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第12報

『ただいま、大規模な地震が発生いたしました、線路からはなれ、身の安全を確保してください。揺れが収まり次第駅員が巡回をします。怪我をされている方がいらっしゃいましたら……』


揺れ始めてから1分ぐらいたっただろうか。いや、数十秒かもしれないし、3分ぐらいたったかもしれない。

非常停止ボタンが押されたのかはわからないが、警告音がホーム中に響いている。まだ揺れが続いている中、駅員がアナウンスをしていた。

揺れは強くなったり弱くなったりを繰り返していた。弱いときでも立ち上がることはできない程の揺れだった。それでも時間は過ぎていき、ようやく揺れがほとんど収まった。まだ微かに揺れている感じはあるが、それでも立ち上がることはできそうだ。

少し冷静さを取り戻した私は、恐る恐る辺りを見渡した。ホームが真っ二つになっているだとか、あたりのビルが崩壊しているというようなことは起きていないが、ホームの屋根のライトは今もグラグラと揺れ続け、何か砂のようなものであったり、パネルのようなものが落ちているところもある。ホームには少しヒビのようなものが入っているが、恐らくさっきまでは無かった。これは地震のせいで入ったのだろうか。

周りの人たちも地震によって翻弄されている。悲鳴は揺れている間はほとんど絶え間なく聞こえた。泣いている子供だったり、頭を抱えたまま目を閉じてやり過ごそうとしているOLだったり、何とかバランスを取りながらスマホで周りを撮影しているサラリーマンだったりと、反応は多種多様だ。みんな何かしらの声にならない声を上げていた。

それでも、揺れが収まると悲鳴は鳴りを潜めていき、代わりに喋り声が多くなっていった。

私は……とりあえず怪我はない。すぐ近くでかがんだままでいたすみれもだ。彼女もかがんでいるのをやめて周りを見ていた。


「終わったのかな……」

「今は……多分収まった、かな? 大丈夫だった?」

「うん、私は……ぁ」


しゃべろうとしていたのをやめ、何か見てはいけないものを見てしまったような、あるいは見るに堪えないようなものを見てしまったような表情を浮かべた。すぐに私は彼女が見ている方向、私の背後へと視線を向ける。

そして、ある一点に目を引かれた。倒れている人。気絶しているのか、ピクリとも動かない。その人は、さっきまで電車の接近を知らせていた電光掲示板の下敷きになっていた。腰より上が掲示板に覆いかぶされていて、ここから下半身を見る事しかできなかった。


「おい、あんた大丈夫か!?」


4、50代くらいのおじさんがその倒れている人に近づく。返事をしている様子はなかった。すると挟まった人を助けるために掲示板を持ち上げようと、力を入れ始めた。


「……手伝います!」


ほとんど反射的に、私はその人とともに掲示板を持ち上げることにした。

同じように近くにいた何人かが集まる。すみれも一緒だ。力がある方ではないが、何もしないわけにはいかなかった。私は配線が切れ何も表示することはなくなり、ただの落下物となった電光掲示板の端っこを持った。


「せーのっ!」


集まった誰かの掛け声とともに、私は腕に力を入れた。何人も人がいたおかげか、その掲示板はすぐに動かすことができた。数十センチの隙間が出来、1人が足をもって下敷きとなったその人を引きずり出した。

離しますよ、そう誰かが言うと、タイミングを合わせて掲示板から手を離した。30㎝ほど持ち上がっていた掲示板は地面に接触し、ガシャンと大きな音を立てる。

救助された人は、救い出された後も何も反応を示さない。意識は無いようだった。血が流れている様子はないが、頭を打ったのだろう。周りの人が声をかけたりしていたが、やはり返事はなかった。ひょっとしたらどこかしら骨折もしているかもしれない。

この人を病院に運ぶか、救急車を呼ぶか、とにかく何かしなければ。そう思ったが、私はそれ人気にする余裕を失った。


「また……揺れが……」


収まったと思った揺れが、始まる。2度目の強い揺れが始まった。

さっきほど強い揺れではないだろうが、それでも立っているというのは不可能なほどだ。私は姿勢を低くした。辺りには再び悲鳴と轟音がどよめいた。


「離れて離れて離れて!」


その中で誰かの大きな叫び声が響き渡る。声が聞こえた方向を見ると、その叫んでいる人の近くには別の電光掲示板がある。その掲示板が落下しそうになっていた。2本の柱のうちの1本が今にも外れそうだった。近くにいた人が何とか立ち上がって、あるいは地面を這いながら離れていった。

