14 再会
煌びやかな公爵邸の一室に似つかわしくない檻が運ばれてきた。その中には──
「リュカ!」
痩せているし隈がすごい、髪もぼさぼさ。でも間違いなく彼だ。
檻に駆け寄って手を伸ばす。しかしリュカは呆けたように私を見詰めるだけ。
「リュカ! 私だよ、シャノン! お父さん、檻から出してあげて!」
「そうしてやりたいのは山々だが、連れてくる際、派手に暴れてな。魔法無効化の檻に入れなければいつ襲ってくるやら」
「私がいるから暴れないよ! ねっリュカ」
まだ呆け続けている彼。まさか連れてくる際なにか洗脳魔法でも使用されたのだろうか。
「……シャノン」
「うん、なあにリュカ」
リュカが伸ばしてきた手をしっかりと握り返事をする。
「迎えにきてくれた……」
「うん?」
迎えに来たのではなく連れてきたのだが。
伸びた前髪に少し隠れている彼の目から涙が溢れる。
「俺、ずっとシャノンと話したくて、でも死ねなくて、やっと……死ねたんだ。俺頑張ったよシャノン……」
「ちょ、ちょっと待って! 生きてるよ! 私もリュカも生きてるよ!」
どうも死後の世界で再会したと思い込んでいるらしい。
「お父さん檻を開けて!」
「ふむ……」
父、渋る。
「お父さん!」
怒った顔で強めの口調で訴えれば、
「仕方がない、開けてやれ」
檻を運んできた騎士の一人が開けてくれると、すぐさま檻に飛び込んだ。まだ呆然としているリュカを抱きしめる。
「ほら、リュカ。温かいし、心臓の音も聞こえるでしょ?」
前みたいに彼の髪を優しく梳いてやる。
「シャノン…………っ何で……っ……」
嗚咽を上げ始めたので胸に顔を埋めさせてやる。
「ちゃんと説明するよ……リュカに沢山話したいことあるんだ」
□
与えられている私室で二人きりにさせて貰った。といってもこの部屋の会話は全て盗聴されているだろう。
私は全てをリュカに話した。
「うん……全部は処理できてないけど、とりあえずシャノンが生きてて良かった」
「私も、リュカが生きててくれて良かった」
現在リュカは私のベッドで横になっている。私が寝かせた。ただでさえ病人のような顔色なのに、連れて来られる際の抵抗で相当魔力を消耗したらしい彼は生気が無い。
コンコンと扉がノックされ、返事をするとメイドが入ってきた。
「リュカ、お腹空いてない? おかゆ作って貰ったよ」
おかゆといっても米ではない。この世界のオートミールのようなものである。
「何でおかゆ」
「体調悪そうだから」
「肉」
「我がまま言わないの、そんな顔色で肉は食べさせられません。吐いちゃうよ」
匙ですくい、ふーふーして彼の口元に差し出す。
「はい、あーん」
素直にあー、と口を開けたのでそっと匙を入れる。
「美味しい?」
「可もなく不可もなく」
「そこは美味しいって言おうよ」
こんな何てことないやり取りも随分久しぶりだ。心が穏やかになる。
そのまま完食するまで彼の口に粥を運び続けた。
空になった皿を片付けて、ベッドの傍の椅子に戻る。
「ねえ、リュカ……聞いていい?」
「何でもどうぞー」
こっちは気になっていたことを聞くので緊張しているのに軽い返事である。力が抜けてしまう。
「私のこと、何で嫌いにならなかったの?」
彼は魅了魔法──今は契約主の能力だと知っただろうけど──で私に好意を持っていたのだ。それが無くなったのに、何故。
「うーん……最初は、ああ、そっかシャノンのことが好き過ぎるのそのせいかって納得した」
そこで、一旦止まる。固唾をのんで次の言葉を待つ。
「シャノンに常にくっついていたいのも、シャノンが滅茶苦茶良い匂いで常に嗅いでいたいのも、シャノンの使用済みの物とかが欲しいのも、舐め……食べちゃいたいくらい好きなのも全部、そのせいかって」
──ん?
「で、シャノンが居なくなって混乱して、調べられて解放されて、強い気持ちが落ち着いてきた。でも……」
「でも?」
「繰り返し思い出すんだ。シャノンの顔、色、声、体温、匂い、柔らかさ、俺の髪を撫でてくれる優しい手つき。それで、何で今傍にそれが無いんだろうって。あるのが当たり前なのにって」
──それは……。
「ずっとシャノンのことが頭から離れない。多分、これがいわゆる恋ってやつなんだと思う」
「でも、それは契約主の能力で……」
「最初の切っ掛けとか強すぎた気持ちはそうだけど、俺がシャノンと過ごした時間は確かに在ったこと。それは無くならない。俺が幸せに感じてた気持ちも無くならない」
どうしよう泣きそうだ。
「それに、また会えて凄く嬉しいから、やっぱり恋だと思う」
腕を組んでうんうんと頷くリュカ。
「私もリュカにまた会えて嬉しい」
「うん、これが相思相愛ってやつだ、たぶん」
どちらともなく近づき抱擁を交わす。しばらくずっとそのままでいたのだった。
□
「えーと、それでさリュカ。聞かなきゃいけないことまだあるんだ」
「どうぞー」
父から彼の素性、何故アイリーンたちを消したかなど、聞き出しておくように命じられている。
「その、アイリーンたちを……」
「うん殺した」
当然だというように、平然と肯定した。
それは何故かと問う。
「シャノンを殺したから」
「どうやって彼らだと?」
「師匠が教えてくれた」
「師匠?」
彼の簡潔な説明を繋げると、
どうもリュカは幼い頃からその師の元で暮らしていたらしい。親はおらず物心ついた時から──場所は教えられない『果て』と呼ばれる場所で──師と二人きり。
そして、師の正体は長年行方不明だったリスタニエルの宮廷魔術師の長だった。彼は誰にも文句を言われない場所で自分の後継にふさわしい者を育てることにした。それがリュカ。
師はリュカが己を越える能力を持つと、リスタニエルに戻って宮廷魔術師の長になるよう言い渡した。自分はもう長くないので旅はできないからと証明魔術を施した推薦状を持たせて。
そして、後を継ぐにしても王立魔法学園の卒業歴は必要だと、頭の固い者たちが言ったことで彼は渋々学園に通うことになった。
──あれ?
