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最終話 聖夜の歌姫にアンダーライン 3

 亮介の前で興奮気味の奥山紗江が音響室での事の顛末を芦沢に語っている。まるで、ドラマのストーリーを語っているかのごとく、彼女はいつもの真面目さはどこへやら、はしゃいでいた。


「それで、有川部長、堂野先輩に抱きしめられて」


 それを聞いて盛り上がっていた芦沢が驚愕し、頬を赤らめる。


「ええ! 堂野君って、見かけによらずやるわねえ。そんな、大胆なことを」


 亮介は少し小首を傾げるだけで大した反応も返さなかった。


「そうか? なんとなく思わずやったんだけど」

「なんとなくやったですって?」

「まあ」

「……最近の殺人犯みたいな言い方するわね。将来危険人物になりかねないわ」

「危険?」


 ええ、そうよ、と彼女は罵るように言う。


「一度に世に出れば、恐るべき女たらしに変貌すること請け合いよ」

「……冗談は止めてくれ」


 辟易としながらも、亮介は自分の行いがそんなにも常識外なものだっただろうか、と思い返す。しかし、外国では挨拶程度に気軽な抱擁はあると知っている。

 これくらいは許容範囲だと思っていたが、少しやりすぎたということだろうか。


「ああ、もう!」


 すると、会話を外から聞いていたらしき有川が亮介と芦沢の間に入ってきた。どうやら、かなりご立腹のようである。不機嫌そうに芦沢を睨んでいる。


「そのことはどうでもいいの!」


 その焦燥感丸出しの様子が普段見かけないものだったので、亮介は興味深かった。


「あらあら、ずいぶんとらしくないじゃない有川さん。何をそんなに熱くなってるの?」


 芦沢が格好の標的を見つけたといわんばかりの表情で言う。

 それに対し、有川はと言うと、まともに取り合っていられないと手で払った。


「私は熱くなってないわ。芦沢さん」

「さあ、どうかしら。頬を赤らめちゃって、かわいいわね」


 どうやら、彼女たちの攻防は若干芦沢に傾きつつあるようだった。あの有川が怯み、後れを取っているようである。

 さすがに旗色が悪いことを感じたのか、そこで有川が反撃に出た。どこか憂いた顔で顎に手を当てる。


「そういえば、話によると、今回の計略の発案者はもともとあなただそうね」

「う、ええ、そうよ」


 芦沢が苦虫を噛んだ顔になる。


「なるほど、じゃあこの場合、一部損害責任を取らせるってこともあるか」


 しかし、言葉が終わるか終わらないうちに、亮介が叫んだ。


「有川!」


 肩を掴んで振り向かせる。


「え?」

「芦沢さんには責任はない! 言っただろ、全部俺が責任を取るって。損害があるならその損害分も俺が引き受ける」


 急に目を伏せ、たどたどしくなる彼女。


「え、いや、それは」

「それじゃ、不満か?」

「わ、私は」


 口ごもる彼女が面白いのか、芦沢が意地悪く笑う。


「あらあら、見つめあっちゃって。妬けるわね」

「な……別に何もないわよ!」

「ふふふふ」


 亮介が視線を下に向けると、有川が制服の裾を強く握り締めているのが見えた。


「芦沢さん、あなたには今回個人的な恨みが出来たわ」

「あれ奇遇ね、それは怖いわね。背後を取られないよう、充分気をつけないと……お互いにね」


 どうやら、このまま放置すれば、さらに熱き火花が飛び散ることは間違いなさそうである。亮介は彼女たちをなだめる。


「まあまあ、せっかくのクリスマスだ。喧嘩は――」


 と、有川のポケットから何かのメロディーが流れてきた。


「どうした?」

「携帯、電話だ」


 彼女は急いで取り出し、通話ボタンを押すと、すぐに耳に当てた。


