0.8 前世記憶無し時点
この世界で魔力が現れる時期は人によってバラバラだ。
殆どの魔力持ちは貴族だが、稀に平民にも現れる。だから子供は毎年魔力検査を受ける義務がある。大人になってから魔力持ちだと発覚するケースはほぼ皆無だから、18歳までに魔力に目覚めなければ一生魔力無しである。そして、国民の九割が魔力無しの只の人だ。
だから、私──シャノン──も勿論その九割に属するのだと思っていた。14歳の検査までは。
村の集会場で行われた定期魔法検査。今日の為に近くの大きい街から魔法協会の人達が来ている。
そこで私は衝撃の検査結果を告げられる。
「え……私が魔力持ちで、光魔法適性?」
光魔法、それは創造神に選ばれた人間のみが行使できる魔法。現在、国で光魔法を使用できるのは二十名程度という程の希少さである。
「はい! 間違いなく光魔法適性です! しかも魔力と光魔法、同時に覚醒する人間なんて大変珍しいです! 私は歴史的瞬間に立ち会ったかもしれません!」
眼鏡の女性検査魔法師が両腕をパタつかせながら興奮している。彼女の説明によると、光魔法適性は魔力持ちになって数年後に覚醒して判明することが多いそう。
とにかく凄く珍しいことだと云うのは分かった。しかし、私の胸は悦びでは無く不安が渦巻く。
私の顔色が悪くなったことに女性検査魔法師が気づいた。
「どうしたんですか? 光魔法師になれば人生ずっと楽ちんですよ? 喜んでいいんですよ~」
「いえ、光魔法師になる前に私は今夜あたりでも殺されるかもしれません……」
とても真剣な顔で呟いた私に、彼女もただ事では無いと表情を引き締めた。
□
私は唯一の家族である母を失ってから、母の妹である叔母の家で暮らしている。ほぼ使用人として。
母と叔母の姉妹仲は良いとはいえなかったらしい上に、父親不明の私を叔母一家は嫌っている。叔母は私をこき使い、叔母の夫は私を無視する。が、これらはまだ耐えられる。一番厄介なのは従妹に当たるマリーだ。
彼女はどういう訳か、私を嫌悪、いや憎悪している。
私の髪は腐った肉色だのバサバサの箒頭だの、目はぎょろぎょろして不気味だの容姿を悪く言う。私が掃除していればわざと汚して仕事を増やす。物を壊しては私にその罪をなすりつける。突然私の目の前で地面に転がり大声で泣きわめき、駆け付けた叔母に「シャノンが突き飛ばした!」と虚言を吐く、これらはまだマシな方。一度真冬の湖に突き落とされ殺されかけたこともある……とまあ、あげればキリがない。
そんな従妹が、私が魔力持ちになりしかも光魔法適性を有していると知ったら何をするか。
たぶん、不慮の事故を装っての殺害を目論むと思う。頭は良くない彼女だが、悪知恵は異常に働くのだ。
と、いう様なことを女性検査魔法師に告げると、彼女は大袈裟な……とは言わなかった。
それはそうだ。私の姿をよく観察すれば分かるだろう。
14歳にしては小さすぎる背、痩せた体躯、薄汚れた肌、こけた頬、艶の無い枝毛の多い髪、あかぎれひび割れだらけの荒れた手。更に服をめくれば複数の痣。
今迄どの様な生活を強いられていたかは一目瞭然だ。
女性検査魔法師は真面目な顔になり、
「ちょっと、このまま帰らずにここに居て下さいね」
と言い、扉に手をかけ出ていくかと思いきや。くるりと向き直り歩いてきて、こちらに戻ってくる。
ポケットを探り、何かを掴んで私に差し出す。可愛い紙に包まれた飴玉だった。
「あ、ありがとうございます……?」
女性は微笑んで今度こそ部屋を出て行った。
──わあー……飴とか……八年ぶりぐらいかな……うれし……。
□
結論から言うと、私は殺されずにすんだ。
