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第四話

「そんな小瓶で足りるのか? まだ子供とはいえ、ドラゴンはあんなに大きいんだぞ」


 砦の厨房でリナが準備に奔走する横から、ロイドが落ち着かない様子で口を挟んでくる。右往左往している彼を軽やかに笑い、リナは木べらを彼の手に押し付けた。


「心配しなくても大丈夫、ドラゴンは人間よりずっと鋭敏な舌を持っているらしいですから。……さ、私が他のお料理の下ごしらえをしている間に、ロイドさんはそっちのお鍋をお願いします」


 リナに背中を押されるがまま、ロイドは湯を沸かしている小ぶりの片手鍋に歩み寄った。商店で仕入れた小瓶を逆さにして、中身を全部鍋の中にあけてしまう。


 少しの無駄もないようにと、小瓶にスプーンを突っ込んで、粘度のある液体を慎重に掻き出した。


「完全に溶けたら大丈夫ですから、すぐに火を止めてくださいね?」


 鍋に集中しているロイドは、ああ、と短く生返事をした。


 すっかり厨房に馴染んでしまった彼は、「なぜ隊長たる自分がこんなことを」などとは思いつきもしないのだった。



 ◇



 万が一に備えた留守番だけを残して、西方砦すぐ近くの小川沿いに国境警備隊のほぼ全員が集結した。


 それぞれが手分けして動き回り、火起こしやら日除けのテント張りやらに精を出す。さすが手慣れているだけあって、あっという間に準備が完了した。


 中央では猪の丸焼きが出来上がりつつあった。森へ食材探しに出掛けた連中が狩ってきてくれたのだ。

 下からは焚き火で、側面からは火の魔法でこんがりと焼き色をつけていく。煙と共に、肉の焼けるいい香りが立ち昇った。


「くうう、待ちきれねぇぜ!」


「久しぶりのマトモなメシ……!」


 目を爛々と光らせて待ち構える男達をよそに、リナが手際よく川魚に串を打っていく。こちらも別部隊が釣ってきてくれたものだ。


「リナ、野菜串もたくさん用意してくれたのね」


「甘芋は熾火に突っ込んでおいて、食後のデザートにしましょうよ」


 焚き火を囲みつつ、女性兵士達も楽しそうに料理を手伝ってくれる。

 雲ひとつない晴天で、そよ風もさわさわと心地いい。久々の休息に皆浮き立っていて、笑ってしゃべって大忙しだ。


 料理の仕込みがすべて終わり、リナは満足気に手を叩いた。


「さて、お魚は焼けるまでもう少し掛かりそうですね。猪さんは……」


「表面はもう食えるぞ! 削ぎ落としてから、また中をじっくり焼いていこう」


 火魔法担当の兵士が声を弾ませるなり、皆我先にと皿を持って駆けつけた。「たくさんあるから慌てんなって」と笑いながら、兵士が次々と肉を切り分けていく。


 その様子を見て、リナがぽんと手を打った。

 懐からいそいそと何かを取り出す。


「皆さん! 追加で薬草塩はいかが」


「いりません」


「間に合ってます」


 速攻で却下して、皆一斉に猪肉をほおばった。


「うーわー、美味しいぃぃぃ」


「草の味がしねぇ!」


「苦くないぃ~」


 器用にも小躍りしながらガツガツ食べる。焼き担当の兵士は大汗をかきながらも、張り切って肉を振る舞い続けた。


 むう、とリナが頬をふくらませる。


「この薬草塩、お薦めなのに~。猪肉特有の臭みを消すのにぴったりなのに~。……えいえいっ」


「うおおいっ!? おいリナ、なんで俺のにかけた!?」


「そこにお肉があったから、ですかね?」


 しれっと答える彼女に怒りを覚え、ロイドは近くにいたメルヴィンの皿を奪い取った。


「ならこれにもかけろっ」


「えいえいおー」


「あああそんな殺生なッ!?」


 ぎゃんぎゃん喚きつつ野外料理を堪能する。


 ある程度腹が満ちたら好奇心が刺激されたのか、リナの薬草塩にも人が群がり出した。案の定「まっず!」「確かに臭みは消えるけども!」と散々な評価だったが。


 リナはくすりと笑うと、今度は小さな素焼きの壺を持ってきた。


「こういうのもあるんですよ。薬草を練って作った調味料なんです。刺激が強いので、ちょっぴりだけつけて召し上がれ」


