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第四話 有川の思惑にアンダーライン 1

「はい、はい。当日の予定はそういうことでよろしかったですね?」

「ああ、それでいいと思うよ」

「それからおそらく、次の日の午前中には全て片づけを終えていると思われますので、その点もご承知おきください」

「うむ、了解だ。そうだ、劇の大道具などの運搬はどうなったね?」

「そちらも抜かりなく手配してあります。演劇部の生徒の保護者の方が、当日、トラックを回してくださるそうで」

「なるほど、やはり段取りがいい。わざわざ指摘するまでもなかったね」

「いえ、これくらい演劇部の部長なら当然成すべき仕事です。褒められるほどのことではありませんよ」

「何を、謙遜せんでもよろしい。褒めたわしが言うのもなんだが、中学生なら中学生らしく素直に褒められてみるものだよ」

「そうでしょうか?」

「ああ、君のようにてきぱきと物事に取り組める人間というのは、大人にもそれほど多くないと思う」

「は、はあ」

「うちの教師の中にもまだまだ考えが甘い楽観主義なやつらがおる。どうにかなるさ、なんとかなるさで、この世の中渡っては行けんというのに。その点、君は本当に非の打ち所のないすばらしい働きっぷりだ。是非、うちの生徒に欲しいくらいだよ」

「いえ、そんな」

「まあ、今日のところはもう話すこともないだろう。それじゃあ、当日は楽しみにしているよ」

「あ、あの、申し遅れておりましたが……」

「どうしたね?」

「例の約束・・は……」

「約束、ああ分かっているよ。当日の劇が好評であれば、だったね。どうなるかは分からんが、その結果によっては『君の願い』を叶えてあげよう。約束する」

「本当ですか!?」

「わしは嘘はつかんさ。上手くいった暁にはきちんと話を通しておく。なら、失礼させてもらうよ」

「はい、それでは失礼します。泉田中学校長様・・・・・・・



 ふう、受話器を下ろして有川久実は胸の内に鬱積していた重たい息を吐く。気持ちを落ち着けるために前髪を撫で付けた。


 いくら多くの人間から恐れられている彼女と言えど、他校の学校長と話すとなれば、それなりに緊張する。肩が重くなった気がして、首の辺りを揉んだ。


「問題ないようだね」


 椅子に腰掛けたまま、静かにそう言ってお茶を飲んだのは演劇部顧問の村松だ。ごつごつとした黒縁の眼鏡をかけ、貫禄ある髭を生やした中年の男性教師である。職員室の机の上で、書類に何かを書き込みながら、久美のほうへ目を向けていた。


「有川君、君の手際のよさにはいつも感心するよ」

「そんな、先生まで、よして下さい」


 久美は恥ずかしさ紛れに、咳払いする。


「何を言う、本来であれば向こうの校長への連絡も、すべて私がやらねばならないというのに、まさかその役を君が買って出るとは思わなかったよ」

「それは部長として……」

「当然のことです、か?」


 村松の口元がにやりと笑う。


「……」


 台詞の先を越され、居心地の悪くなった久美はつい、閉口してしまった。その台詞はいつものことだが、ここ最近は殊更に何度も使っている気がする。おそらく、部長としての意識が高まったせいなのだろう。それくらい、久美は今回の劇にかけていた。


「まあ、がんばることはいいことだ。特に学生時代というのはな。熱中して事に当たることは人生の大きな糧となる」

「人生の糧。そうですよね」

「しかし、あまりがんばりすぎることもいかんぞ。目の前の事物に視界を塞がれ、周りが見えなくなる」


 そう言う、村松は少々久美のことを案じているようだ。その気遣いに素直に頷く。


「はい、分かっています」

「それならいいが」

「では、失礼しました」


 そう言って、職員室の出口に向かって歩き出そうとすると、村松が呼び止めた。


「ちょっと待ってくれ」

「はい、なんでしょうか?」

「少し、小耳に挟んだことなのだが」

「はい?」


 すると、眼鏡の奥で村松の目が縮こまった気がした。


「君は、お、小野村薫という生徒を演劇部に入れようとしていたそうだが、あれはどうなった?」


 急にどもり始めた彼の顔は少々青ざめている。然もありなん、と久美は心の中でせせら笑った。

 この教師は、およそ一月前に小野村薫のことを調べようと探りを入れ始めるという、余計なことをした。そして、それを察知した山下と堂野によって見事その目論見を打ち崩されたのである。

 確か、幽霊の声によって脅されたのであるが、どうやら未だにそのことを信じているらしい。

 小野村薫が怖いのだろう。


 あんなチビがねえ。

 久美は首を振る。


「いえ、もう諦めましたよ。彼は別に演劇がやりたいわけではないと言ってました」

「そ、そうか」


 すると、あからさまに村松は安堵の表情をする。もし、彼が演劇部に入ったらと思って、夜も寝られない心持ちだったのだろう。


「それでは」

「ああ、行きたまえ」


 久美は職員室のドアを開けた。

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