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第三話 二人の帰り道にアンダーライン 2

作者のヒロユキです。


第四話なのですが、前回の三話で、小説の一部(続き)を投稿していなかったことに気がつきました。

そのため、今回の話の最初に一緒に載せています。以上、作者からでした。

 しかし、その予定は早々に中止となる。教室から廊下に出たところで、とある少年に出会ったのだ。


「あ、須藤さん」

「小野村君」


 小柄な少年の表情が自分の顔を見て一瞬ほころびかけ、目が合う瞬間、すっと頬を緊張させた。


「えっと、今から帰るの?」


 遠慮がちにそう訊いてくる。


「うん、そのつもりだったんだけど……」


 君恵は言いかけて止まる。

 頭に浮かんでいるのは、劇の自主練だったが、それを優先すべきかと逡巡する。なぜなら、目の前の少年が「だけど」という逆接を用いたことで、少し寂しそうに表情を曇らせたのを見たからだった。

 君恵としてはそんな顔を彼にさせることを望んでいない。なにしろ彼は一ヶ月前、窮地に陥った演劇部を救ってくれたヒーローなのである。


 それだけでももちろん無下に扱うわけにはいかないのだが、君恵にはそれ以外に彼への特別な感情もあった。胸の内にあるその温かな気持ちに触れると、ふと彼とのキスを思い出し、隠しようもなく胸が高鳴る。無意識に唇に触れていた。


「ううん、やっぱりなんでもない」

「へ?」


 彼は面食らったようだ。君恵はそんな彼に微笑みかける。


「ねえ、もしよかったら、一緒に帰ろうよ」

「い、一緒に?」

「もしも、よければだけど」

「ええと」


 緊張しているのか、彼はひとしきり視線を泳がせた後で、どもりながら承諾する。


「え、いや、ええと、是非、一緒に帰りましょう」

「ふふ、ありがとう」


 君恵はうれしくなり、頷いてまた微笑んだ。



「そういえば、堂野君はいないの? いつも一緒にいるでしょ?」


 校門を出た辺りで君恵が薫にそう訊いてきた。町並みに続くゆったりとした坂道には、冷たい木枯らしのせいか、木々の紅葉が日に日に進み、枝を離れた落ち葉たちがまだら模様に散らばっている。


「ああ、亮介?」


 薫の足が茶褐色に変色した落ち葉を蹴った。


「あいつは、今日は図書室にいるよ。本の整理をしてるんだ」

「あれ? 堂野君って図書委員だった?」


 君恵は首を傾げながら言う。薫は首を振った。


「いや、違うよ。これは亮介の趣味みたいなもんでさ。月に一度の蔵本整理って聞くと飛んでいって図書委員の手伝いをするんだよ」


 薫は彼の本にかける熱い思いをよく知っている。彼が四六時中、暇なときはいつだって片手に本を開いているところを見ているし、薫と友人関係になる以前は、本が第一の親友と呼んでも過言ではない状態だったことも聞いていた。事実かどうかはさておき、一ヶ月に三十冊も本を読むという話も知っている。


 ともかく、彼の心は常に文学に接していたいらしかった。文字と文字の間に横たわる深遠なる宇宙の神秘に触れ、それと戯れることを心の喜びとしているのである。

 まあ、とにかく薫にはすっかりさっぱり分からないことだ。口の悪い山下に言わせると、あれは「本の虫ならぬ本のストーカー」ということだそうだ。


「へえ、変わった趣味だね」

「そう。それをすると、普段は見ているようで見ていない本を見つけることがあるらしくって、それは亮介にとって無上の幸福ってやつらしいよ」


 説明すると、君恵もやはりその楽しみを理解するに至らなかったようで、


「新しい出会いはいいことだよね」


 とそれだけ言う。


「まあ、だから今日は一人なんだ」

「ふうん」


 しばらくすると、稲が刈られた寂しげな田んぼが見えてくる。冷たい風の中、半ズボンの小学生たちがその中で鬼ごっこで遊んでいた。

 鬼がなぜか二人いて、固まっている集団を挟み撃ちにしている。そんな中、逃げ回っている一人がつまずいて転ぶと、渇いた空気に笑いが広がった。


 薫はそれを見ながら、自分には走り回るなどとても無理だと寒さに首をすぼめた。ちらりと隣の君恵を側め見る。

 すると、彼女も薫と同じように身体を縮めると、ふうと短い息を吐き出す。そして、制服の袖を引っ張ると指で掴んで、熱の放出をなるべく防いでいるようだった。


「もうずいぶん寒くなったよね」


 君恵がしみじみと言う。


「あ、ああ。うん。だから、家にはコタツが出てるんだ。気持ちよくて、いつも入り込んで寝ちゃうよ」

「コタツねえ、コタツかあ。ほかほかだね、ぬくぬくだね。私も大好きなんだ」


 君恵はまるで鼻歌を歌うように、リズムをつけて話した。まるで、小鳥のさえずりのようだ。

 唐突な彼女の「大好き」という言葉に、薫は胸がきゅんと反応しアンダーラインを引きかけるが、思いとどまる。そんなことをしては、なんだか、男として失格な気がしたのである。


