8 逮捕されました
前世から数えて三十数年で初の彼氏がいる日常。といっても劇的に変わった訳では無い。リュカが学園に来てからの毎日と同じ。
しかし、私の心は穏やかだった。
ゲームとは大分違うけどリュカルート確定したから、もうリスタニエルが滅びることは無い。平和。
――何て思ってたら、悪役令嬢様がとんでもないことを言い出しました。
アイリーンは三日休んだ後に登校してきた。そして、放課後に私を空き教室へ呼び出した。
リュカは行く必要が無いと言ったけど、平民である私に必死に頭を下げてまで懇願するアイリーンを無下に扱うと再び攻略対象共が文句を言ってくるかもしれないので渋々応じた。
現在、教室には私とアイリーンの二人だけ。
今日は青い顔をしていないアイリーン。何か覚悟とか決意とかに満ちた感じの眼をしている。
「……シャノンさん、来てくださったことに感謝いたしますわ」
アイリーンは丁寧に礼をした。彼女の耳には赤い魔石の装飾品、それは魔導具だ。二人だけで話すために魔力を流し込めば人払いの魔法が発動するこの魔導具を探したらしい。
魔導具は最低でもそれなりの家が一軒建つくらいの値段だ。たかが私と二人で話すために、それを買ったのだと。そう言われても私としては「で?」である。
「二人で話そうとしたら心配性な友人たちが許してくださらないの、困りますわ……それで今日、貴女を呼び出したのはお願いがあってのことですの」
「はあ」
そこで、アイリーンは俯いたかと思うとバッ顔を上げ、祈るように胸の前で両手を組み、瞳を潤ませて、
「私、リュカ様をお慕いしていますの! そこでリュカ様と仲の良い貴女に、リュカ様と私の仲を取り持って頂きたいのですわ……!勿論謝礼は用意します。貴女が一生働かずに暮らせる額でも用意でき」
「はああああああ???」
思わず彼女の発言を遮って大声を出してしまった。
――おい、今なんつった、悪役令嬢様。
「こ、これはリュカ様と仲の良い貴女にしかお願いできないことで……」
大声に少し怯んでオドオドするアイリーンにイラっとしたが、阿呆相手に激高するのは情けないと、頭を振り冷静さを取り戻す。そう、仲を取り持つとは生徒会メンバーとして上手く付き合いたいだけの可能性もあるではないか。リュカを逆ハーに加えたいとか決めつけてたけど実際は違うかもしれない。それを聞くいい機会だ。うん。
「…で、仲を取り持つって?」
赤い顔になりもじもじとするアイリーン。
「そ、それは、えっと、私とリュカ様が恋人になる為にお手伝いをして頂きたくて……」
――は???????? 私を孤立させた元凶である悪役令嬢様が? 被害者である私に? リュカと恋人になるために手伝えと? お前婚約者いたろ???? 脳みそわいてんのか???????????? はあ????????????????
私の中で何かがプッツンと切れた。
「はあーーーー、あのさあ。貴方も転生者なんでしょ?」
「……!」
アイリーンは驚いて声も出ないようだ。
「それで、悪役令嬢に転生した貴女は自身の破滅回避のために動いてきた、違う?」
「そ、それは……!」
もうその態度が肯定だ。
「攻略対象を私から遠ざけるだけでなく、私が学園中から冷遇されるように仕向けて、挙句にリュカと恋人になりたいから手伝えって?どういう神経してるの? 手伝うとでも思うの?」
「違う……!私は貴方を孤立させてなんかいない!」
「はいはい、そうですねー。破滅が怖くて私を怖がってたら、まわりの過保護なイケメン君たちが勝手にやったんですよねー。でも、それを止めることもせず平然と受け入れてた貴女も同罪でしょ?」
「で、でも! 私は幼いころから、ヒロインに友人たちを奪われて破滅する悪夢ばかり見ていて……!それが現実になったらどうしようってことばかり考えて毎日辛くて!」
――被害者面かよ、おい。
「私、『現実』で貴女に一切『何もしてない』んだけど? 夢と現実の区別もついてないの?」
明らかに嘲りを含んだ声と表情にアイリーンは先ほどとは別の意味で顔が赤くなった。
「それで、貴女は攻略対象だけでなくリュカまで私から奪おうと?」
「だって、前世ではリュカが最推しで……」
――はあ? 最推し? 阿呆らし。もうこいつの相手するのも嫌だな。
