表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

第9報

テレビ放都の放送局がある六本木から出発した後、車は首都高速を経由したのち東名高速道路へと移動していた。

途中までは順調に走行していたものの、時間がたつとともに車の流れは遅くなり、やがて一般道を走っているのではないかと思うほどの速度しか出せなくなった。

道には車、車、そして車。カーラジオから流れる渋滞情報によると、海老名JCT周辺で4台が絡む事故が発生し、10㎞以上の渋滞が発生しているそうだ。しかも下り車線を完全にふさぐ形となってしまい、渋滞はどんどん伸びているらしい。

渋滞に巻き込まれ始めた時には車をどけて2車線は通れるようになったため、この渋滞も少しずつ解消していくと思われるが、小栗さんはちょうど近くにあった横浜町田ICで降り、一般道へと移動する選択をした。カーナビによれば1分だけ高速のほうが早く着くらしいが、じゃあ高速ならなくていいやと思ったらしい。

県道は渋滞こそ発生していないが、法定速度も遅く、信号もある以上時間がかかる。それでも渋滞発生などのトラブルが発生する可能性も考えて早めに出発しているので、取材予定の時間には十分間に合う計算だ。

時折信号によって車を止めながら、車は道を進み続けていた。その途中、1度コンビニに寄ると小栗さんは言った。ちょうど前にコンビニエンスストアが見えている。ディレクター兼運転手が言っているのだから何も文句は言わずに了承した。

車を止めて小栗さんは早々に店へと向かっていった。その後ろを八島さんがついていく。

私と後藤さんは特に寄る用事はないため、車で待機することになった。一応何も買うつもりはなかったのだが、車を止めている時に八島さんが何か買いますかと問いかけてくれた上に、小栗さんが買うんだったら1本ぐらい奢ると言ってくれたので、せっかくなので温かいカフェオレが欲しいと伝えておいた。やはり寒いときには温かいものが欲しくなってくる。

2人が買い物に行くと、車内には沈黙の空間が現れた。スマートフォンを見て時間をつぶそうと思ったが、ずっと座りっぱなしだったので、せっかく車が止まっているのだから少し外に出て体を伸ばすことにした。

左のドアを開けた瞬間に冷気が車の中へと侵入してくる。外に出れば完全に寒さが体を覆いつくした。

天気は良いとは言えなかった。どんよりとした雲が空一面に広がり、雨が降ってきても何らおかしくない。天気予報ではところによって雨や雪と言っていた。神奈川は降水確率50%だったか。どこかではもう雨が降っているのかもしれない。

車の外はだいぶ寒いし、太陽光もないためほんのりとした温かさも感じないが、体をまっすぐに伸ばせ、新鮮な外の空気を吸えるのをやめたくなるほどではない。


「……やっぱり車の外は寒いですね。僕は中に引きこもります」


声のした方を見ると、後藤さんが車の中から窓だけ開けて体をドア側に寄せていた。外がどれくらいの寒さなのかを確認しているようだった。


「寒がりなんですか?」

「んまー、結構。冬は1番嫌いな季節です。まあ夏も2番目に嫌いですが……」

「そうなんですね……でも、飲み物は冷たいの頼んでましたよね?」


彼も八島さんに飲み物を頼んでいたが、その時炭酸飲料のソーダを頼んでいた。勿論冷たい飲み物だ。寒がりなのであれば温かい飲み物を頼みそうなものなのだが。


「それは車の中で飲むから大丈夫なんですよ。暖房付けた部屋で食べるキンキンに冷えたアイスとか、冷房効いたとこで食べる熱々のラーメンとか、そういうのは好きなんで」

「あー、ちょっとわかります」

「まあ寒空の下温かいものを飲むも悪くないですけど、寒いのは嫌なので。今日は日差しも出てないから、いつも以上に寒いでしょう」

「今日雪が降るかもしれないみたいですからね。天気予報だと今日の……」


その時、私たちは会話を中止せざるを得なくなった。警報音があたりにこだました。緊急地震速報の警報音だった。


「ん、地震……」


携帯を取り出して画面を見ると、『緊急地震速報、神奈川、静岡では強い揺れに警戒』と表示されていた。

そしてその揺れはすぐに来た。

車が僅かに揺れた。電線は波を打ち、線に足を付けていた数羽のカラスたちが一斉に飛び出した。

自分自身も揺れていることを感じ取れた。そこまで大きな地震ではなかったし、辺りに倒れてきそうなものは何もなかったが、一応周囲を警戒した。

10秒程度続いただろうか。揺れが収まると、車や電線の揺れも止まっていった。

周りを見ると、特に被害が発生している様子はなかった。揺れていた電線も完全に動かなくなった。

揺れているとき、僅かに地鳴りのような音がしたが、それもたいしたことではない。コンビニの目の前にある交差点の横断歩道の信号音の方が、よほど大きかった。

やがて信号が変わると、数台の車が動き出した。何事もなかったかのように日常が続いていた。


「ちょっと揺れましたね」


後藤さんがそう言った。ドアを開けて外に出ると、周りを確認していた。腕と腕をこすって寒そうにしていたが、あたりの様子が気になったのだろう。

速報が流れて揺れ始めたときにカメラを取り出そうとしていたが、それを取り出すことなく車の外へ出ていた。このぐらいの揺れであれば特に撮る必要はないと判断したのだろう。