電線が切れると、一瞬だけ小さな火花を出し、表示が完全に消えた。地面にたたきつけられるとガシャンと大きな音を出し、辺りに少し破片が舞って行った。周囲から一斉に悲鳴が上がる。泣き声も聞こえた。

私も、今すぐ大声で泣きたい気分だった。すでに目から涙が流れているのが分かった。

さっきまで、平穏な日常が流れていたのに。電車に乗って、すみれにまた明日といって別れて、家に帰るはずだったのに。

だが悲しみに浸る間もなく揺れは続いていた。架線は揺れ続け、パンタグラフから何回も火花が散っていた。天井の蛍光灯は消えたり付いたりを繰り返し、もう天井丸ごと落ちてきてもおかしくないのではないかと思えた。

悲鳴、地鳴り、物が動く音に混じって、再び携帯から警報音が鳴り出した。だが携帯を確認しようとしても、揺れが強くて手に余裕がなかった。

もう一生この揺れが収まらないのではないかとすら思ったが、それとは反対に再び揺れが収まる。

2度目の大きな揺れは1度目よりも短く、小さなものだった。それでも、私が経験した地震の中では2番目に大きかった。

揺れが収まると警報音が鳴り続ける携帯を確認した。津波警報発表という表示が画面に出ていた。ここまで大きな地震だから、津波も発生しているみたいだ。ここ品川も津波来るのだろうか?駅は海岸からどれくらい離れているのだろうか、どれくらいの高さの津波が来るのだろうか、果たしてここは安全なのだろうか……


「……いませんかー! 怪我をされた方はいませんか!」

「あっ、こっちです、ここにいます!」


その考えは駅員の声が聞こえたことでかき消された。今はこの人を助けなければ。私は巡回していた駅員を呼び止めた。こちらの声に気づくと、小走りこちらに向かってきた。


「この人が掲示板の下敷きになって……意識がないんです」

「わかりました。今担架を持ってきますので、少々お待ちください!」


他の人が説明をすると、駅員はすぐにホームから駅舎内へ向かっていった。

他のホームでも駅員の巡回が始まり、声をかけながらホームを小走りに移動していた。他にもけが人が出ているみたいで、隣のホームでは駅員が担架でけが人を運んでいた。


「大変なことになっちゃった……」


すみれのかすれるような声に私も同意する。こんなことが起きるなんて、私はその時までそんな考えは存在していなかった。

何気ない1日が始まり、何気なく終わっていく。そんなはずだったのに、それは遠くの存在となってしまった。


『えーお客様にお知らせします。先ほど相模湾を震源とした地震が発生しました。都内においても震度7を観測し、当駅にも被害が発生しております。ホーム内は落下物などが多く危険と判断し、ホームを閉鎖いたします。お客様は駅員の誘導に従い、駅舎内へとご移動ください。けがをしている方がいらっしゃましたら、お近くの駅係員までお知らせください。繰り返します……』

「こちらにご移動ください! 駅舎内に移動するようお願いします!」


スピーカーからのアナウンスをかき消すように、駅員による誘導の声が轟いた。声を張り詰めて

その場で立ち止まっていたり座り込んでいた人たちがぞろぞろと駅の中へと移動していった。

私たちも移動したいが、下敷きになった人を放っておいてもいいのだろうか。そう思ったが、

すぐに駅員2人が担架を持ってやってきた。やって来るなり担架に倒れた人をのせようとする。駅員とは別に2人が担架へと乗せるのを手伝っていた。

私はその様子を眺めているだけだった。何かやろうとも思ったが、これ以上人の手があってもかえって邪魔になるだけだろう。


「皆さんご協力ありがとうございました。皆さんも駅舎内にお願いします」


そう言い残すと、駅員2人は通してくださいと声をかけながら速足で駅舎へと向かって行った。けが人の周りにいた人たちもその言葉を聞いて、ぞろぞろと駅舎内へとつながる階段へと向かって行く。

私たちも、今はその指示に従う他ない。私たちは人の流れに従って、駅舎の中へと歩み始めた。

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