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第8報

「……ん、どした? やっぱりお参りにでも行くか?」

「いやそういうわけじゃないが……実際起きたらどうなるのかって」


人事を尽くして天命を待つ。やはり我々が全力で対処を行うというのは、どのようなことであってもなくてはならない事だ。

そうであれば、実際に発生した際の対処を考えることが必要だ。それに、もしものことを考えるのは業務の1つだ。

職業病というほどではないが、今の話を聞いていたら、実際に起きたらどのような被害が出るのかというのを考えてしまう。


「んまー……そうだな。どでかい被害が出るってことは分かるよ」

「そうだろうけど、それぐらいならだれでも言えるだろ。随分とざっくりした話だな……」

「いや俺専門家じゃないし。被害想定ならもう政府が出してるんじゃなかったか? それ見りゃいいだろ」

「もう目は通してる。といっても直下型地震のほうの想定がメインのだが……ああ、あと最近もう一度想定をするって話も出てる。断層型だけじゃなくてプレート型地震の想定もされるぞ」


ワーキンググループの話が出てきたのは去年の9月。関東大震災から104年と切りのいい年ではないが、その時に新たに想定を行うべきであるとの話が政府から出てきたのだ。

その年の春に就任した総理は、災害対策への強化も目玉政策の1つとしていた。防波堤の整備や大規模避難訓練の実施、そしてハザードマップや被害想定のアップデートなど。今回の新想定もそれに関連して行われる運びとなった。

前回想定がなされたのは今から15年ほど前だったか。そこまで古い想定というわけではないが、現在の知見から新たに考えられる被害やその対策というのも数多くある。

今は相模トラフ及び首都直下での地震が中心となっているが、他にも日本海溝や南海トラフなど、他の地域での想定もなされる予定だ。


「あーあれか。そんなんあったな。新しい想定をするって話だよな」

「知ってるのか?」

「知ってるだけだけどな。一応政策統括官も一枚噛んでるが、別の担当が付いてるから俺は特に関わってはいない」


知らぬ存ぜぬと言うような言い方をして私の質問を否定した。

実際、統括官に付いている人間は複数いるし、彼がその全てを所管しているわけでもないので、おかしな話ではない。実際自分も担当ではないので、軽く聞いているだけに過ぎない。


「まあ今怪しい感じになっているから、想定をするってのはちょうどいいんじゃないの。いや、もしかしたらちょっと遅いかもしれないけどな」

「……そんなことにならないことを願うさ」


今作り始めた新想定は、現在初回の会合を開くための調整の最中である。そこから会合などを繰り返し、新しい想定が完成するのには数か月、数年とかかるだろう。

その想定によって防災、減災に役立てていこうという話なのだが、それが出来上がる前に発生してしまったらもうどうしようもない。

発生せずに無駄に終わってしまうというのであればむしろそれが一番良いのだが、想定が甘くて被害が出てしまったり、想定を作っている間に発生してしまうというのは、あまり考えたくないことだ。そのような形で作り上げたものが無駄なものと化してしまうことは避けねばならない。

とはいえ、自然が起こすものである以上人間の都合を酌んでくれはしないだろう。避けようにも、自然の気まぐれを起こさないようにすることはできない。我々にできることは平穏な時が続くことを祈り、その間にその時に向けて備えることだけだ。


「しかしまあ、想定なんていざというにどれほど役に立つのかは、怪しいもんだけどな」

「それは聞き捨てならないな」


そう言った彼の言葉を聞き、スプーンですくっていたカレーを食べるのを止めてしまった。

私は少しムッとした。まるで信用ならないという言い方をしているように感じたからだ。私はこれらの想定が専門家や研究者が知恵を集め、人々の命を守るために作り上げているということを知っていた。

それらの努力を貶すような言葉を聞き流すことはできなかった。


「ああいや、別に貶しているわけじゃない。あらかじめどんな被害が発生するかとかを考えることがどれほどが役に立っているのか、俺もよく知っているしな。ただ、想定は所詮想定だよ。想定できないことは必ず起きる」

「我々は生半可なものを作っているわけじゃない。現在の知見から、想定外の事態が発生しないよう最大限の対応を行っている。東日本大震災以外にもこれまで発生している様々な災害から教訓を得ているし、歴史的にどのような災害が発生してきたかの研究もおこなわれている。完全無欠とは言えないだろうが、少なくとも合理的な想定と対策は実施している」


