第1話 放課後のステラ・アルマ①
最近小説を書きはじめたばかりでルールを理解しきれておらず、何か間違っていても暖かく見守って頂けると幸いです。
少しでも楽しんで頂ける様に頑張ります。
月・水・金で更新予定です。
子供の頃からずっとそうだった。
私は女の子が好きだ。
柔らかい体、鼻をくすぐる甘いにおい、脳を揺らすかわいい声。
どうしてこの世にこんなにすてきな生き物がいるのか、女である私自身が信じられなかった。
ただ、私が女の子のことを好きでも、女の子が私のことを好きかは別の問題だった。
はっきり言うと、私は女の子に好かれるタイプではなかったのだ。
普通の人は年頃になると異性に興味が湧くらしいが、私の女の子好きは高校生になっても一向に変わらなかった。
女の子が好きで好きでたまらない。そんな気持ちの高まりから、苦手な勉強を頑張って私立の女子校に入学した。
ここは天国だ。
右を見ても、左を見ても、かわいい女の子がいっぱい。
こんな天国に毎日通うことができるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう。
たとえ女の子に好かれなかったとしても、私は女の子に囲まれていれば幸せなのだ。
そんな私に、好きな女の子ができた。
いや、女の子のことはみんな好きなんだけど、その中でもひときわ特別だと思える相手ができた。
そばで見ているだけでは我慢できない。
あの子のことが知りたい。私のことを知ってもらいたい。
知るだけじゃなくてその先も、もっともっと深い関係になりたい。
つまり付き合いたいと思える、そんな女の子ができたのだ。
彼女の名前は鯨多未来。
同じクラスのとても目立つ女の子だ。
おとなしい性格だけど、運動も勉強もできて友達も多い。いわゆるクラスヒエラルキーでも上位の存在なのに、私の様なヒエラルキーが下の下の人間にも分けへだてなく優しく接してくれる。
私は彼女の屈託のない笑顔がとても好きだった。
見目麗しく整った顔が、くしゃっとなるのがたまらなく好きだった。
あぁ。そんなに何もかもを備えているのに、そんなにも無邪気に笑うなんて。
なんて、なんて、愛おしいんだろう。
大好きな女の子達に囲まれて過ごすこの天国で、私の一日は大好きな鯨多さんを追いかけて終わる。
今日も、彼女は最高にかわいかった。
「ねぇ、犬飼さん。何か私に用事でもあった?」
「へ?」
授業が終わり、荷物をまとめていた私に不意に声がかかった。
声をかけられたことに驚いて荷物を机から落とすと、すかさずそれを拾ってくれる天使が目の前にいた。
その天使はまぎれもなく鯨多未来その人だった。
何故?
何故この天使は私に話しかけてくれたの?
下賎な私なんかがいる地上に降りてきてくれたの?
私の思考回路が何を言えばいいかを必死に模索していると、その天使は微笑みながら話を続けた。
「ここのところ、ずっと私のことを見ている様に感じたから何か用事があるのかと思ったんだけど……。違ったらごめんね?」
何も違わない。
私は授業中でも、休憩時間でも、可能な限り鯨多さんのことを眺めていた。
もっとも、まさかその視線に気付かれているとは思いもしなかったが。
「犬飼さんとはちゃんと話したことがなかったから、話しかけづらいかなと思ってこちらから声をかけてみたんだ」
「あ。えっと……ですね」
あなたのことをずっと見ています。
あなたのことが好きです。付き合ってください。
……なんて言える訳はない。
しかしせっかく鯨多さんから話しかけてもらえたのだ、このチャンスを逃す手はない。
何かここから関係を深めていける様なことを話さなくては。
何を言えば私に興味を持ってくれるだろう?
私は最良の返答を探った。
探って探って。
そして。
「鯨多さんって女の子は好きですか?」
何故だッ!!
どうして私はそんなことを聞いた!?
何百、何千とある会話の中からなんでこの言葉が出てきた!?
どうして関係を深めていきたいって思っている、いままで全く接点のなかった相手に、こんな質問をしようと思ったんだ私!?
ここからどんな会話に発展することを期待してるんだ!?
普通こんなことを聞いたら引かれて終わりだし、何ならこのあと友達にこの会話のことを話されて「犬飼未明子は変な奴」って噂が立って、他の女の子からも白い目で見られるよ!!
