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第3報

長官補と別れてすぐに、その目的地へとたどり着いた。ドアのすぐ近くのプレートには『内閣官房副長官補(事態対処・危機管理担当)付』と、書かれている。ここが事態室の設置されている場所であることを示していた。

ドアを開けて入ると、すでに部屋には10名前後がいた。もう少し時間がたてばもっと増えるはずだ。

職員たちに軽く挨拶をしながら自分のデスクに行く。机の上には完全に見慣れてしまった書類の山。これでもペーパーレス化によってだいぶ減った方だ。


「上原さん、おはようございます。」

「おはよう、落川」


最後に挨拶を交わしたのは参事官補佐の落川政信だった。一足先に着いていたみたいで、パソコンを立ち上げている途中だった。

彼は私に付いている参事官補佐だ。上司と部下という関係だけでなく、同じ総務省消防庁からの出向という一面もある。部署は違うが、同じ消防庁からの出向ということでお互いよく絡み合っている仲だ。

彼や私に限らず、各省庁からこの事態室やその他出向したものは多数いる。公官庁からだけでなく、例えば電力、鉄道、航空、通信、金融など、官民人事交流法による民間会社からの派遣も行われている。この事態室も、大半が出向してきた者で固められていた。

彼は挨拶だけにとどまらず、身支度を進める私に話しかけてきた。


「上原さん、入り口近くで長官補と話されてましたけど、何か話されていたんですか」

「あれ、見てたのか」

「反対方向から来たので。声はかけませんでしたけど」

「まあ、そんな大したことは話してない。私も君と同じような話をして、そしたら中央防災会議について香山参事官と話をしていたそうだと」

「ああ、あれですか」


中央防災会議と聞いて、彼はすぐに話の内容を理解した。次の会議の内容は、すでに皆知っていることだった。


「首都直下と相模トラフでの地震が議題に上がるんでしたっけ。相模といえば、このところあそこでの地震多いですよね」

「ああそうだな……6日には5弱の揺れで参集されたし、一昨日も昨日も揺れてたよな」


8日前の地震では神奈川県でマグニチュード6.2、最大震度5弱を観測し、一時津波注意報も出された。幸いにも津波は最大で20㎝、人的被害も数人のけが人が出たのみで済んだ。地震大国と呼ばれる日本では、この規模の地震は決して珍しいものではないが、地震がほとんど発生しない国では、この規模でも大きな被害が発生していたかもしれない。

新年早々発生した地震、この時は官邸連絡室が設置され、事態室も参集されることになった。

一昨日には震度3、昨日は震度4を観測する地震が発生している。確かに地震が頻発しているというのは間違いなかった。


「ネットでは巨大地震の前触れだ、なんて言われたりしてますけど……まあ、言っていればいつかは当たりますからね」


前にもこんなことがなかったっけ、と続ける彼に同調する。

確かに、巨大地震が発生する前には前震が発生することが珍しくない。例えば東北地方太平洋沖地震の際には2日前の9日に、マグニチュード7.3の地震を観測している。

2016年の熊本地震では、前震でマグニチュード6.5、最大震度7を観測した。これまでも巨大地震の前にはその予兆として前震が発生してきていたのは事実だ。

しかしながら、前震を把握するというのは非常に難しいものなのだ。観測することではなく、それが前震だと判断することが、である。

本震が発生した後であれば、それが前震であるということは分かる。問題は本震発生前に前震であると判断することだ。ただ地震が起きただけなのか、それとも巨大地震の前触れなのかは、判別することは難しい。東北でも熊本でも、前震であるとわかったのは本震が起きた後だ。

今回の一連の地震も、ただ地震が頻発しただけなのか、それとも巨大地震の前触れなのかは、その時が来るまでわからないものだ。


「しかし相模トラフですか……あそこは地震周期から考えれば発生確率はだいぶ低いはずですけど、想定をやる必要あるんですかね」


彼は今回想定を行うことに疑問符を付けた。


「おいおい、もし発生したら日本はとんでもないことになるのに、軽視するつもりか」

「別に軽視するつもりはないですけど、それよりももっと切迫した状況にある地域はあると思うんですけどね。そういうところから順次やっていった方がいいとは思います」

「まあ、確かに数十年以内の発生確率はほとんどないってなっているがな……全くないわけじゃない」

「でも、今回もメインはM7クラスの首都直下地震ですよね。相模トラフはどちらかと言えばついでみたいなもんですし」


それはその通りだった。今まで主に想定されていた関東で発生する地震は、南関東で発生する首都直下型地震だ。活断層の活動によって引き起こされるマグニチュード7クラスの地震である。

