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第一話 マッチ売りにアンダーライン

 街の輝きは魔法のようだった。

 今日という日のために、一斉に光を放つ呪文をかけられていたかのようで、街に張り巡らされたイルミネーションが、家を、木々を、ビルを、人を照らし出している。揺れ動く光と影の輪舞に人々は皆、酔いしれていた。


 小野村薫おのむらかおるは狭い石段の上に座り、手のひらを擦り合わせていた。


「はあー」


 息を吹きかけることで、僅かな熱が放出され、凍りついた指先を僅かに溶かす。


 今日は全国的に、12月24日。

 ついでに言うなら、世間一般的に、クリスマスイブである。


 街のメインストリートには軽やかなクリスマスソングが流れ、行き交う人々の表情はもれなく、華やかである。子供達は駆け回り、カップルは手をつなぎ、大人たちはプレゼントを求め、歩く。

 浮かれ気分満載のこの夜は、世界中の憂鬱が密かに身を寄せる場所を求めて、僻地をさ迷っているのかもしれない、と思えるほどなのだ。周囲は喜びのムードに満ち満ちている。不機嫌、憂鬱の感情はこの場から排除されるべき存在であった。


 しかし、薫は白くくすんだ息を吐く。

 どこか自分がその雰囲気に取り残された気分なのである。泣いてしまいたい、この疎外感。今薫の恰好も、その気分をさらに助長した。


「何やってんのかな。俺」


 ぼやき、そして、頭をすっぽりと覆う頭巾を両手で引っ張る。少しだけ視界が隠れ、クリスマスソングが遠のく。


「何で、こんなことしてんだろ?」


 もう一度、無意味なことをかみ締めると、ぐったりとう項垂れた。

 ふいに、人の足音が聞こえ、はっと顔を上げる。石段の真上、公園へと続く並木通りを誰かが歩いてくるようだ。たっぷり五秒迷ってから、薫は腰を上げた。


 自分には仕事がある。それを放棄するわけにはいかない。

 道の真ん中まで歩き、勇気を出して声をかける。


「あ、あの」


 目の前を歩いていたのは、三人の若い女性だった。これからショッピングにでも行くのか、きゃっきゃと笑いながら談笑している。その一人の視線が薫に向いた。


「どうしたの?」


 どうやら薫に気がついたようである。駆け寄って、腕に提げたバスケットからチラシを一枚差し出した。緊張に頬を強張らせながらも、微笑んでみる。


「実は、この先の泉田いずみだ中学校の体育館で、特別に綾坂中学演劇部の舞台が上演されるんです」

「……なになに、聖夜の歌姫?」


 チラシを覗きこんだ一人の女性が言う。それは今回上演される演劇の題名だった。


「は、はい。入場無料で、七時から上演です。もしよろしければ、観に来てください」

「へえ……そんなことしてるんだ。ボランティア?」

「ね、ねえそれよりキミ」


 すると、三人の一番左、ポニーテールの女性が薫の顔をのぞきこんできた。

 驚いて後ずさる。きた、やっぱりだ。


「もしかして、その恰好、マッチ売りの少女?」

「え、やっぱり? 私もそう思ったんだ」


 隣の女性も目を輝かせ、同意する。薫は顔が赤くなるのを感じた。

 そうなのだ。今の薫を見る人には間違いなく、頭巾を被り、みすぼらしいぼろ服を着て、マッチのかごを持った某物語中の少女にしか見えないのである。そんな姿をしている。もとい、させられているのだった。


「え、えっと……」

「うわー、すごくかわいい」

「何? コスプレ?」

「小さいし、この服とっても似合ってるね。どこの子? 小学生だよね」


 動揺する薫を無視して、女性三人は薫の服を触ったり、口々に勝手に好きなことを言っている。逸れに対し、チクチクと心に突き刺さっているのは男としての薫のプライドだろう。


 かわいい。

 小さい。

 女の子みたい。


 昔から自分が嫌というほど浴びせかけられてきた負の三大賞賛文句である。それというのも、自分が生まれ持った体のせいであるのだが、薫はそのことに強いコンプレックスを持って生きてきた。


 可愛らしい顔。

 小さな体。

 声変わりしていない高い声。


 そんなものを持っているがために、薫は今までどれだけストレスを感じていたことか。きっとそれはどんなに才知に富み、流麗なすばらしい文章を書く小説家にだって、書き表せないほどなのだ。


「す、すいません。そろそろ違う場所に行かないといけないので」


 薫は身の危険を感じ、女性たちから背を向けて走り出す。こういうときは逃げるが勝ちである。


「え、ちょっと待ってよ。写メ撮らせて」

「一枚、一枚だけでいいからさ」


 降りかかるひき止めの声をすいませんの楯で振り払い、公園のベンチの影まで息つく間もなく走りきった。背後から追いかけてくる足音は聞こえない。どうやら、薫のことは諦めたようだ。ほっと安堵する。


「だからこんな役、嫌だって言ったんだよ」


 肩を落とすと、抱えていたバスケットのチラシがずれ、その下に忍ばせていた赤いリボンが見えた。クリスマスの柄の包装紙に包まれた箱である。

 はっとして、その上のチラシの位置を戻した。それは、薫の淡い恋の色で敷き詰められた想い人へのプレゼントであった。

 彼は今日、それをその人物へ渡す算段だったのである。

 だが、それは、見事に裏切られた。予想外の事態によって。


 ふと、公園の周囲を見渡した。この辺りは近くに大きな通りもないせいか、人々の姿はあまり見受けられない。誰も滑らない滑り台を不健康そうな色をした外灯が照らし出している。横断歩道の向こう、車のいない交差点の信号の色が青、今黄色に、そして赤になった。どこからか、クラクションが聞こえ、それに重なり、人々の歓声が上がる。


 衣服の下から忍び寄る冷たい夜気に薫は身震いする。


「あーあ……」


 そして、薫がこうなったのは誰のせいであるのかを思い出し、情けなくなった。


「くそ、何もかも全部山下のせいだ!」

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