はい終わり。終わりです。
私の恋も終わりだし、なんなら女の子を眺めて楽しく過ごす予定だった高校生活も終わりです。
私は全身汗でびっしょりになりながら、何とかこの場をやり過ごすことができないかを懸命に探った。
「え? ……そうだな。うん、好きかも」
予想外の返答。
会話が続いたのにもびっくりだし、なによりまさかの女の子好き宣言。
いや待て!
彼女の言っている好きは私の好きとは絶対に違う。
きっと「友達は好きですか?」って言う意味にとらえてもらったんだろう。
だったらまだ何とかごまかすことができるはずだ。
「鯨多さんって本当に友達思いだよね! えへへ……じゃあ、しからば」
謎の言葉で会話をしめくくり、私は荷物を詰め終わったカバンを胸に抱えてその場を離れようとした。
すると鯨多さんは私の手をそっと掴んで
「犬飼さん。この後、ちょっとだけお話しできる?」
と言ってきた。
なぜか少し頬が赤みがかった鯨多さんの目は懇願している様にも見えたけど、そんなことを言われたら私に拒否する権利はないし、拒否する気もなかった。
「うす。ちょっとだけと言わずたっぷりとでも」
こういう言い方をしてしまうので、きっと私は今まで女の子に好かれてこなかったんだと思った。
鯨多さんは他の生徒に「ばいばーい」などと声をかけられては笑顔で返事をしながら私の隣を歩いている。
あの鯨多さんが私の隣を歩いている異常な世界に、これが私の妄想の世界なんじゃないかと疑って手をつねってみても、一向に目が覚めないのでどうやらここは現実世界に間違いはないらしい。
遠くから見ていることはあったが、ここまで近くで彼女の顔を見たことはなかったので、改めてその顔の造りの良さにため息が出る。
大きな瞳、長いまつげ、整った鼻筋に、柔らかそうな唇。
知的に見えるその顔とは対照的に、歩くたびに長い髪がふわふわと揺れてとても可愛いらしい。
別にそんなつもりもないのに反抗的な目をしていて、常に何かをたくらんでいる様な顔をした私とは根本からが違いすぎて涙が出てくる。
鯨多さんに連れられて屋上に向かう階段にやってきた。
屋上への出口は封鎖されているが、その手前が踊り場になっているのでそこに座り込んだ。
鯨多さんは当たり前の様に私の隣に腰をおろす。
遠くから運動部の掛け声や、吹奏楽部が鳴らす楽器の音が聞こえる。
何でこんなところに連れてこられたんだろう? こんな人気のないところに。
鯨多さんダメだよ。
どんなつもりか知らないけど、あなたの隣にいる女はあなたのことが大好きで、あなたのことを狙っているんだよ?
こんな人気のないところで二人きりなんて、何かあってもおかしくないんだよ?
今の私は理性くんという、唯一の良心が必死にストップをかけてくれているだけで、いつ狼に変身してもおかしくないと言うのに!
理性くん「そうやで」
おま黙ってろ。
「ごめんね、突然こんなところに連れてきちゃって。あまり人に聞かれたくなくて」
「全然大丈夫! むしろ私なんかで良かったのかな。鯨多さんの力になれるとは思えないけど」
ちがーう!!
せっかく声をかけてもらったんだから、そういう言い方をしちゃダメだ。
「ううん、私で良ければ何だって力になるよ! 何でも言って!」
「ありがとう。嬉しいな」
鯨多さんは何か言い出そうとしているけど、タイミングを計っているように見えた。
好きな相手が困っているんだ、ここは彼女が話しやすくなるように私が会話をリードしなくては。
「鯨多さんって、部活はやってないの?」
「うん。他にやりたいことがあって部活はやってないんだ」
「あれだけ勉強も運動もできれば、いろんな部活にひっぱりだこだと思うのに、もったいないなー」
でも彼女が部活をやっていないおかげでこの時間があると思えばとてもありがたいことだった。
いま遠くの方から聞こえる部活の音の中に彼女の声が混じっていたら、きっとこの時間はなかっただろう。
「鯨多さんって兄弟いるの? 一人っ子?」
「一人っ子だよ」
「そうなんだ! 面倒見がいいから妹さんでもいるのかと思ってた」
「そうな風に見える? 自分ではあまり自覚ないかな」
「鯨多さんってどこに住んでるの? ここまで電車でどれくらい?」
「私の家はこの近くだよ。バス通いだけど、同じ町内」
「そうなんだ! わたしもこの近く! じゃあ中学が違っただけで近くに住んでたんだね」
「犬飼さんもご近所さんだったんだね。知らなかったな」
「鯨多さんって……」
「ふふふ」
急に鯨多さんが笑いはじめた。
何か面白いことでもあったのかな?
