地元愛が熱い
10年以上も前のことだが大阪人の私は毎年のように福岡県へ遊びに行っていた
初めての時はまず途中の山口県下関市で宿泊した、平家ゆかりの赤間神宮を参拝した
神宮と称するだけの格式があるのは、安徳帝をお祭りしているからだが、壇ノ浦に沈んだ平家一族の墓碑が並び、耳なし芳一の物語の庵がある場所でもあり、正直ここは怖いと感じる異様な雰囲気があったことを覚えている
巌流島を遠目に眺めて宮本武蔵と佐々木小次郎の戦いを勝手に想像もした
晩御飯はフィッシャーマンズワーフに入り、やはり下関と言えば!のふぐのフルコースをいただいた
ご当地では「ふぐ」のことを「ふく」というらしい
大阪で食べたら倍以上の値段がするのではないだろうか・・・
本当に贅沢な食事だった
翌日は北九州市で宿泊した
大都会でもなく田舎でもなくごみごみしないちょうどいい感じの空間
由緒ある名所である旦過市場の情緒ある雰囲気
そして門司港のまた違ったハイカラな雰囲気
どれも心地よさを醸し出してくれた
さらにこの北九州発祥らしい焼きカレーに舌鼓を打った
商店街にある楽器屋さんにスケールはちゃんとしているが、ボディの小さなアコギが8,400円で販売されていた
ついつい気軽な気持ちで試奏させていただいたのだが、気にいったので衝動買いをしてしまった
ここでとても嬉しいことがあった
店の方が私の演奏を聴いて今までこのギターを弾いた中で一番素晴らしい演奏だったので、8,000円でいいですと割引してくれた
私は疑いもなく今でも正直にそうだと信じている(笑)
幸先のいい九州上陸日だ
翌日は博多に向かった
事情をよく知らない私は博多駅前のホテルを予約していた
ただ、遊ぶのなら東側の筑紫口ではなく、西側の博多口方面がいいのであろうことは動物的感で察知していた
それでも博多の繁華街とはエリアが違うことは解らなかった
着いてからホテルの周りにはこれと行って楽しそうなものが見当たらない
そこで初めて天神や中洲が繁華街であることを知った
ちょうど昼時であったので昼食を食べようとした、博多といえば豚骨ラーメンと短絡的に考えてしまう大阪人の悲しい性からそれ一択だ
ちょうど博多駅前にあった店に入ったら、まず自販機で食券を買うことになり待合で待たされた
番号で呼ばれて通されたのが暗い照明のすべてカウンター席でさらに各席の周りが衝立で囲まれていて、そこで独りで食べるスタイルの店だった
店員さんすら見えない、席に座っていると前からラーメンだけが出てきた
もちろん店員さんの「どうぞ」の声はすることだけはお伝えしておく
これが後で知ったのだが、有名な店だったようだ
今や大阪にもある
昼食を食べてホテルにチェックインしたあと、今度は本格的に出かけた
駅前に循環バスがあったがどうすればいいか解らない
バスを待っている人に、このバスは天神へ行きますか?と聞いたら、周りのほとんどの人が怪訝な顔をして一斉にこっちを見た
それぐらい地元民にはごく当たり前な情報なのだろう
天神と言ってもどこらへんにあってどんな町なのか全く解らない
バスが着いて天神に降り立った
正直大阪人の私もびっくりするほどの繁華街だった
馬鹿にしていたわけではないがここまで繁華街であるとは驚愕した
街自体が活気エネルギーで溢れている
博多一番の繁華街で、西日本でも二番目の繁華街であることを後で知った
とにかく楽しい
あの屋台という文化は羨ましい限りだ
その日は、偶然見つけた店で泳ぎイカの姿造りをいただいた
まだ生きている・・・目がこちらを向いているのが申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、やはり敬意を持ってすべていただいた
最高だった
その後、あの羨ましい限りの文化の屋台へお邪魔した
どの屋台も大繁盛していた
火が通っていないナマ物は提供できない決まりになっているらしい
手羽餃子が絶品だった
これ以来どこへ行っても手羽餃子があれば注文するファンになった
屋台は酒を呑むところだと思っていたけれど、普通に高校生がクラブ帰りに制服で入ってくる
お店の側も入店を断らない
高校生たちはラーメンを注文して平らげて出ていった
ほんと老若男女に根付いた文化なんだとさらに羨ましく思えた
よくよく調べると、天神から博多駅間は地下鉄も通っているけれど、旅行者の私には歩いてでも行ける距離であることが解った
帰りは徒歩でホテルに帰ることにした
天神から中洲へ向かい川を渡った
さらに屋台がたくさん出ていた
中洲の方がどうやら飲み街で大人の街のようだと学習した
今回、中洲は素通りした
もう一回川を渡ると複合商業施設があった
これは明日行ってみよう
そう思いながら無事ホテルに到着してその日は終わった
さて、3日目は朝食にごぼう天うどんを食べた
実はラーメンが有名だから地元民はラーメンをよく食べられると思っていたのだが、実はこのごぼう天うどんもよく食べられるらしい
思い込みはいけないとつくづく思った
あっさりとした大阪人でも美味しくいただけるうどんだった
もう、歩いて天神まで行けることは知ったので、この日は昨日見つけた複合商業施設へまず立ち寄った
都会によくある形態でお洒落な店が集積しており映画館もある
まさに総合レジャービルだった
そこを少しブラブラして次は昔からの商店街である川端通商店街を歩く
懐かしい雰囲気でいっぱいの商店街だ
途中、櫛田神社へ向かう道と交差する
せっかくなので櫛田神社へ向かう
実は、櫛田神社のことはまったく知らなかったのだが、境内に大きな山車が飾ってあったとても由緒ある神社であることを知った
それどころか博多の総鎮守様で、その門前町にできたのがこの川端通商店街であることを後で知った
神様にはとても無礼でありましたことをここに平にお詫び申し上げます
商店街を抜けて左に曲がり明治通を天神の方へ向かう
今日も昼食はラーメンを食べようと思案する
博多で一番人気のあるお店はどこだろう?
