表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

第15報

津波が来ているということは周りの人にも伝わっているみたいで、車から続々と人がおりている。皆一様に津波から逃げるために走っていた。

振り向く余裕はなかったが、私の走る速度よりも津波の方が早いというのは、少しずつ大きくなる津波が鳴らす轟音でわかることだった。

走らなければ、逃げなければ。でもどこに?

今のまま遠くへ逃げようとしても、津波に追いつかれてしまう。どこか高い建物へと行かなければならない。

私はあたりを見渡した。片側1車線の道路の周りには、数多くの住宅が存在した。2階建ての木造住宅が多く、津波から逃げるのには適さないだろう。住宅の他にはコンビニや飲食店もあったが、1階か2階建てで、やはり逃げるのには適さないように思えた。

少し離れたところには十数階建てのマンションがあった。あそこならば津波が来ても避難できる。だが、そこまでの距離と津波の速さを考えると、恐らく到着する前に津波に飲まれる。もっと近くにも高い建物はあったが、そこは私が走っている方向から反対、すでに津波が襲っていた。

次に見えたのは3階建てのアパート。恐らくコンクリート製だ。あそこであればもし津波が来ても流されないだろう。もしかしたら3階であったも高さが足りない、ということがあるかもしれないが……

しかし、それ以外の場所に逃げようとしても、その前に津波に飲み込まれるかもしれない。もう行くならあそこしかないと、私は確信した。


「後藤さん、あそこのアパートに行きます!」


後ろを見て、すぐ近くにいた後藤さんに声をかける。彼がこくりとうなずいた所までは見ることができた。

いつの間にか、足元の地面は水で濡れていた。雨によるものではない、津波だ。海水の色はしておらず、茶色と灰色の間の色をした濁った水だった。陸に上がり、様々なものを飲み込むうちにこのような色になったのだろう。

もう時間がない。息を切らしながらも、私は持てる力の限りを尽くして、津波にのまれつつある道路を走り抜けた。バチャバチャと音をたてながら走り続けた。

ついに目的の建物にたどり着くと、階段を1段飛ばしで登っていく。すぐに後藤さんも上ってきた。

階段を上り切り10秒もしないうちに、濁った水がすぐ下の道を覆いかぶさるように広がった。まさしく危機一髪だった。波は1mほどの高さはあるだろうか。あの中にいたら、間違いなく波に呑まれていた。

ザアザアという水の音と、ガシャガシャという流れたものがぶつかり合う音、車からパーとクラクションが鳴る音も聞こえる。

終わりという物がそこにあった。もう何もかも終わってしまったのではないかと、そう思えてしまう光景だった。

少しでもここに避難するのが遅ければ、私もこの波の中に飲まれていたのだろうか。そう思うと、津波に飲まれていたかもしれないという恐怖心と、そこから逃れられてよかったという少しの安堵感が私を包みこんだ。立ち上がる気力を失い、腰が抜けたように2階の廊下にしゃがみ込んだ。

だが、私はすぐに立ち上がった。2人がいないのだ。

ここに来たのは私とカメラマンの後藤さんだけ。小栗さんと八島さんは何処にいったのだろうか。


「小栗さんと八島さんは? 後ろにいませんでしたか」


2人がいない。一緒に来ていると思っていたのに、この建物には来ていなかった。私は後藤さんに聞いた。


「あれ……いや、わからないです。一緒に逃げてたと思ったんですが……」


私たちに他の人を気にする余裕はなかった。一体どこへ行ったのだろうか……

まさかこの波に飲み込まれたのだろうか。咄嗟に辺りに見渡す。別の建物からこの波を見ている人がいた。距離があって顔までは分からないが、服装はなんとなくわかる。あの人ではない。他にも数名、逃げた人を見かけたが、2人と思わしき人物は見当たらない。

無事に避難することができたのだろうか。それとも波の中に……

私はその考えを頭から追い出した。きっと津波から逃げることができている。今は無事を祈るしかない。

ふと、誰の声が聞こえた。聞き覚えのない声で、声にならない声をあげていた。声が聞こえた方を見ると、階段の、2階と3階のちょうど間にあるスペースで初老の女性が津波の様子を眺めているのが見えた。こちらには気づいていないようだった。

