13 リュカ
リュカ少年は浮かれていた。人生初の彼女が出来たからだ。
彼女はシャノンという名前でストロベリーブロンドの髪を持つ小柄な可愛い少女。どう見ても貴族という程整った容姿だが平民だという。リュカ自身も己の容姿が平民離れしていることは自覚していたが、シャノンはそれ以上の美貌だった。しかも性格は穏やかで、リュカの自由な振る舞いも受け入れてくれる優しさを持つ、非の打ち所がない美少女だ。
そんな女の子がまさか自分の彼女になるなんて幸運としか言いようが無い。
シャノンは王立学園で孤立していた。王族と一部の高位貴族がそうなるように仕向けていた。その理由が第二王子の婚約者である侯爵令嬢アイリーンがシャノンを嫌っているからだというのが何とも腹立たしかったが、リュカはほんの少しだけ感謝していた。
シャノンが孤立していなければ、リュカが彼女とここまで親密になることは無かっただろう。そういう意味では第二王子たちがリュカとシャノンをくっつけてくれたといえる。
その後、そんなことを考えていられた自分にリュカは反吐が出そうになるのだった。
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ある日、突然シャノンが姿を消した。
それはシャノンがアイリーンの呼び出しに応じた次の日だった。シャノンはアイリーンの呼び出しが終わった後、少し疲れたようですぐに寮に帰ってしまった。それから会っていない。寮監に聞くとシャノンは部屋にいないとの答えが返ってきた。教師にそれを報告するとシャノンは体調不良で学園外の医療機関に搬送されたと説明された。その医療機関は教えて貰えなかった。
リュカはまずアイリーンを疑った。
登校前に校舎前で、いつもの如く第二王子たちに囲まれているアイリーンに問い詰めた。
「おい、お前が呼び出した後にシャノンいなくなったんだけど?」
冷気を纏いながらリュカが近づくとアイリーンは第二王子たちを手で制して前に歩み出た。
「……すみません、私からは何も言えませんわ。……今は」
それはシャノンの失踪に自分が関わっているのを認めているという返事だった。リュカの怒りが頂点に達する。急に辺りの気温が下がり、庭木が、地面が凍りはじめる。
少し怯えたアイリーンが急いで付け足す。
「シャノンさんは無事です! きっとそのうち学園に帰って来ます……! でも、本当のことを知ったらリュカさんも、私のこの選択が正しかったのだと認識できるはずです」
第二王子がアイリーンを庇うように立つ。
「シャノン嬢が帰って来た時に君が退学になっていてもいいのか? 早く魔力を抑えたまえ」
第二王子の言うことを聞くのも癪だが、これ以上ここで揉めるのも得策でないと判断して魔力放出を止めて、殺意の籠った目をアイリーンに向ける。アイリーンは喉をひゅっと鳴らして、第二王子の後ろに隠れた。
「おい、なんだその目はムグッ」
吠える第三王子の口を騎士団長の息子が押さえる。それを見たリュカは嘲りの表情を浮かべてその場を去った。
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それから数日後、リュカは謎の研究施設に連行され検査された。
「シャノンが魅了魔術を……!」
そこで、聞かされたのはシャノンがリュカと教師アリシアに魅了魔法を掛けていたという馬鹿げた話だった。ありえない、そう思いたいが、
「魅了魔術の使い手が離れてから彼女への気持ちが少し落ち着いていないか?」
そう言われると、確かに以前からあったシャノンへの狂いそうなほどの強い気持ちは静まっている気もした。だが、それでもシャノンへの気持ちは嘘ではない。仮に本当にシャノンが魅了魔法を使っていたのだとしても、彼女と過ごした時間は本物だ。
とにかくシャノンに会わせろと要求したが、魅了魔術の後遺症が無くなるまで無理だと告げられた。だから、派手に暴れた。研究施設を半壊させて、職員にシャノンの居場所を問い詰めていた時、アリシアが現れた。
「リュカくん、気持ちは分かるが落ち着き給え」
「先生」
「シャノンくんは無事だ。禁術を使ったから罪に問われることは確実だが、死刑にはならないはずだ。禁術について取り調べを受けた後はおそらく魔術犯罪者が収容される監獄行き……」
「それなら助ける。助けて一緒に国外に行く」
そう言い切るリュカにアリシアは優しく語り掛ける。
「今は頭に血が上って、それが最善策に思えるのだろう。しかし、考えてみ給え。二人だけで一生逃避行は辛い人生になる」
「……それに関しては当てがあるから大丈夫」
リュカは追手が絶対にたどり着けない場所を知っていた。
「そうか、しかし、そこにたどり着くまでにシャノンくんが倒れたらどうするつもりだ。シャノンくんは君と違ってひ弱な少女だ」
