクは耐えてくれたが、どうにもダメージが大きすぎる。
建物が盾代わりになっていなかったら完全にやられていた。
「……アルフィルク、ダメージは?」
『装甲が完全に破壊されたわ。あと数メートル前にいたら、多分変身とけてた』
危うく一撃で仕留められるところだった。
さすが2等星の攻撃、格が違う。
このまま寝ていたいところだが、ここに寝転んでいるのは危険すぎる。
ヨロヨロと立ち上がると、近くの建物の陰に隠れた。
しかし何故位置がバレたんだろう? 上空からでもない限り正確な位置は分からない筈だ。
ミラくんが突然翔んだ訳でもないし不可解すぎる。
回答の出ない思考にふけっていると、嫌な予感が頭をよぎる。
「アルフィルク!!」
私はほとんど反射のように回避行動を取った。
ゴォォオオオオオオッ!!
一瞬前まで隠れていたところを赤色のビームが通過していく。
ビームが通った跡は焼け焦げて跡形もない。
避けるのが遅れていたらと思うと背中に氷柱を入れられたような気分になる。
「……これは間違いなく位置がバレてるねぇ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
二射目は外れた。
でも一射目は捉えた筈だ。
私には確信があった。
ファブリチウスの遠距離射撃モードでのアルフィルクへの攻撃は成功した。
『すごい! どうしてアルフィルクのいる場所がわかったの?』
ミラが不思議そうに聞く。
それはそうだろう。スナイパーライフルは長距離専用武器、だけど目標が見えていなければ当てることはできない。その見えていない目標に命中させているんだから。
もちろん追い込まれたせいで眠っていた力が覚醒したとかチート行為をしたとかではない。
私は、私の持っている能力を使って射撃を成功させた。
「私、ミラたちステラ・アルマの存在を感じ取ることができるみたい」
私はミラを見つけることが得意だった。
学校でも、近くにいなくても何となくこのあたりにいるんだろうなというのが分かっていたのだ。
ミラが別のクラスの友達と話している時も、その場所にすぐにかけつけて彼女を覗き見ていたし、帰り道でミラを見失ったとしても、すぐに探し出して追いかけることが出来た。
私がミラのことを好きすぎてミラ専用センサーを身につけたんだと思っていたんだけど、どうやらこれはステラ・アルマという存在を識別できるセンサーだったようだ。
そうじゃないかと思ったのは他のステラ・アルマの女の子達を見た時だった。
みんなとてもミラに似ていて、ミラと同じ雰囲気を感じたのだ。
私はただ美人という共通点だけでそう思いこんでいたけど、実はあの時、しっかり普通の人とステラ・アルマを区別できていたんだと思う。
そしてそのセンサーがステラ・アルマに搭乗することによって底上げされ、私はステラ・アルマ専用の長距離センサーを得たのだった。
集中すれば建物の陰に隠れていようがおかまいなくどこにいるのか分かる。
おそらく地面の中にいたって分かると思う。
私は前世でスナイパーだった訳ではなく、今世で対ステラ・アルマのスナイパーだったのだ。
「やっぱりミラと私の能力は相性バッチリだったよ」
目を閉じて集中すると、アルフィルク達がこちらに向かって来ていることが分かった。
距離が離れていたら向こうに勝ち目はないから当然だ。
建物の陰に隠れながら向かってきているので目視はできないが、センサーを頼りに再びファブリチウスを撃ちこむ。
轟音とともに赤色のビームが射線上を破壊していくも手応えがない。
やはり小まめに移動して攻撃をかわしている。
ファブリチウスの砲撃はせいぜい幅数メートル、撃つタイミングを予想して射軸さえずらしてしまえば回避は出来るのだ。
狭黒さんならそれくらい読んでくるだろうと思っていた。
だけど避けられると分かっていても、当たれば終わりの砲撃を避け続けることは精神的に疲労していくに違いない。私は迷わずファブリチウスを撃ち続けた。
4発目。
5発目。
6発目をかわされたところで、アルフィルクが姿を表す。
ここまで距離を詰められると長距離射撃ではリスクが高い。
砲撃のあとのスキで攻め込まれる可能性があるからだ。
私はファブリチウスの砲身を畳んで、近距離射撃に切り替えた。
「恐ろしいものだね。流石ミラくんのステラ・カントルだ」
アルフィルクは右手にアサルトライフルを持っている。
この距離でガトリングガンを使ってくることはないだろうけど、右脛にもう一つクレイモアが残っているからあれも警戒しなくてはいけない。
「楽しい戦いだったが一旦決着といこうか!」
アルフィルクがこちらに突っ込んでくる。
私もファブリチウスを構えて距離を詰めようとすると、アルフィルクの左肩の装甲が開いた。
そう言えばミラが、肩にも何か武器があると言っていたのを思い出した。
左肩からボールのような物が出てきて、それをキャッチするとこちらに向かって投げてきた。
「未明子! ハンドグレネード、手榴弾だよ!」
足にも肩にも爆弾を装備してるなんて、爆弾大好きな人だな!
私は飛んでくる爆弾を狙ってファブリチウスを発射した。
無数の弾が爆弾に命中するが、一向に爆発する気配がない。というか、破壊できない。
「このハンドグレネードは特製でね! 爆発するまでは装甲に守られているのさ!」
よく見ると爆弾の周りが堅そうなガワで包まれている。
そのせいでこちらの攻撃が当たっても破壊することができないみたいだ。
ちょうど相手とこちらの中間あたりでその装甲が剥がれ、まばゆい光とともに爆発が起きる!
「ぐうぅ……」
激しい爆風に襲われたが、なんとか防御できた。
何度も防御を繰り返してきたおかげで、少し守りが上達したようだ。
クレイモアほどの近距離ではなかったのでダメージはそこまででは無いが、爆発によって起きた煙と巻き上げられた建物の残骸で視界が殺されていた。
つまり、これに乗じて攻撃してくるに違いない。
こちらもファブリチウスを構えて迎え討つ。
正面か、右か、左か。
私は集中して、アルフィルクの気配を探る。
……右!!
煙の中からアルフィルクが現れ、アサルトライフルで私のこめかみに狙いをつけると同時に、私のファブリチウスもアルフィルクの上半身を捉えた。
お互いに外しようの無い状態で、しばし沈黙が訪れる。
「……まぁ、今回は痛み分けということで手を打たないかい?」
その沈黙を破ったのは、狭黒さんの言葉だった。