だが今回新規に想定される地震は、関東大震災や元禄地震などを引き起こしたのと同じ、相模トラフでのマグニチュード8クラスの地震を想定するものだった。

この地震についても想定はなされているものの、地震周期を考えると少なくとも今後数十年間の地震発生確率は低く、詳細な検討はなされていなかった。

確かに今回新たに詳しい想定がなされるが、それは首都直下地震の新規想定に合わせたものだった。M7クラスの想定のついでに、という感じは否めない。


「だが災害は、いつか起きる事は分かっても、いつ起きるのかは分からないものだ。例えば今この瞬間に地震が起きても、何ら不思議ではない。そうだろ?」


少なくとも現代の科学では具体的にいつ地震が発生するのかという予想を出すのは不可能だ。

この瞬間に巨大な地震が発生しても何ら不思議ではない。地震に限らず、噴火も、あるいは隕石の落下も、予測するのは難しい。観測体制の確立によって事前の兆候をとらえる確率は上がっているが、それでも何も兆候なく発生することもままある。


「相模トラフの地震も確かに確率は低いが、ゼロという訳じゃない。熊本の時は30年以内に0.9%程度の発生確率と想定がされていたが、それでも発生した」


0.9%と言っても、内陸型の地震は数千年から数万年という発生周期から誤差が激しく、これでも発生確率はやや高いに分類される。

それでも内陸型と海溝型の違いがあるとはいえ、30年以内に70%と言われる南海トラフと比べると、やはり低確率であると考えられる中で発生した地震だった。過去100年以上にわたって大きな地震が発生していない地域であったことも、世間の注目を集めた。


「そういう発生確率に左右されず、想定はしっかりと行う。いつかは起きるものだとして対応することが私たちに求められているんじゃないか」

「それは……そうですね」


私の話に一応は納得してくれたみたいだ。区切りは付いたみたいで、彼は話している間に止めていた手を再び動かし始めた。


「まあ想定があった方が備えも対処もしやすいですし、どんどん作るのはいいことだと思います。想定があってもなくても、起きるときは起きますからね」

「ああ……そうだな、想定できるのであればした方がいい、想定していなかったことが起きるのが一番怖いしな……」


想定外を減らすというのは、私たちがやらなければならないことだ。事前の準備、発生時の対処には、想定というものがどれほど役に立つか。私はそれを身に染みるほどに分かっている。

だが時折、自然はすさまじい程の力を見せつけてくる。人類の想像を超えるそれは、同時に社会に深刻な影響をもたらすこともある。私たちが自然に対して使う尺度は、ここ数百年で作り上げたものだ。悠久な歴史を持つ自然は、私たちが想像できないような恐ろしさを見せつけることもあった。その時我々は、予想だにしなかった被害を前に、ただただ呆然とするしかないのだろうか。

いや、そもそも想定されているものであっても、私たちがその通りに行動できるのかは疑問符が付く。防災グッズの備え、避難所や避難場所の把握、ハザードマップの確認といったことを、どれ程の人々が行っているのか。災害への備えは、国民に根付いているとは言えないのではないか。あるいは行政でさえ、備えきることはできていないのではないか。

いつか起きるその時は、私たちはどのような行動をとっているのだろうか。


「上原さん、どうかしましたか?」

「……ああいや、何でもない」


少し考えに更けていた思考を私はかき消した。不安点はあるが、私たちはこれまでも様々な災害を経験してきた。目を覆いたくなるような被害が発生しても、それに耐えてきた。たとえ今その時が来たとしても、私たちは乗り越えられる、きっと大丈夫だろう。そう思い私はデスクに座り、身支度を進めていった。

地震


地震は、地下の岩盤が引っ張られたり押し出されたりすることによってひずみができ、それが限界に達したときに急激な移動が発生することによって起きる現象である。マントルの対流に伴うプレートの移動によって発生するが、発生場所はプレート間だけでなく、プレート境界から離れた場所に発生する断層においても発生する。


今回から用語の解説?的なものを入れていきたいと思います。毎回は多分無理ですが、ちょくちょく入れられたらなと思っています。

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