以前リュカは学園を卒業しなければいけない理由を私にだけは言えないと言っていなかったか。宮廷魔術師になる為ならば私にだけ秘密にする理由が無い。
そのことを口にすると、
「それは、その……宮廷魔術師になりたい動機が言えないというか」
「何で?」
「だって、言ったら……シャノン怒る……」
「怒らない怒らない」
しばらくモゴモゴしていた彼だが、消え入るような声で白状した。
「宮廷魔術師になったらモテるって師匠に教えらえて……」
「うん?」
「俺が育った所って若い女の子いなくて、ずっと女の子にモテたくて……」
「ほほお、それで。私と恋人になった後も学園卒業はした方が良いかと随分悩んでたのは、つまり更にモテたかったと」
マイペースさはどこへやら、私の発言に動揺しあせるリュカ。
「違……いや、ほんのちょっとはそうだけど……宮廷魔術師になれば裕福になれるからシャノンも喜ぶかと……」
「絶対嘘」
「嘘じゃない、どうしたら信じて貰える……」
必死に弁明する彼を冷ややかに見詰める。ついには項垂れてしょぼくれてしまった。ちょっと意地悪しすぎた。反省して彼の頭をなでなでしてやる。
「ごめん冗談だよ。怒らないって約束したからね。異性にモテたいって気持ちは誰でも持ってるだろうし」
「シャノン……」
リュカみたいな美少年でもそういう気持ちはあるのだ。何か微笑ましい。ニコニコしていると彼も少し遠慮がちに笑顔を作る。
「さて、話を戻そうか。何で旅が出来ない師匠が私のことを知っていたの?」
「師匠死んで、何か……幽霊みたいなの……になったらしい」
魔力が強すぎる者が死亡すると、何か残滓のような物が残る、という言い伝えは存在していた。だが、ただの都市伝説に近い。
「そんで、俺とシャノンのいちゃいちゃを覗き見しやが……じゃなくて、俺を見守ってたら何か大変なことになったから夢枕に立ったって」
彼は嘘をいっている風では無い。全て事実なのだろう。しかし、これを父が信じて納得するかは微妙である。
「そう、それで……そのお師匠さんは今どこに?」
幽霊を見れば父も信じるしかなかろう。
「最後の魔力で俺にシャノンのこと伝えたらしいから、消えた」
あらら。
「でもそれなら私が生きていたことも知っていたの?」
「うーん、知ってる風では無かったけど……とにかくシャノンが捕まって酷い扱い受けたのはあいつらのせいだから復讐しろとしか言わなかったからなー」
まさかの師匠からの後押し仇討。
「師匠相当怒ってたし、焦ってたし、消えかけだったし、半分怨霊みたいな見た目で出てきたし、冷静に物事考えられて無かった可能性ある」
──ふーむ、私が脱出するとこ見てなくて、燃え盛る研究所と私のダミー死体を見て判断したのかも。
「師匠いつも冷静なのに感情的過ぎだった。霊になると感情上手くコントロールできないのかも。興味深い。俺も死んだらなれるかな」
「死んだら駄目よ」
「シャノンを置いて死んだりしない」
思わず男前な発言をいただいて、照れる。
「だからシャノンも俺を置いてかないで」
「うん……そうしたい、けど。これからも一緒にいられるかは分からないの」
「他国が文句言ってくるってこと?」
「そう、近くに親しい男性がいたら子供を作るんじゃないかって警戒するだろうし、父が許すかどうか……」
「お義父さん」
「そう呼んだら怒ると思うから呼ばないようにね」
黙るリュカ。
「返事は?」
「…………へい」
明らかに納得してない、渋々の返事だった。
「一緒にいられないなら」
リュカは私の手を握り、胸に寄り掛かってきた。そしてぽつりと、
「俺と死んで?」
先ほど死のうと思ったが死ねなかったとは言っていなかったか。
「死ねるの?」
「捕まえられる時に契約魔法は強引に解除されたみたいだから、多分自殺できる。それに、シャノンと一緒なら」
これから生きていてもずっと父や他国に監視されたまま。今がリュカと居られる最後の機会で、最後の幸せなのかもしれない。
それなら、幸せなまま最期を迎えても。
「良いよ」
返事をすると、彼はこの上なく優しい笑みを浮かべた。
突然廊下からけたたましい音が鳴る。扉が勢いよく開かれた。鞘から抜いた剣を片手に乱入する父。
「待て待て、シャノン! 死ぬのは許さん!」
「お父さん」
「お義父さん」
「貴様に義父と呼ばれる謂れは無い!!」
これまで見たことが無い程に憤慨する父。イケメンの怒り顔は迫力ありすぎて怖い。
「こら、リュカ呼ばないって約束したでしょ」
「してない」
「嘘つき」
頬を膨らませて彼の額を小突くと、彼がへらっと笑う。つられて私も笑う。その様子に父、激怒。
「人様の娘と許可なく睦み合うな!!」




