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第六話 君恵と千葉にアンダーライン 1

作者のヒロユキです。


すいません、ずいぶん更新が止まっていましたね。

最近、執筆スピードに急ブレーキがかかっておりまして、この有様です。


この六話は一話で終わりたかったのですが、そのブレーキのせいか、まだ書ききれておりません。

そのため、とりあえず、書けているところまで掲載しようと思います。

 薫たちが町をだらだらと歩いている頃、休日の綾坂中学校では、演劇部による練習が行われていた。


 その舞台の前で、腕を組んで屹立きつりつし、部員に隙のない喝を飛ばす、有川久実の姿があった。

 長い髪を頭の後ろできりりと結び、眼鏡の奥には容赦のない峻烈しゅんれつな瞳が光ってる。今の彼女ににらまれては、百獣の王もその牙を見せる前に慄き、尻尾を巻いて逃げ帰ってしまうに違いない。そんな尋常ならざる空気が舞台には渦巻いている。


「ほら! そこ、端が引き摺られてるわよ。ちゃんと支えなさいよ!」

「は、はい」

「通行人! 台詞のタイミングが早い! 商人が舞台の袖へ消えたのをしっかり見送ってから、ぼそりと呟くように!」

「分かりました!」

「ちょっと、衣装係、何してるの? 王子役の服に皺寄ってるわよ。きちんと確認して!」

「すいません。すぐに直します」


 彼女に注意された部員たちは半分悲鳴を上げるように返事をし、ばたばたと舞台の上で慌てふためく。そうではなかった他の部員たちは、ほっと胸を撫で下ろすと同時に、今に自分が名指しで攻撃されるのではないかと、戦々恐々だ。

 ライトが当てられた舞台の上では逃げ場などどこにもなく、観客の居ない周囲の暗闇でさえ、固唾を呑んで有川の動向を見つめているようある。


 演劇部の練習が楽なものではないのは毎度のことだが、今回の練習ではいつも以上に、殊更に、厳しさに拍車がかかっていた。

 舞台裏で自分の出番を待つ須藤君恵も、いつものようではない、張り詰めた緊張に、僅かながら手が震えていた。

 本番でもないのに、胸がドキドキと脈打ち、失敗をしないようにと何度も脳内で台詞を繰り返した。少しでもしくじれば、彼女からこっぴどく叱られそうで、冷や汗が垂れる。友人でも舞台の上では、彼女に躊躇の二文字はない。


「おい、須藤、大丈夫か?」


 ふいに、名前を呼んできた人物がいる。


「はい?」


 振り返ると、そこにいたのは同じ二年の男子部員だった。


「妙に顔色が悪いぞ」

「え、そ、そうかな?」


 掌を頬に当て、体温を確かめてみた。血の巡りが悪いのか、確かにひんやりとしている気がする。


「深呼吸しろよ。首をほぐして、リラックスするんだ」


 君恵は言われた通り、首を回し、ゆっくりと両手を振り上げ、1、2、と回す。ふうっと長いが出た。しかし、肺の底面に横たわる、不安の源は頑固で、簡単に剥がれてくれそうにもない。


 それを男子部員は看破したのか、


「むしろ、緊張度が増しているように見えるが?」


 そう言った。


「ええと、どうしてだろうね? へへ」


 原因は分かっているものの、君恵は苦笑いをしてみた。

 彼は憂鬱そうに肩をすくめ、そっと幕の隙間から舞台の下に目を向ける。


「まあ、有川があの様子じゃ、仕方ないか」

「やっぱり、久美ちゃん。いつもより張り切ってるよね」


 君恵が言うと、彼は振り返って目をあわせ、首を僅かに横に振る。苦々しげに口をへの字にした。


「張り切ってるなんてもんじゃねえよ。こりゃやり過ぎってもんだ」

「やり過ぎ……」

「見れば分かるだろ? 場の空気が重たすぎる。部員の皆の顔も引きつってるぜ。これじゃいい演技もできやしねし、適切な演出も意味がねえ」


 やり過ぎなどという批判には、君恵としては簡単に首肯しかねるものだったが、まるで舞台が泥沼に浸かっているかのような重量感は如何ともしがたかった。

 その根源は間違いなく、未だ舞台の前で腰に手を当て、大声を張り上げる少女である。


「あいつが何を考えてるのか知らないけどよ。全く、うぜえったらねえよ」

「……う、うざいって」


 友人への批難に君恵は眉をひそめた。


「ああ、ごめん。少し言いすぎか」


 すると、彼はばつが悪そうにこめかみの辺りを指で掻くが、すぐにこうつづけた。


「でもな、今回そう思ってるのは俺だけじゃないはずだぜ。他の部員だって、二年生は特にな」

「……」


 君恵はその発言に言い返せず、閉口する。確かに、彼が言っていることは事実に違いなかったのだ。毎日の練習の後、部員たちがひそひそと久美への不満を漏らすのを聞いている。