一応貶す意図はないことは分かったが、それでもどのような研究が行われているのかは知っている身として、彼の言葉には反論をしたかった。


「知見なんてものは常々変化していくもんだよ。それに、歴史が常に答えを教えてくれるわけじゃない。ほら、よく言うだろ。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶって」

「我々は愚者であるということか」

「お前は知らんが、少なくとも俺は賢者の方に分類される。だが、賢者が学ぶ歴史ってのは、結局歴史に過ぎない。今まで起きたことしか知ることはできないんだよ。

そしてその歴史も、我々が知ることができるのはこの星が生まれて以来のごくごく一部に過ぎない。一を聞いて十を知ることができるほど、自然てのは手ぬるいもんじゃないと思うな。

これまで起きたことから、そして我々が知ることができることから、これからのことをすべて当てることができるなんてのは、驕りだよ。想定が想定通りになる保証なんてどこにもない。未知の現象というのは必ず起きる。

まあ滅多に起きないということは否定しないがな。でも、全く起きないというわけではない」

「……想定外は起こりうると?」

「ああ」


私の問いに、彼は肯定した。


「これまでも想定外の災害は起きてきたけど、東日本大震災はまさに想定外のオンパレードだよ。

事前に作られていたハザードマップの範囲外でも、世界最大規模の10mの防波堤をも超えて津波が陸へと押し寄せた。地震学者の多くは日本海溝でM9の地震が起きるというのは考えられないと結論付けていた。原子力発電所も被害にあい、メルトダウンという未曽有の事態が発生して安全神話が崩壊した。あらゆる点で、想定外の災害さ」


日本は地震への備えを着実に実施していた。阪神淡路大震災の発生以後、その流れは加速した。

だが、東日本大震災では既存の想定を上回る規模での地震と、被害が発生した。

2011年3月11日。東北地方太平洋沖地震により引き起こされた東日本大震災は、私のみならずあの時を生き残った日本人皆が忘れられない災害だ。彼の言う通り、この災害では想定外が連発した。

三陸地方は幾重にも津波被害が発生しており、発生するたびに甚大な被害が生じていた。3.11以前にも、1960年チリ地震での津波や、昭和三陸地震、明治三陸地震など、発生した津波は数多い。

当然、津波被害の想定もなされていた。ハザードマップによる被害想定はもちろん、避難訓練も実施されていたし、岩手県旧田老町では10mの防波堤が建設されていた。

しかしその時、津波はそれまでの想定を超えるものだった。当時想定されていた最大津波浸水区域を越えて、世界最大規模の防波堤すらも乗り越えて範囲外でも被害が発生した。ハザードマップの範囲外では津波は来ないという考えを持つ人が多く、それが避難率、死亡率に影響を与えた。

津波警報が発令された際の避難場所が津波による被害を受けたというケースもある。避難場所に指定されていた石巻の大川小学校では、児童78名中74名が死亡して戦後最悪の惨事とも呼ばれた。

南三陸町の防災庁舎や大槌町の役場は、津波によってその機能を失い、多くの犠牲者をだした。

なにより福島第一原子力発電所で発生した事故は、日本の原子力安全神話を完全に破壊した。まさしく日本という国の終わりの始まりなのではないかと思った人も少なくないだろう。

現在では避難指示は解除され帰還事業が進んではいるものの、もうかつての姿を取り戻すというのは無理な話だろう。

この震災では最終的に2万人を超える死者、行方不明者を出した。関東大震災、明治三陸地震に次いだ数となったのは、単純に国内観測史上最大、世界的に見ても4番目という極めて大規模な地震だったというのもある。

想定外の地震に想定外の被害。だが自分は行政に、そして災害にかかわる人間として、想定外という言葉は好きではない。それは責任逃れの言葉のように感じられるからだ。

確かに3.11は想定外の規模の地震だった。地震学者たちはこの巨大地震の発生を予見することはできず、地震学の敗北だとささやかれた。そしてそれによって発生した被害もまた想定外のものもある。

だが想定外と一言にいっても、本当の意味で想定外だったのか、事前に予見することができた想定外なのかで意味合いは大きく異なる。

大川小での裁判では行政の組織的過失が認められた。東電の裁判でも、津波対策を先送りしたのではないかという点が争われた。全てが想定外だったわけではなく、想定できたのに想定外になってしまった被害というのもある。