「はい、はい。え、それは……」


 彼女の丁寧な口調からして、目上の人物からの電話のようだが、内容は分からない。


「はい、え!」


 と、有川がいきなり驚嘆した。

 亮介たちは顔を見合わせるが、やはり誰もわからないようだ。

 すると、ようやく話が終わったのか、彼女は顔を上げる。


「誰だ?」

「泉田中学校の校長先生」

「え?」


 となると、今回の劇の出来の話だろうか。数週間前、山下がこの事について話していたことを亮介は思い出す。


「ど、どうだったんだ? ホール、貸してくれるって?」

「え?」

「あっ」


 気づいて、瞬間的に口を塞ぐ。なぜなら、彼女にしてみれば、今回の話は亮介に話していないはずなのである。不審に思われ、追求されてもおかしくない状況だ。

 そして、案の上、眼鏡の縁を押さえながら、眉をひそめた彼女。


「どうして堂野君がそのことを知っているのか分からないけれど……」


 しかし、ここまで言いかけたが、尋問よりも喜びの欲求の方が勝っているらしく、


「そうなの! 劇は大成功だったって!」


 と、まるでねじが飛んだかのようにその場で跳びはね始めた。


「え、本当ですか!」


 奥山も仰天して目を丸くしていた。


「何の話?」


 と唸っている馬場と芦沢は置いておいて、


「こんなこともあるんだな」


 と亮介は驚きを抑えつつ、深呼吸をして、空を仰ぎ見、呟く。

 すべてのしがらみから解き放たれたような、ほっとする開放感がそこにはあった。

 空には……夜空には、地上よりも遥かに多く、ばら撒いたような光の粒が広がっていて、静かに世界を見守っているようだった。


 今日はクリスマス。

 何が起こっても、不思議じゃない。


 と、


「不思議なこともあるものね」


 隣で有川がいきなり言うので、亮介は苦笑してしまった。彼女も自分と同じようなことを思っていたのか。

 感動の熱からもう冷めたのか、目線は亮介と同じ、空に向けられていた。


「まあ、そもそも、最初からそのつもりだったとも考えられるがな。有川は元から、演劇については群を抜いていると思うぜ」


 しかし、褒めたにも関わらず、傍で佇む有川を見ると、彼女は少ししんみりと首を振った。


「でも……きっと違うわよ」

「何が?」

「これは、堂野君のおかげ」

「え?」

「きっと、あのままの劇じゃ、私は認められなかったんじゃないかって思うの」

「そうとも思えないけれど」


 亮介は否定するが、彼女は頑として首を縦には振らない。


「私がそう思うんだから、そうなのよ」

「……全く、わがままな理屈だ」


 でも、悪い気はしないな。


「ふふふ」


 すると、ふいに服を引っ張る人物の存在を感じて、見ると、彼女だった。

 亮介に、手を差し出している。


「握手しても、いいかしら?」

「いいけど?」


 亮介も手を出す。

 すると、彼女は恥ずかしげに、目を泳がせつつ言う。


「助け」

「はい?」

「ほ、欲しいから」


 亮介はなるほど、と全てを了解する。


「……ああ、喜んで」


 と彼女の小さな手を包む。


「これから、よろしく」

「ああ、こちらこそ、な」




「ねえ、これって、何て言う曲か知ってる?」


 公園の西側の広場での聖歌隊の合唱を聞いていると、ふいに君恵が訊いてきた。


「さあ」


 薫は逡巡するが、


「知らないけど」


 曲名を探り当てるには至らなかった。力なく首を振る。


 聖歌隊はボランティアなのか、老若男女、様々な人間たちが入り混じっていた。皺の深い老人や、恰幅のいい中年男性、大学生くらいと思しき若い女性や、学校帰りのような少年もいる。