2階と3階のちょうど間ぐらいにいた


「すいません、アパートの方ですか?」

「え、あ、私はそうです。上に何人か、避難に来た方が……2人とももっと上がって!」


その女性が急に声を荒げた。

見ると、いつの間にか波の高さが階段の半分以上にまで達していた。まだ2階には到達していないが、やがてここまで波が来るのも時間の問題と思われた。大急ぎで3階にまで移動する。


「すいません、どうも……」


3階へと上がると、何人かが廊下から外の様子を呆然と眺めていた。中には小学生ぐらいの女の子もいる。みんな何も言わず、街が変わりゆく姿を眺めていた。


「うわー……ひどいな……」


カメラマンである後藤さんは無意識に撮影を続けていたようだ。ほとんど何も言葉を発してはいなかったが、カメラだけはこの光景を捉え続けていた。

私も本当はリポートを行うべきなのだろう。だが目の前に広がる光景を見ると、ただただ立ち竦めることしかできなかった。

酷い光景だ。その一言で済んでしまうほど辺りは壮絶なものだった。

先ほどまで平穏な様子だった海は姿を変え、黒く変色した水が陸へと押し寄せ、あっという間にあたり一面に広がっていった。

建物が、車が、コンテナが、ありとあらゆるものが波によって流されている。どこからか着火したのかは分からないが、倒壊した建物だったものが炎を上げながらこの流れに乗っていた。

クラクションのような音があたりに響き続けている。人が鳴らしているのではなく、津波の影響によってだろう。いや、もしかしたら人が車の中にいて、流されている中で助けを呼んでいるのかもしれない。

流されている人が……


「え、上原さん!?」


瞬間、私は上ってきたばかりの階段を駆け下りた。

2階はまだ水は来ていないが、それもやがて来るのは時間の問題と思えるほど水位が上がっている。だが私はそれを気にしなかった。

流されている人がいる。一瞬だが、人が流れているように見えた。

階段を下りたのはほとんど反射的な動きだった。何とかして助けなければ、ただただそう思った。


「ちょっ、上原さん危ないですよ!」

「今そこに人が居たんです!」


その人は、かつて道路だった場所を流れていた。恐らくここから4mもない。それが流れによってみるみる内に離れていく。声をかけようとしたが、その前にその人は瓦礫の山の中へと消えていった。

よく見えなかったが、助けを求めていたのは間違いない。私たちに気が付いているのかは分からない。

何とかしなければ。そう思ったが、私はそこで動きを止めた。

いったい私に何ができる。その流された人を助けることができるのだろうか?

いや、私にできることなど何もない。無力で、ただ立っていることしかできない。もうどうしようもできない。そう分かった瞬間、私の思考は止まってしまった。


「上原さん、波が来てますよ、上がって!」

「……」

「上原さん!」

「あっ……はい……」


手を引っ張られ、呆然としながらも階段を上った。

津波の勢いは時を追うごとに増しており、水が2階の廊下へと時折かかるぐらいには上がっていた。

3階へと戻ると、小学生の女の子が大声で泣いていた。今まで我慢していたのが、ここにきて泣きたくなったのだろう。私もそれにつられ、目から涙がジワリと滲んでいた。平穏な街が、あっという間に強大な自然の力によって葬り去られていた。

その泣き声は、街を覆う大量の水があらゆる物と共にかき消していた。

あの日から13年が経ちました。もう13年という方も、まだ13年という方もいるでしょう。

当時私は小学生でしたが、あの時の衝撃は今も覚えています。地震、津波、原発事故……

私だけでなく、日本がかつて経験したことがない規模の災害は、その後の日本を永遠に変えたといっていいでしょう。

地震は私たちの生活とは切っても切れないものです。私たちは驚異的で脅威的な自然とともに歩んでいくことが必要なのだろうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