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第七話 薫のプレゼントにアンダーライン

 簡単な昼食を取った後、薫たちの姿は人々が右へ左へ北へ南へと往来するアーケード街にあった。


 首を巡らせばそこかしこの店先は、クリスマス一色のイルミネーションで飾られ、昼間だというのに、目がちかちかと忙しい。

 薫は歩きながら、ポケットに手を突っ込んで寒い手を温めている。


 結局、先ほどの話し合いでは、君恵のプレゼントをどうするかということまで、具体的に決めることが出来なかった。

 そのため、薫はまだ、彼女に何を送るか、考えあぐねていた。

 先頭を歩く山下はぐいぐいと自分勝手に人ごみを掻き分けて進んでいく。薫と堂野は追いかけるのに必死だ。

 故に、プレゼントのことをろくに考える暇もない。


 加えて、薫にはそれ以上に不安なことがある。

 そもそも、自分はプレゼントを買ったとして、彼女に渡すタイミングはあるのか、さらに、状況によっては告白もするのか。

 という、薫の未来を大きく変えるかもしれない、悩みだ。


 告白、かあ。

 薫は重い息を吐く。

 山下の案に両手を挙げて賛成、などとは言いたくないが、彼のイブという絶好のチャンスに思いを告げるという意見はとても的を射ていると思う。想いを告げるにはまたとない好機だろう。


 だが、しかし。

 今の自分でそれをやってのけるだけの度胸を有しているかというとすんなり首肯できない。

 以前よりは、幾分、マシになった気はするが、薫の心の奥には未だ、コンプレックスの影がちらついていた。彼女が、自分のことを恋愛可能な対象としてみてくれているのか、ということにも一抹の不安がある。

 おそらく、この思いを完璧に克服することなどは生きている以上、不可能なのだろう。


 だが、それで怖気づき、彼女に何も言えないまま時を無為に過ごすことは情けない。


「おい、薫。あれを見ろよ」


 ふいに、山下が目の前に立っていて、あごでしゃくって彼の斜め後ろの店を示した。

 薬局とコンビニに挟まれたこぢんまりとした店である。黒い看板に英語の羅列。明るい光に照らされた店内は白で統一されていていかにも高級そうな雰囲気だ。透明なショーケースには、光の反射できらめく石や時計が並べられている。


