2 滅亡回避の希望
――はい、悪役令嬢様は入学前から逆ハーレムを築いてらっしゃいました。
攻略対象たちはアイリーンを溺愛し、反対に私を徹底的に避けて、嫌悪感を隠しもしない。
その様子を見た他の生徒達は「あの女、王子達に恨まれている……?」と察し始め、私と関わって王家、公爵家、騎士団に睨まれるのは御免だと、私に近づく者はいなくなった。教師達も一部を除き私を冷遇している。
生徒からハブられるのはまだしも教師からの冷遇は本当にキツイ。学園生活に支障が出ている。アリシア先生が補習してくれなければ成績は学年最下位だったと思う。
悪役令嬢アイリーンは殆どのルートで断罪され破滅する。
私と同じくマホセイをプレイしたことがある転生者であろうアイリーンの中の人は破滅を回避しようとしたはずだ。
その結果が逆ハーレム状態なのだろう。
――うん、わかりますよ。ヒロインを苛めたせいでアイリーンは攻略対象達に見放され断罪される。ルートによっては国外追放、暗殺、なんて結末もある。だから破滅回避の一環として攻略対象達の好感度を上げておくに越したことは無い。その上で、ヒロインを苛めなければ彼女は破滅回避できる。
そう、私を苛めさえしなければ彼女は平穏に暮らせるはずだ。
ゲームとまるで違うアイリーンの境遇からは『ゲームの強制力』なんてものが無いことがわかる。
――それなのに、何で必要以上に私を恐れて、攻略対象達が私を嫌うようにして、私を学園で孤立させる必要があるの?
アイリーンは破滅を恐れるあまり、私のことが死神のように思えるのかもしれない。
だからと言って私を害して良い理由にはならない。
私が叔母の家でこき使われて育って学園でも冷遇されている中で、アイリーンは貴族令嬢として何不自由ない暮らしを送り、攻略対象に囲まれ、同じ貴族令嬢の友人達も多くいる、そんな順風満帆な人生を歩んでいる。そう考えると心が荒む。
私が転生者だと気づいたのはつい最近。それまでの叔母の家での厳しい暮らしは実際に経験した新しい記憶。ヒロインの人物紹介の『辛い境遇だった』という一文を、身をもって知りました。
でもアイリーンは私より早い段階で転生者だと気づいて、断罪回避の為に動く内に家族仲も良好らしい。ゲームではアイリーンの生家ボードウェル侯爵家は家族仲が冷え込んでいることで有名だが、現在は仲睦まじい一家として有名な貴族だ。優遇されてるよね。神にでも愛されてるんですかね。
叔母一家もアイリーンも攻略対象たちも学園の生徒もみんな嫌い。こんな国滅んじゃえと囁く自分がいる。でも無関係の人まで国滅亡で悲惨な目にあって欲しくないし、魔法協会の人たちやアリシア先生みたいに優しい人がいるのを知っている。
だから私は滅亡回避の為に努力しなければいけない。
――そう、まだ滅亡回避のチャンスはある。まだ登場していない攻略対象がいるんだから。
秋の入学式から冬を越え、春が訪れた頃に現れる攻略対象その五、リュカ。
彼は良く言えば、マイペースな天才肌で神秘的な色素薄い系美少年。
ぶっちゃけると、不思議ちゃんな所があって天才故に協調性の無い空気読まない系男子である。高位貴族ではなく平民だが卒業直後に国内トップの魔術師になるので、ヒロインが父親に隣国へ強制連行されるのを防げるのだ。
ちなみに何故身分差恋愛を楽しむ乙女ゲームで平民攻略対象がいるかは謎である。ファンの間では王侯貴族を攻略する合間の箸休め的攻略対象だのスタッフの趣味のごり押しだの言われているが、それは置いといて。
ぶっちゃけるとリュカは私の好みから外れている。滅亡回避の為に誰かを攻略する決意をした時に真っ先に候補から外した程。
しかし、今は選り好みしていられない。他の攻略対象は私を嫌っているので攻略不可能だ。
さて、掴み所のないふわふわした彼をどう攻略するかだが、意外と簡単かもしれない。
遅れて登場する為、他の攻略対象達より接触の機会が少ないリュカは普通に考えると難易度の高いキャラクターに思えるが、彼はキャラに似合わずヒロインにグイグイ迫るので攻略難易度は低い。
リュカがヒロインのどこに惹かれたのかは一切明かされない為、色々な説が挙げられているが、有力なのは「リュカは天才だから何となくヒロインが特別なのに気付いて興味がある」説だ。
私もこの説を推したい。
そこで一旦思考を中断し、研究棟の廊下の窓から曇り空を見上げる。ちらほらと雪が降り始めていた。
現在は冬真っ只中。身も心も寒さに耐え忍べば、春と共に彼がやってくる。待ち遠しい。
滅亡回避の為ともう一つ同じくらい彼を待ち望んでいる理由がある。
――ともだちがほしいなー……。
転生したのに私は良いことが殆どない。少しぐらい普通の人生を送りたい。
アリシア先生は優しいけど、頼りすぎると彼女の立場が危うくなる。
誰か一人で良い。何のしがらみもなくて、噂にも惑わされない、周りの空気を読まず私に親しくしてくれる、そんな友人。
――リュカ。前世では全く好みじゃないリュカ。ヒロインに唐突にグイグイくるご都合イケメン感が好きじゃないリュカ。貴方の存在をこんなにも待ち望むことになるとは思いもしませんでした。今世では会ったことの無い他人なのに、貴方の空気読まなさが恋しい。