 いつもならば、厳しいながらも、きちんと部長の役目を果たす彼女に、部員たちは尊敬や頼りがいを感じているようだが、今回、それはない。むしろ、彼女にとって逆風が訪れている。


「普段のあいつならこんなことはしねえだろうによ。いったい何だってんだ」


 こうなっている原因が分からないため、彼は声に不快感をあらわにする。


「演劇部だけじゃなく、他の部からも苦情が届いてる。これじゃ、劇を作ってるんじゃない、敵を量産してるようなもんだ」

「……久美、ちゃん」


 君恵は不機嫌そうに腕を組んでいる久美を見つめる。

 君恵としてはどうにか、久美と対話し、この緊張状態を緩和させたい気持ちがあった。しかし、彼女に演劇の話をするのは怖い。

 どんな案を出しても、彼女に却下される気がしたのである。

 だって。

 だって、久美ちゃんのほうが誰よりも劇を知っているんだもの。


「お、ありゃ……」


 突然、その男子部員が興味深そうな声を出す。


「どうしたの?」

「ほら、見てみろよ。吹奏楽部部長、芦沢千葉の登場だ」


 彼の指差す先、体育館の入り口から、確かに見覚えのある顔の少女が歩いてくる。背後に他の吹奏楽部員を従えて、どこか物々しい行進だ。


「こりゃ、面白くなりそうだな。文化祭以来の芦沢と有川のご対面だ。芦沢の奴、クリスマスイブに有川に呼び出されてカンカンだって聞いてるし」

「え、喧嘩?」

「……に、なるかもなあ。この中学校の、二大文化部の部長同士だし。お互い譲り合いの精神に欠けるところがあるしな。自らの領域を侵されれば、はいそうですかと甘んじる人間ではないだろ」


 はわわわ、君恵はごくりと唾を飲んだ。

 こうなれば、どうなってしまうか本当に予測できない。


 久美は背後から歩み寄ってくる芦沢に気がついたようで、練習を一時中断し、彼女に向いた。

 歩いてくる芦沢が、久美の数歩手前で止まる。そして、挨拶の一つなく、彼女たちは対峙した。


 まさに竜虎相搏りゅうこあいうつの図である。


 周囲の空気が急に圧縮され、めきめきとありもしない音を生じさせるのを君恵は肌で感じる。冷や汗が頬を伝い、背筋に悪寒が走った。

 間違いなく、二人の間に滞留している空間の流れは、今まさにどちらがどちらに跳びかかっても不思議ではない殺伐としたものとなっている。


「こんにちわ、有川さん」


 先に口を開いたのは芦沢だった。


「ごきげんよう、芦沢さん」

「本当に、人使いが荒いんですね。自らが率いる演劇部員に対しても、そして、他の部活の部員に対しても。急に連絡が入ったんで来てみれば、もう練習を始めてたんですね」

「私は、自分にも他人にも世間にも厳しいという有川主義を貫いているの。あ、休みの日だっていうのに、わざわざ来てもらって悪いわね」


 久美はわざとらしく、とってつけたように言う。


「いえ、お気遣いは無用です。私としても一度吹奏楽部として仕事を引き受けた以上、やり通す義務がありますから、それを途中で放棄することは私のやり方に反するわ」

「あら、さすが芦沢さんね。頼もしいわ。これで劇のBGMは完璧ね」

「私が指揮をするんですもの。当たり前じゃない」

「それでは、準備の方を頼んでよろしいかしら? 練習の成果を知りたいし」

「ふふん、望むところよ」


 そのやり取りを見て、君恵は汗を拭う。彼女たち二人が喧嘩にでもなりでもしたら、誰が止めに入れるというのだろう。

 すると、二人はこれからの練習について、少し言葉を交わすと、自分たちの部員に指示を与え始めた。

 部長の久美が振り返って、説明する。五分の休憩の後、最初から、吹奏楽部の演奏も入れて、通し稽古をするということだった。


「いい? きっかり五分よ。吹奏楽部もそれで準備できるらしいから」


 まるで、何かの挑戦であるように久美は大声で言う。

 吹奏楽部はそれぞれに持ってきた楽器と楽譜を持ち、スタンバイに入り始めていた。

 と、


「あれ?」


 君恵は目を見張る。

 吹奏楽部の部長である芦沢が準備を行う部員には目もくれず、真っ直ぐに舞台に向かってくる。


「なんだ?」


 隣で見ていた彼も怪訝そうである。

 君恵たちが呆然としている間に、彼女は袖の入り口から舞台裏にまで入って来ていた。幕の中では他の部員が道具の出し入れを行い、雑然としている。その中で、彼女は人を探しているように見えた。


「どうしたんだろ?」


 そう呟いた矢先、君恵は彼女と目が合う。するとなぜか彼女は、目当ての物を見つけたような顔をして近寄ってきた。


「須藤さん、ここにいたのね。お久しぶり」


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