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第13報

『……駅舎内まで移動するようお願いいたします、駅係員の誘導に従い、慌てず、ゆっくりと進んでください。皆様のご協力をお願いします』

「ホームには下りないでください!ホーム上は落下物が多く危険です、ホームにはおりないようお願いします!」


少し早口で、駅員がアナウンスを行っていた。ホームにいた人々が流れるように誘導に従って階段を上っている。私たちも階段を上って駅舎内に入った。

中は思っていたよりも被害はなさそうだった。電気はついているし、どこか駅舎が崩れているなんてこともない。

ただ被害が全くないという訳ではなく、水道管が破損したのか地面から水があふれていたり、上から落ちてきている場所があった。窓ガラスも割れているところがいくつもあり、その周辺を避けるように人の流れができている。駅舎内でも完全に安全という訳ではなさそうだ。


「これからどうしよう……」


駅員の誘導に従って駅舎内には入ったが、これからどうするべきなのか何も分からなかった。


「駅で電車が動くのを待つ……でも電車動くのかな……」

「うーん、今日は無理かも……」


私はすみれの話を否定した。ここまで大きな地震だ。今日だけでなく明日も、ひょっとしたら何日も動かないままかもしれない。

だがそうなれば、私たちはいったいどうすればいいのだろうか。私はその答えは持ち合わせていなかった。


「じゃあこういう時はどこかの避難所に行くのがいいと思う。あとは最悪、歩いて帰るしかないよね」

「うん……」


歩きとなれば、途方もない距離になる。ここ品川から私の住む浦和まで、多分2、30kmにはなる。

歩くのが時速4㎞だとしたら、最短で5時間だ……

そう考えればできなくはない? いやでも実際には道が曲がったりしているからもっと距離があるだろうし、道路もこんなに大きな地震が起きたのなら通れない箇所もあるかもしれない。順調に行けたとしても今日中にたどり着くのは無理だろう。それに、そんな時間歩き続けるというのは私には無理な話だ。休憩したり、夜なら寝るところもいるだろう……

私はとりあえずその考えを振り切った。まだどうするか決まったわけではない。とりあえず情報を集めることの方が先だ。


「改札開放中のためICカード、乗車券等は必要ありません! そのままお通りください!」

『……地震発生により、首都圏のすべての路線で運転を見合わせております。現在再開の目途はたっておりません。私鉄各線も同様に運転を見合わせているとのことです。情報入り次第お伝えします……』


駅員の呼びかけ通り、利用客が外に出たり、逆に中に入ったりするときに何もせず通ってもドアが閉まることはなかった。

その呼びかけとは別に駅員のアナウンスがスピーカーから流れている。これだけの大きさの地震なのだから、止まってしまうだろうなとは確信していたが、あらためてそれは正しい考えだと実感した。

コンビニは一応営業しているらしく、人の列ができるている。自販機も稼働しているみたいで。列はできていないがいつもより多くの人が飲み物を買っていた。

運行状況を知らせるモニターには、たぶん東京や埼玉、千葉、神奈川の全部のJRの路線が表示されている。

普段であれば1つか2つくらいしか赤色になったりオレンジ色になったりしないだろうが、今は表示されているすべての路線が赤くなっていた。アナウンスの通り、運転している路線は1つもない。

別のモニターでは、NHKのニュースが映し出されていた。数十人もの人だかりができており、皆が映し出されているニュース映像にくぎ付けになっていた。

私たちもその人だかりの一部となった。画面では津波が来るということを平仮名やローマ字を赤と白の文字で書いて伝えていたり、日本列島の大部分に紫や赤や黄色の線が点滅しながら描かれていたり、青の逆U字で地震の情報を伝えていたり、アナウンサーの声が字幕で表示されていたりと、情報過多なのではないかと思うぐらいだった。


『……津波はすぐに来ます。逃げれる時間はわずかしかありません。直ちに高台やコンクリート製の高い、頑丈な建物へ避難してください。もし、津波が迫っていることに気づいていない人が居たら、あなた自身が津波が迫っていることを伝えてください。周囲の人などと声を掛け合ってください』


アナウンサーの声には熱がこもっていた。聞くだけで危機感を感じるような、そんな気概を感じる。

映像では津波の到達する場所の地名一覧が表示されていた。津波がどれぐらいの大きさなのかが気になったが、巨大だとか大きいだとか、そんな表記が出されていて、1メートル、5メートルのような具体的な大きさは出ていなかった。


