■小悪魔クィッティーが現れた
■小悪魔クィッティーが現れた
小悪魔クィッティーと出会ったのは大学2年生の終わり、アーチェリーのリーグ戦初戦の前日の夜だった。3月も終わろうとしていた土曜日の夜、俺はアパートから徒歩20分ほどかかるところにあるコンビニエンスストアでアルバイトをしていた。俺の所属する大和大学洋弓部の強化練でへとへとになりながらも、夜の6時に入店し、日付が変わった12時半にやっとバイトが終わった。
トイレで少し休憩してから帰ろうと思い、御手洗に入り便器に腰かけて目を閉じた。その瞬間、不思議なことが起こった。突然体が動かなくなったのだ。目を開けようにも眼瞼が重くなり、立ち上がろうとしたが体がいうことをきいてくれない。
しばらくすると自分の周りを囲むように突風の様なものがごうごうと静かな音とともに吹き出してきた。不思議と怖さは感じない。ちょうど小さい竜巻の中心に自分の体がすっぽりと入っているような感じだ。いったいどうなったのかと戸惑っていると、ごうごうという風の音に紛れて、何やら小さな生き物の気配がしてきた。
それは一匹ではない。3~4、いや10匹程だろうか、小さい何かが俺の周りを囲むように手を取り合って「わっしょい、わっしょい」とはやし立てている。
俺の体の方は一向に動かない。しばらくすると、10匹ほどいた小さな生き物の気配が5匹、3匹と少なくなり、最後にはとうとう1匹となって、自分の目の前で止まった(気配がした)。瞬間、ふと眼瞼が軽くなるのを感じ、ゆっくりと目を開けてみた。すると、
目の前に小悪魔がいた。
洋式便器に座った俺の前に現れたのは、小さなぬいぐるみの様な生き物だった。ウサギほどの大きさで足が短く、全身は黒っぽい灰色の毛でおおわれていて、服らしいものは着ていない。背後にある太く長い尻尾が頭へ向かってそりあがっている。
大きさを、なぜネコではなくウサギほどと表現したのかというと、体の形が太ったウサギみたいだったからだ。昔絵本で見た小悪魔に似ている。その生き物が今、俺の目の前で宙に浮いて真正面から俺をじぃーっと見ている。何か言いたげな眼差しに誘われるように俺は恐るおそる声を掛けた。
「ええっとー。誰? お前」
「なんだ? 怖がっとらんようじゃの」
あっ! しゃべった! かなりビックリした。
「儂か、儂は友達からクィッティーと呼ばれておる」
と……、友達がいるのか?
「何をおどおどした目で見ておる? さっさと願い事を言え」
状況が掴めない。
俺はアルバイトが終わって、帰る前にトイレに入って一休みしていたところだ。
と、いうところまでは分かっている。
「おお、そうか。突然このようなことを言っても理解できぬであろうな。まあ致し方ない。儂は通りすがりの妖精みたいなものじゃ。年に一度こうして人間界に現れて、うだつの上がらない者を見つけては願い事を一つ叶えてあげることにしておる」
願い事を叶えるだと? こいつは魔法使いみたいなものか? 『うだつが上がらない』とは、失礼な奴だな。
「おお、そうじゃ。願い事といっても、一億円くれとか、値上がりする株を教えろとか、女を世話しろというのはナシじゃ」
「じゃあ何を叶えてくれるの?」
「技を与えよう。剣術、絵を描く才能、将棋、囲碁、船大工の技術、どんな技でもよい。一級品の技をそなたの体に与えよう」
「技と言われても、そんな急には思いつかないよ」
訝しむ俺を眺めながら、クィッティーは得意げな表情で話を続ける。
「まあ、それもそうか。例えば、そうじゃのー。昔、誰にも負けない剣術の技を授けてくれと頼んだ者がおった。名前は確か、ミヤモト、ム……」
「分かった! みなまで言うな。それだったら俺は、アーチェリーで狙ったところに必ず中る技がほしい」
「アーチェリーとは洋式弓術のことじゃな。あい分かった。ただし、この技が使えるのは1年間のみじゃ。忘れるでないぞ」
「はいっ」
「よしよし。それでは、この首飾りを授ける」
クィッティーが空中で小さい手をくるくる回す動作をすると、空間に七色に輝く渦が発生し、その中から小さいペンダントが出現した。
刀の柄の様な形で、べっ甲で覆った作りになっており、深緑色の丈夫そうな紐が三つ編みに組まれている。
「これは、技が消滅するまでの期限が示された首飾りじゃ。受け取るがよい」
クィッティーはそう言うなり、ぱっと姿を消した。と思ったらすぐさま再び姿を現した。
「おっーっと、大切なことを忘れとった。チト目をつぶれ。すぐに終わる」
「はい?」
クィッティーは空中で手をくるくる回す動作をすると、何やら呪文のようなものをつぶやき出した。
俺は慌てて目をつぶった。
「この者の魂に息ぶく精霊に告ぐ。この者の望まんとする技を開花させ、その手に輝きを与えよ。与えょ。あたぇょ。ぇょぉ……」
クィッティーの声が徐々に小さくなっていった。俺は恐るおそる目を開けてみた。クィッティーはいつの間にか姿を消していた。
いったい今何が起こったんだろうかと、しばらくぼーっとしていたのだが、店内に響くチャイムの音が聞こえた瞬間、俺はハッと我に返った。
ここはコンビニのトイレの中だ。店内のざわめき、客が来店した時のピンポーンというチャイムの音、店員の「いらっしゃいませ」という掛け声。いつもの日常に引き戻された。
夢だったのか? いや俺は先ほどはっきりと意識があった。目の前に現れた小悪魔クィッティーの姿もしっかりと覚えている。しかも……。
俺は自分の胸に手を当ててみた。先ほどもらった首飾りがあった。一瞬驚き、首に掛けられた紐をすぐさま手繰り寄せ、首飾りを胸元から取り出す。
刀の柄の様な首飾りの真ん中に、黒いガラス状の横長の枠内に数字が浮かび上がっている。
[365-23-**]
どうやら、残りの1年間の日数と時間を表しているようだ。




