■全日本ターゲットアーチェリー選手権大会
今の俺にとっては学生アーチェリーは視野になかった。小悪魔クィッティーから授かった技を最大限に生かすため、全日本選手権優勝に的を絞った。
まずは予選を通過しなくてはならない。年に何回かある公式の大会に出場し、既定の点数630点(70m×2ラウンドの合計)を出すと全日のエントリーの権利がとれる。更に全日出場には86名の人数制限があるので、その中に入れる点数を公式戦で出して申請しなくてはならない。
全日本アーチェリー連盟公認の予選は、”あらかじめ”予定していた点数を出して突破した。
しかしここで問題が起こった。全日本選手権の出場が決定した頃から、首飾りに表示されている残り時間が狂い始めたのだ。
首飾りに表示されている数字の読み方は分かりやすかった。最初の3桁は日数、真ん中の2桁は時間、その次の2桁は分を表しているようだ。予選に出場した時点では、技が使えるのは残り半年の表示になっていたはずだ。最初の3桁が180台となっていたから残りは180日ほどだ。しかし、全日本出場者名簿が公表されたのを機に、なぜか150と表示され、またその次の日は140となっていた。
明らかにおかしい。壊れたのか? 不安になった俺は、技の確認をするため近所の射場に行った。しかし70mで60金の連発を当たり前のように出すことができた。小悪魔クィッティーからもらった技は衰えているわけではないようである。問題は首飾りに表示された時間。残された期限だ。俺の不安は消えることがなかった。
そして季節は秋となり、全日本ターゲットアーチェリー選手権大会に出場するはこびとなった。
全日本選手権は70m先にある直径122cmの的を射る。予選ラウンドは36本2ラウンドの計72射の合計点でランキングを決める。この順位により決勝トーナメントの対戦表が作られるのだ。決勝の試合形式はマッチ戦で、予選1位対64位、予選2位対63位、……。といった組み合わせで1対1で対戦する勝ち抜き戦である。
全日本ターゲットアーチェリー選手権大会、一日目。予選。
俺は中ほどの順位で突破した。そう、あらかじめ予定していた点数を出して、できるだけ目立たないようにしたのだ。目標はあくまでも本戦優勝である。
そして迎えた全日二日目。決勝トーナメント。
トーナメントのルールは、4エンドまでのポイント制で、先に5ポイント取った方の勝ちである。
まず一人3本ずつ射って勝ち負けを決める。勝ったら2ポイント、負けたら0、同点の場合は双方に1ポイントづつとなり、最速3エンドで試合終了となる。
俺の初戦の相手は予選順位中間クラスの相手で、あっさりとストレート勝ちだった。
二戦目、三戦目もまったく問題なく、俺は準決勝へと駒を進めた。
準決勝の相手は強剛・京畿大学の神川直人。前年度学生チャンピオンだ。
神川の調子は上々で、1エンド目30金をたたき出し、2エンド、3エンド立て続けに27点。4エンド目が28点だ。
とてつもない高得点ではあるが、当の俺はすべて29点を出し、3セット奪取して勝ちをもぎ取った。
高得点による鍔迫り合いを繰り広げた試合展開に会場はどよめきだった。
しかし俺にとっては予定どおりのスコアメイクだ。難なく勝ち進み、優勝決定戦を迎えた。
会場の雰囲気が一気に変わる。ここで弓を手にしているのは二人だけだ。決勝進出を果たした二人が会場の中央付近に立っている。
決定戦の相手は、いぶし銀の職人アーチャー、川本仁志だ。
第一線の常勝選手でありながら、東京体育大学アーチェリー部の指導もされている。
中学3年生で全日本出場。大学1年で全日本制覇ののち4年連続大学王座制覇。そして、ロスアラモスオリンピックで銀メダルを獲得した。日本アーチェリー界の絶対王者である。
優勝決定戦を伝える試合進行のアナウンスが厳かに進められた。会場全体に充満する緊張感が肌に伝わる。
そして、優勝決定戦、行射開始。
1エンド目
川本先生 先攻 10-10-9 計29点
今崎コウガ 後攻 10-10-10 計30点
<ポイント> 川本 0-2 今崎
当然のスコアメイクだ。会場じゅうからどよめきが聞こえる。
2エンド目
今崎コウガ 10-10-10 計30点
川本先生 10-9-9 計28点
<ポイント> 川本 0-4 今崎
高得点の対決に会場が固唾を呑む。
俺が2セット取り、合計4ポイント。あとは勝ちか引き分けで試合終了だ。
そしてとうとう3エンド目を迎えた。しかしここで問題が発生した。
3エンド目
川本先生 10-10-8 計28点
今崎コウガ 9-9-9 計27点
<ポイント> 川本 2-4 今崎
ん? どうしたんだ? 10点を狙ったのに全て9に外してしまった。俺はとっさにユニフォームの上から小悪魔クィッティーの首飾りを握りしめる。次の5エンド目をとらないとシュートオフに持ち込まれてしまう。
そして迎えた最終エンド。
4エンド目
川本先生 10-10-8 計28点
今崎コウガ 10-9-8 計27点
<ポイント> 川本 4-4 今崎
川本先生が2ポントゲットした。結果、4対4の同ポイントとなり、シュートオフへと突入した。
やはりおかしい。10点に狙いを定めて矢を放ったはずが9点、さらには8点に外れてしまった。
俺は急に不安を覚え、首飾りの紐を胸元から手繰り寄せ、小刻みに震える手で首飾りを握りしめて表示されているカウントを見た。黒いガラス状の横長の枠内に浮かび上がっているはずの数字が消えていた。
どうしたというんだ? 小悪魔クィッティーが言った期限は1年間じゃなかったのか? 急に足元が震え出す。
試合進行は待ってくれない。すぐさまシュートオフが開始された。
川本先生が射つ。10点Xの枠線上に中たる。
次は自分の番だ、ペンダントの効果が無くなっているのは確かだ。喉がからからに乾き、足の震えが指先まで伝わってくるのがわかる。もうできることは開き直ることだけだ。
俺は足元もおぼつかないまま射線をまたぎ、70m先の的を見た。
弦を取り掛け軽く引く。弓を起こしてサイトピンを的の真ん中に据える。
取り掛けに少し力を入れ、更に弦を引き、アンカーを顎下にしっかりと収める。
再度サイトピンを的の真ん中に据え、70m先の景色を眺めるように心を落ち着かせる。
そのまま体の中心を大きく広げるように伸びると、カチッというクリッカーの軽快な音が聞こえ、瞬間、取り掛けていた指が自然に弦から離れる。
ボンッという軽快な音とともに、弓が全ての力から解放される。
矢は綺麗な放物線を描き、70m先の的へと飛んでいくのが見える。
そして矢は何事もなかったかのように的の中心へと吸い込まれていった。
金的に入ったのは分かった。10点だ。しかし、Xに入っているかどうかは肉眼ではわからない。
川本先生の矢は10点Xの枠線上にある。自分の矢はそれよりも中心に近くないと俺の負けとなる。
俺は後ろを振り向き、スコープを除いていた人達を見渡した。一人と目が合った。瞬間、顔を小さく横に振るのが見えた。ダメか? いやまだ、的面を直接この目で確認しないと分からない。
二人の行射が終了し、看的となった。俺と川本先生は的前まで行き、審判とともに的面を確認した。
川本先生の矢は的の中心にあるXの線上にあった。
俺の射った矢は10金には入ったものの、Xを僅かに逸れていた。
今季全日本選手権が終了した。俺は優勝することはできなかった。




