11 国消滅
実の父にビクビクおどおどしながら過ごす。
そんな私を毎日抱きしめ「あれらと違ってお前は特別」「怖がらなくていい」「お前を嫌いになることなどない」「大丈夫だ」「お前こそ本当の家族」「愛しいのはシャーリーとお前だけ」と囁き続ける父。
──弟妹の死は……もうこれほぼ確定ですやん……。
子供には何の罪も無いのに……とは思うが、もし生きていたらそれはそれで困ったことになったのでは無いかとも思う。
生きていれば父から愛情は受けられないであろう弟妹、後から平民との子である私がやってきて父の愛情を独占すればどうなるか。考えるまでも無い。
自分と結婚しなければ母と私を殺すと脅すような女の子供だ。子供は皆純粋無垢、なんて自分の子供の頃を覚えてないか美化している人間だけが言えること。子供の残酷さは時に大人を越える。
もう、この件については考えるのを止めた。私が今更どうこういってもしようのないこと。
できるのは冥福を祈ることだけ。まあ、わたしに祈られても迷惑かもしれないが。だが、弟妹を想ったフリして利用して悲劇のヒロインごっこする姉の方がムカつくだろう。
スパッと割り切って開き直れば、父に対してもビクつかなくなった。ようやく愛情が伝わったと感激する父。面倒なので勘違いさせておく。
□
ヴアルイオに着いてから数日、別荘から皇都の公爵邸に移動してきた。
良い食事で体つきも元に戻ってきたし、精神的にも落ち着いてきて考えるのはリュカたちのこと。
──もう、後遺症調べるのとかから解放されたかなあ。
あと十日程で結界は消える。他国からの侵略に巻き込まれたり、魔獣に襲われたりするかもしれない。心配だ。
それに、
──会いたいなあ。
リュカの笑顔、繋いだ手の温もり、輝く白い髪の感触。それらが恋しい。
だが、彼は私が魅了魔法を使ったと思っているだろう。そんな私が「私たちまだ恋人だよね?」なんてぬかせば不快なはず。
そもそも、私の契約主としての能力がなければ恋人になっていないだろうから、仕方がない。リュカとはもう会わないほうがいいだろう。
その日の夜はベッドでべそべそ泣いてしまった。
□
それからもリュカへの未練が私の心を支配し、毎日溜息ばかり。どうにか私を元気づけようと父は沢山贈り物をしてくれたり、劇に連れて行ってくれたりした。申し訳ないがそんなことで失恋の傷は癒えない。
ついには父が、
「何でもするから、私を見てくれ……」
と懇願してきた。
初めて会った時と同じ必死さである。長い睫毛に覆われた瞳は僅かに潤んでいて、涙がすっと伝いそう。イケメンは必死な顔ですら絵になる。というか実年齢三十半ばなのに二十代にしか見えない。私にもこの不老遺伝子は受け継がれているだろうか。
──おっと、イケメンの美貌にあてられて現実逃避してしまった。
「何でも……」
「ああ、何でもするとも」
今ならちょっと無理なお願いでも聞いてくれるだろうか。
「……私に優しくしてくれたリスタニエルの人……魔法協会の人たち、アリシア先生、リュカ……彼らに結界が無くなること、他国が攻め入ること、事前に教えてあげられませんか?」
「それは……」
まあ、当然無理だろう。結界が消滅すること自体極秘だ。
父はお前を信用していないのでは無いと言っていたけど、私自身も外部にそのことを漏らさないよう監視されているし、自由に外を出歩けない。私を野放しにしては他国へ有利にできた交渉もパアである。他国からは「結界が消滅するまでリスタニエルに連れ戻されないよう契約主を地下深くに監禁しろ」と要求されているくらいなのに。
苦々しい顔になる父。
「ちょっと言ってみただけです。気にしないで下さい」
少し無理矢理笑顔を作って、与えられた私室に戻る。
──私は何もできない。無力だなあ。
□
結界が消滅すると実にあっけなくリスタニエルという国は無くなった。騎士団も宮廷魔術師団も魔法協会も、国王の「国を守るため戦え」との命に背いて早々に降伏したという。