あの後数時間部屋で待たされて、女性検査魔法師──名前はテティさんと教えて貰った──が複数人を連れて部屋に戻ってくる頃には夕方になっていた。
彼らは私の姿を見て、痛ましそうな顔を作り、もう遅いから、今日は私達の泊まる村の小さな宿屋にお出でと誘ってくれた。戸惑ったが叔母の家に戻りたくない気持ちが勝ってついて行った。
宿屋の一階は食事処になっており、そこでやたら豪華な食事を勧められ、遠慮したが大人複数人の笑顔の圧に負けてご相伴に預かった。そして食後、慣れないふわふわなベッドで眠り、翌朝起きて「体のどこもバキバキいわない……!」と感動した。
テティさんに呼ばれて、食事処へ行くと、昨日の大人達が既に待っており、机に何やら高そうな筒が置いてあった。
「昨日のうちに私達の支部に連絡しておいたんですよ~。それでさっき梟便で返事が届きました!」
筒を開けて、これまた高そうな真っ白い紙を取り出している。
一応読み書きはできるが、達筆すぎて私には何が何やらさっぱりである。首を傾げているとテティさんが、
「シャノンさんをうちの支部で保護する許可が下りたんですよ。光魔法適性者は貴重ですからね」
恐るべき早さである。昨日、発覚したばかりだというのに。
「これでシャノンさんは魔法協会の所属になりました! 来年王立魔法学園に入学するまではうちの支部の寮で過ごせますよ」
展開の速さについていけない。
「あの、一応保護者の叔母の許可とかは……」
「貴女の状態から保護者責任を果たしていないと判断しましたので、何の問題もありませんよ~」
なんだか現実味が無くてふわふわする。この魔法協会の人達は昨日初めて会ったばかりなのに何故こんなに良くしてくれるのだろう。少し不気味だったが、光魔法適性が希少だからだろう、と何とか納得を試みる。
「とりあえず、叔母の家には帰らなくて済むんですね……あ!」
「どうしました?」
突然声を上げた私を心配するテティさん。
「叔母の家に、どうしても取りに行かなきゃいけない物が……」
□
母の遺品を取りに行きたいのだと説明すると、何故かテティさん含む村に来ていた魔法協会の人全員が付いてきてくれた。
──良い人達なのは分かるけど、なんで全員? 流石にちょっと親切心が怖いわ……。
叔母の家に着くと、私は両側と後ろを魔法協会の人に囲まれながら家の裏口をノックする。私は許可なく家に入ってはいけないのだ。何かの罰として家に入れて貰えず庭で野宿はしょっちゅうだ。
「叔母さま、只今戻りました。入ってもよろしいでしょうか」
「まあー! 流石淫売の娘だね、朝帰りとは! さっさと入って朝飯の跡片付けしな!」
叔母のその発言を聞いた途端魔法協会の人達が顔を顰める。
私はゆっくり扉を開けようとすると、中から勢いよく扉が蹴飛ばされた。
「ブス! ぐずぐずしてないでさっさと働け……え?」
鬼の形相で出てきた従妹マリーだが、私が一人でないことに気付き驚く。
テティさんが私とマリーの間にするりと入り込み、
「こんにちは~魔法協会の者だよ~。意味わかるかなあ? シャノンさんは本日付で魔法協会所属になったからお引越しするんだよお~、っていっても意味理解できないよね~。とりあえずシャノンさんの荷物取りに来たんだよ~通してねえ~あ、言葉の意味わかる~?」
テティさん、白痴を相手にするかの如く。で、顔を真っ赤にする従妹。
「何このおばさん! ママァ!」
従妹、叔母に泣きつく。叔母の方は娘が馬鹿にされたことよりも、私が魔法協会所属になった事に驚いている。
「魔法協会って……シャノンが魔力持ちだとでも!?」
「ええ、そうです。昨日の魔法適性検査で判明しました」