「女性へのプレゼントと言えば、やっぱり宝石だろ」


 彼は平然とそんなことを言う。

 こいつ、俺の財布の中身知ってるのか。


「山下、それは大人の相場であって、中学生で手が出せる代物じゃないだろうが!」

「何言ってるの、小野村君。いくら中学生だからって、愛しの須藤さんのためじゃないか。これくらいどーんと借金してでも買うべきだよ」


 聞いている薫は三白眼だ。


「あのな、もらう相手だって中学生なんだよ。須藤さんだってこんなもの、もらうにもらえないだろ」

「じゃあ、代わりに俺に買ってくれよ。日ごろから俺には感謝しても感謝しつくせないほどの恩義を感じているはずだ。宝石の一つや二つ、俺なら喜んで受け取るぜ」


 どこまでも自分の欲求に正直な奴だ。

 薫がそんなことをするなど、地球が真っ二つに分断されることがあっても、それだけはないと言い切れる。

 第一、彼には感謝どころか、一時間やそこらじゃ語り尽くせないトラブルによる苦労しか感じていない気がする。

 そう思って、日ごろの恨みが心の中で掘り返された。


 ふざけるな、と憤って彼の足を踏む。


「痛っ」

「行こう、亮介。こいつを先に歩かせてたら、どこに連れて行かれるか分からない」


 薫は堂野の服の袖を引っ張る。背後の山下を無視して、ジグザグに人の海を渡っていく。

 大きな人垣がところどころの店先で形成されており、進行を速度を鈍化させていた。薫は小さい背ながら、精一杯伸びをして、未然に察知し、大きく迂回ルートを歩いた。


 アーケード街の出口はすぐそこだ。


「しかし、薫」


 堂野の声がする。


「何だ?」


 ふと、返事をして、道の真ん中で立ち止まった。


「どこか当てがあるのか? 彼女へのプレゼントを購入するんだろう」

「……」


 薫は絶句する。

 当てがあるのか、と言われれば、もちろんそんなものなどない。

 薫自身がどんなものを選べば最適なのか、まだ考えをまとめていないのだ。

 だが、適当にふらふら歩いても、これはというものを見つけられるとも限らない。


 困った薫は堂野を見上げる。


「亮介は、どう思う?」

「うん?」

「その、好きな人にさ。贈り物をするとき、亮介だったら、何を買う?」

「俺が、か?」


 いつも平常心で滅多に取り乱さない彼の瞳が当惑で少々大きく開かれた。


「例えば、の話だよ。亮介、本をたくさん読んでるだろ。小説とか、そういうお話の中ではどんな風なんだ?」


 難しい顔をして、彼は顎に手を当てる。


「……小説と現実ではいろいろとギャップが生じる。向こうは作り話だから、やることが大げさなんだ。薫がやって、それで上手くいくとは思えない」

「……そうか」


 薫は肩を落とす。


「でも、俺は、気持ちさえ込もっていれば、どんなものでもいいと思うよ。値段に関わらずな」


 自分の意見では何の役にも立たないと思ったようで、堂野は慌ててそう付け足す。しかし、それでも、これといった方針が立つわけでもない。

 再びがっかりすると、耳障りな周囲の騒音が際立った気がした。


「そうだ、こういうのはどうかな」


 すると、急に堂野が背中を叩いた。


「お気に入りの本をプレゼントするんだ」

「……ハハ、亮介らしいな」

「変な顔をするなよ。他にアイデアもないんだろ。とりあえず、書店を覗いてみないか?」


 多少、しぶしぶではあったものの、薫は彼に従うことにした。思いもよらぬことで大きな発見に繋がることだってある。

 そういえば、山下の姿が先ほどから見えないが、特に気にしなかった。きっと薫たちに付き合うのも飽きたのだろう。

 もし用事があるのでならば、携帯に電話をしてくるはずなので、このまま放っておくことにした。


 堂野が案内したのは彼が足しげく通うという大型書店だった。アーケード街を抜け、車の通りが激しい交差点の歩道橋を渡ると、右手に見えてくる大きな本がでかでかと描かれた建物である。

 ここまで来ていまさらと思われるかもしれないが、薫としてはこんな場所を見回っても、やはり、お誂え向きの品物があるとも思えなかった。


 だが、外はとにかく寒い。

 とりあえず、暖房の効いた温かい場所に入れるのなら、と自動ドアをくぐった。

 ふわりとした空気が薫の頬を暖め、店の置くへと誘う。

 しかし、ここでも先ほどのアーケード街と等しく人で煩雑としていて、動きづらい。

 本を探す前に気力を搾り取られてしまいそうな状態ではあったものの、隣の堂野は違った。


 立ち並ぶ本の棚に、珍しく目を生き生きと輝かせ、先ほどの山下同様勝手にずいずいと進んでいく。


「おい、待てよ」


 と薫が呼びかけても、


「お、向こうにも面白そうな本が」


 という具合で、もはや、薫のプレゼント探しどころではない。

 この自分そっちのけのやり取りにも、数十分で断念し、薫は一人で書店を出た。


 こうなれば、堂野ですら当てにはならない。

 プレゼントは自分で見つけるしかないのだ。

 しかし、行き交う人々を前に、薫は立ち止まる。

 空を仰ぎ、汚れた水を含んだ、雑巾のような雲を眺めた。

 いったいどうするべきか。

 とりあえず、道を歩き出してみたものの、右にも左にも、心を惹かれるものはなかった。ただ時間を浪費するばかりで無防備な掌が凍え、かじかんでくる。

 世界中がこの寒さならば、きっと冷蔵庫などその内、無意味になってしまうに違いない。それほどに、今日は寒い。

 君恵は、今頃、学校の舞台で練習をしているのだろうか。


 そうぼんやり思い、うろうろとしていると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 若い、男性の声である。