「全部が全部、事前に予測できなかったわけじゃない。想定する側の過失や先入観で、被害を予見できなかった部分もある。そしてそれから全国の想定も改められてる。今後もうこんなことが起きないよう、厳しい被害想定を行っている」

「まあ全てが想定できなかったわけではないし、あれから教訓を得て今後の対策にも生かされているというのは間違いないが。想定外は避けられない、というのも、教訓の1つだと思うがな」

「その想定外が発生しないよう、私たちも慎重な検討と対応をしている。お前のところだってそうだろ」

「もう想定外が起こることはないと?」

「……もし発生したとしても、全力を尽くすのみだ」


想定外は想定できないから想定外なのだということは分かっている。

だが、3.11以後、抜本的な防災計画が策定されているし、発生する被害も厳しい基準で考えられている。もう想定外は起こりえない。

……そう言いたいが、一方で想定外というのはそのような自信を抱いている時こそ発生しうるのではないかという思いもある。我々が得た教訓とは、そのような慢心を抱いてはいけないというものであり、ともすればやはり想定外は起こりうる、ということだろうか。

彼はまあそうだよな、と言った。


「それでえーっと。相模湾での地震を想定するって話だったかな。それはどうなってんだ?」

「まだ全然だ、初回の会合も始まってない。ワーキンググループに参加する委員が決まって、さあ始めようって段階だよ」

「そうか。まあ、東京がもろに被害を被るもんだし、かなり悲惨な内容になりそうだな」

「その被害を減らすための想定さ」

「想定できたとて、やはりとんでもない被害が出るだろう。その時はよろしく頼みますよ、事態室の上原さん」

「いや、それを言うならそっちも大忙しになるだろ。防災担当の政策統括官付ならな」

「その通りだな。まああんまり考えたくないけど、てんやわんやするな。いや、俺らの場合は考えとかないといけないのかな?」

「……そうだな」


災害に携わるものとして、災害が発生したときにどのような被害が発生するのか、どのような対応を実施するのか、あるいは災害が発生する前にどのような対策をしておくのかといったことを考えるのも、私たちがするべきことだ。

もし発生したら。地震、津波による直接的な被害だけではない。火災が同時多発的に発生し、消防の能力を凌駕する火事が起きる。特に東京都心を囲うように存在する木密地域では、火災旋風が起きるほどの大規模火災が発生する可能性がある。

公共交通機関の停止に伴いおびただしい数の帰宅困難者が発生し、それが一般道に溢れかえる。群衆雪崩の危険性もあるだろう。

医療機関も発生する負傷者に対処しきれず、トリアージが開始される。平常時であれば救えた命も、選別によって死を待つのみとなる。

災害関連死も決して少なくないだろう、避難生活に伴う環境の変化、地震へのトラウマなど、発生から数か月、あるいは数年とたっても対処が必要な問題だ。

経済への影響も深刻だ。東京を中心とした首都圏は日本経済の中心地であり、ここを災害が襲うとなると莫大な経済損失が発生する。

挙げ始めればキリがない。具体的な数値までは分からなくとも、考えられる被害はいくらでもあった。


「んま、その時には全力で対処に当たるだけよ。俺たちの力が試されるってもんよ」


再びサンドウィッチを口に入れながら、彼はそう話を締めた。ちょいと水取ってくるともごもごとしながら言い席を離れていった。その様子を見ながら、私は1人考えに耽っていた。

その時にどのような事態に陥るのか。私たちだけではない。日本のあらゆる人々がその脅威へ立ち向かわなければならない。

その時がすぐ目の前に迫っているのか、それとも杞憂に終わることなのかは、まだ誰にも分からなかった。

今日で関東大震災から100年となります。

1923年9月1日。10万人以上という、日本の歴史上もっとも死者を出した災害が発生した日です。地震によって火災はいたるところで発生し、10m以上の津波も観測され、デマによって人々は踊らされました。

今も昔も、地震によって起きる被害は変わりません。対策は進み、防災計画の策定、耐震化や防波堤の整備など、対策はされていますが、それでも巨大地震が発生した時被害が発生することは避けられないでしょう。

災害はいつか必ず起こります。その時に向けて備えをするというのは、必要不可欠なことだと私は考えます。

遅筆ではありますが、本作品にて災害というものを描いていければなと思います。これからもお付き合いいただければ幸いです。

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