「すごい質問攻め。そんなに私のことが気になる?」
やってしまったぁ!!
彼女のことが知りたくて、何も考えずに思うままに質問してしまった。
会話をしているつもりが会話になっていなかった。
人から好かれない奴の悪いところが出てしまった。
自分の知りたいこと、話したいことだけで一方的に進めてしまう。
私は普段から彼女のことをたくさん知りたいと思っていたので、頭に浮かんだことをダイレクトで口に出してしまっていた。
「ごめんなさい! そんなつもりじゃ」
「いいの。興味を持ってもらえて嬉しいよ?」
天使による天使の微笑みが私の心を貫く。
こんないい子、好きにならない人いる?
「私が話しづらそうにしていたから気を使ってくれたんだよね? 教室で言ってたのと逆になっちゃった。こちらこそごめんなさい」
気を使うなんてとんでもない。
私にとっては今こそが最高の時間だった。
彼女と一緒にいられるなら、独占できるなら、一生私が話し続けたって構わなかった。
鯨多さんは自分の髪の毛をイジイジした後、何かを決した様に私の方を向く。
「犬飼さん。さっき私に女の子のことが好きって聞いたのって、やっぱりあの噂のせい?」
あの噂。
この学校には、彼女に関するある一つの噂が流れていた。
私は誰とはなしに耳にしたが、しょせん出所不明の噂なので気にはしていなかった。
鯨多未来は同性愛者である
中学時代、鯨多さんは様々な男性から告白を受けてきたらしい。
これだけ可愛くて、色んな能力が高くて、しかも人当たりがいいならどんな男だって彼女のことが好きになる。私だって男に生まれていたら彼女のことが気になって仕方なかった筈だ。
否、女に生まれたって気になっているのに。
鯨多さんはその告白を全て断ってきた。
その中には学校随一の美形男子だったり、運動部のエースだったり、校内の超人気者達も多数いたと言う。そのことごとくを断ってきたらしい。
私に言わせれば、そんなのはお前らが彼女の目に叶わなかっただけだろうと思うが、告白を断られた男や、その断られた男のことを好きだった女子達から、影で悪く言われる様になってしまったのだった。
それが同性愛者という言いがかり。
男の告白を断ると同性愛者とかふざけてんのか!
彼女が本当に女の子好きだったらそれは嬉しいことだけど、だからと言って彼女のことを悪く言うことは許せなかった。
だけど、そういう噂があるって分かっていた上で彼女にそんな質問をした私自身も軽率だったと言わざるを得ない。たとえ頭がパニックになっていたとしてもだ。
だからこれだけはハッキリ言おう。
「違うよ! 噂とは関係ない。私が鯨多さんと仲良くしたかったからあんな風に言っちゃったんだ。だって私には女であることしか価値がないから」
口にだしてから、自分が奇天烈なことを言ってしまったと気づいた。
女であることに価値を感じているのは自分だけなんだった!
女の子のことが大好きすぎて、自分が女であることをプラスだと思いこんでいた!
私は噂のことなんて気にしてないよって言いたかっただけなのに。
バカすぎる。
「そうなんだ。良くわからないけど、でも私と仲良くしたかったってのは嬉しいな」
見ましたか世界中のみなさん。
私がどれだけ失言しようとも、それを好意的に解釈してくれる。
これが天使が天使たる所以なのですよ。
好き!
「私からも聞かせて? 犬飼さんも女の子のことが好きなの?」
そう聞かれて、私の心臓の鼓動が一気にトップギアにあがる。
まさか鯨多さんからそんなことを聞かれるなんて!
何て答えるのが正解なんだ?
普通の人みたいに異性が好きですって答える?
実は女の子が好きなんです。女子校に入ったのもそれが目的ですゲヘヘって答える?
異性もいいけど、女の子もかわいいですよねってごまかす?
でも、もし。
もし鯨多さんも本当に女の子が好きなら、これはとてつもないチャンスなのでは?
私が女の子好きってカミングアウトしたら、そこから始まる何かがあるのでは?
夢のまた夢でしかなかった、女の子とのお付き合いの道もあるのでは?
私は彼女が犬飼さん ”も” って言ったことに背中を押されて、いま言うべきではないことを口にだしてしまった。
「私、女の子が好き。鯨多さんのことが好きなの」