 真っ赤でねっとりとしたタレらしきものに、ロイド達は怯えて一歩下がった。しかしやはり好奇心には勝てず、恐る恐る肉につけて口にする。


「ぎゃーーーー!!」


「カラいぃーーーー!!」


 大多数はヒイヒイ叫び、小川に向かって走り去っていく。

 しかし、メルヴィンを含めた何人かの反応は違っていた。


「これは……」


「確かに、舌が痺れるくらい辛いけど……」


『――美味しい!!』


 わあっと歓声が上がった。


 スプーンにたっぷりとすくい、大量に使う猛者まで出る始末。リナがこれまで振る舞ってきた中で、一番評判がいい料理と言えるかもしれない。


 リナも嬉しげに顔をほころばせた。


「わあ、聞きましたかロイドさん!? 私ってばすっごく褒められて――……んん?」


 きょとんと目を丸くする。

 なぜなら、ロイドが長身を縮めてこそこそと逃げている最中だったからだ。


 逃がすものかとリナがその背にタックルする。


「これこれ、そこな隊長さん。一人だけお味見せずに逃げるおつもりかえ」


「誰の真似だよ!」


「うちのおばあちゃんです」


 澄まして答え、強制的にロイドの皿にタレをこすりつけた。呻き声を上げるロイドを、肘でつんつんと突く。


「もしやもしや、辛いものが苦手なんですかぁ?」


「違っ……! こ、この俺がそんな軟弱者なわけがなかろうっ」


 胸を張って肉にフォークを突き立てた……かと思えば、端っこだけちょっぴりかじり取る。


「ぐっふぅ!」


「あ、軟弱者だー」


「うるせぇ!」


 涙目になりつつ文句を言った。

 リナはお腹を抱えて笑いながらも、ロイドのために水を持ってきてくれる。一息に飲み干して、ロイドはやっとひと心地ついた。


「ふう。酷い目に合った……」


「それ、体が温まるから寒い冬にお薦めなんですよ。冬になったら辛さ控えめにして作りますから、ちゃんと食べてくださいね?」


 いたずらっぽく見上げられ、なぜかロイドの顔が熱くなる。逃げるようにそっぽを向いた。


「ふ、ふんっ、結構だ! 冬の寒さに負けたことなどないからな!」


「……そう、ですか……」


 背中越しに聞こえた小さな声は、どことなく寂しげな色を帯びていた。はっと胸を衝かれて、ロイドは慌ててリナを振り返る。


「リッ」


 刹那。


 ざあっと風の鳴る音が響き渡った。


 眩しいくらいだった日が陰り、リナとロイドがいる場所だけがぽっかりと暗くなる。


「――来たかっ!!」


 ロイドは瞬時に思考を切り替えると、皿を投げ出して荒々しくリナを引き寄せた。隊員達も素早く臨戦態勢を整える。


 リナは小さく震えながらも、勇気を出して上空を見上げた。


「…………っ」


 果たして、巨大な翼を広げたドラゴンが空を舞っていた。ドラゴンが翼をはためかせるたび、周囲に突風が巻き起こる。


 ロイドはリナの肩を抱いたまま、目を血走らせて隊員達を振り返った。


「いいか、お前ら! 手はず通りにいくぞっ!」


『おおっ!!』


 全員が唱和して――……



 迷うことなく、一斉に武器を放り捨てた。



 ◇



「野外パーティ?」


 唖然とするロイドとメルヴィンに、リナは大真面目で頷いた。


「そうです。あれだけ熱心に通い詰めてくるところを見ると、子ドラゴンさんはおそらく、西方砦の皆さんに親しみを感じてるんだと思うんです。ですから砦の皆さんでパーティを開けば、自分も仲間に入りたいと考えるはずです」


 数日前。


 子ドラゴン対策としてリナが提案したのはこういうことだった。


 ドラゴンであろうと子供は子供。その思考は人間とそうは変わらないはず。

 大人が楽しそうに遊んでいれば、自分も入れて入れてと寄ってくるに違いない。


「ドラゴンさんは草食で、そしておそらく甘党です。野生の果物でも、ドラゴンさんが見向きもしないのはどれも酸っぱい実ばっかりですから。私の故郷は養蜂も盛んなんですけど、時々ドラゴンさんに蜂蜜を差し入れたら大喜びしてくれたらしいんですよ」


