季節の節目(三十と一夜の短篇第71回)
桃花は自室で姿見に自分の裸身を映してみた。学校で着替えやら体操の授業で級友たちからスタイルがいい、羨ましいと毎度のように言われる。口では謙遜の言葉で返事をして、腹の底も同じ、ちっと嬉しくない。丸めただけの粘土に芸術的センスがあると褒められたみたいに、的外れ、判ってもらえていないと、空っぽな気分になる。
女らしい開花を見せ始めた桃花の身体、首から肩、鎖骨にかけてのすっきりした線を視線で辿り、次に胸の双の隆起がある。どうしてこんな形になってしまうのだろう。アンダーとトップの差がどうと下着のサイズやデザインを比較する話題は必要だけれど、楽しくない。小学生の時みたいに平らなままの胸でいたかった。
アンダーバストからウエストにかけて贅肉がなく、すっと狭まる体の線は自分でもお気に入りだが、骨盤がその線をシャープに見せる邪魔をしている。なんて重たげな臀部の肉付き。
運動部の男子みたいな逆三角形になれたらいいのに、と本気で桃花は思う。骨格が違うから、どんなに鍛えようが、食事を控えようが体の形は変わらないと、理屈では判っている。
――そもそも女の体ってなんて不便にできているんだろう!
桃花は月経が来ると自分の体が忌まわしくなる。痛みなどの身体的な深い症状は級友や母たちと比べてみて軽いらしいが、女らしさから目を背けて過している自分には、定期的に女を突き付けてくる天災と表現しても大袈裟ではないくらいだ。
――女でいたくないなんて考える自分はおかしいのだろうか? それともいつか男の子を好きになって、変わるだろうか?
しかし、男性と恋愛してみて、この体を男性が愛撫し、自分が男性の体を愛撫するのだろうか、想像できない。むしろ自分が女性の体に唇を這わせ、指や掌で柔らかに撫でていけたらと思い描いてしまう。自分が男だったら、こんな風に愛を交わしたい、と。
必死に手を伸ばしても届かないし、触れているはずなのに掴み取れない、もどかしさが心に隙間風を感じさせる。
恋愛を経験したり、大人になり体も心も成長が終わったりすれば解決する、桃花は自分に言い聞かせ続けるしかなかった。
学校での休み時間の雑談で、ふと誰かの言葉が矢のように刺さった。
「三組の安堂ってゲイって本当なの?」
「さあ、でも安堂ってナヨナヨしていないじゃない。むしろガッチリタイプ」
「やあねえ、ゲイって女っぽいって意味じゃないでしょう?」
「そうそう、体は男で心は女ってのと、男が好きな男ってのと違うっていうから」
話はBLの漫画に移り、桃花はその後の会話を聞いていなかった。
眼鏡を掛けてぼやけた景色がくっきりと捉えられ、細かな境界を、より詳しい色彩の名前を頭の中に刻まれていくような。望遠鏡の覗き方を間違えて、こう使うのが正しいのだと向きを変えさせられて、それまで小さく遠くあった木々や山々が近くに大きく目に飛び込んできたかのような。
――そうか、自分も色眼鏡で見られかねない部類の人間なのかも知れないんだ。わたしは女として生まれてきたけど、心はそうではないかも知れない……。
これからも悩みは続くだろう。だが、気付きが一つあれば見え方は変わってくる。
――お転婆とか、ボーイッシュで括られたくない。根の深い所から来る気持ち。本当に自分の心が男で、体も男であったらと願うのか。
親からもらった名前に相応しく生きられないかも知れない。でも、花も実もある人生は送れるはず。
人生の春はまだ兆したばかり。道のりは長い。