いろいろ調べてそこへ行くことにした
このお店も現在はチェーン展開しており大阪にも数店あるし、カップ麺や鍋つゆまで販売している
さて、この辺りだなぁと思っていたところで、長い行列に出くわす
なんだ?
実はこのラーメン屋に並ぶ行列だった
さすが超人気店だと感心したのだが、あまりに長すぎるので気の短い大阪人はまたの機会にすべく、近所の行列のない店に入った
結局この超人気店に初めて行ったのは数年後の大阪の店だった
これでいいのだろうか?と今でも思案している
警固公園では何やら野外ライヴが行われていた
しばし、座って聴く
その後地図を広げて薬院というところの雑貨屋さんへの行き方を考えていたら年配のご婦人が「どこへ行こうとされていますか?」と博多弁で声掛けくださった
バス乗り場はどこでどのバスに乗ってどこで降りたらいいかまで丁寧親切に教えてくださった
なんと気さくでとても暖かい方なんだろう
雑貨屋さんから帰ってきて、再び天神界隈を散策して夕方には早めの夕食をとり
今回の旅行の目当ての一つである老舗ライヴハウスに向かった
店の外に看板が出ている
ここか・・・
おもむろに地下へと続く階段を降りていくと壁には、今や超ビッグなメジャーアーティスト達のポスターサイズの写真が飾ってある
その数は半端ではない
博多で活動していたアーティストはこの店を登竜門として旅立って行ったと言っても過言ではないのではないだろうか?
古くはフォークやニューミュージックの時代から、ポップス、ロックのアーティストまでここから羽ばたいてきている
この日も地元の若手アーティスト達のライヴが繰り広げられていた
お店の方に大阪から来ましたと伝えると満面の笑みでお迎えくださいました
さて、今日の主催者であろう男性がMCで今日は遠方からアーティストがかけつけてくださっていますと、ある男性の弾き語りアーティストを紹介した
その男性アーティストはMCの自己紹介で「今日は北九州から来ました!」
客席からは拍手が起こる
そうなのか・・・博多の人にとっては北九州は遠方なんだな・・・
確かに新幹線で一駅あるしな・・・
何組か後の地元博多のアーティストのステージが始まった
途中のMCで「今日はとても遠いところからお客様がお越しくださっています」と言った
多分私のことだろう・・・
「どちらのお客様ですか?」
私が手をあげる
「どちらからお越しいただきましたか?」
「大阪から」
私がそう言うと客席から大きなどよめきと盛大な拍手が起こった
本当にすごいありがたい街だな!
正直にそう感じた
ステージの彼は「では、今日ははるか遠方からお客様がお越しいただいているので紹介を込めて地元の歌を歌います。私のオリジナルで博多駅を題材にした曲です」と話した
その時に思った、なんと地元愛のすごい熱いアーティストなのだろう
この熱さが日本のミュージックシーンを切り開いてきた原動力なんだろうな
まさに実感した素晴らしい日だった
博多に集うアーティストはほんとハートが熱い
記念すべき日となった
私もいつかこのステージを踏みたいと願った
店を出て歩いていると西鉄天神駅の入り口にストリートミュージシャンがいた
しばし彼の熱い歌を聴いていた
そして挨拶代わりに彼のCDを一枚購入させていただいた
今はもう連絡もとりあってはいないけれど、変わりなく元気に活動していてくれていることを願う
それ以降の博多旅行は必ず天神地区のホテルをとるようにした
一応学習したつもりだ
騒動が収まったら心からまた訪れたい街である