「そんなまさか! それにしたっていきなり魔法協会所属!? 王立魔法学園に入るのは来年でしょう、勝手に連れて行くなんて誘拐と同じよ!」
「あ、そのことですが、貴女には保護者責任放棄について後日中央の役所の者が来ますので、そちらから話をお伺いください~」
「はあぁぁぁぁ?」
叔母とテティさんがそんなやり取りをしているのを眺めていると、魔法協会の人達が叔母の家に雪崩れ込んだ。
「ちょっと、アンタら何勝手に!」
「ママァ! じけいだんの人呼んでぇ!」
叔母と従妹の叫びを無視し、
「シャノンさん、今のうちに荷物を取りに行きましょう」
魔法協会の人にそう言われて、戸惑い気味に頷いて、屋根裏部屋へ向かう。
天井が低い屋根裏部屋の奥、壁の穴が開いた箇所に板が打ち付けてある。これを外さなければいけない。この板の裏側に母の遺品を隠しているのだ。叔母一家に見つかると没収されるから。
「あの、すみません。釘抜き取って来るの忘れました……取ってきます」
付いてきてくれた窮屈そうにしている背の高い魔法協会の人にそう言うと、彼は板を掴んだ。すると簡単に外れた。
困惑していると、
「釘を消した」
と、一言だけ説明。おそらく魔法だろう。
礼を言って板を受け取り、裏側を確認すると、それはちゃんと存在していた。
「良かった……」
真っ赤な魔法石の指輪。これは母が何よりも大事にしていた物だ。他の物は全て叔母に没収され売られてしまった。
□
一階に戻ると、叔母はまだテティさんと話し合い……というか叔母が一方的にテティさんに怒鳴っていた。
マリーの方はというと、何故か地面に突っ伏して喚いていた。
「うわあああん! ママァ、パパァ!」
手足をジタバタさせているが何故か動きが不自然だ。まるで何かに押さえつけられているような……。
「あ、シャノンさん荷物取って来られましたか~。そこの子供は私達に掴みかかって来ましたので、ちょおっと地面と仲良くなってもらったんですよ~」
テティさんが私に気付き、マリーを指さして言う。
──地面と仲良く……。よくわからないけれど何かに地面に押さえつけられているらしい。これも魔法なんでしょうね。私も使えるようになるかしら。
それにしても娘がこの状態だというのに叔母は役所の人間が来るという事実の方が重大らしい。
「私達はこの娘に衣食住与えていたし、この年になるまで面倒見たんだ! 訴えられる謂れはないよ!」
「だから~訴えるなんて言ってませんよ。判断するのは中央の役所の人ですし~。さ、シャノンさんこちらへ~」
言われた通り、テティさんの横に並ぶ。
「お前! お前がこいつらに嘘を言ったんだろう、今迄の恩を仇で返すなんてね!」
そう言って叔母が私に手を上げようとしたが、手が空中で止まる。
「ぐっ何よこれ! 体が……」
「暴力を振るわれそうになりました~これは正当防衛成立しますね。貴方にも娘さんにも一生その姿勢でいてもらいましょうか」
叔母が首をグギギとマリーの方へ向ける。
「……っわかったわよ! もう娘も暴れさせないからどうにかして!」
それを聞いてテティさんはパチンと手を叩く。すると二人の体の自由が戻った。
「うわぁぁん! ママァ!」
叔母に縋り付くマリー。
「それでは、お邪魔しました~。役所の方には正直にお話しないと、罪が重くなりますからお気をつけて~。さ、シャノンさん行きましょう」
テティさんに促され、叔母と従妹から離れる。
叔母は憤怒の表情、これはいつものことだ。マリーは爪を噛み、殺気の籠った眼を向けてくる。
──うん、昨日一人で家に帰ってたら殺されてたな。
と、確信したのだった。