これにはリュカも言葉に詰まる。リュカの知る安全な場所はとても遠い。そこまで確実に自分の身とシャノンを守るとは十五歳の彼には言い切れない。
「シャノンくんと再び会いたいのなら、君はその能力で国内の魔術師の頂点、宮廷魔術師の長を目指すんだ」
「……!」
「君の才能なら間違いなくなれる。宮廷魔術師の長になれば、禁術を使った罪人に恩赦を出すこともできる」
それは国外逃亡よりも魅力的な案に思えた。
「でも、その間にシャノンは監獄に……」
リュカが宮廷魔術師の長になる前に、シャノンが監獄で不当な扱いを受けて死んだら意味が無い。
「大丈夫だ。魅了魔術で人を殺したのでは無い。重罪人としては扱われないはずだ」
シャノンが信頼していたアリシアの言葉を、リュカは信じた。だが、後にこれを激しく後悔することになる。
□
後遺症も無くなっただろうと判断されて自由になると、再び学園に通う。シャノンが居ない、それだけで胸にポッカリ穴が空いたようで、空虚なまま過ごした。もう生徒会には行かなかったが、誰も文句を言って来なかった。アイリーンが時折、こちらを見ていたがリュカは無視した。
それから暫くして、シャノンが研究所の火災に巻き込まれて死んだと、リュカとアリシアは知らされた。それは火災が起きた次の日の朝だった。魅了魔法の被害者がこれ以上怯えて暮らさずにすむようにとの配慮から早々に知らされたのだ。
それにより、リュカは昨夜の時点である人物からもたらされた情報が真実だと確信した。
アイリーンがシャノンを密告し、騎士団長の息子が父に「事態は急を要する」と頼み込み諸々の手続きを飛ばして強引に捕縛させ、王子らと公爵家長男がシャノンを早々に処分するよう圧力を掛けていたこと、それによりシャノンは不当な扱いを受けていたこと、中々シャノンを処分しない研究所に痺れを切らせて事故を装ってシャノンを殺したと思われること、それらすべてが事実であると。
リュカは驚くほど冷静だった。まず、復讐する為に己の力だけでは無理だと判断し、即座に他国へと渡った。そして、その国の裏社会のとある組織に自分を売り込んだ。アイリーン達を捕らえる手伝いをしてくれるなら、一定期間ただ働きをすると交渉を持ちかけた。リュカの実力を目の当たりにした組織の長は契約魔法を用いてリュカと取引を成立させた。これによりリュカは三年裏社会でただ働き、その後も組織に一生所属することになる。だが、彼は復讐を成し遂げられるのであれば一向にかまわなかった。
リュカはアイリーンたちの他に、シャノンから以前に聞いていた叔母一家も始末しようとしたが、彼らは行方不明になっていた。彼らの家は荒らされ、壁に血液と肉片が付着している凄惨な状況だった為、強盗殺人事件として捜査されているらしいが、未だに犯人は見つかっていないという。
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そして、取引成立から数日後。組織の所有する建物の地下室にて、アイリーン、王子二人、騎士団長の息子、公爵家長男がそれぞれ椅子に縛りつけられている。
全員目隠しと猿轡をはめられて大人しくしている。ここに来るまで、暴れたり騒いだりする度に殴られたからだ。
リュカは椅子を円状に並べてから、パチンと指をならして魔法で彼らの視界と口を自由にした。
「おい! 僕を誰だと思っている、こんなことしてただで済むと思うな!」
一番に叫んだのは第三王子アルベルトだった。他の男達はただ黙ってリュカを睨んでいる。
「リュカさん……! どうしてこんなことを!?」
アイリーンがリュカに向けて悲痛な声を出す。
「は? わからない訳ないだろ。お前らがシャノンを殺した」
これを聞いてアイリーンは一瞬言葉に詰まるが、
「確かに、私がシャノンさんが魅了魔法を使っていると報告しました。しかし、彼女が死んだのは不幸な事故です!」
「お前、それ本気で言ってんの?」
リュカの怒りを滲ませた声にたじろぐアイリーン。
「お前が指示したんだろ、王子たちに。シャノンを殺せって」
「違います! 本当に知りません!」
リュカは、少し黙って男達に視線を向ける。第二王子ジェラルドが口を開く。
「アイリーンの言っていることは本当だ。彼女は何も知らない。私たちが勝手にやったことだ」
アイリーンが目を見開く。
「しかし、これは必要なことだった。禁術を使う者を生かしてはおけない。彼女の身柄がどこかに奪われれば、国家転覆に利用されてもおかしくない」
リュカの目が不穏に細められる。
「今まで禁術を使った人間が処刑された例は無いのに?」
「何故そう言い切れる? 罪人に関する情報すべてを君程度の人間が知れるわけが無いだろう」
「そう思いたいんならそう思っとけ」