 気を逸らそうと、別のことを考えた。コタツのことだ。


「そ、そうだね。俺はぬくぬくとコタツに入ってテレビ見ながらお菓子を食べてると、すごく贅沢って気がする」

「ああ、分かるなあ。私は最近はまってるドラマがあるから、お母さんと一緒にそれを見ながらコタツに入るの。そこでアイスなんて食べてると、やっぱり贅沢だよね」

「へえ、コタツでアイス食べるのかあ」


 確かに、と薫は頷く。冬場に冷たいアイスを食べられるのは身を温めるコタツがあってこそだろう。


「そういえば、そのドラマって、例のアレ?」


 思い当たる節があり、訊く。


「そう、『都那賀一郎となかいちろうの事件簿』だよ。あれ、とっても面白いよね」


 彼女が言ったのは、最近流行っているテレビドラマのことである。コメディを交えたミステリードラマで、クラスメイトたちが話題にしているのを薫も何度か耳に挟んだ。


 とある街の中心地にある豪邸。そこに住んでいる富豪の一家。主人公の都那賀一郎はその家の執事をしているのだが、そこで毎日のように事件が起こる。

 その富豪の一人娘が、親子喧嘩の末、毎度のように家出をしてしまうのだ。普通の家の子供なら友達の家に逃げ込むといったことが常套手段だろうが、そこは富豪の娘、ただの家出でも桁が違う。

 あるときは、有名な三ツ星ホテルに泊まっていたり、またあるときは、豪華客船に乗ったり、またあるときは、常夏の南国の島に逃げ込んでいたりする。


 都那賀一郎はそのたびに富豪の主人から命じられ、彼女を探しに向かうのだが、毎度やっかいなことに、彼女を見つけた先で謎の殺人事件が起こる。好奇心旺盛なその富豪の娘は事件の顛末を知るまで頑固に居座ろうとし、都那賀は毎度その事件の真相を解き明かす羽目になるのである。

 これがワンパターンながら、中々に面白く、薫も見ていたりする。


「ストーリーも面白いけど、都那賀一郎役の船見朔太郎ふなみさくたろうさんがカッコイイよね」


 彼女は嬉々として言う。最近ドラマやバラエティなど、引っ張りダコの俳優だった。もともとは確か雑誌のモデルをしていたはずだが、若い女性を中心に徐々に人気に火がつき始め、最近では彼をテレビで目にしない日はないほどである。


「とても男前の人でしょ?」

「そうそう、特にあのお決まりの台詞があるじゃない。『お嬢様、お迎えに上がりました』っていう」


 そう語る君恵の瞳は夢を見るようにうっとりとしていた。それをじっと見つめながら、薫はそのシーンを脳内で再生してみる。

 なるほど。彼女の言う通り、あれほどのイケメンが手を差し伸べ、そんな台詞を吐けば、文句なしで恋に落ちてしまうかもしれない。

 

 自分とその俳優を重ね合わせようと薫は努力したが、どう考えても大きな不和を感じてやめた。どこか勝っている部分も見当たらない。身長も顔も男らしさもどれをとっても清清しいほどに負けている。

 まあ、それもそうか。薫は肩をすくめる。

 相手は今をときめく人気若手俳優で、こっちはただの小柄で幼い顔した中学二年生だ。勝負は端からついている。


 とりあえず、男としての勝負は諦め、薫は他の話を振る。


「そ、そうだ。須藤さん、今度のクリスマスに演劇部の舞台があるんでしょ?」

「うん。そうだよ。『聖夜の歌姫』っていうの。もう話してたっけ?」

「ううん、亮介から聞いた。多分当日は、俺と亮介、山下が劇の手伝いとして参上することになってるはずだから」


 薫は先日の山下との会話を思い出す。あの後結局薫たちは、追いすがる山下と共に参加することに決めていたのだ。やはりクリスマスイブに君恵の近くに行けるという事実は薫にとって魅力的だった。

 すると、君恵も合点がいったようである。


「ああそうだ。久美ちゃんもそう言ってた。当日作業人員が増えるから仕事が楽になるって。小野村君たちのことだったんだ」

「それで、須藤さん。今回はどんな役なわけ?」


 薫はドキドキしながら聞いた。すると、彼女は恥ずかしそうに少し俯きながら答える。


「ええとね。なんだか、前回の時はすごくはしゃいで言っちゃったから、また言うのは恥ずかしいんだけどね、その、歌姫……主人公の役なんだ」

「ええ! ヒロインなの!?」


 薫は目を丸くする。


「う、うん。でも、あんまり大きな声で言っちゃやだよ」

「あ、ごめん」


 君恵は面映そうに口元を隠した。目を伏せ、そっぽを向く。きっと文化祭の劇でヒロインを演じることをあれほど喜んでいながら、結果、出演できなかったことを思い出し、恥ずかしいのだろう。

 それが分かった薫は、そっと励まそうとした。


「大丈夫だよ。須藤さんなら、今度は必ず上手くいく」

「え?」

「あんまり説得力ないかもしれないけど。でも、絶対、成功するよ」

「小野村君……」

「ええと」

「うん、ありがとう」


 彼女はそう言って優しく微笑んだ。それを見て、薫も無条件にうれしくなる。笑顔の彼女は本当に可愛い。いつまでもこうして傍で見ていたいほどだ。しかし、その表情が少し寂しげに曇った。


「でも、残念だね。本番、小野村君たち見れないんでしょう?」

「何で? 劇の準備作業ならずっと舞台裏にいると思うから見れると思うけど?」

「小野村君、聞いてないの?」


 腑に落ちない思いに、薫は妙な汗を掻く。嫌な予感だ。


「な、何を?」


 恐る恐る訊いた。すると、彼女は人差し指を立ててこう言った。


「作業人員ってのは、街頭でのチラシ配り人員ってことだよ」


 その途端、薫が二の句を継げなくなったのは言うまでもない。

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