6 友人を取り戻した
ここ数日リュカはずっと不機嫌だ。
「リュカ、大丈夫?」
「んー平気……」
私が理由を聞いても教えてくれないが、生徒会絡みであることは間違いない。アリシア先生に相談しようと言っても断られる。
――仕方ない。あまりアリシア先生に負担をかけたくないけど、私から彼女にお願いしてみよう。
□
アリシア先生に相談して数日後、私は彼女の研究室に呼ばれた。
「お邪魔します」
「ああ、シャノンくん」
最近はいつもリュカと二人で昼食後に研究室に訪れるので、アリシア先生と二人きりになるのは久々だ。以前の様に机を挟んで向かい合って座る。
「呼んだのは当然リュカくんのことだけどね。彼は生徒会業務をほとんど押し付けられているらしい」
「やっぱり……それで疲れて不機嫌なんですね」
「いや、不機嫌なのは他に理由がある」
――? 他に理由って一体何が……。
「どうやらリュカくんをアイリーン・ボードウェルが毎日手伝っているらしい。放課後は生徒会室で二人きりだとか」
――悪役令嬢様はよほどリュカを逆ハーに加入させたいらしい。しかし、何でアイリーンが手伝ったらリュカが不機嫌に?
疑問に思っていたら顔に出ていたようでアリシア先生が答えてくれた。
「リュカくんは知っているんだよ。シャノンくんが学園で孤立していた理由を」
「えっ……」
「私が教えたんだ。君とアイリーン・ボードウェルは入学式が初対面であること、入学式以前に会ったことがないこと、そして何もしていない君をアイリーン・ボードウェルが異常に恐れていること、アイリーン・ボードウェルと親しい第二王子たちが彼女を気遣い君を敵視し孤立させていること」
――そっか。アリシア先生は調べてくれて、私が彼らに何もしていないこと知ってたんだ。
その上でアリシア先生は一度も「王子たちに何をしたか」と私に確認しなかった。私が王子たちに何かするわけないって信じてくれているんだ。
「まあ、教える前からリュカくんは薄々気づいているようだったけどね。アイリーン・ボードウェルの君に対する態度と、彼女の交友関係を知ればわかることだ」
――それもそうか。
「リュカくんは怒っていたよ『アイリーン・ボードウェルは自分が気に入らない女を孤立させて平然と過ごす屑だ』と」
「あまり侯爵令嬢を屑と言うのは良くありませんね……」
「だが私も口にしないだけで以前からそう思っていた」
ニコニコと笑顔でそう言うアリシア先生の眼は笑っていなかった。
「だから、リュカくんも私もアイリーン・ボードウェルがとにかく嫌いなんだよ」
「そうですか……」
――いえーい。悪役令嬢様嫌われてるってよー。ここにきてゲーム通りの悪役令嬢になっちゃいましたね。うぇーい。
心の中で小躍りしていたら、目の前のアリシア先生が頭を下げたので驚く。
「事情を知っていながら何も出来なかった私も屑だ。私は侯爵家にも王家にも睨まれたくない、そんな保身ばかりだ」
「いえ、頭を上げてください。何もできないのは当たり前です。それに本当に保身ばかりなら他の人のように私を避けるはずです。アリシア先生は私に普通に接してくれた。リュカが来る前、アリシア先生は私の唯一の味方でした。それでどれほど救われたか……」
「シャノンくん……」
この話は打ち切り、話題を元に戻す。
「リュカは何故アイリーン様が手伝うのを拒否しないのでしょうか」
「そこまでは私もわからない。流石に手伝って貰わないといけない仕事量なのか、それとも生徒会入りを強制された時と同じく教師に脅されたか」
――うーん、アイリーンが「リュカと仲良くなりたいの」なんてお願いしたらアイリーンに惚れてる攻略対象共は身を引いて、アイリーンとリュカの仲を取り持とうとするかもしれない。そういえば前にリュカがそんなこと言ってた。それで第二王子なんかが教師に圧力をかけて……なんてありえるかもしれない。
「リュカは何故私にこのことを言わないんでしょう」
「それは当然じゃないか。君を孤立させた元凶と放課後二人きりなんて知られたら嫌に決まっているだろう」
「……別に私は何とも……」
口ではそう言えるが内心はヒヤヒヤである。リュカがアイリーンに惹かれたら私に勝ち目はなく、私は隣国行き確定。
「……そうだ。シャノンくん、リュカくんを手伝ってあげてはどうだい?」
「え? 生徒会の仕事を普通の生徒が手伝っていいんですか?」
「そもそも禁止されていないからね。生徒会は殆どが高位貴族だ。彼らは生徒会業務にもちょこちょこ侍従を使うから禁止できないのだよ」
なるほど。それなら私が手伝っても咎められはしないかもしれない。
「ありがとうございます、アリシア先生。早速今日の放課後から手伝ってみようと思います」
「ああ、頑張ってリュカくんを取り戻すのだよ」
否定も肯定もせずに微笑みで返した。
□
「という訳で、リュカ。今日から手伝うね」
アリシア先生に相談したことを話すと、最初は「バレてしまった……」と絶望顔だったリュカだが、一般生徒である私が生徒会業務を手伝っても問題ないことを知ると表情が明るくなった。
「じゃあ今日からまた放課後シャノンと一緒……」
「まあ、生徒会の仕事しなきゃいけないけど、リュカと一緒なら楽しくこなせるよね」
もうリュカは朝にも昼にも生徒会室に行かないし、放課後に生徒会室へ向かう時は私と一緒だ。
――アリシア先生、これはリュカを生徒会から取り戻せたと言えますよね!
放課後仲良く手を繋いで生徒会室入りすると、先に来ていたアイリーンはいつもの如く青褪め小さく震え出した。
「直接お話しするのは初めてですね、ボードウェル様。私、今日からリュカのお手伝いでお邪魔します」
満面の笑みでアイリーンに告げると、彼女は口を少しだけ口をわなわなさせてから唇をキュッと引き締めた後に優雅に微笑んだ。
「シャノンさん、でよろしかったかしら。一般生徒は生徒会業務を……」
「手伝っちゃ駄目とかいう規則は無い」
リュカがアイリーンの言おうとしたことを予測し否定する。
「じゃあ、リュカ、始めよっか。最初だから色々教えてね」
「うん」
アイリーンから離れた場所に二人仲良く隣り合って着席する。
――今アイリーンをチラ見して勝ち誇った笑みでも向けたら私が悪役になるなー。
なんて考えが頭を過ったので、アイリーンには一切視線をやらずにリュカとお話ししながら書類を片付ける。
二人だけの世界(やりたくもない仕事付き)を満喫していると、いつのまにか日が暮れていた。そしてアイリーンが居なくなっていることに気付く。
「あれ、ボードウェル様は?」
「わりと最初のほうにふらふら出てった」
リュカはそれに気付いていたのけど、アイリーンに声を掛けることもしなかったのか。そんな視線を向けると彼はふふんと鼻をならす。
「鬱陶しかった、あの女。やたら馴れ馴れしく話しかけてきて。二度と面も見たくない」
――思ったより悪役令嬢様嫌われてるなあ。脈がまったくないのに激しく擦り寄りでもしたのかな。
「リュカ、あまり悪く言ったら駄目よ? 相手は侯爵令嬢だし、同じ学年だから今後も普通に遭遇するんだから」
「………………………………へい……」
――間、長っ。納得いってないないな、これは。
「明日はボードウェル様、生徒会室に来るかな」
「来ないで欲しい」
なんて会話していたら、翌日、アイリーンは学園にも来ませんでした。そして案の定、私は攻略対象共に呼び出されました。