「貴方もマホセイ好きなら知ってる筈でしょ、裏設定。そのこと考えないの? それを無視するぐらい逆ハーレムが楽しいんでしょうけど」
「ウラセッテイ……?」
「え? 知らないの? 設定資料集に書いてあるやつ」
「私、マホセイ発売して数日で全ルートクリアしたすぐ後に死んだから、設定資料集とか知らない……」
そうか、それなら彼女の行動も納得だ。ほんの少し溜飲が下がる。孤立させられた恨みは消えていないが。
私はアイリーンに裏設定を説明してやった。
ヒロインがモテる理由付けとして「契約主は国内の人物に好かれやすい」がある。
契約主とは、この国を覆う結界を張る契約を守護神と交わした者の事。最初の契約主の子孫で一番魔力が強い者が代々契約主となる。
現在は王族のみが契約主の家系とされているが、現王家に滅ぼされた分家の生き残りが僅かに存在していた。それがヒロインの先祖。当代の契約主は魔力の強いヒロインになっている。
そして、契約主が国外に出て一定期間経つと守護神は契約終了と見做し、国を覆う結界を消滅させる。
つまりヒロインがBADEND「実の父親現る」を迎えると、国が滅ぶ。
後ついでに私とリュカが恋人であることも言ってやった。
「そんな裏設定があったなんて……」
アイリーンは信じられないといった表情をしている。
「あれ? でも待って。ヒロインの叔母の家での辛い境遇とか貴方の現在の境遇を見ると『国内の人物に好かれやすい能力』なんて無いように思えるんだけど」
明らかに疑いの目を向けてくる。
――こいつ、私の現在の境遇が辛いものってわかってることを認めた発言したくせに、何だその目は。
「これは今迄私がこの世界で生きてきて感じた事だけどね。この『国内の人物に好かれやすい能力』は最初から私に悪印象を持ってる人間には効かないみたい。叔母のいる町では父親不明の子供ってだけで冷たくされてたし、学園では貴方と攻略対象のおかげで生徒からも教師からも距離を置かれたから、それは間違いないと思う」
ぐっと言葉に詰まる悪役令嬢様に一度冷たい視線を向けてから話を続ける。
「その中でも、私に親切にしてくれる人はいた。そしてその人たちは少し不自然なくらい私に優しかった。それはこの能力が作用してるんだと思う」
魔法協会の人達は不自然なくらい優しかったし、アリシア先生もリュカも今にして思えば向こうから距離を縮めてくるのが早かった気がする。
「でも、気のせいじゃない……? 貴女が国に留まらないと滅びるとか現実感無さすぎるよ……所詮ゲームの裏設定でしょう? 今私たちが生きてるこの世界はマホセイに酷似してるけど、裏設定までそのままかはわからないじゃない」
「そうかもしれない、でもそうじゃないかもしれない」
「それなら、リュカを譲ってよ……!」
――はあーーーー本当にこの女は。
「ゲームに酷似している以上、最悪の結果を避けるにはなるべくゲーム通りのエンディングを迎えるべきだよ」
「でも、ゲーム通りにするだけの為にリュカを利用するなんて……! リュカはゲームのキャラクターなんかじゃ無くて、実際に生きてる人間なんだよ!?」
――誰のせいでリュカしか攻略できない状況になったと思ってるんだ???? まあ、リュカ以外の攻略対象大っ嫌いなんで今は逆に感謝してるくらいだけど。
「確かに利用はしてるかもしれない。でも、それだけじゃない。私はちゃんとリュカのことが好きだから」
「でも! リュカは貴女の目的も能力も知らないで騙されてるじゃない! それに、貴女が父親に連れていかれないように私も協力できるし…!」
――でもでもでも、うるせーな。
「とにかく、ゲームから大幅にズレないようにするのが最善でしょ。ヒロインの父親は謎が多いし、貴女がどうにかできるとも限らない。無事に卒業してエンディングを迎えてからリュカに全部話すよ。私が転生者だってことも、ゲームのことも。その上でリュカに選んでもらう。その後に貴女がリュカに近づいても私は何も言わない。だから、せめて卒業まではもう私たちに近寄らないで」
そう吐き捨てて、私は教室を出た。アイリーンは追って来なかった。
□
突然だが、現在私はとある研究所の地下深くにいる。
この外から一切光が入らない部屋は魔法が無効化される特別な場所。