リスタニエル国土は四つに分割され、周辺の国々の支配下に置かれた。当初は混乱も見られたが、一か月経過した現在は少し落ち着いている。
貴族は大勢殺された。物分かりの良い貴族は財産を手放して生き延びた。
王族も殆どが殺された。何故全員では無いかというと、結界消滅の十日前程に行方不明になっている者がいたからだ。
それは第二王子ジェラルドと第三王子アルベルト。
そして奇妙なことに近い時期に騎士団長の息子ローデリック、公爵家長男ルーファス、侯爵令嬢アイリーンも行方不明になっていたことが分かった。
私が研究所から出たことを知ったアイリーンが結界消滅を攻略対象たちに知らせ、彼らと共に国外に逃げたのだと思う。
「いや、それは無い」
父が否定した。アイリーンも転生者であること、彼女が私を密告したこと、父には既に話してある。
「お前を救出する際、代わりの死体を用意していた。リスタニエルの鑑定魔術程度では偽物だと見抜けない。間違いなくお前は研究所で死んだことになっている。リスタニエル内でもそう扱われていた」
では、リュカもアリシア先生も私が死んだと思っているのか。
「じゃあ、アイリーンたちは何で行方不明に……?」
「わからん。私から直接、娘を可愛がってくれた礼をしたかったのだがな……叔母一家に礼を出来ただけでも良しとするか」
──叔母一家、まさか……。
「…………叔母さんたちは……」
優雅な微笑みで父が答える。
「心配するな、一家で仲睦まじく暮らしているだろうさ。最果ての地の向こう側で」
この世界で、死後の世界は最果ての地の向こうにあるのだと表現することがある。
──まさかでした。
「あの、私の彼……じゃなくて友達のリュカとアリシア先生については」
結界消滅のごたごたが落ち着く少し前に父に我が儘を言って調べて貰ったのだ。
「王立魔法学園の教師に死者はいない。魔法協会が彼らを招集もせずに降伏したからな。……その、友人についてだが……」
言葉を濁す父。
学園に通う生徒はほぼ貴族だ。リュカは平民なのに、貴族と間違われて殺されたのだろうか。
頭が真っ白になる。リュカが死んだかもしれない可能性を受け入れることを拒否している。爪が白くなるまで服を握りしめた手に水が一滴。私は泣いているのか。
「ああ、泣くなシャノン……! 違う、彼の死は確認されていない。だが……行方不明になっている」
行方不明、もしやアイリーンたちと。ハッと顔を上げれば、父がこちらを気遣う表情をする。
「王子等が行方不明になる前……お前を研究所から助けた一日後に彼は学園から姿を消したらしい」
私が研究所を脱出する前にはリュカも解放されて学園にいたのか。長く捕らわれなくて良かったとは思うと同時にどうしようもなく不安になる。
「リュカ……」
俯くと両の眼から涙が溢れた。
父が傍に来て私を抱きしめ、背中を擦ってくれる。
「泣かなくていい、お前には私がいるではないか」
そういう問題じゃないという、気持ちを込めて睨むと、
「…………………………分かった、捜索はしてやる。だがあまり期待するな」
「ありがとうございます、お父さん」
今迄敢えて、父と呼ばなかった。今回は礼を込めて呼んでやることにする。
「っ、初めて父と……!」
感動した父は私を抱きしめる腕に力を込めた。
最初見た時、父は一緒に助けに来てくれた騎士に引けを取らないほど鍛えた体つきをしているなと思ったら、元々騎士になるべく訓練を受けていたと後から知った。次男だった父は公爵家を継ぐ予定は無かったが、長男が倒れたので後を継ぐ羽目になったらしい。
だから、例の女だけでなく、それから逃げる理由もあって、他国外遊中に死亡を偽装するつもりだったらしい。まあ、母に運命的に出会ってしまったせいで、計画は頓挫したのだが。
ともかく、騎士にはなれなかったが、いざという時に頼りになるのは己だけという信念から体力を衰えさせないようにしている父の全力抱きしめはかなり苦しい。
──いたたた、力加減まちがってますよー。




