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最終話 聖夜の歌姫にアンダーライン 1

ついに、最終話です。ようやくこの作品も終わりが見えてきました。


当初は去年のクリスマスに完結させるとか公言しておきながら、もう三月ですね。春ですね。

作者の見るに耐えない有言不実行性を晒してしまい、お恥ずかしいばかりです。他の作品と一緒に書くなどという離れ業に挑戦した報いでしょうね。すいません。


今日の投稿はかなり急いで見直しをしたので、もしかすると、文がおかしいと思われる箇所が多いかもしれません。よろしければご指摘してもらえれば、嬉しいです。

「事情があるんだ。とにかく、しばらく走るよ」


 体育館の出口で、薫は靴を履くと、走りながら君恵に話しかけた。


「事情?」


 彼女はかかとを鳴らしながら、訊いてくる。


「実は、僕達は演劇とは関係なく、本当に逃亡中なんだ」


 一言で全てを納得してもらえるかとてつもなく怪しかったが、とりあえず、薫は現状を簡潔に話した。


「へ?」


 彼女は当然のことながら目を丸くする。


「それって、小野村君が劇に出てきたり、シナリオが変更になったりしたことと関係ありなの?」

「あるっていうか、それがほぼ原因なんだけど」

「どういうこと?」


 困惑気味の君恵の顔。

 薫は唸る。


 できることなら、薫は今ここで彼女に全てを話したかった。激情した有川が追いかけてくる危険性についても。

 しかし、如何せん、現在は走行中の上、逃亡中なのである。


 息継ぎに喘ぎながらのトラブルの全容説明は、困難を極めるだろう。今は保留にしたほうが良さそうだ。


「とにかく、後から説明する。今は走ってついてきて」

「う、うん」


 彼女が了解してくれたところで、薫たちは校門を抜ける。


 街路樹が植わった歩道にはちらほら通行人の影が見えた。

 薫は一瞬、自分たちの格好が異質であることに、彼らから不審な目を向けられるのではないかと身構えたが、すぐに考え直す。今はそんなことを思っている場合ではない。

 彼女を安全な場所まで連れて行くことが薫の使命である。目指すべきは先ほどの公園だ。


 幸い、後ろからの追っ手はいなかった。

 冬の凍てついた風を突き抜けながら、目的地へひた走る。

 通行人たちは皆、薫が走る方向へ向かって歩いているようで、薫たちを振り返りながら見て、首を傾げている。

 大方、クリスマスだからと浮かれて、仮装している若者、という感じに見られているのかもしれない。

 薫は余計な思考を意識の追いやる。


 鼓動がうるさかった。

 呼吸音さえ、耳障りだった。

 足の裏で地面を蹴り、跳ねるように走った。ともかく、早く遠い場所まで行かなくては。


 と、ふと君恵の事を考える。

 彼女は衣装、つまりドレスのままで走っているのだ。薫は幾分身軽なマントだが、彼女のフリルのようなドレスでは走りに邪魔なことこの上ないだろう。


「須藤、さん、上手く走れる?」


 薫は首を回して訊ねる。


「うん、大丈夫だよ。それより、あれ……」


 彼女の不思議そうな声に、薫は再び前方を見て、はっとした。数時間前の公園が道の先に見えてきたのだが、さっきと明らかに様子が違うのだ。妙に、明るい。


「あ、れ、いつの間に?」


 公園全体がぼんわりと柔らかい光に包まれていた。闇が囲むクリスマスイブの夜に、そっと舞い降りた聖夜の灯。

 まるで妖精たちが集まり、お祭りをしているように、様々な色のイルミネーションが輝いていた。

 円形の公園がなんとも言えず幻想的に浮かび上がり、中央に聳える針葉樹には飛び切りの飾りが施してある。


 赤や青、黄色や緑、紫にオレンジ。


 まるでその場から憂鬱や不機嫌の感情の類が全て消え去ったかように、喜びの光が、穏やかに温かく、華やかにきらめいていた。


 いつの間にか人々が集い、いまや、そのイルミネーションを眺めるざわめきで溢れている。どうやら、通行人たちはこれを目当てに集まっていたらしい。


「は、ああ」


 薫は白い息を吐く。

 先ほどまではこんな装飾がされているなど、全く気がつかなかった。

 予想外の事態に薫の脳内はパニックになる。


 人が多すぎる。


 と言うのも、実は、薫はこのとき、ある決意を持って、彼女をここまで引っ張ってきていた。

 それはもちろん、彼女へ自らの想いを告白することである。


 しかし。

 こんな場所に彼女を連れてきて、告白できるのか? 人影のない公園だからと思って覚悟を決めていたのに。


 と、薫の中では動揺が広がっている。

 逃げ出したい気持ちが、以前までの自分を連れてくる。


 文化祭の前。

 コンプレックスの塊だった、薫だ。

 青白い顔をした少年が、遠くから自分を見つめていた。


 いや、違う!


