1-7
次の日を迎えて水曜日。今日の放課後は第2候補として考えていた写真部に、ついてきた聡太郎と仮入部しに行った。
写真部の部室に着いて、少し緊張しながら引き戸を開ける。
だけど、予想とは違い今日は姫野先輩は待ち伏せしていなかった。
肩透かしを食らった気持ちで席につく、聡太郎は隣ではなく何故か後ろに座った。
ただわざわざ指摘することでもないのでそのまま仮入部が始まるのを待っていると、新しく入ってくる人達の中に姫野先輩が居た。
姫野先輩は驚いてる僕に気づいていながら当たり前のように隣に座ってくる。聡太郎が後ろに来たのはそう言う理由だったのか…。
となると姫野先輩がここに来た理由も聡太郎が伝えたからなんだろうか、何も考えていない僕と違って抜け目なかった。
「やあ、須永君。昨日ぶりだね。」
「そうですね、先輩。ここに来たのはどういう理由ですか?」
「もちろん、君が居るからだよ?」
分かってはいたけど面と向かって言われると凄く照れる。
僕が何も言わずに顔を逸らして目線だけを彼女の方に向ける。
姫野先輩は少し楽しげに笑っていてはっきり面と向かって君に会いに来たと言っているのに何のダメージも無さそうで少し憎たらしい。
しばらくして時間になり仮入部が始まる。
写真部の部長さんの挨拶から始まり、部活動の内容から今日の仮入部で何をするのかの説明へと移った。
「今日の仮入部では皆さんに写真を撮ってもらう楽しさを知ってもらうため、時間いっぱい校内を巡ってもらい写真を撮ってもらおうと思います。写真を撮るものがないと言う方はここで貸し出しますので教卓まで取りに来てください。それでは時間になるまで一旦解散です。」
その声を合図に教室内に居た人達が動き出す。僕もとりあえず横に置いておいたリュックを背負い込んで立ち上がり姫野先輩の方を見る。
同じく教室に出る準備を進めていた姫野先輩はとりあえずカメラを借りる気はないようで「それじゃあ行こうか。」と行先も告げずに僕の事を連れ出した。
教室を出た僕は姫野先輩に導かれるまま校舎の中を進んだ。
放課後の校舎を、綺麗な先輩と、それも二人っきりで歩くというのは少し非日常に感じれてドキドキする。
それを知ってか知らずか、時々振り返る姫野先輩の表情は少し赤く見えた。
少し歩いて部活動の部室がある部室棟から普段使う教室があるHR棟へと移動した。
そのまま3階から2階へ、2年生の教室がある階につく。そこから更に歩いて段々と少ない数の教室の方へ向かっていく。
そして2年1組と書かれたプレートがある教室について姫野先輩は引き戸を開いて中へと入っていく。僕もそれに合わせて中へと入った。
姫野先輩はそのまま窓側に進んで、1つの席へと座り込む。
窓からの日差しが彼女の黒い髪を照らして天の川のように煌めいて、黒いのに、はっきりと輝いている瞳が僕を射抜く。
頬はさっきに比べて更に赤みを増して、何かを堪えてる見たいだった。
何も言えずに見惚れて近くで立ち尽くす僕に、見つめ合ったまま彼女は口を開いた。
「私の事を、写真に撮ってくれないかい?」
「はい…?」
「だから、私の、写真を撮るんだよ。君が。」
「·····聞き間違いじゃ、ないんですね。」
写真部の仮入部中なんだからなにか写真を撮るんだろうとは思ってたんだけどまさか先輩をなんて…。
なにで撮るんだろうか、やっぱり僕のスマホなんだろうか。先輩はスマホを取り出すつもりも無さそうだし、写真部の方から借りたカメラも無いわけだし。
というか、今から断る事はできないのかな…。確かに先輩の告白の返事を待つのをOKしたしある程度は付き合うつもりだったんだけど、かといって気楽に行えるほど僕の心臓は強くはない。
助けを求めるように宙に視線をさ迷わせたって何も無く、断る提案を口に出せずに、僕は。
高鳴る心臓の鼓動に加速する脈と燃え上がりそうな体温のまま、スマホを取り出した。
そして縦向きでカメラを構える。中心に写るのは、もちろん姫野先輩だ。
カメラに写った途端、彼女の頬はただでさえ少し赤かったのに真っ赤になってその恥ずかしさが僕にも伝わってくるようだった。
今から好きな人の写真を自分のスマホで撮る。そんな行動に頭の中が破裂しそうになりながらカメラのピントを合わせる。
