第4報
3時間目の授業が終わり、私は息も絶え絶えになりながらも開放感に浸った。最後の授業は体育で、持久走という悪魔のようなことをやらされていた。私の記録は、中の下といったところか。
走っている間や走り終わった時は体操服だけでも熱いくらいだったが、呼吸も整えることができたころになると途端に寒さが体を包み込んだ。教室は暖房がついているとはいえ体操着だけでは少し肌寒いので、上だけジャージを着て暖を取る。
教室の中は少し騒がしかったが、先生がホームルームの始まりを告げるとその喧噪もなくなり、先生の話声と、エアコンが稼働する音、外の環境音しか聞こえなくなった。
体育の後も普段は制服に着替えてからホームルームや次の授業をするのだが、この日は体育の授業が長引き、あまり時間がなかったので、終わって超速急で着替えた何名かを除いて体操着のままだ。
今日の授業は、3限で終わりだった。明日の大学共通テストに控えてというのが理由らしい。
ここが会場になるわけでもないのでなぜ休みになるのかはよくわからないが、私にとって理由はどうでもよく、とにかく休みになるというのがありがたかった。ただ、どうせなら1日丸ごと休みにしてほしかった。
先生が月曜日の予定について話を進める。が、私は話よりも手元にある本に夢中になっていた。耳から入る情報よりも、目に入る情報の方が、私の脳内で大きなウェイトを占めていた。
今読んでいるのは日本全国にある地震の元となっている扉を締めていく、という内容の小説だ。映画にもなっており、小説版もあるということ知ったのは先週のことだ。古本屋で購入し、一昨日から読み始めていた。今はちょうど半分ぐらいのところまで読み進めていた。
休み時間や電車の中、時には授業中やホームルームで本を読む、というのは割とよくある方だった。昔から本が好きで、休み時間には図書室に通い詰めている。
先生や日直が前で何かをしゃべっているが、どうせ大したことは言っていない。たまに本当に重要なことを言うので時折意識をそちらに向けながらも、私は小説を読み続けた。
「では、ホームルーム終わり。号令」
「きりーつ」
本を読んでいても、最後の挨拶はしっかりと聞き逃さない。重要なことの1つだった。皆は起立するのと同時に私も起立する。手元さえ見なければホームルームをちゃんと聞いていたように見えた、かもしれない。先生から何も言われていないので、きっとばれてないだろう。今まで1度だけばれてしまったが、それ以降はうまくばれないようにやれていた。
さようならと一斉に挨拶をすると、各々が違ったことをやる。教室で友達としゃべっている子もいれば、先生に何かを聞きに行っている子もいた。
大部分は着替えるために更衣室に向かっている。私もすぐにその1人になる。教科書などが入った鞄をもって早速更衣室へと向かう。
「凛~!」
が、その動きを止めた人間が1名いた。歩こうとするのを止め、声がした方向を見る。そこには少女が1人こちらに向かってきていた。
彼女は私と違い、もうすでに制服に着替えていた。紺色を主体にしたブレザーに赤や灰色が使われたチェックスカート、黒のニーソックスを着こなしている。勿論、私は彼女を知っている。彼女は私の机の前までやってきた。
「すみれ、どうしたの」
「前言った一緒に遊ぶ約束、ちゃんと覚えてる?遊ぶ約束しているけど」
「それ朝も聞いてたじゃん」
「え、そーいえばそんなこともあったような」
まだまだ若いんだからしっかりと覚えているよ、と、ため息をつきながら彼女との会話を続けた。こんなセリフを言うと妙に年を取っている風になってしまうが、一応バリバリの女子高生だ。
今話をしている後藤すみれは、私の親友だった。私は交友が得意な方ではないので、学内に親しい人間は少ない中、この学校で1番といっていいほどの友達である。入学式の時に隣に座っていたのがきっかけで、そこから仲が良くなっていった。
性格は私とは反対で、元気溌剌という言葉がピッタリだ。ちょっと抜けているところもあるが、これでも学年10位以内の成績である。確か特待生に選ばれて、学費が減額、ないし免除されているのではないか。正直、私よりも頭がいいというのは普段の様子を見てて妙に納得できない。が、人というのは見てくれだけでは判断できないと、誰かが言っていた気がする。きっと裏では努力を重ねているということだろう。
「それで、今日はどこに行く?」
「それは勿論……あれ、決めてなかったっけ」
「ラインで決めようとしたら『今日はもう眠いんで今度考えよう、おやすみ』ってなったじゃん」
「そうだった。いやーどうしよう……」