 薫は首を振る。

 自分は想いを成し遂げるために来たのだ。今さら、背中を見せて自らに臆病者の烙印を押す気にはなれない。

 なら。

 なら、ベストを尽くせ!


 公園の門まであと数メートルだった。


 と、そういえば。


 ふいに山下の顔と同時に、薫は数週間前の記憶が蘇る。以前山下が堂野と自分を呼び出し、散々豪語していた言葉を思い出したのである。


『告白にはシチュエーションが必要だ』

「あ……」


 考えてみれば、劇場から抜け出した後、公園に向かえと言ったのは、山下からの指示だったのだ。


「あんのやろう」


 薫は舌打ちをする。

 上手いこと考えやがって。

 おそらく、彼は最初からここでクリスマスイルミネーションがあることを知っていたのだろう。今回の作戦はさすがに想定外だっただろうが、初めから、薫にここで君恵へ告白させるつもりだったに違いない。

 本当に、憎たらしい奴である。


 しかし、となれば、これは山下の考える、最高のチャンスということか?

 ロマンチックな雰囲気で言えば、申し分ないだろう。深刻なほどに余計なお世話感は否めないが、悪友の良き計らいは、無下には出来ない。


 薫は公園に人影のない入り口から入りこみ、人ごみとなっている一角を避け、中央の木の背後に周りこんだ。ここなら、誰も見ていない。

 集まっている人々は、なにやら公園の奥の聖歌隊らしき一団の歌声に聞き入っている。薫たちがいる場所からは人の姿は見えない。

 ツリーの豪華な光だけが、薫と君恵を照らし出していた。


 そこでようやく、薫は手を離した。


「須藤さん」


 向き直り、君恵を見る。

 彼女は薫と同じように息を切らしており、左の手で汗を拭った。


「な、なに?」

「突然のことで驚いていると思う」

「う、うん。劇の方は大丈夫なのかな?」


 その問いに、薫は無理やり笑顔を作った。


「大丈夫、堂野が上手くしてくれることになっているから」

「ああ……なるほど」


 彼女は合点がいったようだ。


「堂野君なら安心だね」


 と、笑って頷く。どうやら彼女も堂野を信頼しているようだ。


 しかし、今は彼女と劇の心配をするよりも、成すべきことがある。


 男、小野村薫。ここまで周囲の人間にお膳立てをしてもらって、彼女との関係に何ら進展がないというのでは、全く持って立つ瀬がない。

 それでは、この小野村の名が廃るというものだ。不甲斐ないことこの上ない。

 まあ、それは過言というやつかもしれないが。


 とにかく、それはさておき、薫には長い間、彼女に対して持ち越してきた想いがある。抱いてきた、熱い想いがある。


 今この瞬間に、誰にも邪魔が入らないこの場所で、それを打ち明けなければ、いつ打ち明けると言うのだ。

 恋の女神はそう何度も微笑んではくれない。山下の受け売りは何だか癪だが、確かにその通りなのだ。


 幸運はいつだってようやく決心がついた頃にはタイミングを逃しているものだ。


 今と思う瞬間でなければ、いつ何時不粋な邪魔が入るともしれない。そういうことだって考えられうる。

 文化祭の時は邪魔こそ入らなかったものの、あと一歩のところで、踏み出せず、結局機を逸してしまったのだ。


 あのときの二の舞を踏むのは御免だ。

 薫は腹を括る。


 よし、行くぞ。

 行くぞ、行くんだ。

 絶対、やるんだ。



 っていうか。薫は思う。

 こんな下らない御託をだらだらと脳内で並べている時間こそが、甚だ無駄だった。


 さあやれ、いまやれ。

 脳内の小人たちは急かしたてる。

 薫は息を止めて、君恵の両目を見つめた。そのイルミネーションの明かりを灯した、綺羅らかなる瞳を。


 やっぱり、彼女は綺麗だ。だから、好きなんだ。薫は再認する。


「須藤さん」

「小野村、君?」


 妙に張り詰めた声に緊張したのか、彼女は怪訝そうに首を傾げる。


「伝えたいことがあるんだ」

「伝えたい、こと?」

「そう、俺は、ずっと、ずっと……言いたかった」


 今自分はどんな顔をしているのだろうか。


 困惑? 焦燥? 喜び? 恐怖? それとも、安堵?


 薫は君恵の手を、今度は正面から握る。じわりと汗が滲む感触がする。もはや、言い訳のしようがないほどに震えている。


「私、に?」

「そう、俺は、俺は」


 薫はすべてがスローモーションなったように思えた。まるで自分の唇が自身のコントロールの軸から離れてしまい、ただ慣性の法則に従い、同じ動きを繰り返す。


「俺は、俺は、須藤さんのことが、ずっと」

「……」


 彼女が手を握り返してくる。


「うん。落ち着いて。聞いてるから」

「僕は、須藤さん、君のことが――」


 次の瞬間だった。

 なぜか、体が大きく傾いた。


 え? うそ?


