12 生存
リスタニエルが地図から消えて一年と少し。ようやくリュカの生存と居場所が判明した。
彼はなんと、他国の、いわゆる裏や闇と呼ばれる社会の組織に所属していた。
それを聞いた時には、安堵で膝から力が抜けへたり込んでしまった。
「えと……それで、リュカは何でそんな所に……」
おそるおそる尋ねる。この報告を私にし始めた時から父の機嫌が悪い。普段は優しい父だが機嫌を損ねると面倒なのだ。
「いくら優秀といえど所詮は当時十五の子供、一人で仇討は難しかったのだろう」
「……はい?」
「お前が捕縛されたこと、不当な扱いを受けていたことの原因を始末したのは奴だ」
奴。この流れでは当然リュカのことだろう。
「それって、第二王子とかアイリーンとかをリュカが……?」
「そうだ」
──ええええ!?
リュカは私を死んだと思っている。だから、私を死に追いやったと思われる元凶を殺したのか。
私を密告したのはアイリーン。私を捕らえたのは騎士団だったから、騎士団長の息子も関わっているかもしれない。
そして逮捕された私が暴力を振るわれそうになったのも、酷い環境で取り調べを受けたのも、人権無視の実験に供されそうになったのも、全ては王族と公爵家が圧力を掛けたかららしいので、王子たちと公爵家長男もグル。
ちなみにさっさと私を殺すよう命じていたが、父の手の者が阻止していた。暴力を止めてくれたのもその人たち。
しかし、これらは全て国民に発表されず秘密裏に動いていた事。ただの平民であるリュカが知れる訳がない。
「リュカはどうやって……」
「奴の学園に入学する前の経歴は調べても一切でてこない。元からそういう人種だったのかもしれん。そうでなくとも、お前が死んだことの腹いせにお前を冷遇した者たちを手にかけただけの可能性もある」
学園で孤立させられてたのは事実だけど、それだけでリュカがアイリーンたちを殺すだろうか。父じゃあるまいし。
とにかく、彼の行動が私が死んだと思ってのことなら、私を嫌いになってないのか。
──魅了魔法を使っていたと聞かされているのに、私を想ってくれていた?
そんなリュカが今、裏社会にいる。詳しくないが、何事も無く平和に暮らせていける場所ではないだろう。
「リュカ……」
「先に言っておくが、我が公爵家でも干渉は容易ではない。裏社会そのものは大したことも無いが、どこで彼の国の貴族と繋がっているかわからん。流石にそれは把握できていない」
「リュカ一人助けるだけならできませんか?……お父さん」
父の隣に移動し、そっと身を寄せ上目遣い。
「……媚びても無駄だ」
と言いつつ私の腰に手を回す。私のほうから触れてくれたのが余程嬉しい模様。父はとにかく私にくっつきたがるのだ。ここら辺リュカと一緒だ。
「もう我が儘言わないから」
「……一つ私の言うことを聞くなら、考えてやろう」
「何でも聞きます……!」
真面目にじっと眼を見詰めて頷く。
「お前は誰とも結婚するな」
──いくら十五年離れててやっと一緒に暮らせるようになったとはいえ、娘束縛キツイって。引くわ。
無言で冷めた目線を投げる。父が少し焦る。
「というより、お前は誰とも結婚させてやれん。子を設けるなど論外だ。他国が五月蠅くてな」
本来、私の存在はヴアルイオにとって厄介なものである。
この世界で、神と結界による守護の契約を成立させたのは古のリスタニエル王だけ。同じことを成し遂げようと苦労して神を呼び出せても、契約成立手前で神が乗り気では無くなるらしい。
故に、最後の鍵は血筋なのではないかと考えられている。
つまり、現在ハッキリと契約主であった経歴のある私は他国にとって危険な存在。神と契約してヴアルイオを結界で覆うかもしれないと警戒されている。
勿論ヴアルイオはそんな気など無い。
今迄結界無しでやってきたし、平和ボケして滅んだリスタニエルの二の舞にはなりたくない。そう言っても他国は信じられない。だから私が邪魔なのである。さっさと消した方が良い。
そうならないのは、現在四大公爵家で最も発言力あるクオルノクス公爵家当主である父のおかげである。娘と過ごす為なら他国の圧力もなんのその。
だが、そんな父でも、元契約主の私が子孫を残すことを他国に許容させる難易度は高い。というかほぼ無理。
「別に良いですよ」
「……! どうやってこの件を了承させるか悩んでいたが、こうもあっさりだと不安だな。後で我が儘を言っても無理なものは無理だからな」
「大丈夫です。我が儘はこれで最後です」
「ふむ、即答で信用できんが、まあいい。これからも父娘水入らずで暮らせるのだからな」
満足気な父に「リュカを助けられたら一緒に居たい」とは言い辛かった。言ったら確実に機嫌を損ねて、彼を助けて貰えなくなる。




