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次の日の放課後、今日からは1年生は放課後に仮入部がある。
とりあえず初日は文芸部に行こうとすると、どうやら聡太郎と先輩の妹である姫野さんも文芸部に行きたいらしく一緒に向かうことになった。
文芸部室へと歩いていると、そういえば部活に入っていない姫野先輩は部活動もなければ新入生でもないから放課後はただ帰るだけだと言うことに気が付く。
ただもう手遅れで、帰る時間を合わせられそうにもないから今日は一人で帰るか聡太郎と帰ることになりそうだ。
今日は姫野先輩に会っていないしもう今週は会う時間は昼休みぐらいしかなさそうだからどうするつもりなんだろうか、ちょうどそう思いながら文芸部室について引き戸を開けると、何故か、居ないはずの姫野先輩が居た。
「やあ。須永君に恵に加藤君。待っていたよ。」
「え?···············。なんで居るんですか…?」
「単純に私がこの文芸部の部員だからだよ?」
え?いや、え?なんで?だって、生徒会に入ってるから部活動には入らなくていいんじゃ…って───
「どうやら気づいたみたいだね。私は一言も部活には入ってないなんて言ってないよ。私は入らなくてもいいって言ったからね、部活には入っているんだよ。この通り。」
「そうだったんですね…。」
なんでわざわざそんな事したのかは聞かないでおこう、これ以上時間をかけたら周りに迷惑だし。まあ後ろの聡太郎と姫野さんは知ってたみたいだし他の文芸部員の方も丁寧に待ってるけど。
それから十分ぐらい待って、誰も来ないまま時間が来て姫野先輩による文芸部の説明が始まった。
「まず、この文芸部の活動内容から話すね。基本的に毎週何かをする訳じゃなくて、絶対活動しなきゃ行けないのは毎年ある文化祭の日だけだね。それまでに部誌として提出できる作品があればいいかな。だから基本的に部活をすることは無い緩い部活だね。とりあえず今日は原稿用紙を刷ってきたから書いてみようか。」
その声を合図に、適当に近くの席に座っていた僕たちの隣に他の文芸部員さんたちが席に座ってきた。当たり前のように僕の隣は姫野先輩だった。
聡太郎と姫野さん、周りの文芸部員の人たちとアイコンタクトを取っているところを見るとこれは姫野先輩の計画の内らしい。
僕は一年先輩の彼女と少しだけ同じクラスになった気がして、少し顔が熱くなる。
姫野先輩はそんなことには気づかずにそのまま僕の隣で姫野先輩はリュックから原稿用紙を取り出し2人に配り始めた。少しして僕の方にも原稿用紙が3枚渡る。
原稿用紙を貰ったあと、筆記用具をリュックから取り出して僕はシャーペンを握った。
周りを見ると、聡太郎は1人で、姫野さんは文芸部員の方にアドバイスされながら原稿用紙に向き合っていた。
姫野先輩は僕が元々文芸部員だと知っているからか、何かするつもりは無いようで隣で僕のことを眺めている。
やりずらさを感じながらも仮入部に来て何も書かない訳には行かないので大人しく先輩の事は無視して右手で軽く握ったシャーペンに力を込める。
こうして原稿用紙と向き合ってみると、どこか懐かしいような気持ちに包まれた。
シャーペンを持って原稿用紙に何かを書くなんて事はいつぶりだろうか。
何かの紙に文字を書くことは学生なのだからほぼ毎日行ってはいるけれど。僕にとって、原稿用紙と向き合うという行為は少し特別なもののように感じる。
作文を書くのが嫌だった事を思い出すよりも先に、ちょっとした感慨深さを感じる。
確か、筆を持つのは中学二年生の文芸部誌作成の時の作品を書く時以来だったはずだ。
それにしても、何を書いたらいいんだろう。
僕は、たった1度だけ物語を書いたことがあるだけで、素人同然だ。本を読むのは好きだし人よりは読むほうだとは思う。
ただ、本を読む行為がそのまま文章を書ける、何かを作れる事には繋がらない。
初めて筆を持った時はどうだっただろうか。
何を思い、何を考えてたんだろうか。
あれから2年も経っていないけれど、何か楽しかったとか、凄いやる気があったとかではなかったはず。
ただ、どうしてか、筆を取るのを辞めることが出来なくて。物語を書くことになった時は、見てみたい景色を、思ったことを、書いていたことを、ぼんやりと覚えていた。
今、見てみたい景色。常日頃から思っている事はなんだろうか。
······とりあえず、書く内容は決まった。
原稿用紙に向かってシャーペンを下ろす。とりあえず今書こうと思ったのは、中学二年生の時に書いたあの作品の続きだ。
あの作品の時間からどれくらい時が経ったか、登場人物がどのように成長してどこに向かったのか、それを頭の中で思い描く。
それなら主人公の行動はどうなるか、書き出しはどう始めるべきか。
見えなかったはずの点が、やがてくっきりと浮かび上がって線を描く。
いくつもの線が形になって、真っ白な原稿用紙がゆっくりと、少しずつ、ただ着実に黒く染っていく。
それからどれくらいの時間が経ったのか、原稿用紙1枚埋まったところで仮入部の終了時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
そこで集中力が途切れてシャーペンを机の上に置く。
頭が少し重く感じられるような疲労感が、どういう訳か心地よかった。
原稿用紙から目を離して上の天井をぼんやり見上げていると隣で様子を見守っていた姫野先輩が口を開く。
「チャイムが鳴ったから、ここでお開きだね。手早く片付けて帰ろうか。」
僕は少しだけぼんやり天井を見上げてからシャーペンを筆箱の中にしまって筆箱と一緒に原稿用紙をリュックに入れて姫野先輩たちと教室を後にした。
その後の帰り道は、気を使われたのか2人っきりにするように言われたのか、帰り道がほとんど同じなはずの聡太郎と姫野さんとは一緒には帰らず姫野先輩と2人っきりだった。