「君は思い込みで私たちを手にかける気か? 君が人殺しになったとシャノン嬢が知ったら嘆き悲し」
ジェラルドはリュカに首を絞められた為、言葉の続きを紡げなかった。
「お前らに殺されたシャノンがどう思うかをお前が分かるわけが無い。シャノンは拘束されてからずっと不当な扱いを受けてた。それはお前らが指示したんだろ」
リュカがアイリーンの背後に立つ。その手にはナイフが握られている。
「待て! アイリーンは何も間違ったことをしていない! アイリーンはずっとシャノン嬢の存在に苦しめられていたんだ! ある日突然全てを奪われるかもしれないと怯えながら毎日を過ごすのがどれほど辛いか……! シャノン嬢が生きていればアイリーンはずっと苦しむ。私たちはシャノン嬢が憎かった、だから排除した。これは私たちが勝手に行ったこと。頼む、アイリーンは何も悪く無い、解放してやってくれ!」
リュカが意味のわからない発言に顔を顰めていると、ジェラルドが懇願するように頭を下げた。アルベルト以外の男も頭を下げる。
「俺を殺すのは構わない。だがアイリーンだけは見逃してやってくれ」
と、騎士団長の息子ローデリック。
「ああ、頼む。アイリーンは何も知らないんだ」
と、公爵家長男ルーファス。
「何で、お前ら殺されるの受け入れてるんだ! こんな奴に屈するのか!」
これは、アルベルト。
「お前らがどう動くかなんて、このクソ女は分かってる。お前らに愛されてると知ってるこいつはシャノンが学園で冷遇されていたのを止めもしなかった。自分がシャノンを密告したらお前らがどう動くかなんて予想してたはずだ」
「それは無い。アイリーンはただ純粋で、怖がりなだけだ」
「お前らにはこのクソ女そう見えてるのか。すごいな、恋は盲目ってやつか」
アルベルトが吠える。
「盲目なのはお前だろ! 魅了魔術掛けられて好きになった奴の仇討つなんて馬鹿げてる!」
「……ああ、めんどくさい。もういいや。さっさと殺そ」
ナイフをアイリーンの首に当てる。
「ここに運ばれる前に少し殴られただろうから、それでシャノンを冷遇した仕返しはできたはず……だから、苦しめて殺すのはよくない。過剰に仕返ししたら死後シャノンに会った時に叱られる」
リュカの誰に聞かせるでもない独り言にアイリーンは嗚咽を零し始める。
「いや、いや。殺されたくない、リュカにだけは殺されたくない……!」
「アイリーン……」
第二王子が辛そうに婚約者の名を呼ぶ。
「リュカ、ごめんなさい、ごめんなさい。私はただ貴方のためを思って……。シャノンさんに騙されてるリュカを助けたかった。少しでもシャノンさんから離せばリュカが正常な心を取り戻すと思ったの……」
「俺はそれでも幸せだったんだよ。それをお前が奪った」
アイリーンは涙を流しながら悔しそうに、
「シャノンさんはズルをしてリュカに好かれて……そんなの狡い。私は特別な力なんて与えられてないのにシャノンさんは恵まれてる。恵まれない私が皆の力を借りて、リュカの目を覚まさせてあげることの何が悪いの!」
リュカは顔色一つ変えずに淡々と、
「自分は悪く無いって? お前のせいで、シャノンは学園で冷遇されて、逮捕されてからは通常の罪人より酷い扱いで、最後には殺された。シャノンがお前に何をしたんだ? シャノンが本当に禁術を使ったとしても、せいぜい俺とアリシア先生に好かれようとしただけで、お前に危害を加えてないだろ、なあ、何とか言えよ」
何も返せないアイリーンの首にナイフを突き立てた。
「「「アイリーン!」」」
ジェラルドたちが叫ぶ。リュカはそれに構わずナイフで首を掻き切った。アイリーンの首から血しぶきと鈍い音が漏れて、すぐにこと切れた。
「さて、お前たちの大好きなクソ女から始末したけど、どんな気持ち?」
どの順番で片付けようかと思案しながら、リュカは顔面蒼白となった男達を見渡した。
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復讐を成し遂げた後は、もう己の人生はただの消化試合だと、何の感情も抱かずに与えられた仕事を淡々とこなすだけの日々。
その間にリスタニエルが滅びたが、どうでも良かった。国だけじゃなく、シャノンがいない世界なんて滅びてしまえとさえ思った。
シャノンのことを思い出すたびに辛くなり、何度も死んで会いに行きたいと願ったが、契約魔法がそれを許さなかった。
そのまま一年が過ぎた頃、リュカは突然大勢に囲まれ捕縛された。一応、組織への言い訳程度に抵抗したが、本気は出さなかった。
今迄こなした仕事で様々な組織から恨みを買っている為、捕まれば殺してくれるかもしれないと期待したのだ。
リュカは、ああ、これでやっとシャノンに会えると救われた気持ちになったのだった。