今の今まで、どこに行くのかが決まっていないことを忘れていたようだ。遊びに行こうと決めたのは一昨日の夜。その時に今日遊ぶことまでは決めていたが、遊ぶ場所は候補を出しているうちに眠くなってしまい、結局何も決まっていないのだった。朝に決めようとしたのだが、その時は話してすぐ先生が来てしまったのでまた後でということになり、今に至る。
事前の候補ではここ上野か、南に向かって秋葉原が上がっていたが……
「私は別にどこでもいいけど」
「え、じゃあハワイとかでもいいの?」
「……旅費を出してくれるなら」
「じゃあ無理だ。だったら……せっかくだし、今日品川行かない? 美味しいイタリア料理の店があるんだって」
冗談で飛ばしてきたハワイをあしらうと今度は本当の提案を出してきた。話を聞くと、どうやらインスタでその店を見つけたようだ。まあまあ話題になっていたようだし、おいしそうだったからぜひ行ってみたいとのことだ。
「品川か。うーん……少し遠くない? 後イタリアンってちょっと高いイメージが……」
「大丈夫、都内だから上野から品川までそんなにかからないし、レストランも1000円ぐらいで色々食べれるよー。あとデザートが絶品らしいし」
私ティラミスがいいかなー、とよだれを垂らしながら私に熱弁した。実際には口からは何も垂らしていないのだが、私の目には垂らしているように見える。彼女が醸し出す雰囲気が私をそう誤認させているのだろうか。
「私イタリアンよりもラーメンがいい。秋葉原なら魚介とんこつ醤油の店が新たに……」
「ええー、ラーメンよりスパゲッティの方がいいって! というかその店前一緒に食べたじゃん!」
「いや店が違うから心配ない、今度の店は醤油のうまみが一味違う。恐らく」
最近開店したラーメン屋に行ってみたいと、今度は私が熱弁した。彼女の眼には私がよだれを垂らしているように見えているのかは分からない。
まだ食べたことはないが、有名店からのれん分けして最近オープンした店であるとネットに書いてある。評価も上々だし、ラーメン好きを自称する身としては是非とも食べてみたかった。
それに彼女にもラーメンのおいしさを理解してもらいたかったのだ。
「んー……でも前一緒に遊んだときは行きたいラーメン屋があるからって埼玉にいったような」
「うっ」
「というかよくラーメン一緒に食べてるし、たまには私の行きたいお店に行きたいなー、なーんて」
そういわれると弱い。前回はわざわざ浦和までご足労いただいてカラオケに行ったが、その時のお昼ご飯には私イチオシのラーメン屋に行ったのだった。
その前は池袋に、さらにその前には赤羽でラーメンを一緒に食べた……ラーメン屋以外で食べることももちろんあるが、大宮、新橋、秋葉原、五反田と、確かに私の希望でよくラーメンを食べている気がする。というかそうだ。しっかりと数えたわけではないが、今のところ7割ぐらいはラーメンを食べている。ラーメン屋に合わせて遊ぶ場所を決めていたので、もはやラーメンを食べることがメインと言っていいだろう。それほどまで、彼女と一緒にラーメンを食べる機会は多かった。
すみれはそんな私によく付き合ってくれていた。流石にここは彼女に譲るべきだろうか。
「……じゃあ、次はラーメン食い倒れにするから、今日は品川でいーよ」
「OK!」
さらっとラーメン食い倒れと言ったらさらっと了承された、ということでいいだろう。私はラーメンなら1日に5杯は食べられると自負している。最も実際にやったことはないが……
とにかく、次回は一緒にラーメンをいっぱい食べるという言質はとれたので、今日帰ったらどの店をめぐるかを考えておかなければ。
「ごはん食べ終わったら何する? ゲーセンとか行く?」
そんな未来のことはさておき、今日はどうするかの方が今は重要だった。遊ぶ場所としては、やはりゲームセンターが鉄板だろうか。他にもあるだろうが、品川でやりたいことはあまり思いつかない。
「うーん、食べ終わったら……映画とかはどう?映画館あった気がするし」
「まあ、いいんじゃない? でも私はあまり映画は見ないから、どんな映画がいいとかは……」
「じゃあ、私イチオシの映画が今上映中だから、それにしよう! いいでしょ?」
「ん~……まあ、いいよ」
彼女はその映画をよっぽど気に入っているのだろうか。妙にグイグイ押してきたので、深く考えずに了承してしまった。イチオシというだけでどんな映画なのかは全く分からないが、彼女が面白いというのなら、きっと私も気にいるはずだ。
「じゃあ、私着替えてくるからここで待ってて」
「はーい、上映時間とか調べとくから」
そう言うとすみれはスマホで品川周辺の映画館について調べ始めた。結局行く場所を決めたののは当日となってしまった。少し行き当たりばったり感はあるが、何とかなるだろう。それに、今日を楽しみにしていたのは間違いない。
この後のことを考え少し上機嫌になりながらも、私は今度こそ更衣室へと向かった。




