第十一話 ラストシーンにアンダーライン 2
しんとした場内に響く、滑らかなナレーション。息継ぎをしながら続く。
「王国リノンドンの黒き思惑、それは、この少女リースを利用して、王国の隣国であるヒュンデハルグから、身代金と、自国にとって有利な条約を結ぶことにあった。それは小国であるリノンドンを、他国と同等の力を持つ国にするための、またとないチャンスなのである」
「しかし、たかだか奴隷の身分である彼女が、どうやってそんなことを可能にするのか。常識で考えれば、あまりにも荒唐無稽で、突飛過ぎる話である。しかし、そこには当然、ある秘密がある。それは彼女の体に流れている、ある王家の血筋だ」
「このある王家とは、隣国の王族、ヒュンデハルグ家の血だった。リースの瞳の色は王国では珍しい、湖の底のような薄い緑がかった青。これこそが、その王家の血筋であることの、紛れもない証拠なのである」
聞き覚えのない、久美の声。さらに一度息継ぎをして、尚も続く。
「そして、そのヒュンデハルグでは現在、王の子孫が不運なことに、病気や事故で次々と亡くなっており、王の座を受け継げる者が不在の状態が続いている。これは国家を揺るがす、非常事態であり、王国ではどうにか王家の血を継ぐ者はいないかと血眼になって探している状況なのだ。つまり、リノンドンはヒュンデハルグの眼前にリースという餌を吊り下げ、その弱みにつけ込もうと計画しているのだった」
説明が終わり、無言の空白が訪れる。
その間、君恵は硬直した表情のまま、立ち尽くしていた。
全く記憶に無いナレーションだったのだ。
脳内の台本のページを、虚無の心地で幾度もめくるが、ここに来てまた新たな話が語られるなどという状況は、もはや熟考するまでもなく、ありえない。
部長である久美が本番中に筋書きを書き換えることなど無理があるし、たとえそうだったとしても、主役である君恵に話が通っていないのは、おかしい。
じゃあ、これは?
この状況は、何なの?
急速に処理速度を落とした脳内で、必死に状況の理解に徹する君恵だったが、ありうる可能性は一つとして思い浮かばない。
そして、さらに君恵を混乱させたのが、周囲の演劇部員たちの対応だった。
何と、この予想外の事態に対して、誰一人取り乱している様子が全くないのである。まるで初めからこうなることを知っていたかのような落ち着きぶりなのだ。
だとすれば、主役の君恵が妙な動きをするわけにはいかない。そう考え、パニックになる気持ちを必死で抑える。
すると、王子に扮した少年がそっと近寄り、君恵に耳打ちをしてきた。
「大丈夫だ」
「へ?」
やはり異変に気がついているだろうか?
「いいから、続けるよ」
「え、でも」
混乱している君恵を置いて、劇は進む。王子役の少年は片手を空に向けて大きく突き出し、恍惚として、甘いため息をついた。そのまま、まるで夢見るような瞳で、君恵に微笑む。
「見目麗しき歌姫よ。そなたの歌声はすばらしい。我が妃として王室に招き入れたいと思うが、どうだ?」
すっと、手を差し伸べてくる。
君恵は、じっと王子役の少年を見つめた。
物語ではここで、「喜んで」と君恵が王子の手を取ることになっているのだが、果たして、その通りであっていいのだろうか。
先ほどのナレーションがあった後で、すんなりとハッピーエンドになるとは思えない。
おもむろに、腕を持ち上げようとしたとき。
そこで、またしても異変が起きた。
どこからか、物が壊れるような、破壊音が響く。
効果音、だわ。
すると、弾かれたように王子が家来達に振り向く。
「何だ!」
「た、ただいま、様子を見てまいります」
おどおどと顔を見合わせた家来たちは数名で舞台の袖に消える。
すると、程なく、激しい騒音がした。
どうやら複数の人間が戦い、斬りあいの乱闘をしているようだ。
いったい何が起こっているのだろう。こんなもの、いくら考えてもストーリーのどこにもない。
不安げに王子役の少年を見ると、彼も、
「どうやら、この神聖なる王城を汚す、不届きな輩が入ってきたようだな。私も向かおう」
と、眼光鋭く、腰元の剣を抜き、駆け出していってしまった。
舞台には、数名の貴族たち、若い音楽家、君恵だけが取り残される。
しばらくして、斬りあいの音が、止んだ。
場に静寂が満ちる。
君恵にはこの後の台詞など、分からない。
どうすれば……。
と、そこへ。
舞台のそでから、一つの小柄な影が躍り出た。いや、影ではない。その者は身を覆い隠すほどの黒衣を纏っているのだ。君恵ははっと身構える。
すると、その正体不明の何者かは、鋭い短刀らしきものを振り回しながら、くるくると身軽に回転しながら、君恵のそばによってきた。
「あ!」
声を上げるが、君恵には逃げる暇もない。
背後の人々は悲鳴を上げながら右往左往しており、助けに来る人間も、当然いない。
これから、どうなる?
と思った矢先。
顔まで布で覆い隠したその人物はそっと口元の覆いを外し、こう言った。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
君恵の中の記憶で、ピンと弾かれたような気配があった。
その台詞に、聞き覚えがあったのだ。
間違いない。最近有名なドラマ「都那賀一郎の事件簿」主人公の決め台詞である。
その思わぬ言葉に、君恵は放心し、さらに混乱してしまう。
しかし、その人物は言葉を続けた。
「私は、隣国ヒュンデハルグからのスパイです。あなたをこの王国の魔の手から救い出すため、参上しました」
台詞を言い終えた彼が、すっと顔を上げる。
きらりと光るライトが、その表情を照らし、舞台の上、彼の正体を晒した。
そこにはなんと、君恵が良く知る、少年の顔があった。
「え、まさか」
息が、止まった。同時に、鼓動が早まる。
彼が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ようやく見つけました。その瞳の色、我がヒュンデハルグ国、王家の血筋であることは間違いありません」
「え、え? どうして……」
「さあ、お嬢様。詳しい説明は後です」
王子の代わりに彼が、手を、差し出してくる。
「時間がありません。私を信じて!」
手を取るべきか、取らざるべきか。
君恵にあるのはその選択肢のみだった。