 ふと目を向けると、そこは小さな電気店の前だった。電飾がちりばめられたクリスマスツリーが飾ってある入り口の横には、商品を陳列するショーウィンドーがあり、並べられたテレビから、男の声がしていたのだ。


「犯人はあなたですね」


 自信と確信に満ち溢れた迷いのない決め台詞。

 テレビ画面の中で、最近流行りの若手俳優が映っていた。

 都那賀一郎の事件簿。

 俳優、船見朔太郎だ。

 びしりと着こなしたタキシードは彼のニヒルな笑みを何倍にも引き立てるものがある。


「ふはあ……」


 薫は思わずため息をついた。

 この時間にドラマはやっていないから、おそらくドラマの宣伝をかねた特集番組なのだろう。

 これまでの話のハイライトシーンが流れている。彼が犯人を華麗に追い詰め、言葉巧みに打ち負かす、見せ場が次々に映し出された。


 きっと、彼なら好きな女性にも、迷わずアタックできてしまうのだろうな。


 薫は思う。

 こんな風に、寒い町の中を歩き回り、うだうだとプレゼントを決めかねている自分では、到底、何が出来るわけでもない。

 きっと告白など、遠い夢だ。

 そんな自分が不甲斐なくて、頭を小突く。

 自分は、あの一ヶ月前の出来事で変わったのではなかったのか、強くなったのではなかったのか。


 馬鹿やろう。何をもたついてる?

 早く、彼女に渡すべきものを見つけなければ。

 そう気持ちが急いたとき、テレビの中の都那賀一郎の言葉が耳に届いた。


「お嬢様、そんな恰好で外に出られてはいけません」


 振り返ってみる。

 場面がいつの間にか変わっていた。

 親子喧嘩の末、家出し、今度は一面の白銀世界が見たいと、極寒の地に向かった富豪の娘を、都那賀一郎が見つけ、ホテルの前で彼女に何かを差し出している。

 ふわふわとした真っ赤な毛糸のマフラーだ。


「子供っぽくて嫌よ」


 ふん、と鼻であしらう彼女に、彼はそっと優しくマフラーを巻く。


「大切なお嬢様にこんなことで風邪を引かれては、私は執事失格です。その上、お父上からこっぴどくしかられ、私はお暇を出されてしまいます」

「まさか。あんな父親が、私の心配なんてしてるはずないわ」

「まあまあ、そんなことをおっしゃらず。よくお似合いですよ」


 そこまで見て、薫の足が動いた。

 数日前の出来事がフラッシュバックする。

 君恵との二人きりの帰り道、首をすぼめ、寒そうに手を擦り合わせていた彼女がいた。


 そうだ。

 プレゼントはマフラーがいい。

 薫は閃いた。

 彼女に似合う、可愛らしいマフラーを探そう。それくらいなら、手持ちのお金で事足りるはずだ。

 電気屋の前から、足早に駆け出す。

 目的が見つかると、寒さに動きが固まっていた薫の小さな体に、急に力が漲ってくる気がした。

 どこか、そわそわした落ち着かない気持ちが薫の足を先へ先へと進ませる。

 彼女の喜ぶ顔が目の前に浮かんだ気がして、心が弾んだ。


 きっと、いや、絶対。

 彼女にプレゼントを渡そう。

 そして、その後は――

ようやく、演劇が始まるまでの物語が終わりです。


次回からは、クリスマスイブでの劇本番の話、本題に入っていきます。


言い忘れてました。


読者の皆様、良いお年を。それでは、また来年ノシ

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