 皆、白いおそろいの衣装を着て、片手に歌詞カードを持っている。

 僅かな風によって揺れるロウソクの火のように、彼らは体でリズムを刻み、声を揃えて歌っていた。薫と君恵はしばらく何も言わず、ただ流れ来る曲に酔いしれている。


 薫には、何をせずとも、この瞬間がとても満ち足りている気がしていた。

 隣に、君恵がいる。

 今日一日であまりにもいろいろなことが急展開に進んでしまって忘れていたが、薫が求めていたのは、この瞬間だったのだ。

 今ここで、もう一度、彼女に先ほどの答えを問いかけるべきかとも思ったが、なぜか言葉はいらないと思った。

 何もせずとも、胸の中の穏やかなひだまりのような心地を彼女も共有している気がしたのだ。


 と、ふいに、


「ラララ~」


 彼女が曲のメロディーを口ずさみ始めた。


「ラララ~ラ~」


 薫は目を擦る。

 彼女には何かが宿った気がしたのだ。

 何か、いつもの彼女と違うような。いや、彼女なのだが、彼女であって、彼女ではないような。

 驚いている薫の前で彼女は聞いた曲をそのままに繰り返し、歌う。

 歌詞のない、ラララというメロディーだけの重複だったが、それは不思議に力が漲ってくるようで、安らぎに満ちた歌声だった。


 まるで、先ほどの劇の……。


「そうか」


 薫は一人で納得し、


「やっぱり、須藤さんは聖夜の歌姫だな」


 確認するように呟いて、君恵の手をそっと取った。


 軽く咳払いをして、脳内のストックしてあった、

 薫の、アンダーラインの力を、再生させる。

 ノートがパラパラと捲れた。

 そして、あるページで止まる。


 今なら、アレを渡せそうだ。


「お嬢様、寒くありませんか?」


 自分はドラマや演劇の主人公じゃない。


「え?」

「もしよろしければ、お渡ししたいものがあるのですが」


 かっこよくもないし、女みたいで、背も低い。


「渡したい、もの?」


 薫はマントの下から君恵へのプレゼントを取り出す。

 温かそうな赤いマフラーだ。


「これを、私からのプレゼントです」


 けれど、こんな自分でも、劇場から彼女を連れ去ったのだ。


 歌姫は、幸せにならなければならない。


 自分は、彼女をそうさせたい。


「くれ、るの?」

「はい、これで冷えません」


 薫は彼女の首にそのマフラーを回した。ふんわりとした毛並みが彼女を包んでいる。

 申し分なく、似合っていた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 少しは、きまっていただろうか。薫は思いながらお辞儀をする。


「ふふ、とっても大事にするね」

「そんなに、お気に召されましたか?」


 とても嬉しそうな彼女に、薫は、不思議そうに尋ねる。


「うん、だって……」


 君恵が目配せして、


「『赤い糸』で編んであるんだもの」

「へ?」


 赤い、糸?

 思わず、薫はアンダーラインを引く。


 それは、いったい?

 その真意を訊ねようとしたが、


「ラララ~」


 君恵はそ知らぬふりで、再び歌を歌い始めていた。薫は呆然とする。

 歌姫は、歌に逃げていたのだ。


 何だよそれ、

 ずるいなあ。


 思いながらも、薫も曲を口ずさんでいた。音楽というのは余計な思いもかき消してくれる。

 今この瞬間だけでも、わずらわしい悩みとは距離を置いていたい。そう思っていた。


 憂鬱な感情は、こんな夜には似合わない。


 世界は、優しい光の粒に包まれている。

読者の皆様、作者のヒロユキです。


今回で、この作品もようやく、最終回となりました。他の作品でもよく言っていますが、当初の予定よりも大幅に話の内容が増えたため(僕が書くといつもこうなります)、このように完結が遅れてしまいました。すいません。


さらに、今回は、おそらく生涯で初めて?の続編小説というものに挑戦したのですが、そもそも続編の予定のない作品に手を出してしまったためため、いろいろと配慮が足らなかった点もあると思います。


しかし、こんな未熟者の作者の作品に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。短いですが、これからも小説の上達に向けて、邁進していきたいと思っておりますので、もし、少しでもこんな奴の小説を気に入っていただけましたら、応援よろしくお願いします。それではノシ

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