「ここ最近地震が多いですよね。あまり被害は出てないみたいですけど、ちょっと気になっちゃいます」

「そうですねー、ここんところ地震が多いですからね。今日の昼にも気象庁の発表をニュースで取り扱いました」

「そうだったんですか。どんな発表したんですか?」

「えーっと、スロースリップという現象が起きているらしいです」


毎日というわけではないが、ニュース番組に出演してニュースを伝えていくということは、私の職業だ。それだけに、自身もしっかりと今どのようなニュースが話題なのかを調べ、理解しておく必要もある。ニュースのチェックは欠かさずに行っていた。

まあ、毎日ニュースというのは常に新しいものが出てくるわけだし、一か月もたてばどんなニュースが話題になったのかは余程の大事件でない限りほとんど忘れてしまう。

それでも当日、自分が電波に流したニュースとなれば鮮明に記憶に残っていた。それに既存のニュースを差し替えての報道であったので、その点でも印象に残った。


「スロー、スリップ? どんな現象ですか?」

「そうですね……プレートがゆっくり動く現象みたいです。詳しくは私も知らないですけど、これが起きていると地震が起きやすいらしいです」


ニュースで流れていた原稿を思い出したが、そこまで詳しい話はしていない。

数十分、数時間の会見も数分のニュースとしてお茶の間に流さなければならないが、その中から重要な部分を抜粋して世間へと伝えていくのが、情報機関としての役割だろう。

ただ私はアナウンサーであり、何処を抜粋するかを決めているわけじゃない。ニュースではスロースリップが発生していること、スロースリップとはプレートとプレートの間がゆっくりと動く現象であること、それが発生すると地震活動が活発になること、気象庁が地震への警戒を呼び掛けていることが伝えた内容だし、私が知っていることだった。


「へー、そんな現象があるんですね。そういえば何かのドキュメンタリーで聞いたことあるような気がします」


そうこう話しているとスマホに新しい通知が届いた。画面を見ると、先ほどの地震の震度情報が載っていた。


「あ、今の地震最大5弱の揺れだそうです。この辺りは……震度3ですね」


それによれば神奈川県西部で最大震度5弱、東部で震度3を観測したと出ていた。

震度2や3を観測する地震であれば、特にここ最近は決して珍しいものではないが、5弱ともなれば流石にそう頻繁に発生するものではない。

緊急地震速報も流れていたし、交通にも影響が出るだろう。

ただ5弱であれば大きな被害は発生していないだろう。恐らく止まった列車もすぐに運転再開するだろうし、うちの局も通常通りの放送だろう。


「この地震もスロースリップてやつが関係してるんですかね」

「たぶんそうなんじゃないでしょうか。私には判断できないですけど……」


あるいは専門家であっても、判断することはできないかもしれない。地面の中を見ているわけじゃないので、本当に関連しているのかは誰にもわからないだろう。どの分野でもそうかもしれないが、こういうのは関連している可能性が高いとか、推測されるという言葉で表現されるだろう。


「最近地震が多いですけど、できればなんで起きやすくなっているのかだけじゃなくて、何時何分に地震が発生するとかが分かるようになってほしいですけどね。そうすればいろんな被害を無くすこともできそうですし」


確かに、予め来るのがわかっているのであればこれほど良いことはない。特に大きな地震であれば、多くの人命を救うことになるだろう。しかし……


「でも、地震を予知できそうだって話は、今も聞かないですよね。あっても胡散臭い話とか……」

「そうですよねー。いつ来るかが分かればいいんですけどね。やっぱり難しいんだなぁとは思います」


地震予知の話は時たま聞くことはあるが、予知することはほぼ不可能であるという話と、あるいはオカルトじみたばかりだ。

学者ではないので詳しいことは分からないが、個人的には地球上には何枚もプレートがあってそれが動いているだとか、地殻、マントル、核が層になっているとか、掘って確かめたわけじゃないのによく分かるなぁと感心してしまう。

ただそれでもやはりやはり地震の発生を予知するのは難しいのだろう。地下数十kmの話だ。地上からうかがい知ることができることにも限度があるのだろうか。

そう2人で話しているうちに、買い物を終えたのか、小栗さんと八島さんが戻ってきた。2人の手には計4つの飲み物が抱えてある。


「買ってきましたよーん。はい」

「カフェオレです、どうぞ」


小栗さんは後藤さんへと飲み物を渡した。同じくして八島さんから私にもカフェオレを差し出してきた。ありがとうございますと言ってそれを受け取る。


「さっきまあまあ揺れたよな、どれくらいだ?」

「最大震度が5弱で、この辺りは震度3です」


後藤さんが答えた。やっぱそれぐらいかー、と言いながら、運転席に置きっぱなしにしていた携帯電話を取り出していた。体感でどれくらいの揺れか当たりをつけていたようだ。


「あー、神奈川が震源か……まあ一応連絡とっとくか。担当者が都合付かなくなる可能性あるだろうし」

「そうですね……大丈夫だと思いますが念のためとった方がいいかもしれません」


今連絡大丈夫かなと言いながら、携帯電話を操作して連絡を取ろうとしていた。連絡先は茅ケ崎市の取材担当者だろう。

市役所の職員であれば、今の地震の対応に追われている可能性もあった。災害担当ではなさそうだし、恐らく大した被害は出てないだろうから大丈夫だとは思うが、万が一今日は取材できないとなれば後日取材か、市の担当者への取材は無しとするなど、何らかの変更が求められることになる。

とはいえ震源も小田原の辺りみたいなので、被害は無いか、あっても軽微なものだろう。きっと今日の取材も問題なくできるはずだ。そう思いながら、私は電話をかけている様子を渡された飲み物を飲みながら眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