「……お前の村は名産品が多いな」


 ロイドがあきれたように嘆息した。


 薬草にドラゴンに蜂蜜。

 リナの出身は、なかなかどうして賑やかな村ではないか。


「えへへ、お褒めにあずかり光栄です」


 照れ笑いしてから、それで、とリナが居住まいを正す。


「首尾よくドラゴンさんが現れたら、お次は彼……多分、彼だと思います。雌はもう少し青みがかった緑色ですから」


「ああ。それで、そのクソガキ……失礼。ドラゴン坊主をおびき寄せてどうするんだ?」


「何もしません」


 きっぱりと言い切ったリナに、ロイドとメルヴィンは束の間絶句した。聞き間違いだろうかと顔を見合わせ、メルヴィンが困ったように眉を下げる。


「……リナさん? 何か、秘策があるのではなかったのですか……?」


「対ドラゴンさんの秘策というよりは、対子供の秘策なんです。構ってほしくて悪いことをしている子は、反応が返ってくるからますます張り切ってしまうんです。――だから、私達は徹底的に彼を無視しましょう!」


『…………』


 しばし黙考して、ロイドが呻き声を上げた。


「それ、逆上するだけじゃないか?」


「んん~……。私も、絶対の自信があるわけじゃありませんけど。それでも、あの子ドラゴンさんは単に遊びたがってるだけだと思うんです。だから私達は戦いには応じず、逆に彼をパーティに誘う。好物を用意しておもてなしする」


「つまり……、ドラゴンと友好関係を築くのですね?」


 メルヴィンがはたと手を打つ。

 そうですそうです、とリナが飛びつくように頷いた。


「ある程度の人語を解してくれるなら、交渉だってできるはずです。時々遊んであげるから、もう悪いことしたら駄目だよって、大人が言い聞かせてあげましょう!」



 ◇



 ――と、いうわけで。


「あー、肉うめー」


「魚もうめー」


「薬草塩まずー」


「薬草ダレは辛うまうまー」


 砦の人間達の常と違う反応に、ドラゴンはしばし呆気に取られていた。


 しかし、いくら待ってみても人間達にこちらを見る様子はないと悟ると、戸惑いながらも動き出した。

 料理に舌鼓を打つ兵の側をうろうろと周回し、「ねえねえ?」「どしたの?」と言いたげに一生懸命顔を覗き込む。


(こ、怖……っ)


(しッ、声を立てるな! 頃合いを見計らってパーティに誘うまでは、ひたすら笑って存在を無視するんだ!)


 泣き言を漏らしかけた部下を叱咤して、ロイドは努めて朗らかな笑い声を立てた。


「いやあ、パーティとは楽しいモノダナー。料理もウマイシー」


 片言になってしまった。


 笑顔を引きつらせていると、すかさずリナがお皿を差し出した。


「ロイドさん。お代わりは薬草塩にしますか? それとも薬草ダレにしますか?」


「いいえ、どちらも結構です」


 うわの空で返事をして、ロイドは深呼吸する。

 よし、と気合いを入れ直して皿に残っていた料理をすべて平らげた。


 メルヴィンがすっと歩み寄ってくる。


「ロイド隊長、よろしければこちらを。猪肉を葉物野菜で巻いてみました。そのまま手掴みでどうぞ」


 いつもと変わらぬ温厚な笑顔で渡してくれた料理を、ロイドも礼を言って受け取った。

 ドラゴンがうろついているこの状況では、平常心を保つのも難しい。結局、食べ続けるのが一番楽なのだ。


「さっぱりして美味そうだな――……ッ!?」


「うわぁっ!?」


 その瞬間、ドラゴンが動いた。


 鋭い爪をかざしてロイドに襲いかかったのだ。


「――ロイドさんっ!!」


 ひび割れた悲鳴を上げるリナに、ロイドは大急ぎでかぶりを振ってみせる。

 ドラゴンの攻撃を咄嗟に仰け反って避けたものの、その必要はどうやらなかったようだ。攻撃の位置取りがおかしく、避けずとも当たらなかったに違いない。


「一体どこを狙って……?」


「あああーっ!! ロイド隊長っ! 大変、大変ですっ!!」


 メルヴィンが突然血相を変えて怒鳴り出す。


 震える指で示された方向を辿ると、ドラゴンが牙を剥き出しに大口を開けているところだった。前足で掴んでいるのは、先程まさにロイドが食べようとしていた肉――……


 ロイドがさっと青ざめてリナを振り返る。


「おい、なんで食べようとしてるんだ!? ドラゴンは草食なんだろう!?」


 リナもまた真っ青になっていた。

 ロイドの腕を取り、弾かれたようにドラゴンに向かって駆け出していく。


「ごめんなさい、私のせいです! 料理の選択を間違えてしまいました! これはおそらく、よくある子供のアレですっ!!」


 大人ばっかりずる~い。

 ぼくもたべるんだもんっ!


「たとえ体に悪くても、大人が食べていたら欲しがってしまう食いしん坊現象ーーーっ!!!」

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