3 待ち人来る
新緑が芽吹き始めた春。開け放たれた窓から暖かな風が教室を吹き抜ける。
教壇に立つ教師の隣に、雪の様に白い髪と南国の海のような透き通った蒼い瞳の少年が立っている。その顔立ちは作り物のように美しいが、この国では生まれつき白髪の人間は珍しい。半数の生徒が「老人のようだ」とか「不気味」だとか小声でひそひそ囁き合っている一方で、女生徒の一部は見惚れている。
だが、彼はそれらの反応に何とも思わないのか無表情である。
「君、挨拶を」
教師が自己紹介を促す。
「……リュカ。姓は無い」
姓が無いのは平民という事。それを聞いた女生徒は「何だ平民か」とガックリしたご様子。
本来去年秋の入学式以降に魔力持ちだと判明した人間は年齢にかかわらず今年の秋に次の学年として入学するのだが、リュカは何か特別な事情で途中編入した。本来途中編入は、病気を療養していた貴族が自宅で家庭教師の授業を受けているので途中から学園に通っても問題は無い、と許可されるケースが殆ど。まさかリュカが平民とは思わなかったのだろう。
そんな女生徒を何だかなあと見渡していて目に入ったのは、逆ハー満喫中の悪役令嬢様アイリーンがリュカのほうにじっと視線を向ける姿。
――え?まさか、悪役令嬢様?リュカまで逆ハーレム要員にするつもり?リュカルートではアイリーンは断罪されないはずだけど?
もし、推定転生者の悪役令嬢アイリーンが断罪回避の為ではなく、単純に逆ハーを楽しみたくて動いていたら、やっかいだ。
私がアリシア先生から聞いたアイリーンの評判は、社交的でお上品で正に貴族令嬢だが明るくて誰からも愛されるような人間との事。うん、あっちがヒロインみたいですね。反対に私はぼっちのコミュ力乏しい惨めな転生ヒロイン。
いくらリュカがヒロインの特別性に惹かれているかもしれないとはいえ、ここまで差があると心配になる。
――……ん? ちょっと待てよ、そういえばマホセイの裏設定に「アイリーンも本来は光魔法の適性があるが、心が醜くなった為その資格を失った」とかがあったような……やばい……
アイリーンは直接私を苛めてはいない。だから心が醜いと神に判断されず、光魔法適性を有しているままだとして。
もしリュカがヒロインに惹かれたのが当代の契約主であることでは無く、光魔法の適性を持っているからだとしたら、彼はアイリーンに惹かれる可能性がある……。
――うわあああ……どうしよ。それなら私がアイリーンに勝てる要素は皆無。国滅んじゃう……。
もうこうなったら学園中退して行方をくらまして一生父親に見つからないように国内でこそこそ生きるしかないのか。
――同じ場所にはずっと留まれない、その日暮らしの生活? 辛っ……。
頭を抱え机にうつ伏していたら、影がかかった。見上げるとそこにはリュカがいた。
「……」
無言で私を見詰めている。恐ろしく整った美貌ではあるが、無表情は何だか無機質な印象で怖い。
「あの何か……?」
「空いてる席座れって」
私の両隣はいつもふたつ空席だ。
どうぞと席を勧めるとリュカは私の隣の席についた。
――普通初対面で、ふたつ席空いてたら一つ空けて座るんじゃないの……。
彼はまだ私を見詰めている。
「あのまだ何か?」
「んー、君何か良い匂いする……」
――……変態か? というかゲームでこんな台詞なかったけど。
これはヒロインに惹かれている証拠か?少し引っ掛かるがホッと胸を撫で下ろす。
しかし、教壇から私の席まで来る時、アイリーンの横も通るはず。アイリーンにも良い匂いだとか言った可能性もある。
ちらりと見遣ると彼女は俯いていた。隣に座る第三王子アルベルトが彼女に何か話しかけている。これはどういうことなのかよくわからないので、小声でリュカにそれとなく聞いてみる事にした。
「あの、貴方は他の女性にもしょっちゅう良い匂いと言っているんですか?」
すると彼は良い匂いと言われたことが不快に思われたと判断したのか少し眉を下げて謝った。
「ごめん。さっきのはつい口から出たというか。普通に初めてで……ちょっと何でか自分でもよくわからない」
ふむ、アイリーンには良い匂いと言っていないようだ。ならば、光魔法適性者が良い匂いで
リュカはそれに惹かれている、という訳ではないかもしれない。
――あれ? という事は当代の契約主はいい香り? ゲームでも設定資料集でも見た事ない設定……。まあ、いっか。とりあえず私に興味は持ってくれたはず。
思考を中断して一息つくと、物凄く久しぶりに誰かが隣に座っているという事実に気づいた。アリシア先生とは普段机を挟んで対面でお話しするから、本当に久しぶりだ。なんだかむずむずする。
――うん、アイリーンがどうとか、考え過ぎてた。そういえば私は友達が欲しくてずっとリュカを待ってたんだ。
私はリュカに向き直り、微笑んで彼に手を差し出す。
「私、シャノン。貴方と同じ平民です。よろしくお願いしますね」
すると彼は少し、目を見開いて、少し間を置いて美しい笑みを浮かべ私の手をそっと握る。
「うん、よろしく」
□
授業が終わるとリュカが話しかけてきた。
「ねえ、校内とか案内して欲しいんだけど」
「うん、いいですよ。昼食後と放課後どっちがいいですか?」
「両方」
「はい?」
確かに校内は広いので昼休憩で全ては案内できない。私は彼に大まかに教えて、詳細は学園生活を送りながら徐々にでも把握していけばいいと思うのだが、彼は最初から全て把握しておきたいのかもしれない。
「ええ、まあ、いいですけど」
「ありがたい」
言葉は短いが、リュカはニコニコとご機嫌だ。
「ところで昼食はどうするんですか?」
「食堂があるって聞いた」
「ああ、では昼休憩になったら食堂に案内しますね」
そんな会話を続けていると、高位貴族の令嬢を筆頭に女生徒何人かがこちらに近づいてきた。
「リュカさん少しいいですか?」
「……何?」
リュカは微笑みを引っ込め、真顔で女生徒に返答した。
――リュカ、興味ない女子に対してのテンションひっく!ゲームではわからなかった一面だなあ。
女生徒はそれに怯まずに少し教室の外で話したいのだとお願いする。そして何故か私のほうを見るリュカ。
「うん、何か大事な用かもしれないし、話してきたほうがいいかもしれませんね」
「えー」
不満言うくらいなら何故私に意見を求める。
しかし彼は渋々といった様子で立ち上がって教室から出て行き、女生徒たちが後を追う。
――ま、リュカが何言われるか予想できるけどね。王子達に睨まれている私に近づくのは止めるべきという助言だろうな。
それを言われたリュカの反応が気になるところだが、次の授業は私とリュカは別々。そろそろ教室を移動しなければ。そう思い、席を立って視線を上げると、少し離れた所にいる青い顔のアイリーンとバッチリ目が合った。が、すぐに彼女の方が目を逸らした。
――え、何。アイリーンこっち見てたの?今迄私を視界に入れないように必死だった癖に。気持ち悪。
何だかモヤモヤしながら、教室を後にした。