『こちらは神奈川県江の島からの中継です、引き波が発生しています。引き波が発生しています』


画面が切り替わり、テレビでよく見る橋と、その先にある小さな島、江の島が映し出されていた。確かに周りの海はよく見る江の島の風景よりも明らかに水の高さが低い。

江の島は神奈川県の南に位置している。震源も神奈川の近くみたいだから、すぐに津波が来るだろう……

突然、私は鉄球に投げ飛ばされたかのような衝撃を感じた。


「お姉ちゃん……」

「え?」

「お姉ちゃんが今神奈川にいるの! 海沿いの方にいるはずなんだけど……!」


思い出した。神奈川に姉がいる。江の島ではない、何市だったかは忘れてしまったが、神奈川県の海沿いだったはずだ。

自分のことばかりで気にする余裕がなかったが、この話を聞いて私は家族へと思いをはせた。

お父さんも心配していないわけではないが、消防の人だし、今は内閣府というところで働いているらしいので無事なはずだ。

だが姉は今日インタビューに向かうと言っていた。江の島の近くと言っていた気が末う。テレビの映像を見る限り、江の島どころか日本の半分と言っていい範囲で津波警報が出ていた。

少しでいいから、声が聴きたい。話せるのであればすぐ逃げてと伝えたい。急いで登録してある電話番号に掛ける。周りには多くの人がいるが、マナー違反だとか、そんな事を気にする余裕はなかった。

電話をかけて10秒程度だろうか。うまく説明ができないが、電話の雰囲気というべきか、それが変わった。一瞬電話に出てくれたと思ったが、聞こえてきたのは無機質な女性の声だった。


『ただいま、回線が大変混雑しております。時間を置いて、再度……』

「……つながらないや……」


電話はダメだ。今度はラインで通話を試みた。こっちなら繋がることができるかもしれない。

通話のマークを押すと、携帯はぶるぶると震え、コール音が鳴る。だがそれが止まる様子はない。1分近く経ったが、やはり通話をすることはできなかった。

やはり通話することはできなさそうだ。通話を終了し、メッセージを送ることにした。


『お姉ちゃん無事?』


既読はつかない。今無事を確認することはできそうにない。

もしかして津波に巻き込まれているのだろうか。地震でがれきの下に埋もれてしまったのではないか。

考えれば考えるほど悪いことしか思い浮かばないが、私はその考えを無理やりかき消した。

今避難をしていて、見る余裕がないのかもしれない。きっとそうだ。そのうち何かしらの返信をしてくれるだろう。

今はもうできることはない。アプリを閉じようと思ったが、その前にメッセージが届いた。


『無事か』


そう書いているだけだった。父が家族のグループチャットに送ったメッセージだ。単純明快な文章だった。

私は……体は大丈夫だが、今帰れないでいる。果たして無事といっていいのだろうか……


『一応大丈夫』


少し悩んだが、そうメッセージを入れた。少なくともけがはしていないし、一応安全なところにはいる。

既読はつかなかった。だがメッセージを送ってきている以上、父さんも無事でいるはずだ。あとはもう一つ、既読の表示が出てほしい。そう願いながらも、私はラインを閉じた。


「私も電話つながらないや……」


すみれもスマートフォンで電話をかけているが、やはり通話はできないみたいだ。


「ラインだったらできるんじゃない?」

「それもやったんだけど、返事がなくて。大丈夫かな……」

『……津波が迫っています。現在大津波警報、津波警報、津波注意報が発令されています。警報が発令されている地域の方は、直ちに……』


突然、テレビの画面が真っ黒になった。

それだけではない、駅の照明なども一斉に消え、辺りが一気に暗くなる。


「えっ、停電?」

「そう、みたい……」

「うわ暗いなぁ」

「勘弁してくれよ……」


私だけでなく、すみれも、周りにいた人も次々に声を上げた。


「現在状況の確認を行っております、少々お待ちください!」


停電したことを受けて駅員が声を張り上げている。

天窓や側面の窓はあるが、既に日はほとんど落ちている上に雲がかかっているので、駅舎内は大分薄暗かった。スマートフォンの画面やライトによる光が辺りを照らしてはいたが、先ほどの明るさとは程遠い。

次々と非日常な事態が起きている。私はそのさまを呆然と受け入れるしかなかった。

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