第八話 逆転のシナリオにアンダーライン 3
ちびちびとしか進まなくてすいません。
今年の目標が「しっかり丁寧に」であるため、出来るだけ何度も内容を見直すようにしてます。今までのように、ただだらだらと書くだけでなく、以前よりも少しでも良いものを作り上げていきたいと思っています。
続きは明日、遅くても明後日には更新します。
「おーい、小野村、堂野」
有川が去った後、突然、背後の植え込みの影から飛び出してきた人物がいた。薫の背後から駆け寄り、首元に抱きつく。ぐっと胸が圧迫され、呼吸が詰まった。
「や、山下」
「ふう、やっぱり十二月も末になると寒いなあ」
彼はそう言って、薫で暖を取るつもりなのか、さらに密着してこようとする。山下に引っ付かれるなど不快の極みである薫は、すぐさま、彼の腕を乱暴に振りほどいた。
「てめえ、いつからここにいたんだ?」
「てめえとはご挨拶じゃねえか、薫。亮介みたく下の名前で親しげに呼んでくれよ」
「残念だが、お前の下の名前なんて知らん」
突き放すように薫は素っ気無く返す。
「がーん、ダブルショックだ。小野村が粗雑な輩口調になった上、極度の物忘れ症状で、もうろくしているぞ。堂野、どうしよう」
「……」
しかし、呼びかけに対し堂野は返事をせず、何か考えごとをしているようだった。
「堂野、お前も老化現象か? 耳が遠くなったのか? 亮介おじいちゃーん」
「……それより、山下。チラシは配り終わったのか?」
薫が訊く。
「うん、大半はな。有川に言われたから、真面目に取り組んでたさ」
「そうか」
彼のことだからサボって遊んでいたのではないかと思ったが、さすがに彼女のから命令ともなると、簡単に無視できないのだろう。なによりも仕返しが怖い。想像しただけで身震いがする。
山下がベンチの背もたれに肘をついた。
「しかし、有川のやつ、相変わらずの冷血ぶりだな。ただでさえ寒いんだ、あんな奴がこの辺りを歩いてたら、すぐにでも大雪が降り出すぞ。なあ、薫」
「さっきの話、聞いてたのか?」
相槌を打つ代わりに聞き返す。
「ああ、ずっと聞いてた。ハラハラドキドキサスペンスだったな。どのタイミングで割って入ろうかと見計らっていたが、とてもじゃないが、そんな勇気はなかった」
「それで、正解だ」
薫としても二人の対立の線をいつ断ち切ろうかと考えていたが、張り詰めた緊張に、手を握り締めながら見ているだけで精一杯だった。
それに、たとえ止めに入ったとして、自分や山下では中途半端なことしか出来なかっただろう。
「じゃあ、これからどうする?」
すると、山下が質問した。
「どうするって?」
「大人しく有川のいうことを訊いて、このままビラを狂ったように配り続けるのか。それとも、反撃ののろしを上げるのかってことだ」
また、こいつは。
薫は半眼で彼を睨む。
そうやってまた、厄介ごとを起こそうとする。これは彼の悪い癖だ。思いつきで余計なことをして、そして、とばっちりを受けるのは薫たちなのだ。
「馬鹿言え、そんなことして――」
「そうだな、このまま指をくわえているよりは、彼女に一矢報いるべきではないか?」
驚いて、薫は堂野を振り返る。
「亮介まで、何言ってるんだ?」
「山下の提案に乗るのは甚だ不服だが、今回の場合、それもありだな」
「それもありって……」
いつもの「どうでもいい」はどうしたのか。そもそも、今日の彼はいったい何があったというのだろう。柄にもなく、積極的で、熱血漢の目をしている。
しかし、薫は彼のこんな目を一度だけ見た気がした。
あの文化祭の事件だ。
彼が劇を成功させるために、山下と組んで村松先生を黙らせようと画策していた時。心配ないからと計画からの薫を遠ざけようとした、強い意思によって輝いているあの瞳なのである。
きっとこうなれば、親友の薫の忠告でさえ、耳には入らないだろう。
「よし、決まりだな。あの有川にひと泡吹かせてやる」
「そうだな。ひと泡もふた泡も吹かせてやろう」
「しかし、どうやって一矢報いる?」
「お、おい」
唖然としている薫をおいてけぼりにして、話が進んでいく。
「ううん、それが問題だな。劇の開始まであまり時間はないし、何か都合のいい情報を掴んでいればなあ」
「情報?」
「ああ、情報だ。有川の意表をつけるようなものだよ」
「うーん」
「彼女をぎゃふんと言わせるには演劇の上演中に想定外の事を起こさせるのがいい。でも、そのためにはせめて劇の内容の情報だとかあればいいんだが……」
誰もが黙り込んでしばらくしてから、何者かの声がした。
「……あるわよ」
予期せぬ返事にその場の全員が絶句する。なぜならそれは、この場にいるはずのない女性の声だったのだ。
「へ?」
薫が間抜けに口を開け、周囲を見回すと、またしても別の人物がこの公園に現れたことに気がついた。
ベンチから見て右側の入り口から姿を見せた少女がいる。そして、外灯に照らされた彼女の正体を見て、目を疑った。
「あ、芦沢さん?」