0.9 前世記憶取り戻したけど詰んでる
村の近くで一番大きい街の魔法協会支部で暮らすことになったが、寮に着いた翌日に熱を出した。
展開の速さについて行けないのか、環境の変化のせいか。叔母の家から解放されて気が緩んで一気に体調不良が表に出たか。
丸一日寝込む程度で回復したのだが、高熱にうなされている時思い出した。
私は前世日本人。
そして、この世界が乙女ゲーム「魔法学園と聖なる乙女」略して「マホセイ」そっくりであるとことに気付いた。
今の私が住んでいるリスタニエルという国の名も、国王の名前も、国土を覆う結界を張る守護神の名前も、何もかも同じ。
しかも、ヒロインのデフォルトネームが私と同じ『シャノン』
──いやいや、まさか私がヒロインに転生とか……あり得ないでしょ。光魔法適性持ちと叔母一家に冷遇されて育った設定も一致しているけど、まず見た目が違い過ぎる。
ただ、乙女ゲームの設定に偶然よく似た世界に転生しただけだと思うことにした。
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のだが、そうは思っていられなくなってきた。
魔法協会で栄養ある食事を与えられ十分な休息を取らせて貰い、痩せていた体は標準くらいにはなった。
パサついた髪はテティさんが丁寧に手入れをしてくれて、腐った肉色から艶やかなストロベリーブロンドに。
荒れた手や肌は高そうな薬──勿論遠慮したが笑顔の圧にまたもや負けた──を毎日塗り込まれ、まるで温室育ちのお嬢様のそれのように生まれ変わった。
健康的な顔つきになるとギョロギョロといわれた目は、愛らしい大きな目に見える。
痣だらけの体はわざわざ中央から光魔法師が来てくれて治癒魔法を使ってくれた。
そんなこんなで現在、目の前の姿見に映る少女はマホセイヒロイン『シャノン』そのもの。
──うわー……私ってこんなに可愛かったんだ……。
少し癖のあるストロベリーブロンド、ルビーの様な深紅の大きな瞳、滑らかな白い肌、だが頬はほんのり薔薇色に色付いている。
八年前は呑気な子供だから自分の容姿なんて特に気にしていなかったから知らなかった。自分がこんな平民離れしている程整った容姿をしているなんて。
──どうしよー……まさかマジで私乙女ゲーのヒロインに転生しちゃったんじゃない?
だとしたら非常に不味い。
マホセイにはゲームでは語られない裏設定が存在する。
攻略対象の誰とも結ばれずに卒業すると自動的に迎えるBADEND『実の父親現る』はその名の通り実の父親が現れ強制的にヒロインを隣国へ連れて行くのだが、実はヒロインが出国するとリスタニエルは後に滅びる。
父親は隣国の貴族なのでヒロインが隣国へ連れていかれるのを阻止するには、それなりの身分の者が彼女を保護する必要がある。だからマホセイの攻略対象のほとんどは王侯貴族。
いや、逆かもしれない。王侯貴族と平民ヒロインの身分差恋愛を楽しむ乙女ゲームだからこういう設定なのだろう。
そして、平民ヒロインがやたら高位貴族たちに好かれる不自然さを解消する為か理由付けとして『リスタニエルの守護神と契約している当代の契約主はヒロイン。そして契約主にはその身を国内に留めるための力が作用し、国内の人から好かれやすくなっている』という設定があるのだ。
それに加えて、『契約主が国外に出て一定期間経つと守護神は契約終了と見做し、国を覆う結界を消滅させる』という必要性が見当たらないトンデモ設定がある。
ので、つまりヒロインがBADENDを迎えると結界が消滅して魔獣が押し寄せて国が滅びる。
もし本当に私がヒロインなのだとしたら国滅亡回避の為に乙女ゲームの舞台である王立魔法学園で攻略対象の誰かを攻略しなければいけないのだが。
──私に出来そうにない気がする。前世では人付き合いは苦手な方だったし……。今世でも村で優しくしてくれる人なんていなかったから碌に人と会話してない。
ゲームでは15歳で学園入学がスタートだが、今の私は14歳。
ヒロインの登場人物紹介で「叔母の家から魔法協会に保護された」なんて説明は無かったが、現に私はその状況だ。そう、ここはゲームでは無く現実なのだから、ゲームでは語られないことなんて山ほどあるのだろう。
──ゲームの様に攻略対象に対して選択肢の返事だけで攻略完了、なんて簡単では無いだろう。毎日上手くコミュニケーションを取って、それとなく相思相愛になって、告白して恋人になって……え? え? マジで?どうしよ、恋愛経験皆無なのにできんの? 現実で?