少し俯いていた姫野先輩の視線が上がってカメラ目線になって、スマホ越しに目が合った。
恥ずかしさと気まずさ、そして少しの幸福感に包まれて僕はシャッターを切る。
撮れた写真はそのまま青春の1ページのように眩しくて、これ以上意識していたくなかった僕はスマホから目を逸らして窓の外に目をやった。
同じように先輩ももう限界だったのか、気を紛らわせるように口を開いた。
「··········この教室、ちょうどこのあたりの席だと窓の外から桜が見えるんだ。校門の辺りが見えるからね。」
「そうなんですね…。僕の席は教室の真ん中ぐらいだから、窓際ならそんな景色が見れるなんて知らなかったです。」
話すことが無くなって会話が止まる。やっぱり踏み込まれた分だけ気まずくて、僕は誤魔化すように窓際へと歩いた。
相変わらず外では桜が散っていて、ピンク色の花びらがアスファルトを埋めて絨毯のようになっていた。
その風景をカメラに収めている仮入部中の人がいて、そんな景色をただ眺めていると落ち着けた。
落ち着けて余裕ができたからか、先輩の方が気になって視線を移す。
彼女はまだ頬を染めたまま、外を眺めていた。
僕はそんな姫野先輩を連れ出すように声をかける。
「姫野先輩、そろそろ教室出ましょうか。ここでただ時間を潰しているのも、意味ないですし。」
「そうだね。じゃあ出ようか。」
姫野先輩と一緒に教室を出る。今度は来た時と逆で僕が先頭だ。
ただ取り敢えず教室を出たのは良いけど、僕にはどこか向かう場所があるわけでもなかった。
何か良い写真を取れそうな場所なんて入学したばかりだからもちろん知らない。
かと言って誰かがいた校門に行くのは気が引ける。
行く宛てもなく階段に向かうと、ちょうど曲がったところで視界の端に人影が写った。
それに気がついた僕はすぐに立ち止まって困惑して声をあげようとする先輩に見えるように口元で人差し指を立てた。
それを見て口をつぐんだのを確認した後、廊下の方に視線を移す。
それからすぐに、こちらを伺うように顔を出された。
犯人は、聡太郎だ。
どうやら後ろをつけられていたらしく、さっきのやり取りも見られていたと思う。
こっちに気がついた途端、驚きの声を上げたかと思うと逃げ出した。
慌てて追いかける、廊下を走ることがダメなんて事は頭から完全に抜けての全力疾走。
とにかく見られたことが恥ずかしくてどうにかなりそうだった。
行き止まりなのもあってすぐに追いつく。僕は後ずさる聡太郎に対してじりじりと詰め寄った。
そこで、ようやく反射的に追いかけただけだから追い詰めてもすることがないことに気がつく。ただ、一つだけ聞いておきたいことはあったので僕は口を開いた。
「み、見た?」
「もちろん。」
即答だった。思わず掴みかかりそうになったのを抑えて平静を装う。
「そ、そう。見たんだ…。」
顔は真っ赤なままだろうけどどうにかそう口にすることが出来た。
聡太郎はこっそりついてきてたみたいだけど、姫野さんはどうしたんだろう。
そう思った瞬間、真後ろでシャッター音が鳴った。
すぐさま後ろを振り向くと、面白そうにスマホを構える姫野さんと僕を追ってきたのだろう苦笑い気味の姫野先輩がいた。
ゆ、油断した。そう思ってももう遅くカメラに収められてしまっている。
トドメとばかりに何度もシャッターを切ってくるので僕は顔を隠すのも諦めて大人しく姫野先輩の方に向かう。まだ仮入部で教室を出てから10分ほどしか経ってないのにとても疲れた。
「ごめんね?2人に見られてるのは分かってたんだけど。2人っきりだともっと恥ずかしくて。」
どうやら姫野先輩は知ってるらしかった。というか、2人っきりよりも人に見られる方が恥ずかしいと思うんだけど。先輩はどうやら違うらしい。
そこからは4人で一緒に校舎を巡ることになった。隠れて見られるよりはみんなで歩いた方が良いんだけど、先輩がいつもより少し積極的で常時心拍数が高くなって破裂しそうで、耐えるのに苦労した。
チャイムがなって教室に集まるまでの時間は、聡太郎と姫野さんにおちょくられることはあったけど楽しかったと思う。
ただ、帰り道はしっかり2人っきりで帰らされたけど。