壁は真っ白で、床は灰色。簡素な造りのベッドと、一人用の机と椅子。扉は二つ。一つはシャワーとトイレがある狭い部屋に通じる扉。もう一つは外からしか開かない頑丈で分厚い扉。他は何も無い。
何故私がこんな所にいるかというと、逮捕されたから。罪状は禁術である魅了魔法を使った事。
――はい、そうです。あのクソ女アイリーンです。奴がどこぞに密告でもしたようです。私が当代の契約主であるということを伏せ、国内の人から好かれやすい能力を魅了魔法だと言い、私が逮捕されるように仕向けたと思われます。
流石のアイリーンも私を殺そうとはしないと踏んだが、まさかこの手があったとは。魅了魔法なんてものが存在してて禁忌って事も初めて知った。禁忌だから王侯貴族とか一部の人しか知らないのだろう。
最早怒りは無く、ただただ虚無。
もうここに囚われて何日経過したかわからない。時計も無いし、陽も差さないし、昼だか夜だかわからない。食事は死なない程度の必要最低限、かなり痩せた。地下深いここでは季節も関係なく毎日肌寒い。ずっと風邪気味だ。
最初の頃は別の取調室で毎日何時間も「何処で禁術を知ったか」と問い詰められた。
取り調べで暴力も振るわれそうになったけど、その度に子供だからと止めてくれる人もいて、何とか無傷でいられた。でも、取り調べの時間以外はネズミちゃんが走る汚い留置所で、冷めてて不味い食事、当然お風呂にも入らせてもらえない環境。音を上げて、私は全てを話した。
自分が転生者であること、ここはゲームの世界に酷似していること、私が当代の契約主だから国内の人に好かれやすい体質だということ。
色々な魔法や魔導具を使用して、私が嘘を吐いていないとわかると、私は精神異常者とみなされた。
その後、何かの研究所に連れていかれ、解析魔法を使用されたり、薬を打たれたり、謎の大型魔導具に何日も繋がれたり、よくわからない実験をされたりした結果、私の意思とは無関係に魅了魔法に近い何かが常時発動していると判明した。
私はこの能力に気付いたことが切っ掛けで、契約主などの妄想を作り上げて、精神異常者になったことにされた。
そして、私は特殊能力を持つ危険な人物として現在の場所に監禁されている。
私が悪意ある者に利用されると厄介なので私は闇に葬られるはずだったが、特殊能力を調べて人工的に能力者を作り諜報員などとして活用する案が出て、処分はとりあず保留になっているらしい。
もう私にはどうすることもできない。
処分されれば従来通り王族が次の契約主に。処分されなければ貴重なサンプルとして人権無視の研究に供された後に解剖でもされて、王族が次の契約主に。
過程が違うだけで結果は同じ。
――全部悪役令嬢様のおかげ。良かったね。私が国内で死ねば国は滅びない。わーすごい。逆ハーレム悪役令嬢様が国まで救ったよ、主人公だね、正にヒロイン様だね。
この国はゲームシナリオから脱したのだ。私という一人の人間を犠牲にして。
もう何もかもどうでもいい。
私の人生は終わった。何の意味も無かった。
最後に少し気になるのはリュカとアリシア先生。
二人は私に一番接した人物として魅了魔法を浴び続けた後遺症なんかが無いか調べられていると聞いた。
私みたいに処分されることは無いだろうけど、私のせいで研究対象になってしまったことは間違いない。本当に申し訳ないと思う。
二人はもう私が魅了魔法を使っていたと知らされただろう。本当は魅了魔法じゃなくてそういう能力だけど、彼らにしてみれば同じだろう。
――リュカもアリシア先生も私のことが嫌いになったかもしれない。
もし、私のことが今でも嫌いでないなら、リュカは助けてくれると思う。国内トップの魔術師になる実力があるのだから、助けようとすればできないことは無いはず。
でも、誰も私を助けになんて来ない。
――リュカがヒロインを好きになる理由はひょっとしたら単にヒロインの好かれる能力に掛かりやすかっただけかもね。ヒロインの特別な能力も当代の契約主であることも見抜いてなんかなかったんだ。
だから、その能力の影響下から外れたら目が覚めたのかもしれない。今頃リュカはあっさりアイリーンと仲良くなっている可能性もある。
――私が殺されるのは悪役令嬢様のせいだけど、それが表に出ることは無いし、美人で教養も気品もあるアイリーンに好かれたらリュカも嬉しいだろう。せいぜいお幸せに。