 前のめりになり、思わず、目の前の君恵にぶつかりそうになる。

 否。違う、ぶつかるはずの彼女はその場にいなかった。


 彼女は薫の足元に屈みこんでいる。

 薫の手を引っ張ったのも、彼女だった。薫は、しゃがみこんでいる彼女に接触しないように、同じように屈みこむ。


「ど、どうし――」

「し、静かに」


 彼女が口に指を当てる。そして、無言のまま、視線をツリーの向こう側、人々が集まっている辺りに向けた。薫に見てみろ、ということなのだろう。

 わずかばかり、腰を上げて、薫は土留めの上から覗いてみる。


「あ……」


 見覚えのある人物がそこにはいた。演劇部顧問の村松である。


「でしょう?」

「ど、どうして? 確かに、今回の劇、会場にはいなかったみたいだけど」


 いつもならば、演劇部の本番では客席の前の辺りに座っているはずなのだが、今日は見ていなかったのである。

 それについては特に意識をしていなかったので、考えてもいなかったが、顧問の教師にしては異例の事態だ。


「会場に行きたくなかったのかな?」

「どうして?」

「うーん」


 君恵は考え込み、すぐに思いついたと指を鳴らす。


「小野村君が来るって聞いたからじゃない?」

「俺が?」

「だって、ほら、前に村松先生のこと驚かしたんでしょう?」

「あ、ああ!」


 彼女の指摘で薫も忘れていたことを思い出した。かの教師とは、一月前の文化祭において、ちょっとしたいざこざがあり、それに対して堂野たちが対抗策を講じてくれたのだ。

 だが、このことで、村松は薫のことを極端に恐れ始め、授業の時でさえ、あまり近くに寄りたがらないのである。


「それがまさか、こんな時に仇になるとは」


 薫はもう一度だけ顔を上げ、ツリーの向こう側で聖歌隊を眺めている、教師を視認する。やはり、いる。


「どうしよう、もしも劇の上演中にここにいることがばれたら大問題だよ」


 確かに、それは彼女の言う通りだが、薫から見て村松とは案外かなりの距離があるようだった。それに、聖歌隊の歌に集中しているらしく、ツリーの辺りには目もくれない。


「大丈夫、とりあえず、ここにいればばれないから」


 薫が彼女を安心させるために言う。

 今は、彼が何もせず、立ち去ってくれるのを待つしかない。


 と、

 彼にうごきがあった。立ちつかれたのか、方向転換すると、なぜか、薫たちの入る方向に向きを変え、ツリーの土留めの上に腰掛けたのである。


 すぐさま、薫は腰を下げ、口を押さえる。この距離では声さえ聞こえてしまう可能性もある。

 君恵にもその行動の意味が分かったようで、同じように口を塞いだ。


 見つかってはまずい。どうする? どうする!


 すると、ふいにぐっとぬくもりが薫のそばに寄って来た。


「へ?」


 須藤君恵が、すぐ、真横にいた。

 静かに。

 彼女は口の動きでそう伝えてくる。おそらく、彼女は出来る限りくっついていれば、村松にばれないと踏んだのだろう。


 確かに、二人で離れて隠れているよりは、この方が幾分、見つかりにくいかもしれない。だが、しかし、これは至近距離過ぎた。


 薫はいやがうえにも、文化祭の時ことを思い出す。

 君恵が、薫にキスをしてくれたときのことだ。

 それくらいの、距離に感じたのである。


 心臓が落ち着きなく拍動する。

 これは、村松にばれるかもしれないという恐怖なのだろうか、それとも、恋する彼女が傍にいるからなのだろうか。


 どちらにしても、これでは、彼女に告白が出来なかった。声が出せないのでは、自らの想いは伝えられない。

 もはや、機を逸したか?


 とも思うが、そこで、薫は思いつく。


 そうだ、想いの伝え方は、一つではない。

 言葉がダメなら、他にもある。


 しかし。

 しかし、それはいささか、今の薫には勇敢すぎ、さらに危険性があり、そして、思いの伝達法として、曖昧だった。


 だが、他に方法はないのだ。

 もたもたしている時間はあまりない。


 薫は自らの内側で心の太鼓を叩く。邪念を振り払うように自らを鼓舞した。


 ええい、もう!


 心の底が熱くなる。


 ここまできたんだ! もう、後悔はしたくない!


 薫は、もう迷わずに君恵の肩に手を伸ばした。戸惑う彼女をぐっと眼前に引き寄せる。


「これが、僕の気持ちだ」


 薫は口だけを動かして、彼女に伝えた。


 それが、上手く理解されたのかは知らない。しかし、君恵の瞳はそれを聞いて大きく見開かれていた。


 薫は、顔を寄せる。


 彼女はどうするのか、と思うが、顔を近づけるも、避ける気配はない。


 ただ、真っ直ぐに、薫を見ていた。ただ、その瞬間を待っていた。


 そして、


 何の偽りもなく、


 どうしようもないくらい一瞬で、


 薫と君恵の唇が触れ合っていた。

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