1-3
下駄箱まで向かい靴を履き替えて玄関を出ると、隣にいる聡太郎に肩を捕まれ歩くのを止められた。
急な行動に驚きながらも聡太郎の方を向くと校門の方を見ながら口を開く。
「おい、樹。もしかしてお前に告白したって言うのあの子か?」
聡太郎の視線の先を見ると、昨日と同じように彼女が桜の木の下でピンク色の吹雪に吹かれていた。
昨日の宣言通りしばらくは僕と一緒に過ごすつもりなんだろう、僕が校門に来るのを待ってるみたいだ。
「うん、そうだよ。」
「…そうか。俺はお邪魔だろうし時間を潰してから帰るわ。行ってこい。」
「うん。」
僕はそれだけ行って彼女の方へと向かった。1人なのは心細いけど状況が状況だし、諦めるしかない。
ある程度近ずいたところで彼女も僕の事に気が付いて少し恥ずかしげにこちらに手を振ってくる。
僕もそれにならって手を振り返して彼女の隣へと行き着いた。
「や、やあ。昨日ぶり、だね。」
少し気まずい雰囲気で彼女が声をかけてくる。まあ、当たり前なんだろうけどそれにしても少し距離が遠いような気がした。
「…そうですね。あの、僕、須永樹って言います。」
「あはは…そういえば自己紹介がまだだったね。よろしく須永君、私は姫野咲希だよ。」
「はい、よろしく姫野さん。」
そう言って握手をし合う、彼女の手の感触が思ったより柔らかくて心拍数が上がるのを表情に出さないようにしながら手を離した。視線は合わせられなくて目を逸らすしか無かったけど。
「それじゃあ、一緒に帰ってくれるかな?須永君。」
「そうですね、一緒に帰りますか。」
校門を出て、同じ道を進む。少し会話に間が空いてお互い景色を眺めながらただ歩くだけの時間が過ぎていく。
会話をしない事自体はそこまで気になることでもないけど告白された相手でましてや惚れている相手ともなると普段なら気にしない僕の気持ちも変わってくる。
まるで互いの出方を伺っている一対一の戦いのさなかのような張り詰めた緊張の中、チラチラと彼女のことを伺っているとふと疑問が浮かんだ。
このままの雰囲気を打開しようと僕は口を開ける。
「そういえば、姫野さんは徒歩通学なんですか?」
「ああ、途中まではそうだね。私、電車通学だから。」
「へえ、そうなんですか。奇遇ですね、僕もです。」
僕が通っている高校はこの辺りの中でも結構偏差値が高く僕が通ってるところからは電車で三十分以上、そこから歩きで二十分以上とだいたい五十分はかかる。
学校の周りの中学校から進学してくる人は多く逆に電車を使ってくる生徒はあまり少ない。
そのため自転車通学じゃない姫野さんも学校の近くに住んでいると思ったんだけどどうやら違うみたいだ。
「へぇ、君も電車通学なんだね。ところでもう少し自己紹介を続けないかい?君の事がもっと知りたいかな。」
君の事が知りたい、そんな言葉が聞こえて思わず嬉しくて頬が上がりそうになる。
そんな気持ちを見透かされないように悟られ無い程度に深呼吸をした。
「そうですね、名前だけ知ってるのもなんですし。僕は本が好きですね。とにかく沢山読んでます。姫野さんは何が好きですか?」
「私は音楽を聴いたりするのが好きかな。あと本は全く読まないや。君は他に何が好きなのかい?好きな食べ物とかなんでもいいから教えて欲しい。」
「そうですね、食べ物で好きなのはハンバーグとかですかね。他に好きなものと言えば動物だと猫が好きですよ。飼ったことは無いですけど。」
「そうなんだね。私も猫は好きだよ。たまに見かける近所の野良猫につい餌を上げちゃうくらいには。」
そんな話をしていると少しづつ打ち解けてきて最初の空気感が嘘のように会話が弾む。
共通の趣味こそは見つからなかったけど話をしている感じ姫野さんとはウマが合うみたいで一緒に居て普通に楽しい。
しばらくすると駅に着いて僕らは改札を通った。