しかし、やるしかないのだ。
自分がコミュ障のせいで国滅びました、は笑えない。
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私は今日王立魔法学園に入学する。
お世話になった魔法協会支部で不自然な程優しかった人達に感謝と別れを告げて、三日かけて中央──王都に着いた。
移動初日から胃がキリキリ悲鳴を上げ始めた。学園で誰かと結ばれないと国滅亡というプレッシャーと貴族だらけの魔法学園で上手くやっていけるかという不安でストレス性胃炎である。
胃痛を抱えながら、現在、王立魔法学園の正門に立っている。
三階建てビルくらいの高さある美しい紋様が描かれた門。金の装飾が施された白い塀。門の両側には国の守護神の使いである神獣の彫像。こんな精神状態じゃ無ければ「わーゲーム通り~」とはしゃいでいた事だろう。
──この門を越えれば……私の戦いの日々が始まる……!
と、無理矢理テンションを上げて足を踏み出した。
□
門から歩いて入学式の会場である講堂を目指す。場所はさっぱりわからないが、他の新入生とみられる人達の流れに乗ればたどり着くだろう。
しばらく歩いているとそれらしき建物が見えてきた。受付のようなものがある。門でも学生証を提示したが、講堂に入る前にも必要なのだろう。
列に並んで辺りを見回す。
──キラキラしたお貴族様ばっかだな……平民の私は目立ちそうだけど注目されてない……。
そうか、ヒロインの美貌は貴族だと言っても通用するのかと納得しかけたが、どうも違うらしい事に気付く。
周りのお貴族様はあからさまでは無いものの、皆一方向に意識を向けている。そちらへ視線を向ける。
そこには談笑する五人の生徒の姿。
──あ、あれは……!まさか……攻略対象達と悪役令嬢!
第二王子、第三王子、侯爵家長男、騎士団長の息子、そして第二王子婚約者の侯爵令嬢アイリーン。
──わー、ゲームは平面だったけど、現実で立体になるとこんな感じなんだー。
既に推定ヒロイン(自分)の立体の姿を目にしていながら、そんなのんびりした感想が出たのは自分があの中の誰かを攻略しなければいけない現実から目を逸らした結果である。
半ば意識が飛びつつ彼らをぼんやり見続けていると、悪役令嬢がこちらに気付いた。バッチリ目が合う。
──おっ、悪役令嬢らしく不躾な視線を向ける平民を叱責するか?
と、身構えるも、悪役令嬢は真っ青になり膝から崩れ落ち、私から目線を外さないまま地面にへたり込んだ。すぐさま屈んで彼女の肩を抱き寄せる第二王子。
──へっ? 意味がわからん。
驚き心配する攻略対象達に声を掛けられても返事が出来ずに、ずっと私を見ている。攻略対象達もその事に気付きこちらへ視線を向ける。
第三王子が私を指差す。
──王族なのに人を指差すとかどうなの……。
第三王子をそっと攻略候補から外す。
彼が私を指差した事で周囲の貴族の視線も私に集まる。非常に居心地が悪い。
このまま列に並ぶ事も出来たが、それはなんだか攻略対象と悪役令嬢を無視する形になるので周りにも悪い印象を与える気がする。
「あの、私に何か御用でしょうか? それと、体調が悪いみたいですが大丈夫ですか?」
声を掛けながら彼らに近づいてみる。
「ひっ」
──悪役令嬢の悲鳴頂きましたー。じゃなくて、おい、初対面で「ひっ」ってなんだよ。
と、思ったが顔には出さずに心配そうな顔を作る。
小さい悲鳴を聞いて、攻略対象達が彼女を守るように立ち塞がる。何だか私が彼女に悪い事をしているみたいではないか。意味がわからない。だが、彼らの眼に宿るのは明らかに私に対する敵意。
第三王子が怒りの表情で口を開こうとしたが、素早く騎士団長の息子に口を塞がれた。
公爵家長男がこちらに歩み寄り、
「君、新入生だよね? 何でも無いから気にしないで」
「でも……私見られてましたし、指差されてましたよね?」
「気のせいだ。さあ、入学式に遅れるから早く戻った方がいいよ」
口調は優しいが有無を言わせない圧を感じる。
仕方なく列に戻ろうと背を向けると、
「ああ、私のアイリーン。こんなに震えて可哀想に……」
「誰がお前のだ。アイリーン、彼女が例の……なのかい?」
「大丈夫だ。何があろうとお前は俺が守る」
「あんな奴退学にしてやる!」
「それは難しいかもしれないが、私達が付いている。だから安心してアイリーン。君が笑顔じゃないと私は生きた心地がしない」
ゲームで悪役令嬢はこんなに攻略対象と仲が良かっただろうか。
──あ。
そうか、これ、この展開、悪役令嬢モノだ。
乙女ゲーの世界に転生した悪役令嬢が破滅回避してたらなんやかんやで周りから愛されまくるアレだ。
つまり、私は乙女ゲー通りの展開に悪役令嬢を断罪しようとする敵役転生ヒロイン。
──わー、誰か攻略しなきゃいけないのに、殆ど詰んでる。