7 彼氏が出来た
私とリュカが別授業で離れている隙を狙って奴らはやってきた。
「やあ、シャノン嬢。少し話をしたいのだが」
温和な笑顔で誘っても無駄ですよ、第二王子ジェラルド。
「時間が無いので失礼します」
「生徒会についてちょっと聞きたいんだ。昨日リュカの手伝いをしたって?」
近づいてきて肩を優しく撫でてくるのキモイよ、公爵家長男ルーファス。
「一般生徒が手伝うのを禁止する規則も無いですし、問題はありません」
「……確かにそうだ、が問題は大いにある」
は? 問題なんぞないでしょ? 威圧してくんな、騎士団長の息子ローデリック。
「問題とは何ですか?」
「貴様! アイリーンに何をした! 白状しろ! アイリーンはお前のせいで体調を崩したんだぞ!」
キャンキャン吠えてくるのは生徒会員じゃない第三王子アルベルト。お前関係ねーだろ、うるせーな躾のなってない小型犬か。
「何をしたと言われましても、私はリュカの手伝いをするとボードウェル様に言った後一切接触していません」
「つまり、アイリーンを無視してその場にいないものとして扱ったと」
――まあ、ある意味そう言えるけど……。
「ボードウェル様は私のことが大層お嫌いなようですので、近づかなかっただけですが?」
これも事実である。
「嫌われてるって自覚がある上で、生徒会室に押し掛けたんだ。それってぶっちゃけ嫌がらせだよねー」
そういったルーファスが私の肩に置いた手に少し力を入れた。痛くは無いけど不快指数MAXなんですけど。
「友人が理不尽に仕事を押し付けられているので手伝った、それが押し掛けたことになる上に嫌がらせですか」
「押し付けてはいないよ。生徒会入りしたリュカに早く業務に慣れてもらうためにアイリーンに個別指導をお願いしただけさ。それを邪魔する君に問題がある」
――随分脳みそわいた返答してくれるな第二王子さん。何言っても無駄だなこりゃ。前世では好きなキャラだったけどこんな阿呆丸出し王子だったとは思わなかったよ。まあ、入学直後からこいつに対する好感度マイナスだから今更何とも思わないけど。それより、この阿呆阿呆しい会話打ち切りてえーーーーーー。
「おい! 聞いているのか!」
私が虚空を見詰めだしたことに、苛立ったアルベルトが声を荒げた時、突然背後から真冬の刺すような冷気が流れ込んだ。
その場の全員が振り返るとそこには怖い程の無表情で立つリュカがいた。感情が抜け落ちたような無表情。それが余計に怒りの強さを表していた。
魔力持ちの人間は感情が大きく揺らぐと無意識に魔力を放出してしまう。
光属性以外の全属性を扱えるが一番得意なのは氷魔法、というリュカの設定を今思い出した。
――だから冷気駄々洩れになるんだー。っていうか寒っ! 滅茶苦茶寒い! ほぼ真冬!
「楽しい? 複数人で一人を恫喝するの」
ここに居るのは、私とアルベルト以外上級生。普段は彼らに敬語のリュカも今日は使う気にならないようだ。
「リュカ、私たちは彼女に口頭注意していただけだ」
「ああ、楽しいのは当たり前だった、何の罪もない生徒を学園中から孤立させるような輩だから」
ジェラルドの言葉を遮るリュカ。攻略対象共の言い訳は聞く気がないのだろう。
リュカはこちらに近づいてきて、私の手を取った。寒さで赤くなっている私の手を取り両手で擦りながらが小さく「ごめん……」と呟いた。
――謝る前に冷気放出やめて欲しい……けど私が攻略対象共に詰め寄られてるから怒ってくれてるんだよね。寒いけど何だか温かい気持ちになる冷気。
「リュカ……」
私が名を呼ぶと、彼はいつも通りにこりと笑って、歩き出す。攻略対象共から私を引き離すと、くるりと後ろを向いたリュカは彼らに無機質な瞳を向ける。
「俺、シャノン以外失うものが無い。だからそれが無くなったらさあ……」
失うものが無い、つまりは何も怖くない。だから何でもできる。
「だから何だというんだ! 僕は王ぞムガッ」
阿呆の小型犬の口を塞いだのはローデリック。
――うーん、一応いずれ騎士団に入るだけはあるな。本能的にリュカは敵に回したらヤバイ相手ってわかってるっぽい。リュカは卒業後すぐ国内トップ魔術師になるからなー。
□
「リュカ、助けてくれてありがとう」
「うん」
授業の開始の鐘が鳴ってしまったが、私たちは中庭のベンチに座っている。
「でも、どうして?」
私が攻略対象共に連れてこられた場所は目立たない場所だった。私たちの教室からは離れているし、私達の学年は何か用が無い限り近づかない上級生の校舎の近くだ。
「何か、教えてくれた。名前知らないけどみたことあるような気がする奴が」
「それは……、同じ学年の人?」
「多分そう。で、シャノンが王子たちに連れていかれたって」
――それを目撃できたのって同学年でさっき同じ移動授業受けてた人に限られるのでは?当然その中に私と親しい人物は皆無なはずだけど。何でリュカに私を助けに行かせたの? 意味わからなくて不気味。
「ボードウェルとか王子たちとかの態度、どうかと思うって」
疑問にリュカが答えてくれた。
「皆、王家と上位貴族が怖くて言えないけど、そう思ってる人そこそこいるとか」
「そう……手を差し伸べてはくれないけれど、私が悪くないと知ってくれている人は、いるんだ……」
ほんの少しだけ嬉しい。頬を緩めると、何故かリュカがムッとする。
「直接助けない奴なんて、いてもしょうがない」
「リュカが私の所に来てくれたのは、その人たちのお陰でしょ」
「それはそうだけど」
更に不機嫌になる。
「でも、ひとりぼっちの私に手を差し伸べてくれたのも、助けてくれたのも、リュカだけだもんね」
リュカはうんうんと頷いた後、私に凭れ掛かってきた。
「シャノンはもう少し俺を労ってもいいと思う」
「はいはい、どうぞ膝においで」
聞くや否や素早くベンチに横になり、私の膝に頭を乗せる。
「シャノンいい匂い……包まれる幸せ……」
「はいはい」
苦笑しながら彼の頭を撫でてやる。
「彼女に甘やかされる幸せ……」
「はいはい……ん? 彼女?」
――告白してないし、されてないし、そんな話いままでしたことないよ? ゲームではヒロインからの告白イベントがあったはずだけど……。
「違うの?」
「え? でも……告白とか……」
「そんなのいる?」
心底不思議そうな顔をするリュカを見ているとこちらがおかしい気がしてくる。
――うーん、そういえば最近は前より距離が近い気がする。物理的に。歩くときは手を繋ぐし、座るときはぴっとりとくっついてるし。それによく膝枕してあげるし、休日はいつも二人で朝から晩まで過ごすし……これもうほぼ付き合ってるってこと?
「……まあ、なくてもいいけど」
「じゃ、そういうことで、おやすみ」
私の膝に顔を半分埋めて昼寝を始めるリュカ。物凄く寝つきがいいので、もう寝息が聞こえる。
やることがないのでぼんやり雲を眺める。
――……あー……転生してろくなこと無かったけど、いつの間にか彼氏できてました。