「姫野さんはどの方向ですか?」
「ああ、私はこっち方面かな。」
そう言って指さした方向は僕の帰り道と同じ方向だった。
「同じ方向ですね。凄い偶然。」
「…そうだね、こんなこともあるんだね。」
2人で階段を降りて同じホームで同じ電車を待つ。
朝も1人で同じように電車を待ったはずなのに姫野さんが隣に居るだけで緊張感は変わっていた。
駅に着くまでもそうだったけど隣に人が居ると言うのは久しぶりで少しむず痒かった。
予定時刻通りに電車がきてしっかり降りる人を待ってから乗り込む。
午前で授業も終わったため車内はある程度空いていて2人で座る分の席はいくつかあった。
僕らは隣同士に腰掛けて少し詰めて座る。姫野さんが1番端でドアに近いところ、僕がその隣だ。
乗り込んだ車両は各駅停車で僕の降りる駅まで早くてもいつも通り三十分はかかりそうだ。姫野さんがどこで降りるかは分からないけど少し長いような予感がした。
一緒に電車に乗った人が僕の隣に座ってきたのもあって姫野さんとの距離は中々だった。
触れないようにはしても肩とか太ももとかが軽くぶつかる。
その上車内の空調が姫野さんの匂いを運んできて気が気じゃない。彼女は少し甘い花のような香りがした。
そんな中で電車が出発して車内は緩やかに揺れだした。三十分も待つとなると普段は本を読むのだけれど、変に身動ぎして姫野さんにぶつかるのが怖くて足の上に置いたリュックから本は取り出せなかった。
大人しく向こうの人の肩越しに見える外の景色に目を見ける。
窓の向こうは、結構な勢いで灰色だったりベージュや白とか様々な色の住宅街、赤や青のコンビニ、様々な色の車やぽつんと歩いている人なんかが見えた。
窓の向こうはそれだけじゃなく、住宅街を越えた先には横幅の大きな川にそれに架かったこれまた大きな橋。さらに先には緑の豊かな森に公園なんかが見えて、たまには窓の向こうに目を見えるのも楽しいなと思った。
少し隣が気になって姫野さんの方へと向く。
視線の先では彼女も同じように窓の向こうを見ていて、輝いて見える瞳には彼女がみている景色が反射して映っていた。
こうして見ると、こんな姿も様になっていて本当に綺麗な人だと思った。
駅に向かう途中は顔なんて意識してあまり見ないようにしてたけどやっぱり見惚れてしまう。
まともに見ながら話すのは流石に恥ずかしいから慣れたとしてもかなり先の話になりそうだ。
そう思って、もう一度窓の外に視線を向けた。
しばらくして何回も停車した後、僕が降りる駅の名前のアナウンスが車内に響く。
姫野さんはそれまでに降りることは無く姫野さんの家は僕よりもう少し遠そうだ。
アナウンスの2回目が響いた辺りでこの駅で降りる事を彼女に伝えると僕は驚くことを彼女から聞いた。
「あ、君も同じ駅で降りるのかい?偶然が重なることもあるだね。」
驚いて大きくなりそうになる声をどうにか抑えて僕は彼女に言葉を返した。
「…姫野さんもおなじ駅なんですね。」
ちょうどそのタイミングで電車が止まって扉が開く。僕らは立ち上がってそのまま押し出されるように外へと進んだ。
「まさか、同じ方向なだけじゃなくて降りる駅まで同じなんて思わなかったよ。」
「そうですね。入学してから驚きの連続ですよ…。」
「私も同じ気持ちかな。」
入学して初日に告白されて、しかもその人と登下校の道がほぼ同じなんて話は結構運命を感じるくらいには凄い偶然だった。
なんだか、このまままたこんな偶然が連続するんじゃないかなんて変な考えに囚われそうになる。
でも駅から出る方向は別で改札を出た僕と姫野さんは「さようなら」とだけ言って別々に帰った。
流石に最後まで同じ道でお隣さんなんて非現実的過ぎるところまでは進まないらしい。
ただ、ずっと上がりきりだった心拍数だけは彼女と離れてもしばらくは激しいままだったんだけど。