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第八話 逆転のシナリオにアンダーライン 1

作者のヒロユキです。2010年、明けましておめでとうございます。


これからもこの未熟者をどうかよろしくお願いいたします。


ええ、新年明けてから初めての更新となりますが、推敲の作業が追いついておりません。そのため、毎度同じく書けている部分だけ投稿します。

 足元の青黒いコンクリートの表面を見て、堂野亮介は背筋が震える。ダウンジャケットのチャックを引き上げ、少しでも保温性を高めようと試みた。


 街でチラシ配りをしていた亮介は、公園へと続く緩やかな坂道を上っていた。数分前に薫と携帯で連絡を取り、そこで合流する約束になっていたのである。


「ずいぶん軽くなったな」


 亮介はそう一人ごちる。

 脇に抱えたチラシの量は、当初に手渡されたものよりも十分の一ほどの枚数になっていた。

 正直なところ、道行く人に物を配るなど、亮介にとっては未体験の作業であったので、心に抵抗を感じていた。ただでさえ、普段から口数の多い人間ではない。見知らぬ人に話しかけられるかどうか、不安だったのだ。

 しかし、それとは裏腹に心配することはこれ一つなかった。

 すれ違う人に、特に脈がありそうな人間に対し、一声かけ、ぴらりと差し出す。

 この作業の繰り返しである。難しいことはない。


 読書が趣味の亮介には、久しぶりにこれほど多くの人間の顔を見たものだと、不思議な気分だった。改めて、世の中には本当にいろいろな顔をした人間たちがひしめき合っていることを確認した。

 すれ違い様に彼らの表情の裏に隠された人格を推測するのも楽しい。

 当初予想していたものと違い、実に有意義な一日になったことを、亮介はこれ以上ない収穫を得た気持ちになっていた。


 そんなことを思っていると、公園の入り口に差し掛かっていた。

 赤いレンガ造りの小さな塀が円形の公園の周りを囲んでおり、レトロな印象を与える。よく見れば、塀に沿って並んだ外灯の形もどこか洋風な雰囲気だ。柔らかいオレンジの光が手入れされた植え込みを照らしている。

 等間隔を置いて円周上に四つの出入り口があるらしく、亮介はその一つ、道路に近い入り口から入った。


 公園の中には、子供達の姿はなかった。陽が落ちて辺りは暗いし、最近は何かと物騒だから、帰宅の時間も早まっているのだろう。

 だから、薫の姿を探そうと目を凝らすと、ものの数秒で彼の姿は見つかった。ベンチに座り、疲れているのか俯いている。着ている服のため、そのわびしさというか、惨めさというか、それらがさらに際立っていた。亮介は駆け出そうとする足を止めた。


 チラシ配り、なかなか楽しかったな、などとはとてもではないが言えない。彼の疲労ぶりを見れば、そんな言葉も消え去ってしまう。


「おい、薫……」


 呼びかけると、彼はワンテンポ遅れて顔を上げる。

 その目が、自分を捉えて、何者かを判断したのち、警戒を解いたように笑いかけてきた。


「もう、配り終わったか?」

「ああ、大方な。こんな服なんて着せられているから、街にいたら何もしなくても人がわんさか寄ってくるし」


 むず痒そうに鼻を動かし、薫は言う。


「それは……大変だったな」


 チラシ配りの開始前、泉田中学校に呼び出された亮介たちは、有川から今日のスケジュールについて大雑把な説明を受けた。要するに、さぼることなく、ただひたすらに、ビラ配りを続けろ、というシンプル且つ、脅迫のような勢いが混じった命令を告げられたわけだ。

 そして、それぞれに山のようなチラシの束を渡された後で、薫だけが更衣室に呼び出された。

 亮介と山下はどうしたことかと顔を見合わせていたが、数分後、マッチ売りの少女をして、こちらに歩いてきた薫を見て、さもありなんと頷いたのである。


 薫はげんなりと沈み込み、有川はその姿を褒めちぎった。


『どこからどう見てもみすぼらしい女の子よね。これで、道行く人はこみ上げる涙をせき止められないに違いないわ』


 隣で見ていた奥山紗江にも同意を求め、ますますご満悦の様子だった。

 話によると、薫にはわざわざ裁縫部に頼みんで作ったこの衣装を着せることで、さらに集客効果を高めようという魂胆だったらしい。


 薫をこの仕事に固定させていたのは、こういうわけだったのか、と亮介は納得した。そして、同時に、有川という少女の抜かりなさに脱帽した。

 利用できるものは誰が何と意見しようと可能な限り利用する。

 彼女のその、目的に対する有り余る熱意、剛胆さ、強気な姿勢には目を見張ってしまう。


 しかし、それは同時に、薫から目に見えない気力というものを奪っていった。一日の働きにくたびれた親友の横顔を見ながら、亮介は思う。

 これは単純な疲れだけではない。

 男であるにも関わらず、意に沿わぬ女装をさせられ、それでも仕事をこなさなければならなかった羞恥と混乱の疲労だ。


「亮介……」

「何だ?」

「せっかく買ったマフラー。俺、渡せそうにない」


 弱弱しい声には、一月前の文化祭の時のような敢然とした自信は、見る影もない。


「弱気になるなって。演劇が終わったら、彼女をちょっと呼び出して、メリークリスマス、そう手渡すだけだ。たったそれだけだ。彼女だって喜んでくれるはずだって」

「本当か? こんな俺からもらったものでも?」

「自分を卑下するな。チラシ配りが終わったら、とっととそんな服着替えて、気分を切り替えよう」


 亮介の必死の励ましは届いているのか、やるせなく頷いた。しかし、それは彼の問いかけに対する単なる惰性の肯定だった。

 彼の気持ちは沈んだままだ。


「元気だせよ。ここまできて諦めるのかよ。マフラーも捨てるわけにもいかないだろ」

「そうだけど、よ……」

「大丈夫、薫は充分に男らしいよ」


 背中をさすりながら、せめてもの励ましを口にしたときだった。


「あら、こんなところで仲良くおしゃべりとは、仕事の方は済んだのかしら?」


 高飛車な女性の声が聞こえ、首を上げると、見覚えのある眼鏡をかけた少女がこちらに歩いてくるところだった。


「有川……」


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